25話 大馬鹿の集まり
最悪の状況に呑まれ、混乱が生じる王都の中で未だ闇に抗う勢力がここに集結していた。
「これで、よしっ、と」
夥しい量の鮮血を流すミルの治療を済ませたレイがそう呟いた。
「どうだ、レイ。ミルの具合は」
「何とか大丈夫ね。この人、私達と出会うまでに自分で治癒魔法をかけてたみたいだから。致命傷は全部治療し終わってる」
「──そっか。よかった……」
レイから告げられた言葉に、少なからず安堵を覚える。
「ごめんなさい、私のせいで……」
「え、えーと、この子は?」
傍らでしきりに謝罪の言葉を投げかけるアスハだが、レイは素性を知らないのか、首をかしげていた。
大分人数が増え騒がしくなった家だが、状況は何も変わっていない──どころか、悪化している。
シュウが知る中で上位に食い込むほどの戦闘力を持つはずの少女が、ここまでやられている。
つまりはそれほどの強者がいるということだ。
それは彼らが隠していた奥の手で、シュウ達にとっては最悪の一手であることには変わりない。
「──安心して」
「──?」
「別にここまで出来る誰かがいるってわけじゃない。そもそも、この人がやられたのは魔獣の群れ。圧倒的な強者が出てきたわけじゃない」
「そうか。てことは、まだ手を打ってきていないってことか」
レイに諭され相手方の奥の手が出てきたわけではないことを知り、絶望的な状況の中で安堵する。
だが、シュウの言い方に疑問を持ったのはレイだった。
「どういうこと? 奥の手って……」
「先ほどシュウと私が交わした論点だ。『大英雄』であるダンテ様まで手が回っていないことを見ると、手が足りていない」
その空白には、必ず何かがある。
そもそも、世界最強とされるダンテがいる王国に喧嘩をしようという考えが間違っている。
仮にそうするのなら、全戦力をつぎ込んでもダンテを止めるべきなのだ。
それほどまでに、文字通り次元が違う。
そんな彼が野に放たれていることは、つまり作戦の成功は限りなく低いことになるのだ。
彼を抑えてられるほどの戦力。それを、未だ相手が隠し持っている可能性は大いに──いや、確実にある。
「そういう……。でも、ダンテ様は貧民街の高台にいるようで、ずっと動かれていないらしくて……」
「ダンテさんが? どういうことだ……」
レイから伝えられた真実。ダンテが足止めされているという事実はシュウの考えを乱すのには十分だった。
確かにおかしいとは思っていた。
最強であるはずの彼が、魔獣の討伐に赴かない。
ガイウスですら戦況を覆したのだから、ダンテが動いてれば魔獣の討伐は既に終わっていた。
彼が動いていれば、無残に散った命を救えたのかもしれないのにだ。
「くそ……てことは、もう奥の手は放たれてるってことなのかよ……」
「それに、そのガイウスさん。恐らくではあるのですが……焦った貴族達が、味方ごと薙ぎ払う殲滅魔法を行使し、騎士達が……犠牲に」
「まさか、だがやりかねないこともない、か。全く、予想されていた事だが……」
苦々しい口調で語るガイウスとレイだが、シュウには聞き逃してはならない単語があった。
今彼らの発言には騎士の犠牲、とそう言っていて──。
「おい、ガイウス。殲滅魔法って何のことだ」
「言葉の通りだ。光魔法を収束させ、広範囲魔法で殲滅するという所から取られた魔法の事だよ」
「それを、撃ったのか? 仲間がいるところで!?」
怒鳴りつけるような調子で問い詰めるシュウ。
いや怒鳴りつけるように、ではなくどう見たって怒っている。
当然だ。貴族達だとか関係なくそれを撃つことで失われた命があるのだから。
「お前は、さっき言ったよな。こうなることは予想出来てたって。だったら、止められたはずだ!」
シュウは別に自分が特別だとは思っていない。
特別にすら成り切れない平凡以下の人間。だが、感性だけは普通のつもりだ。
普通の人間を自称するなら、止められた悲劇を見過ごした誰かに激情をぶつけるのは当たり前のことで。
「どうして、止めなかったんだ!?」
八つ当たりも甚だしい。
そんなことぐらい、シュウにだって理解できている。
それでも、止まらない。
「お前は、分かってて見殺しに──」
「こんなことを私だって望んでいるわけではなかった!」
ガイウスの怒声が、家中に響き渡った。
「確かに今回見殺しにした。予測出来ていて、敢えて見逃した。──それは、私が受けるべき罰だ」
揺らぐことのない藍色の瞳で、仲間を殺した罰を背負うと断言した。
「最善とは、いつだって最悪の選択肢だ」
ガイウスが、呟いた。
「誰かが助かる未来を捨ててまで、何かを成し遂げようとするのは最善を選んだ結果だ」
あるいは、それは自白に近かったのかもしれない。
「誰もが最善を選んだからこそ、この結果に結びついた。──罰は必ず受けるつもりだ。最善という闇に魅入られた、愚かな私はいつか天罰が下るだろう」
最善を選び、彼にとって信念であったはずの救うこと。
それを放棄した。
自らの信念を曲げた行いに、必ず報いるとガイウスは呟いた。
「悪かった。ガイウス。勘違いして、本当に」
その想いを直に受け、シュウは自らが勘違いしていたことを悟り、素直に謝った。
「いや、悪いのは裏で結果が分かっていようとも見逃した、私達だ。君が謝ることではない」
「──悪かったよ」
最後に誰にも聞こえない声量で謝り、この場は幕を引く形になった。
「──それで、どうします」
青髪の少女──レイは輪になって座っている他の三人に尋ねていた。
ちなみに配置はレイの右隣にガイウス。左隣にシモン。真正面にシュウとアスハの二人だ。
今、現在ミレとミルの両名は怪我をしており、話せる状況ではないので会談に臨めるのはこの四人だ。
恐らく、戦闘についてもこの面子でやり遂げるしかない。
ミレについては損傷が酷く、ミルは意識がない。
「一応聞いておくけど、このメンバーで反乱を鎮圧するんだよな」
「ああ。そのつもりだ。本来であれば私とレイ、シモンで行くはずだったのだが、そこに君が入っているということだ」
王都での反乱。
騎士達がいる中で、彼らは旗を上げた。
であるのなら、未だ見せていない何かがある可能性は否定できない。
本来であれば彼が率いる部隊でもって鎮圧する手はずではあったが、予定が狂わされた。
未知数な相手にたった四人で挑むのはいささか危険が伴いすぎる。
「──そ、それについて、なんですけど、その、私も、行っていいですか?」
と、そこで、おずおずとアスハが手を上げた。
「アスハ? でも、これは──」
「みんなを、率いてるのは、私のお父さんなの。だから、その……」
「嘘だろ……」
何という巡り合わせだろうか。
彼女の父親は一度だけ顔を見たことがある。
彼にシュウが抱いた率直な感想は優しそう、だ。いつでも笑顔を見せ、彼女を叱る時だってその根底には優しさがあった。
そんな優しい誰かが、反旗を翻した。
「つまり、君の父親が反乱の首謀者。そういうことだろうか」
「──は、はい」
「だからこそ、自分が止めたいと」
「──はい」
自分もついていくと語ったアスハに、ガイウスは言葉少なに彼女の決意を問いただす。
決して曲がることのない決意をしかと受け止め、ガイウスは嘆息する。
「──いいだろう。私は、彼女を連れていく事を押させてもらう」
「なっ!? おい、ガイウス!?」
「そうですよ! 何もそんなに小さな子を戦場になんて……」
ガイウスの発言を聞き、シュウとレイは止めに入るが結局彼の考えは変わらない。
「なら、俺は周りの魔獣だのなんだのをぶち殺す」
今まで会話に加わろうとしなかったシモンが、唐突に切り出した。
「ちょ、シモン。いきなり何を言って……ちゃんと前後の関係を使って喋ってくれないと……」
「だから、俺が周りを惹きつける。その間に、その子を連れて主犯のところに行けばいい」
「ちょっと待てってシモン! お前何を言ってるのか分かってるのか!?」
あまりの無謀な作戦にシュウも声を荒げる。
反乱を起こした彼らに、一体どんな力が与えられているか分かったものじゃない。
もしかしたら、準備なんて万端で一瞬で蹴散らされるかもしれない。
可能性は無限大。ここまでくれば、もはや何でもありだ。
無謀だとそう説得しようと立ち上がるが、その手前。
青髪の少女が仕方なさそうに嘆息して。
「分かったわ。私も囮になる。それなら時間は稼げるはず」
「いや、だから……」
「シュウ。説得は無駄だ。騎士というものは譲れない何かを掲げている。ともすれば、大馬鹿者の集まりだ。意志なんて変える気など毛頭ない」
ガイウスもシモンの策を押し、結局シュウ以外が容認。
多数決によりハチャメチャな作戦が通ってしまった。
「分かったよ。その作戦で行こう。なんだかんだ言って、それ以上浮かばないしな。でも、アスハは誰が送り届けるんだ? そこが一番重要だと思うけど」
言ってしまえば今回の作戦で鍵を握る人物であり、成功するか否かで被害が変わってくる。
そんな重要人物を、誰が送るというのか。
自然と視線がシュウに向かう。シモンが、レイが、ガイウスがシュウを見つめた。託すつもりなのだ。
彼らはシュウという新参者に。
信用などできるはずもない誰かに、命運を託した。
ガイウスの言っていた通りだ。
騎士など馬鹿野郎ばっかりだ。
なら、付き合うしかないではないか。
「分かった。俺が必ず送り届ける」
「了承してくれたようで何よりだ。もしも、彼女の呼びかけで通じない場合はすぐに逃げてきてくれ」
「ああ。無理はしないでおく」
方針は決まった。
やるべきことも、何もかも決まった。やり遂げるだけだ。
ベッドに寝かされているミルを一瞥し。
「何見てるの?」
「うわああ!?」
いきなり声を出したミルにシュウは腰を抜かし、咄嗟に壁に手を衝き、案の定タンスが揺らぎシュウへと降ってくる。
シュウはこんなときでも不幸なのであった。




