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6話 貧民街での出会い

シュウはフードを目深に被りながら検問所を通り過ぎていた。


シュウが向かう先は貧民街。その実質的な被害が及んだ二つの場所だ。


思い返すは犠牲者が多数どころではなく、数百人にも及んだ事件。


魔族の力を手に入れた男がシルヴィアという『英雄』の後継者を倒すためだけに起こした事件だ。


「ここが……あの時の場所……?」


 思わず呟く。


 それも当然なのかもしれない。あの時の面影など何一つ残っていないのだから。


 お世辞にもいいとは言えない家が並び立っており、汚いとは言えど道があったはずなのに、今は何もかもが削り取られ、平地になっている。


 まるでここで起こった事件を人々の記憶から消し去るように、その存在を消去した。


 暫くその光景を見つめて溜息をつき、歩き始めた。


「帰るか……」


 神妙な面持ちでその場を去るシュウ。


 そんな沈痛な雰囲気が周りを覆う中、その雰囲気をぶち壊すかのように。


「よお、クソガキ。こんなとこで何してやがんだ?」


 だが、一人の男が前から話しかけてくる。外套を乱雑に着飾り、特徴が乏しい男性だ。唯一の特徴と言えば、その首に古ぼけたマフラーを巻いているぐらいか。


「いや、そのここを見ておきたかったので」


 適当にあしらおうとして、しかし嘘偽りのない言葉を述べた。


 見ておきたかったのだ。


 自分が変わろうと、そう決意した場所をもう一度一人で見てみたかったのだ。


「そうか……しかし、ここも変わったな」


 シュウの考えを読んだのか、話題を切り替える。


「え?」


「いや、昔はこんなじゃ、なかったんだけどな」


 どこか懐かしいような、そしてダンテには似合わないはずの顔で、独白するように呟いた。


「そりゃ、平地ですから」


「そういう意味じゃなくてな……」


 呆れられる立場にあるはずのダンテに呆れられた事に若干のショックを受ける。


「俺は、まあ、昔この辺りに入り浸っていたんだ」


 昔の事に思いを馳せ、語り始めるダンテ。


「まあ、この辺に住んでいたわけじゃないんだがな」


 ダンテはその時のことを目を伏せながら思い出す。


「なんつうか、見るからにほっとけない奴がここに住んでいたんだ」


 どれだけ貧しくても元気に振る舞い、区画全体に活気をもたらした少女。


「どんだけ苦しくても、笑って明るい奴なんだけど、どこか抜けてるやつでよ」


 料理で笑顔を作ることが夢と言っておきながら、何度も調味料を間違え食べる人の舌を殺してきた誰かを思い浮かべる。


「虫すら殺せない臆病者だったんだけど、それでも誰かと戦うことを強制された馬鹿なやつなんだ」


 戦場でも誰も殺さない、不殺の英雄とすら言われ、現在の英雄たちに多大な影響を与えた真の英雄の笑顔が、今もダンテの脳裏から離れない。


「戦場でよ、倒した相手に情けかけて殺さずに何度も窮地に陥って……何回、その尻拭いしたか分かんねえや」


 尻拭いをして、何度も叱られた。あの時の怒った顔もダンテは一生忘れられない。


「それでも、くそみてえな考えしか持てなかった俺を、変えてくれたんだ」


 一つの思いを胸に秘め生きていたダンテに、世界の素晴らしさを教えてくれた。


「確かにそいつはどんくさくて、天然で、馬鹿だけど……俺の、僕の『英雄』だ」


 叶うはずのない夢をいつだって言い続けて、思いを貫いた『英雄』。


 まさにそれはダンテの光だった。


 暗い道をいつだって歩いてきたダンテに、違う道を示してくれた誰か。


「だから、俺はまだ戦うんだ。果たすべき宿命のために」


 決意をその瞳に宿し、独白を終えるダンテ。


 ダンテのその揺るがない意志に、何も言えなくなるシュウ。


 終始、圧倒されていた。


 ダンテの懺悔するかのような悔恨の声に、何も返せない。


「今の、話は……シルヴィアには?」


「いいや、してねえ。──これは、俺が選んだ道だ。だから、何も言わない」


「──どうして」


「決まってる。──俺がやろうとしていることは、もしかしたら最悪の事で、あいつに叱られるかもしれない。……でも、俺はやると決めた。なら、退くことは出来ねえ」


 シュウは、ダンテという男を見誤っていた。


 違っていた。


 彼の性格を、思いは、見立て通りの人間ではなかったのだ。


 同時に今更ながらに理解する。


 目の前に立っているのは、『英雄』なのだと。


「──ま、この話はシルヴィアには内緒な。さすがに俺の惚気話を娘に聞かせるのは難易度が高い」


 あくまでもシルヴィアには語らないつもりなのか、そう言ってくるダンテ。


「なんで、俺にこんな話を、したんだ?」


 もはや敬語で話すのも忘れ、そう呟くシュウ。


 そう聞かれることを予想していたのか、ダンテは背を向けて。


「さあ? だが、俺と似ててな。──大事なもんは、無くすなよ。命がけで守れ。ただそう言いたかっただけだ」


 教訓、自らの経験談。


 それをシュウの心に叩き込んだ。


 きっと、この言葉を生涯シュウは忘れないだろう。


 心に深く刻む。


 不意に、ダンテは向き直り、シュウの瞳を除く。


「何を恐れてるかは、知らねえが──後悔はすんなよ」


 初めて、シュウは肩を震わせ、ドクンと心臓が跳ねる。


 その瞳はまるで早鐘の様に鳴り響く心臓を表しているかのように、揺れていた。


 ──気づいている。


 シュウが何を恐れ、何に怯えて生きてきたのかを、見抜いている。


「ああ。それと、王との謁見が終わったら、もう一度ここに来い。シルヴィアと一緒にな。面白い物見せてやる」


 それだけ伝えて、去っていく。


 だけど、シュウの瞳は揺らいだまま、その背中から目を離すことは出来なかった。





















 暫くして。


 ようやく金縛りが解けたシュウはシルヴィアたちと合流すべく商い通りに向かっていた。


「てか、今日の宿すら聞いてねえ……やばいな、本格的に詰んだ」


 だが、シュウには宿すら分からず、ましてや電話機能があるわけでもないので連絡を取ることは出来ない。


「いや、でもシルヴィアがいたらたぶんみんな集まってくるだろうから、そこに行けばなんとかなるか……?」


 現状を再確認し、最も可能性の高い選択肢を選び出した。シルヴィアは今『英雄』の後継者として注目されているだろう。ゆえにシルヴィアが現れるだけで人だかりが出来る──はずだ。


 とは言え、正直貧民街から商い通りに行く道についてシュウはほとんど知らない。


 ダンテに全く知らない丘に連れてこられた時点でシュウは迷子だ。


 上を見上げれば太陽は既に沈んでおり、星が街を照らしている。


 これが、商売が盛んな商い通りや東ブロックなら魔法道具の光が町中に溢れていたが、貧民街は違う。


 真っ暗だ。


 街を照らす魔法道具すら配置されておらず、おまけに道は迷路のようにうねっている。


 また、出口は他のブロックに繋がっている検問所しかない。


 まるで隔離されているかのような閉塞感。


 生気が感じられず、いるだけで憂鬱になる空間。


 そこから一刻も早く出たいと足を進め。


「きゃっ」


「ん?」


 曲がり角を曲がったとき、小さな衝撃がシュウの腹を打つ。


 目の前にいるのは7、8歳ぐらいの子供。


 身なりはいいものではなく、髪もぼさぼさで服だって上着が立った一枚。シュウもあまり見た事はないが、おそらく貧民街の住民だ。


「大丈夫か?」


 未だ立ち上がらない少女に手を伸ばす。


 今度は昼の様に弾かれず、おずおずといった調子でその手を掴み、立ち上がる。


「あの、ありがとうございました」


 少女はシュウに向かって行儀よくおじぎ。


 そして、そのまま走り去っていってしまった。


 ただその後ろ姿からはどこか焦っているような印象も受ける。


「なんで、あんなに焦ってるんだ……ん?」


 少女の仕草を疑問に思いつつ、前に向いたとき、違和感があった。


 無意識に、自らのポケットに手を伸ばし、中にあった財布を確認し──。


「ねえ!!? 財布すられた!?」


 思い出すは少女のどことなく落ち着かない仕草。


 人間はやましいことがあれば、すぐに顔や仕草に出る。


 それと同じ。


 ──で、あれば。


「財布返せえええ!!!!?」


 シュウの怒声が人気のない貧民街に響き渡った。








 同じく、貧民街にて。


 倉庫のような一段と暗い場所。


 そこでも同じく怒声が響いていた。


「なぜだ!? なぜ、貴方たちが退く!?」


 眼鏡をかけた優しそうな男性は、しかしこのときは声を荒げていた。


 そんな男性の怒気にも臆すことなく、壁に寄りかかっている男性は普通に受け答えをする。


「今言った通りさ、俺達は今回の戦闘には加わらない。俺達は言ったことは守る主義だ。それに…‥、まだ滅ぼすには早い、って思ってね」


「では、私たちはどうすれば……?」


「そこの奴に聞くといい。──策は残ってるんだろう?」


 それまで静観を決め込んでいた男性──全身に包帯を巻きつけた誰かに質問を投げかける。


「ありますとも。ですが、これは非常にリスクが伴うものでして──」


「あるのか!? なら、今すぐにでも!」


 男性のゆったりとした回答を遮り、眼鏡の男性は策を話すことを求める。


「では貴方の勇気を、見せてもらいましょう」


 そう言って、懐から取り出したのは怪しい注射器。


 それを眼鏡の男性の腕に打ち込む。


「があああああああ!!???」


 打たれた瞬間、弾けた様に声が上がる。


 全身を焼き尽くすほどの痛みが、眼鏡の男性を迎え入れる。


 やがて。


「ふふ、成功ですか。まさか成功するとは……その優しい顔の下に、どれほどの憎悪を溜め込んでいたのか……。まあ、それも今日までです」


 包帯姿の男性は月下に晒されながら、恍惚とした表情で腕を広げ呟く。


「さあ、参りましょう。まずは、始まりの合図を鳴らすことから」


 世界の動乱は、王都での最悪の事件は足音を潜めながらゆっくりと近づいてきているのであった。

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