23話 終わらない悪夢
シルヴィアの従者であるミルが魔獣達に囲まれ、銃声を鳴らした時。
シモンとレイは、王国でも有数の魔術師であるナルシアの所に来ていた。
しかし今回は貧民街近くに出しているような怪しいお店などではなく、王城内でだ。
王都で反乱が起こり、討伐隊が組まれてから一時間もたっていない。
そもそも、魔族がらみの事件の第一人者である彼らが動員されていないのには理由がある。
王国における最大戦力の『英雄』、ダンテ。その足取りは未だ定かではないのだ。
シルヴィアには何とか連絡がついたのだが、ダンテには連絡どころかどこにいるのかすら分かっていない。
それでナルシアに場所を割ってもらいそれを伝えるのが、今の彼らの任務だった。
「ナルシアさん? いますか?」
「うん? ああ、レイとシモンね。何の用? シルヴィアの居場所については教えたはずだけど」
レイとシモンが尋ねる前、ナルシアはシルヴィアの位置について言及していた。
見事予言──正確には占いで流れとやらを読み取った──を言い当て、実質ナルシアの仕事は終わったようなものだ。
彼女は確かに王国でも有数の魔術師であるのには変わりないが、戦える状況が限られている。
「それがシルヴィア様には連絡がついたんですけど、ダンテ様にはついていないんですよ」
「ダンテ様に?」
レイの口から告げられる言葉に、わずかに眉をひそめる。
「それは、おかしいわね……ダンテ様なら一緒にいると結果が出たのに……」
「そういうわけでもう一度占えませんか?」
レイは状況を説明し終え、ナルシアに再度の占いをお願いする。
「分かったわ。少し、待ってて」
ナルシアはレイのひいては騎士全体の願いを承諾し、奥へと引っ込んでいく。
これがナルシアのスタイルだった。
彼女は占いをするとき、必ず姿を隠すのだ。
人前では決して占わない彼女に不満を抱く者も多いが、あまりの正確さに何も言えなくなってしまう。
数分して、奥の幕が引かれる。
占いを終えたナルシアが出てきていた。
「どうでしたか、ナルシアさん」
「ええ。ばっちりよ。ダンテ様は今貧民街の高台にいる」
「なら、すぐに使いを……」
「はい、ストップ」
「むぐっ!?」
ダンテの位置を聞いたレイは、すぐさま使いを出そうと行動を開始するが、ナルシアに口を塞がれる。
「早とちりはだめ。今、ダンテ様は高台にいるけどどうにも動けない状況みたいね」
「動けない状況?」
ダンテには似合わないはずの言葉に、レイとシモンまでもが顔をしかめる。
ダンテは少なくとも、この王国では最強だ。
その彼が足止めをされている状況となれば、状況は更に詰みに近づいてくる。
「それと、シルヴィアと黒髪の子──シュウは貧民街にいるわ。ただどちらもはぐれてしまっているみたいだけど」
「──そうですか、ありがとうございます、ナルシアさん。どうする、シモン」
「何が」
今まで会話に参加してこなかったシモンに、レイは話しかけた。
実際問題彼は入ってこなかったのではなく、入れなかったのだ。
魔法をほとんど使えない彼にとって魔法の話は退屈で難しいらしく、その類の話には関わってこない。
「いや、ダンテ様の場所は分かったけどどうにもならないって話。こうなったら、あれかな。一度ガイウスさんやラクロスさんに指示を仰いだ方が──」
「いや、突貫しよう」
これからの状況を話すレイだったが、シモンによってそれは途切れる。
空気が凍った。
辺りの温度が一気に落ちて、まさに氷に囲まれているかのような感じにさせられる。
「──ねえ、それ本気で言ってるの?」
周りを巻き込む冷たい風は、徐々に家を凍らせていく。
「大体さ。私達の任務はダンテ様の位置を掴み、知らせることだよ。それ以上は任務外になっちゃうんだよ、分かってる?」
一見すれば冷たいかもしれない。
だが、レイは仕事に忠実だ。
その点をガイウスを始めとした上位の騎士達に評価されており、ゆえにレイは度々シモンのストッパー役として動いてきた。
愚直なまでに強さを求め、邁進する彼を止める役回りだ。
それを今日までこなしてきた。
「──ああ、本気だ」
一切臆することなく、答える。
一触即発の雰囲気がその場を埋め尽くした。
レイとシモンの大喧嘩。
後の歴史に大きく取り上げられるものの一つ。
それは容易く地形を変え、後始末が大変だったと誰かがぼやいていた。
昔のような剣呑な空気が流れる最中。
レイはふう、と溜息ををついて。
「──どうせ、引き下がるつもりはないんでしょ」
「ああ、そのつもりだ」
シモンとかなり長く過ごしてきたレイだ。
であればこの少年が何を言っても変わることはないということぐらい知っている。
「じゃ、まずはガイウスさんに合流する。いい? これは絶対よ」
「分かってるよ。──ああ、分かってるさ」
シモンが頷き、ともに貧民街へと歩き始める。
だが、少女には気づけなかった。
赤髪の少年の瞳には──怒りが籠められていたことに。
「ひどい、じゃ済まされないね」
そこに広がる景色を見て、レイはそんな風に呟いていた。
貧民街をわずか十分程度で踏破し、詰所を堂々と通り──は無理なので壁を越えて貧民街に来ていた。
ちなみに正々堂々と正面から来なかったのは、命令違反だと訴えられても面倒だからだ。
周りを埋め尽くす赤が、嫌というほどにレイの眼に焼き付いてくる。
それに──。
「シモン。魔獣の気配はする?」
「いや、全く」
魔獣の気配すらない。
貧民街にて確認された魔獣達だが、未だ壁付近までは来てはいないようだ。
「でも、さっき壁上で見た感じだと前線かなり危なさそうだよね」
「ああ。あの分じゃ、もう第一陣……いや、第二陣まで崩壊かもな」
前に広がる炎と未確認ではあるが高いところで確認した情報を結び付け、最悪の結論を弾き出す。
「そうしたら、大分やばいかも。後ろの人達はあまり実戦経験詰んでないから、バランスが崩れる、かもしれない」
それこそ最悪だ。
騎士が敗れれば無秩序に魔獣が跋扈し、王都は間違いなく終わる。
だからこそ、騎士達は死力を尽くし侵攻を止めてはいるものの結果はよろしくないようだ。
「手伝いに行くか?」
「まさか。先にガイウスさんとの合流を優先するに決まってる」
炎が蔓延する戦線から離れ、ガイウスとの合流を優先させる二人だったが、そこで光を見た。
「──?」
「──」
レイが上空を見上げ訝しみ、シモンは無言で空を見つめた。
次には何本もの光が青く染まる空を埋め尽くし、流星のごとく翔けていく。
「待って。シモンあれって」
「ああ。間違いなく殲滅を目的とした魔法だ。──だが、前線に居るやつらには報告したのか?」
光の属性──俗に殲滅と言われる魔法は、魔力をつぎ込み全員で打つことによって威力を変える絶対の魔法だ。
主な使用用途が魔獣の殲滅に使われている。
だが難点としては範囲がかなり大きく、味方の被害を考えないのような威力であるので使われるときは伝言を伝え、退避してから使っていた。
だが、今回はその兆候が見えない。
であれば。
「ということは、あれかな。お偉い方々が焦って命令でも出したのかな?」
「そうだろ」
今回ばかりは領地から呼んだ貴族達が仇となった。
彼らが独断で命令を下したのだ。
少しばかりして爆音が鳴り響いた。
爆心地から離れているとはいえ、相当な爆風が二人の体を凪いでいく。
「ガイウスさん、無事かなー。ま、あれだけで死ぬとは思えないんだけど」
レイは手を額に当てて遠くをのぞき込む仕草をし、自らの直属の上司──ガイウスを思い浮かべる。
そもそも、五人将は皆化け物の域に達している。
そんな彼らの一人が魔法ごときで死ぬとは思えない。
「じゃ、もう少し中心地に行ってみようか」
「ああ、ここらじゃ正確な情報すら掴めないからな」
ややあって、二人は貧民街の奥地に足を踏み入れていく。
爆風により凪がれた家々を眺め、レイは嘆息した。
周りを埋め尽くすのは炎や、同胞の血だ。
レイはそれらを眺め、歯ぎしりをし──自らが覚えている同胞の名前と照らし合わせていた。
勇敢に立ち向かった誰かの名前すら、風化されていくのは可哀そうだから。
レイがシモンに無理を言って確認してもらっている。
シモンが騎士達の顔を全部照らし終わり、レイの下に戻ってきた。
「どう? 全員のと合った?」
「ああ、殆どは。だが、ミレさんがいない」
ミレ──というのは、二人の上司でもあり気だるそうな目つきの男性だ。
本来であればその功績から上位の騎士に入っていてもおかしくはないのだが、彼自体面倒ごとを好まず今日まで辞退し続けてきたそんな変わり者の名前である。
「ということは、どこかに?」
「そうだろうな。あの人は戦場から逃げるような人じゃない」
彼の人となりを少しなりとも知っている二人は、生き残っていると結論付けた。
「──そっか。で、どうする?」
「ガイウスさんと合流するってのが、第一目標。だが、ガイウスさんはここにはいない」
「何か目印でもあればいいんだけどね」
そこで、ガラッと。
瓦礫が動いた音が聞こえた。
シモンが剣を握り、レイが杖を構え、戦闘態勢で振り返る。
「──えっと」
だが、そこにいたのは魔獣ではなく──一人の女性だった。
寝間着を着ており、見るからに顔は悪そうだった。
「あ、なたたちは……?」
「私達は──って、そんなことより、大丈夫ですか!?」
レイは声を張り上げて女性の方へ向かう。
頭からは血が流れており、瓦礫に足を潰されたのか歩くことすらままならない。
そして、最大の問題なのが。
「なに、これ。──呪い!?」
彼女は既に中までもがボロボロだった。
よく分からない呪いに身を蝕まれ、体が壊れていっていた。
これほどの複雑さ、レイでは治せないかもしれない。
そもそも彼女は戦闘担当であり、その役回りはナルシアを始めとした者たちの仕事だ。
だが、それでも応急処置だけでも施そうと手をかざし──。
「──!?」
不意に止められた。
女性の手が、それを遮った。まるで、それはしなくていいと言っているように。
「わ、たしには、いいんです。それよりも……夫が、アスハが……」
「ど、どういうことですかっ!?」
うわ言の様に呟く女性に、レイは驚愕を乗せ聞き返す。
「お願い、します。あの子を。アスハを、守ってあげて……」
そのために使うなと。
そう訴えてくる。
その迫力──とはまた違った何かに気圧され、レイは何も言えなくなった。
やがて、女性の瞳から光が失われ──。
一滴の涙が、レイの膝に落ちる。
ここにまた一人、関係のない誰かの命が失われたのだった。




