22話 複雑怪奇に絡まる運命の糸
シルヴィアとシュウが因縁の場所に行き、はや一時間が経った頃。
ミルは宿でシルヴィアの安否を憂いながら、窓で頬づえを突いていた。勿論、シュウの事など欠片も心配していないが。
そんなことを思いつつ、王都の景色を眺める。
そもそも、彼女が王都に来たのは今回が初めてだ。
今まで彼女は屋敷から出ることなく過ごしてきた。
それに関しては、彼女が幼少期から育ってきた環境に意味があるのだが、今それは関係はない。
他にも色々と懸念するべきこともある。
シュウが襲われたという暗殺者。
彼らがシュウを狙ってきたのには、恐らく意味があってのことだ。
牽制か、もしくは──。
それに王城での一件。
あれが今後世界にどのような波紋を呼ぶのか分かったものではない。
だが、ミルにとってはどちらも些細なことだ。
彼女が気にするべきはシルヴィアただ一人。
それ以外にミルの心を掴むものなど何一つない。
それこそが闇からミルを引き出してくれたシルヴィアへの感謝の気持ちなのだから。
(シルヴィア様の昨日の顔は凛々しかった……)
のだが、いつの間にかこんなんになってしまった。
ミルの唯一といっていい至高の時間がようやく訪れる。
ミルは戦闘の類に優れながらも、実のところ絵の才能もあった。
偶然見つけた地下室──ダンテの趣味全開の隠し部屋を見つけ、そこに秘蔵のコレクションを置いていた。
共に過ごすことで垣間見えてきた彼女の表情をとどめ、絵にしていたのだ。
それもシュウが来てからはかなり精密にはなったが。
「あの顔を描きましょうか。──でも、どこに置けば……」
そんな風に考え込んでいた時だ。北の方角。そこにて爆発音がした。
「!!」
通常ならまた貧民街での抗争か何かだと思い、普通に過ごすだろう。
だが、ミルは知っているのだ。
北の方角、貧民街の奥地にはシルヴィアがいることを。
窓から北の方角を見やれば、遠くにある山の山頂部分。
そこが削れているのが理解できた。
「何が……。いえ、シルヴィア様に任せるのなら、ここは大人しく待っていたほうが……」
正直、迷う。
ミルとしてはあまり目立ちたくはない。
あまり表舞台に出ようとすれば、彼らが許さない。
だからこそ、今まで直接戦闘には関わってこなかった。
散々迷った挙句、ミルは任せることにした。
『英雄』であるシルヴィアをミルは信じている。
だから、今回もいつも通りに信じるだけ。
そうして、絵に準拠するはずだった。
だが、もう一度。
先ほどより大きな爆発音が王都内に響き渡った。
「また、貧民街から……? 何が、起こってるの?」
流石に黙認出来なくなってきている。
しかも先ほどよりも大きい。
恐らくはイレギュラー、それもシルヴィアや騎士たちすら制御できないほどの。
「なら……行った方がいいわね」
すぐさま鞄の中から銃を二丁取り──そして、鞄の奥に控えている小ぶりの短剣。
昔、ミルが使っていた業物の剣である。
普通の短剣なら、猛牛の攻撃を受ければ一溜りもない。
だが、この短剣は圧倒的な切れ味を誇る。
ミルの得意とする獲物の最たるものだ。
ミルはそれを見て一瞬迷い、結局取った。扉を乱雑に開け放ち、宿から飛び出ていく。
目指すは貧民街。
そこで何が起こっているのか、この目で見極めなければいけないのだから。
貧民街に行くための唯一の道である詰め所は封鎖され、事件の大きさを物語っていた。
ミルの知る限り、詰所が封鎖されることなどありえない事態だ。
とはいえ、騎士達に目の敵にされるわけにもいかないので見つからない場所に行き、壁を登る。
正しくは助走をつけ、ジャンプで乗り越えたのだが。
中に入ってみれば、そこは地獄だった。
その場に漂う血の匂いと微かに残る魔獣の残り香。
つまりは。
(魔獣。それもかなりの数。種族は……ばらばらのようね)
魔獣の匂いを判別できるミルがその場の残滓を嗅ぎ、魔獣の存在を突き止める。
(それに……待って、どうして人間が人間を殺しているの──!?)
魔獣に殺されたものではないような死体。魔獣にやられたのであれば、ミルには匂いが分かる。
しかし、特有の匂いは少しも存在しない。
──と、言うことは。
(まさか、反乱? それも、大規模な。──まずいわね、戦力がほとんど揃っていない……)
騎士達を魔獣で減らし、肝心の首謀者たちは王城へと突き進む。
これが作戦だ。
単純に見えるが、今回五人将が任務で離れている時を狙った巧妙な罠だ。
警戒をしながら大通りに出るミル。
(なんて、夥しい血の量……。恐らく逃げ切れなかった者たちが……)
無残に殺された死体。
それも大多数確認出来る。
首が刎ねられているものもあれば、四肢が食い散らかされているものもある。
魔獣達の殲滅の結果だ。
魔獣達は相手が人間であれば、子供だろうと容赦なく食いつぶす。
そこに慈悲はなく、あるのは飢餓感と恨みだけ。
死んでいる者をどうにか出来る術など持っていない──昔、聞いた話に死んだ者を復活させられる秘術があるらしい──ので、その場を後にする。
埋葬や、弔いをしている場合ではない。
この惨状ではきっと他にも逃げ遅れた者たちがいるだろう。
死んでいる者よりも生きている者に対して全力を尽くす。
例え、それが新たな火種を生むことになってもだ。
一体、どれほどの魔獣を殺しただろうか。
シルヴィアとシュウを探している折、潜んでいた魔獣達がミル目がけて襲ってきた。
その度に倒し、撃墜し、魔力を込めた一撃を放ってきた。
だが、きりがない。
倒しても倒してもどこからか湧いてくる。
これほどの数相手に騎士達は対応できているのか。
少なくとも、シルヴィアや五人将ほどの実力者であれば撃退するのは容易い。
だが、実際に戦場に駆り出されているのは実戦経験もまともにないような新人の騎士達だ。
五人将であるガイウスとローズの姿がどこにも見えない。
(最前線に……? でも、これ以上は……)
ミルはとある建物を前にして、立ち止まった。
本能で悟った。
これ以上は本気で危険だ。
比較的魔獣の少なかった今までと比べ、匂いが辺りに蔓延している。
その数は──正確に判断すら出来やしない。
同時に血の匂いがこれほど以上に濃密になっている。
恐らくは、この建物の先からは間違いなく、最前線だ。
騎士達が命を削り、魔獣の侵攻を止めている場所。
ここが境界線。
この先を超えれば、きっとミルは窮地に立たされるかもしれない。
だが、溜息をついて。堂々と踏み越える。
もしも、シルヴィアがこの場にいたのなら彼女は躊躇することなく入っていくだろう。
で、あれば──従者たるミルも同じ道を辿るだけだ。
「な──」
思わず、目の前の惨状に絶句した。
尋常じゃない数の魔獣。それに騎士達の死体。
魔獣に気づかれないように近くにあった騎士の懐を探り、バッジ──見習いを抜けた時に拝借する、騎士となった証。
そこには第146期、と書かれていた。
最近、入ったばかりの新人。
それがこんな最前線に投入されている。
つまりは。
「第一陣は、壊滅状態。もしかすれば──第二陣も危ういわね」
客観的に戦況を見切り、魔獣に気づかれないように隠れながら進む。
だが、そこで変化が起こった。
空が、輝いた。
何本もの光の柱が空を翔けていくところを、ミルは見た。
同時に、爆風が押し寄せてきた。
ミルは腕で顔を覆い飛んできた破片から守り切ると、改めて落ちた方向を見る。
先は建物に防がれていて見ること自体は叶わないが、それでも雰囲気で分かる。
恐らくは魔力を束ねた一撃を前線に撃ち込んだのだ。
仲間諸共、焼き尽くした。
その光に釣られ、他の魔獣達も爆心地に向かっていく。
(──チャンス)
周りにいた魔獣達の数が激減し、ミルにとってのチャンスが訪れる。
ミルは懐から銃を取り出し、魔獣の頭に狙いを定め──。
放とうと、引き金を引く刹那──。
しゃがんでいたミルに気づかず、何かがぶつかる。
「え、わわ、きゃっ」
(──しまった)
音に敏感であり匂いで嗅ぎ分ける魔獣達に、気づかれた。
「ひっ……」
すぐ後ろから引きつる声が聞こえた。
「何をやってるの!? 早く逃げなさい!」
怒号のような咆哮を浴びせ、避難を促すが──。
「ま、待ってください。私は……黒髪の人を探していて……」
ミルは黒髪という単語に驚き、後ろに振り返る。
そこにいたのは琥珀色の瞳でこちらを見据える少女。
身なりはぼろぼろでまるで──。
「シュウが、言っていた子供……?」
「も、もしかして、黒髪の人の場所分かるの……?」
シュウ、という単語に食いつく少女。
間違いない。
目の前の子供はシュウが話していた貧民街の少女だ。
「な、なら……あの人の所に、私を連れて行って、ください」
おずおずとミルを見つめる少女──アスハ。
目的は一致している。
だが、お荷物を抱えたまま、魔獣が集まってきているこの状況を抜けられるとも思わない。
「ええ。分かったわ。少しだけ、そこに隠れていてちょうだい」
少女を庇うように姿を見せるミル。
獲物を見つけた魔獣は一斉に飛び掛かる。
「この先に行かせてもらうわ──!」
銃声が炸裂し、一つの戦いが始まった。




