5話 面倒な人
目の前に居る敵を倒すためにこの場へと急行してきた二人。赤髪の少年と青髪の少女。まるで騎士のような服を着た少年が腰に帯びている剣に手を伸ばし、青髪の少女は木材で出来た杖を取り出し、何か動きがあった際にはすぐに対処できるように待機する。
素人のシュウだからこそ分かりえないが、きっと少なからず武に通じている男性ならば感じ取っているのだろう。
この二人が、一筋縄でいかないことを。
赤髪の少年は少々イラついたように地面の小石を蹴り飛ばし、目の前の敵を睨みつける。
「お前が、この事故の首謀者か?」
「で、あれば、どうすると?」
「決まってる。──てめえのせいで、日課が台無しだ。せっかくの休みを削られたんだ。ツケは払ってもらうぞ」
心の底からゾッとする声音で、少年は剣を抜き去り──次には突貫。圧倒的な力を持つ敵へと向かっていく。
敵の能力をよく知らないまま、関係なしに突っ込んでいくその姿はまさに無謀と言わざるを得ない。流石に青髪の少女の方はそれに気づいているのか、大きなため息をつきて、すぐさま後方支援の構えを見せる。
冷静沈着に物事を捕らえる少女に、猪突猛進の少年。端から見ればこれ以上なく合わない二人だろうが、戦闘では頼れる存在同士だろう。なぜなら、足りない部分を補っているのだ。
とはいえ、シュウとしてはいきなり来られていきなり目の前で戦われ始めて。最早何が何だか分からない。
いや、シルヴィアからすれば森で目覚めたシュウ自体も不思議な存在であることは間違いないのだが。
「で……あの人たちは……?」
「魔族関連を中心に活動する人たちだね。二年ぐらい前から活躍してたって聞くし……たぶん、彼らに任せてても大丈夫だとは思う」
結局分からないことは聞く、という姿勢の下、シルヴィアへと質問。シルヴィアは嫌な顔一つせず、シュウの疑念を解くために質問に答えてくれる。
シルヴィアの言葉を要約すれば、つまり彼らは魔族関連を専門にした者たちらしい。二年前ぐらいから、ということは戦闘についても申し分ないのだろう。それについてはシルヴィアが安心してみていることからも推測できることだ。
そういうわけで、シュウも戦闘風景を拝見する。
赤髪の少年の得物は二振りの剣のようだ。この世界に剣術の概念があるのかどうかは知らない──というかあったとしてもシュウ如きには見切れない──が、完全なる独流には見えない。
元々優れていた動体視力によって何とか捉えきれているようなものだが、それでも繰り出す剣の軌道が似ていることぐらいは分かる。
とはいえ──やはり分が悪い。
いくら手数で押し切ろうと、圧倒的な力で上回られる。元々、おぞましい腕を武器として振るっているのだ。むしろ、ここまで保っている方がおかしい。
赤髪の少年の技量で、直撃自体は避けているもののいずれジリ貧なのは確定事項。ならば、どうするのか。
見てる限りでは少しずつ窮地に追い詰められていく赤髪の少年に、思わず危惧を抱かずにはいられないが──しかし、シルヴィアは一切動かない。
「えい……やっ!」
そこで、後ろから掛け声が響いた。慌てて後ろを見れば──先ほど、赤髪の少年と共に場に参上した青髪の少女が、魔法を放っている。氷だ。
何もない空中から、数十個を超える氷が生成され、男性へ向け射出。しかし、男性もやはりただ者ではない。次から次へと迫ってくる氷を腕を薙ぎ払うだけで粉砕。
だが、粉砕したことによって生じる隙。それを、赤髪の少年は見逃さない。青髪の少女の氷を足場にして、跳躍──そのまま勢いに任せて振り下ろす。
斬り落とせない。隙を突いた一撃が、腕に当たるも──斬り落とすことは叶わない。
男は一度態勢を立て直そうとして後ろへ飛ぼうとするも、少女の魔法が足に被弾。足と地面が氷によってくっついてしまい、その場からの離脱が不可能になる。
「くっ‥‥‥これが、狙いですか」
「悪いな。ただ、剣を振り回すだけの無能だと思っただろうが‥‥‥見当違いだったな」
「そう、ですね。私も浅はかでした‥‥‥ですが、私にもやるべきことがありますゆえ、さっさと解いてくださるとうれしいのですが‥‥‥」
「さすがにそれはしねえよ」
赤髪の少年は剣を男ののど元に当て、男の命乞いともとれる言葉を断る。
「そうですか‥‥‥ならば、致し方ありません。私も彼らの役に立ったということで‥‥‥さあ、はやく殺しなさい」
何か意味深な言葉を残し自らの命を絶つように要求する男に、赤髪の少年は追求せずに剣を振るわず代わりに拳を振り下ろし、男の頬にクリーンヒット。そのまま気絶し、今回の事件は終息となった。
赤髪の少年は男を肩に担ぎ、この場を去ろうとしてこちらに気づいた。
「あー、レイ。頼んだ」
「なんで私が……毎度毎度面倒なことを押し付けないでよ……いえ、それよりも『英雄』様。お久し振りです。壮健なようで、何よりです」
レイ、と呼ばれた青髪の少女は場を任せてくる赤髪の少年にぶつくさ文句を言いながら、シルヴィアへと話しかける。どうやら、彼らのやり取りを聞く限り赤髪の少年の方は喋るのが嫌い、というか面倒なようだ。恐らく、面倒ごとは全てレイが引き受けているのだろう。ご愁傷さまと言いたい。
「いえ、それよりもありがとうございます。本来であれば、私がやるべきことでしたのに」
「確かに、『英雄』の仕事は人に安寧を与えることですものね……そうすると、仕事を奪った形になってしまいましたけど……問題ないでしょうか」
「誰が解決したとしても、得られる結果は変わらないということです。本当に、ありがとうございました」
「そ、そんな謝らないで……と、ええと、貴方は……」
衆目の面前で深々とお辞儀するシルヴィアに、あたふたとするレイだが、そこでようやくシュウの存在に気づいたらしい。少女はシュウをじっと見つめ──。
「ササキシュウ、です……」
何となく、名前を欲しているのだろうと感づいたので、名乗っておく。取りあえず、また裏声にならなくてよかったと感じる。いや、本当に。
レイは一瞬だけ目つきを鋭くして──しかし、一度ため息をつき、手を差し伸べてくる。
「珍しい髪の毛だね。詳しいこと聞きたいけど、今は仕事中だから……でも、また会うかもしれないから、その時はよろしくね」
その手を取ることを、一瞬だけ躊躇う。だって、シュウとレイと言う少女は違う。才能に溢れ、努力して積み上げていた魔法の数々。それは、シュウでは為すことの出来ない、言い換えればレイとシュウでは根本から違っている。
だから、その手を取ることを躊躇ってしまった。何も出来ない愚図が、住んでいる世界の違う少女の手を汚すことを。
レイはただ首を傾げて。
「どうしたの──」
「レイ。早く行こうぜ。早くしないとこいつが起きちまう」
シュウに対して、疑問を口にする前に赤髪の少年が進言。そういうことでなんか戻って行ってしまった。そう言えば片方の名前を聞くのを忘れていたが構わないだろう。そう何度も会うようでは、本当に疫病神と呼ばれてもおかしくはない。
騒ぎが収まったゆえ、シルヴィアやシュウとしてもこの場に留まり続ける意味は特にない。シルヴィアとしてはどうやら衛士──騎士に会いたくないと言うことで若干早足で、だ。
歩くこと数十分。騒ぎがあった場所から宿に引き上げ、とにかく部屋の戻ろうと中に入ったところで気づいた。恰好がみすぼらしい男性が、宿の受付で騒ぎ立てていることに。
「おい! ふざけんな。衛兵に連絡しようとするんじゃねえ。俺はシルヴィがここにいることを聞いて来たんだ。つーか、早く呼べよ!」
「お、お客様お静かに、お静かにお願いします。だから、その人は今朝どこかにいってしまわれて‥‥‥」
「てめえ‥‥‥いい加減にしろよ? シルヴィが俺になんの連絡もせずにどこかに行くわけねえだろうが!」
とか何とか。これは、あの従業員さん気の毒だ。ああいう手合いは勘違いに気づくまでずっと文句を言い続けるやつだ。
とはいえ、視線を送り続けて感づかれ難癖をつけられるのも嫌なので、そそくさと退散しようと階段へと向かい──。
だが、シルヴィアはその逆へと歩き始める。その行動に、シュウが目を見開いて──。
「何やってるんですか‥‥‥師匠」
まさに衝撃の事実が彼女の口から出てきたのだった。