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24話 合流

 それぞれの咆哮が空を震わす中。


 シュウは炎に侵食されていない民家に入り、椅子に座っていた。


 先ほど──あの光景を見て、シュウの心を渦巻いていた感情はなりを潜めていた。


 なぜかは知らない。


 それに何より、目の前で優雅に佇んでいる騎士──ガイウスと交わさなければならない情報があるのだ。


 藍色の髪を晒す美丈夫は己の剣を見つめ──シュウの視線に気づいた。


「そろそろ落ち着いただろうか」


「ああ。悪いな、待ってもらって」


「気にすることはない。彼の話では殺されかけたようだしね」


 ガイウスはただ薄く笑って、後ろで休んでいる騎士──ミレを見た。


 彼も彼で相当な重症だったらしく、今は傷を癒している所だ。


 だがこの場にいる全員は治癒魔法が使えないので、止血を行い休ませているだけだが。


「一応聞いておくがあの場にはいなかったんだな?」


「ああ。私が気づいたのは魔獣の流れが一か所に集まっていることだけだ」


「ほんとか? 知ってて、見逃したわけじゃ、ないよな。──悪い。最近疑ってばかりでさ」


 先ほども聞いた事実をもう一度確認し、ガイウスに疑ったことを謝る。


「いや、そう言われてもおかしくはないことをした。──いずれ、何らかの形で報いるとしよう」


 王城の一連の事件。


 黒髪が殴られ続け、藍色が勝ったお話。


 そこに打算が含まれていたことは明らかであるし、別にシュウとしては気にしていない。


 ただ、どうしても好きにはなれない。


 つまりは付き合い自体はあるが、友達として認識していないといったところか。


「ま、そこは信じるさ。──それより、どうする?」


「どうする、とはこれまた抽象的な問いかけだが」


「悪かったな、具体的じゃなくて。だが、こっちとしても状況が分からないんだ。簡単に判断は下せない」


 貧民街は火に包まれ魔獣が跋扈し、本題である反乱が消えかかっている。


 これがあちら側の作戦なのだろう。


 全体にとって無視できない問題を積み重ね、主旨である問題をひた隠すための策だ。


「この混乱についてはやがて収束するだろう」


 ガイウスは窓から赤く染まる街並みを覗き、断言した。


「だが、大元は解決しない。やはり叩くべきは反乱勢力だ」


「反乱勢力はどこに?」


「分からない。この状況に乗り、正しい情報が伝わらない。恐らくはこれが狙いなのだろう」


 ガイウスは嘆息して。


「かなり大掛かりな作戦だ。つまり裏を返せば、これは秘奥の手。これが相手に取れる最大の一手だ。何年も前から布石を張り続けてきた」


「ということは、これさえ鎮圧すれば暫くは手は打ってこない?」


「そういうことになる。この仮説が正しく、この考えが相手の考えを射貫いているのなら、だが」


 ガイウスの意味深な発言に、シュウは疑念を抱いた。


 そう、その言い方ではまるで違うと言っているようなものだ。


「じゃ、なんだ? これは外れてるってことになるのか?」


「いや、実際奥の手なのは変わらないだろう。──だが、私はこれだけでは終わらない気がする」


 憶測でしかない。


 この先に何が待っているのかなんて誰にも分からない。


 そもそもこれは誰が考えた作戦で、誰が実行しているのかすら分からない。


 言い換えれば、先行き不透明な状態だ。


「相手は魔族だ。あとどれほどの切り札を隠しているか。……客観的に考えれば、これでは手が足らない」


 魔獣を誘導し、反乱を誘発しただけでは五人将たる彼を出し抜けない。


 先ほどだって魔獣は彼の手によって殲滅された。


 で、あればどうしても一手足りない。


 まだ、隠し持っている可能性は大いに高い。


 ──だが、それを警戒して立ち止まっているようでは本末転倒だ。


「それで、現状は理解した。で、具体的にどうする。これが秘奥の手だと知っても何の役にも立たない」


「ああ。知っているとも。──だからこそ、私達が反乱の鎮圧を任された」


 シュウの前でそう呟くガイウス。


 これが魔獣の勢いに呑まれている理由の一つだ。


 最高戦力であるガイウスを魔獣の討伐に当てず、状況を速やかに終わらせるために最善を選んだ。


 ガイウス──並びに彼が統率する騎士達は軒並み練度が高く、王国でも圧倒的な強さを誇る部隊でもある。


「ローズ、さんはどうしてんだ? どっかで動いてるとか?」


 シュウはガイウスに未だ戦場で見かけない五人将の一人の動向について問いただす。


 目の前の青年で魔獣の一陣を倒したのだ。


 ということは、灰色の髪の女性は五人将最強と謳われているのだ。


 戦場に出れば否が応でも戦局は動かざるを得ない。


 五人将が一人出ただけでも流れが変わったのだ。もう一人が出れば、必ず戦局はいい方向に傾く。


 となれば、まずは彼女との合流を目標にして──。


「申し訳ないが」


「──?」


 シュウの考えを否定するように、割り込んできた。


「彼女は王城に居る」


「は──?」


 ガイウスは窓から、王都で最も輝く建造物──王城を眺め、言った。


 この最悪な状況の中で、最強は王城に居る。


 つまりそれは手札を一つ手放したことでもあるのだ。


「な、んでだよ。だって、ローズさんがいれば、この状況くらい──」


「理由は簡単だよ」


 意味が分からず、混乱するシュウにガイウスは指を二本立てて。


「まず一つは、王の警備だ。彼女の力が最強とはいえ、限定的なものだ。勿論対人戦でも、魔獣でも有効だが、条件がいささか戦場向きではない」


ローズを最強たらしめている力は、しかし今回のような泥沼のような戦いでは効力を発揮しないと断言した。


「それは恐らく敵方にも割れている。明確な発動条件までは知らないだろうが、それでも彼女が出ないことを相手は知っているんだ」


「つまりローズさんを計算に入れていない?」


「そういうことだ」


 最強である彼女の力が限定下でしか能力を発揮しないのであれば、わざわざ相手取る必要はない。


 だからこそ、魔獣、反乱。


 この二つに観点を置いた。


 警戒すべきは五人将の一人、ガイウス・ユーフォルのみ。


 だが、シュウにはどうしても腑に落ちないことがあった。


「だけど、気になることがある」


「なんだい?」


 王都に来てからの経験、事件が脳裏を駆け巡り、シュウの頭に疑問を描いていく。


 これもまた、彼の特技の一つだった。


 頭の回りが早い。


 それがこの場において如何なく発揮される。


「相手が警戒すべきはガイウスただ一人。だけど、そこにシルヴィアやダンテさんが入っていないのはおかしい」


 王国には気を付けるべき重要人物が二人残っている。


 『英雄』こそ、彼らが最も気を配るべき相手なのだ。


 だが、これまでの情勢を鑑みた結果──本来なされるはずの警戒は全くない。


 今朝の事件はシルヴィアに対する牽制だったのかもしれない。もしかすれば、あそこで足止めをするのかもしれなかった。


 だが、ダンテは?


 誰もが認める『大英雄』には手が打たれていないような気がする。


 これが秘奥の一手ならば、ダンテ対策をしないのはおかしい。


 まだ後何手か、敵方は残している。そしてそれは間違いなく戦場を揺らすものだ。


 シュウから打ち明けられた考えを吟味し、ガイウスは押し黙る。


「ダンテさんと連絡が取れないのは痛いな……」


 今自由に動ける身のはずのダンテが入ってこない理由があるのは分かっている。


 相手を牽制しているのか、はたまた──。


「で、あれば私と君で突貫するのは、早計に思える」


「ああ。迅速かつ冷静に相手の持ってる手札を見極めねえと、やばいことになる」


 未だ局面の鍵を握っているのは魔族だ。


 だからこそ、それを取り返すためには予想しなければならない。


 奥で休んでいるミレを横目に、二人で頭を悩ませていると。


 不意に、ドアが開け放たれた。


「はあっ……はあっ……ようやく、見つけた」


「レイ? なんでここに……」


 王都での事件で知り合った知己の登場に驚きつつ、青髪の少女にそう尋ねた。


「シュウ? そっちこそなんでここに──いや、先に」


 レイはこの場にいるシュウの事を気にかけたが、先にガイウスに向き直る。


「ガイウスさん。ダンテ様の居場所が分かりました」


「そうか。ダンテ様は今どこに?」


 レイが口を開こうとした時、もう一度今度は乱暴に開閉するドア。


 そこから出てきたのは、赤い髪であるシモン。


 騎士服である白い服には血がこびりついており、ここに着くまでの戦闘の多さを物語っていた。


 それと、同時に。


 二人の影が中に入ってくる。


 一つはシモンに背負われ、もう一人は怯えるように後ろからついてきた少女。


 琥珀色の瞳を宿した少女──アスハ。


 そして、もう一人は──。


「な、おい、ミル!?」


 シモンの背中に背負われている金髪の少女──宿で待っていたはずの少女の名を呼ぶ。


 綺麗なほどに輝いていた金髪は血で汚れ、その手には壊れた銃が一丁握られていた。


 ──期せずして、抗う勢力はここに集まるのだった。

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