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7話 王城へ

 財布を盗った少女の影を追っていく。


 ──早い。


 シュウも平凡程度の足であることは自覚しているが、それにしたって速過ぎる。


 恐らくはあの年代の速さを軽く超えている。


 元の運動神経が優れているのか、それとも魔法を使っているのかは知らないが、その差を詰めることは出来ない。


 いや、違う。


 きっと必死なのだ。貧民街という地獄の中で、生き残るために。


 食料や明かり、道路整備すらまともになく尚且つ監獄の中で監視されているようなこの区画で生きるために。


 必死になっている。文字通り死に物狂いで。


 あんなに幼い少女が、人の物を命がけで盗っている。


 そうしなければ、死が彼らを待っている。


 どれだけ苦しくてもそうやって生き抜くしかないのだ。


 その事実に、シュウは怒りを隠せない。


 やがて。


 少女が入っていったのは大きな蔵のような場所だった。


「で、そろそろ返してもらえないかな」


「ここまで、追ってきた人、初めて……」


 蔵の天井には大きな穴が開いており、そこから月の光が漏れ出している。


 そこに先ほどの少女は立っていた。


 村で出会った少女を思い出させるような琥珀色の瞳をしていた。


 人と話すのはあまり得意ではないのか、シュウの目を見ずに呟いてくる。


「それで、返してもらえないかな、俺の財布」


 シュウが財布を催促するように手を差し出す。


 しかし、当の本人は渡さないと言わんばかりに首を振る。


「だめ、渡さない。……これが、なかったら、お母さんが死んじゃう……」


 涙目で、そう訴えてくる。


「お願い……殺さないで、助けて……お母さんを死なせないで……」


 その懇願を聞いて、シュウは思い切り拳をぶつけたい衝動に駆られる。


 必死だ。


 大切な人を死なせないために。


 小さな少女が命を懸けている。


「ああ、くそ! いいよ、分かった。薬をもってくりゃいいんだろ!?」


 少女の懇願についに折れるシュウ。


「ほんとに……? 本当に、買ってくれるの?」


 上目遣いでシュウに向けてそう言ってくる。


「ああ、今回だけだ。次からは、人の物なんて盗るなよ」


 嬉しそうに目を輝かせる少女に、忠告すシュウ。


 少女もそれを承諾する。


 こうして、控えめそうな少女と迷子のシュウは二人で商い通りに向かうのだった。


















「それで、お金はもう残っていないから私のお金を使うってこと?」


 目の前の少女──シルヴィアに今までの経緯を説明し、薬の件について相談していた。


 ちなみにシルヴィアと会ったのは検問所だ。一人立っていたのをシュウ達が見つけ、事のを求められた。


「大体合ってます。……本当に申し訳ございません」


 今日の夜に宿屋で過ごし明日の謁見に備えるはずだったのだが、シュウにより見事スケジュールは狂わされた。


 それにとどまらず、問題ごとを持ってくる始末。完全なる疫病神ぶりを発揮


 この場にミルがいれば、即刻説教だろう。


 琥珀色の瞳を持つ少女──アスハはびくびくとしながらもシュウの袖を掴んでいる。


「いいよ。私もその事情を聞いて、見ない振りはもう出来ないからね」


シルヴィアも少女の母親を治すことに賛成した。


「それでなんだけど……薬を買うより、確実な人知ってるから、そこにいってもいい?」


「薬よりも確実な人? それってどんな?」


「魔法使いの人。騎士の頃からの知り合いなんだ」


 シルヴィアの説明によれば、今は貧民街近くに拠点を構えているとのことだ。


「でも、そんな有名な人がいるなら、貧民街のとこでも知れてるはずじゃあ……?」


 その腕利きの魔法使いだが、有名である以上何かしらの情報は入るはずだ。


 しかし、アスハは首を横に振る。


「それは、仕方ないよ。貧民街に対して情報を統制して、都合の悪い情報は全て止めてるの。騎士達は何度も抗議してるんだけど貴族達がどうしても賛成しなくて」


 貧民街での事件も概要は伝わっていないんじゃないかな、と言うシルヴィア。


 情報統制により、情報が正しく伝わらず何が起きているのかを把握できない。


 貧民街の人口は王都の約4割に上り、暴動を起こせばただでは済まない。


ゆえに貧民街の人々はここから出ることを許されず、また貧民街にとって不安が煽られるような情報は統制し、檻の中に閉じ込めておく。


 まるで猛獣のように、だ。


 そして、少女に自らの上着を被せ、その魔法使いが構えているという場所へ向かう。


 辿り着いた場所にあったのは、怪しい店だった。


 魔法道具で紫色の光を放ち、無駄に豪華な装飾を施している。


 ──関わりたくない。


 一瞬で、そう判断する。


 しかし、ここで退けば少女の母親を治すことは不可能なので進む選択肢しかない。


 覚悟を決め、その中に入ってみれば。


「あら、久しぶりねシルヴィア。今回は何用? ああ、言わなくても分かったわ。そこの男と上手くいくか調べてほしいんでしょう? 任せなさい、私が占ってあげるわ」


「なっ……そ、ういう関係じゃないから……ナルシアさん!」


 まさかの初登場にてシルヴィアをいじる目の前の女性。顔は布で覆われていて見ることは叶わなく、体を大き目なローブで隠しているからかミステリアスな雰囲気を醸し出している。


「ふふ、まあ冗談はここでやめましょう。それで、いつこっちに来たの? 言ってくれればここに泊めたのに……」


「実はいろいろとありまして……それと、ナルシアさんが用意した場所には止まりたくないです」


 少し真剣な雰囲気を漂わせるナルシアに、しかしシルヴィアはどこか青ざめた表情で答える。


「それでなんですけど……少しやってほしいことがありまして……」


「へえ。つまりその母親を治してほしいと、そういうことでしょ」


 シルヴィアからの説明を受け、速攻でこっちの依頼を当てる。その速度には驚かされるが、そう言えば目の前の女性は魔法を使う医者のようなものなので、そこまですごい事でもないかと納得する。


「その通りです。ナルシアさん、どうか受けてくださいませんか?」


「そうね。……いいわ、やりましょう」


「いいの!?」


 その言葉を聞いて明るく目を輝かせるアスハにただし、と付け加えて。


「料金は高いわ。ごめんなさいね、私もただでやってたら収入なくて死んじゃうから」


「……分かってます」


 先ほどまでの明るさはなりを潜め、沈痛な表情で頷くアスハ。


「まあ、最初だからサービスつけといてあ・げ・る。それに……そこの男を贄にして火あぶりにしていいのなら無料でやってあげるわ」


「やめろ! まじで怖え!」


「冗談よ冗談。……見つけたのね、シルヴィア。貴方の『英雄』を」


 冗談を交わしつつ、最期の言葉だけは誰にも聞こえることはなかった。


















「お母さん! お父さん!」


 勢いよく扉を開け、そこにいたのはアスハの両親だった。


 男性の方は眼鏡をかけた優しそうな見た目で、女性の方はほっそりとしているが、恐らくは病気でギリギリの状態なのだ。


「アスハ!? 今までどこに行っていたんだ!? こんなに遅い時間まで!」


 男性はアスハの姿を確認するや否や、怒声を張り上げる。


 その怒声にアスハは一瞬だけ肩を震わせたが。


「それは、そのごめんなさい。……でも、お母さんを治せる人を、連れてきたの……」


「え?」


 その言葉を受け、玄関から一人の女性が上がってくる。


「ご紹介に預かりました。ナルシアと申します」


 丁寧にお辞儀するナルシア。


「では、さっそくお母様の容態を」


 手に込められる魔力。


 それは手に収束し、光と変わっていく。


 魔法──奇跡。


 不可能を可能に変える万能の力。


 魔法使いとは、俗に奇跡を操るとさえ言われる。


 一通り全体を調べ、ナルシアが下した判決は──。


「最近王都で流行っている病の一種ですね。この病なら治療できるものですので、暫くお待ちください」


「お母さん……治るの?」


 不安げに呟くアスハ。その不安を解くようにシュウは笑いかける。


「ああ、治るさ。もうすぐでな」


「うん!」


 満面の笑みを見せるアスハ。それに釣られ、シュウも笑顔を見せる。


 その光景をシルヴィアはただ見守っていた。





















「ありがとうございました、ナルシアさん」


「いいのよ、私とあなたの関係じゃない。何度も一緒に寝た事だってあるのよ? ──ええ、あの時のシルヴィアの寝言ったらかわいくて……」


「な、ナルシアさんっ。そういう話は今じゃなくても……」


 貧民街での治療を終え、シュウ達は帰路に着いていた。


 既に時計の針は1時を過ぎており、大半が寝静まっている。


「さて、私は王城に行くけれど……あなたたちは、確か明日王城へ行くことになってるのね」


「ええ、そうです」


「そう……ええと、シュウ、だったかしら。気を付けた方がいいわ」


 ナルシアは不意にシュウを指さし、不吉な内容を突きつける。


「私、一応占いも出来るの。それであなたを占ってみたら、最悪だったわ」


「最悪? どういう風に」


 勝手に占われていたことに物申したいところだが、ナルシアの顔がふざけているものではないのでちゃんとした受け答えをする。ナルシアは少しだけ言葉を選ぶように沈黙し。


「これから、あなたを試練が、困難が襲う。常に神のご加護を受けていない状況でそれを受ければ……おそらく生きることすら困難ね」


「ナルシアさん、それは……?」


 ナルシアの占いの結果に、シルヴィアでさえも疑問を抱く。


「そして、直近の試練は、すぐにやってくる。私が言えるのはたった一つだけ。──今まで、築き上げてきた絆を、信じて」


「絆……?」


 自らに最も似合わない言葉に首をかしげるシュウだったが、ナルシアは明後日の方向を見る。


「これ以上は、別料金」


 口を指でふさがれ、何も言えなくなってしまう。


「それじゃあね、シルヴィア。貴方にも春が来ることを願っているわ」


「ちょ、ちょっと! ナルシアさん!」


 その言葉にシルヴィアが頬を赤に染めるのが見える中、シュウは先ほどの占いの結果に思いを馳せていた。


 ──絆を信じて。


 あるはずがない。


 あっていいはずがない。


 だって、それはシュウが自ら断ち切ったものなのだから。
















 賑わう教室。


 大勢の生徒が喋ったり、思い思いに過ごしている中。


 ただ一人。


 シュウは机に向かって本を読んでいた。


 その空間はシュウにとって嫌いだった。


 だって、シュウの事を──するから。


 そして何度も、あの目が向けられる。


 目の前には制服を着た一人の少年が立っていて──。


「──。夢、か」


 目を覚ましたのは、誰もいないたった一人の空間だった。


「よかった……あっちの世界に、戻らなくて」


 シュウの口を突いて出たのは、元の世界への帰還を望むものではなかった。

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