19話 動き始める戦局
二人の戦いに決着が訪れた頃。
場面は王城地下、牢獄へと移る。
五人将が一人、ガイウス・ユーフォルは破壊されつくした檻を見て、嘆息していた。
ここは牢獄という名からも連想できるかもしれないが、犯罪者のたまり場。言い換えれば巣窟だ。
ゆえに警備は王の護衛の次に厳重でありかなりの実力者が配置につき脱獄の芽を摘み取っていたのだが、結局はこのありさまだ。
その実力者たちは無残に殺されて──はおらず、なぜか処置されたような跡が残っていた。
それが今、ガイウスの頭を抱えさせている問題の一つでもあった。
何の目的であるがは知らないが、自らの姿を見られた事には変わりない。
であれば自らの存在を秘匿するために殺すのが普通だ。だが今回はそれをせず、あえて生き永らえさせている。
その意味が、ガイウスには全く理解できない。
それにもう一つ。
周りの犯罪者たちも脱獄はせず、騎士たちと同じ状況に陥っていた。
狙われたのは一つだけ。
二か月ほど前に、シモンとレイが吊り上げて持ってきた魔族がらみの男だ。
王国はこの男を尋問し、聞き出させたいようだったが頑なに喋らなかった。かといって、せっかく捕まえた魔族がらみの関係者なのだ。
簡単に手放すことも出来ず、こうして牢獄に投獄していたのだが。
(今の推測が正しいのなら今回これを引き起こしたのは魔族がらみの者達になる。だが、何かが変だ)
ガイウスは犯人に一応の目星をつけ、だが疑問に取られる。
今回牢獄を守備していたのは腕利きの騎士──15年前の戦争を生き残った本物の実力者だ。
当然、魔族にも詳しく並大抵の人物には負けない程の実力を兼ね備えているはずなのだ。
それが、今回の様に何も伝わらず全滅するのは道理が合わない。
(何らかのトラブルが起きたか、もしくは相当の手練れがいたか。あちらは内情すら分からない危険な敵だ。いくら切り札を持っていてもおかしくはない)
3000年前より続く戦争。
それだけ長く争っているにも関わらず、魔族には分からないことも多い。
例えば、幹部の事も。
「ガイウスさん。今、来ました」
思考にふけっていたガイウスを現実に引き戻したのは、後ろから投げかけられた乱雑な言葉だった。
「ああ、すまない。考え事をしていてね」
ガイウスはその訪問者に向き直り、謝罪をする。
目の前に立っていたのは、先ほどの声の持ち主。
燃えるような赤の髪で、強さを愚直なまでに求める少年──シモン・サイネル。
「ガイウスさん、問題って……ああ、それの事ですか」
その一歩後ろ。
離れた位置に立つ青髪でいつも王城から配給された魔導士の服──かなり服飾に拘っており、毛嫌いする者も多い──を着ている少女。
レイだ。
魔族の事件に際して、必ず出動させられる二人が呼びだされたのは最早言うまでもないだろう。
「さて、この状況を見れば分かるはずだ。──見事、やられたよ」
後ろに広がる惨状をひけらかすように手でさし示し、呆れたように呟く。
「うっわぁー。結構、酷い有様ですね。これ、収集付くんですか?」
ちなみに脳筋志向であるシモンは話には混ざらない。
いつもスタンスである。
いつものようにガイウスが指示を出し、彼らが解決する。
今回もそうだと思っていた。
だが、運命はそれを許すはずがない。
「大変です!! ガイウス様!」
突如、兵士が牢獄の扉を開けて入ってくる。
「どうした、何か──」
「貧民街にて一部武装した者たちが確認されました! 反乱です!」
ガイウスの声を遮って出てきたのは、最悪の言葉だった。
しかし、それだけに止まらない。
「並びに、王都内で魔獣が大多数確認! すべては貧民街からです!」
「なんだと!?」
これにはさすがに黙っていられない。
──何が、何が起こっている。
今伝えられた情報を羅列し、網羅する。
魔獣、貧民街の反乱。決まっている。決まっていた。
「やられた、か。これは始まりに過ぎなかったのか」
後ろに広がる光景を背に呟くガイウス。
ようやく全部つながった。
襲撃者が殺さなかったのも、単に意地が悪かっただけだ。
この後起こる絶望に直面させるように、生き永らえさせた。
そこに優しさのかけらなどない。
「シルヴィア様はどこに?」
「そっ、それが今朝早く貧民街の奥地へ向かわれたようで……」
今度もまた貧民街。
ガイウスの知らない所で何らかの事件が起こり、どこかで引き金が引かれた。
最早、後戻りはできない。
「ガイウス!? 話は聞いたな!」
「ラクロス様?」
「我々は今より、出動する。ガイウス、お前は部下とともに反乱の鎮圧に尽力しろ。我々は市民の避難を誘導する」
「了解しました」
目まぐるしく戦局は動いて、誰にも予測など出来ない。
その時々の最善を選んだとて、次の瞬間には後手に回っている。
貧民街の一角。
シュウの財布を奪った少女──アスハは貧民街を駆けていた。
先ほど入った情報。それは貧民街の反乱。
流石に貧民街全体の住民が反旗を翻しているわけではないものの、それでも年端も行かない少女の芽から見れば大勢の進行であった。
(──伝えなきゃ)
日頃通っている抜け道、大人たちすら知らない抜け道をフル活用し、とある少年と少女を探しに行く。
大量の魔獣、そして変貌した大人達。
この絶対的な状況を止められるのは、恐らく『英雄』と呼ばれている少女達だけだ。
彼らに協力を仰ぐほかこの暴動を止める方法はないと、少女は足らない頭で必死に決断した。
湧き上がる大人達の合間をすり抜け、貧民街と他のブロックを分け隔てる壁へと走る。
一人の少女が判断した最善。
それは目まぐるしく変動する王都において、急速に風化していく。
同じく貧民街。その高台にて。
魔族がらみの首謀者と相対しているダンテは舌打ちした。
王都全体を揺るがす最悪の事件。
魔獣に反乱。
ダンテにはどうしてもこれが関係のない個の策だとは思えなかった。そう、まるで今までの事は全て布石であるようにしか思えないのだ。
思い当たる人物は一人しかない。
目の前の包帯男。
こいつほど頭が切れる者もそういない。
「やられた、か」
「さてさて、状況が好転したようで何よりです」
「上手くこの状況に持ってくるために準備していやがったな? この数年、いや10年前からの布石だったってわけか」
魔族がらみの事件が起き始めたのは10年前。
ローズという少女がダンテに救われ、とある部署に所属してからすぐの事だった。
その時に王国と商人国サジタハはともに大打撃を負った事件。
恐らくはその犯人が目の前の存在だ。
つまりは10年前から暗躍していたのだ。
「流石だな。頭の切れは衰えている、どころか切れすぎてやしねえか?」
「まさか。あの頃に比べれば、私も衰えましたよ」
ですが、と続けて。
「私は気づいたのです。知ったのです。世界を、次元を超える愛に!」
両手を広げ感情を高ぶらせ、叫ぶ男。
「全く、面倒じゃ済まねえな……」
「行かなくていいのですか? 貧民街には私が手塩にかけて育てた者たちが根を張っていますが」
「ま、なるようになるさ」
ダンテは風に煽られながら、シルヴィア達に任せようとする。
その判断が正しいかどうかすら、誰にも分からない。
南ブロックの高台にて。
ここにも誰かが佇んでいた。
全身を白の生地で出来た服を纏う少女。
一見すれば、人間に見えるその姿。
だが、実際は違う。
彼女は魔族。
正真正銘の魔族であり、王並びに最高戦力の幹部がいない今現在魔族を取り仕切っている存在である。
彼女の種族はダークエルフ。
古来滅んだはずのエルフ族の片割れだ。
黒い髪をたなびかせ、王都内での動きを見守っていた。
「セレス様。反対側より連絡がありました」
「反乱は成就せり。ゆえにこちらも行動を開始せよ、と。そうですね?」
「はい。その通りです」
ダークエルフの側近から伝言を聞き、わずかに口元を綻ばせる。
腰に据えた剣を力強く握りしめ、前を見据える。
「さあ、始めましょう。第一目標はササキシュウ。そしてダンテ・ウォル・アルタイテです」
糸は複雑に絡まり、もはや誰が主導を握っているのかすら分からない。
そんな最悪の情勢の中、ここに王都最大の激戦が幕を開ける。




