3話 状況の確認
テーブルに運ばれてきたのは、小さな茶碗に盛られたご飯とドレッシングなど調味料が一切かけられていない野菜の料理だった。
今まで引きこもりの生活を送っていたため、分量的には全く問題ない。
異世界とはいえ、世界によって文明等の違いはあるはずだ。シュウが推測するにここは王道も王道──中世ぐらいの文明レベルだろう。
だが、そこで早とちりをする訳にはいかない。中世を超えたオーバーテクノロジーがあったとしても何ら不思議はない。
それを裏付けるのか否か。最後に運ばれてきた料理が、シュウのその考えを肯定する。
「これは‥‥‥目玉焼き、なのか?」
そう、目の前にあるのはあちらでも随分とお世話になった目玉焼きなのだ。
日本にいるのならば一度は誰でも食べたことのあるかもしれない目玉焼きが、しかも完全な再現度を持って異世界に存在していることに疑問を持たざるを得ない。
隣を見えてみれば桃髪の少女──シルヴィアは目玉焼きに対して何の驚きも持っていない。それも当然だだろう。宿屋で出てくるぐらいなのだから、有名でなければなるまい。
そんなどうでもいいことを考えているシュウをどう思ったのか、シルヴィアは箸を持ちながら苦笑し。
「最初にそれを見た人って必ず気味悪がるか驚くんだけど……でも、シュウは反応が薄いからどこかで見た事あるの?」
「これって‥‥‥いつからあるとか分かる?」
「えっと、確か十年ぐらい前から広まったって聞いてるんだけど‥‥‥」
十年前。実際それが正しいのかは分からないが、少なくともこのレベルの時代にこんなものを作るような事は恐らくはないはずだ。
であれば、導き出されるのは一つだ。
──いる。確実に一人、シュウと同じような人間、つまり召喚か転生の手順を踏んでこの世界にやってきた人物が。
探し出さねばなるまい。訳も分からずこの世界に放り出された身としては情報がどうしても欲しいのだ。
ひとまず出された食事を一通り平らげ食器を片付けた後、シルヴィアの前に座る。
「とりあえず、昨日はありがとう。あのままだったらあいつらに殺されてたよ。まあ、だからお礼がしたいんだが‥‥‥」
「ううん、お礼なんていらないよ。誰かを助けるのが私の使命だから」
「お、おう……でも、それは流石に……」
使命──人助け。聖人だ。それ以外に彼女を表す言葉があろうか。所詮人なんて浅ましくて、自分のためならば他人を容易く蹴落とせる非情な生き物だ。
だけど、目の前の少女は違う。自分のためだと正当化して生きているようなクズどもとは根本から違っている。
きっとこの少女は優しいのだろう。誰よりも優しくて、誰よりも戦いになんて向いていないのだろう。
「使命……か」
使命は人に与えられた役割と同義だ。そしてそれは自ずと自分がやりたいことへ繋がってくる。それはかつてシュウが探し回ったものであり、きっとシュウ如きには見つかるはずもないものだ。
その呟きが聞こえたのか、桃髪の少女は首を傾げて尋ねてくる。
「シュウにはやりたいこと、ないの?」
「いや、俺には‥‥‥今のところないな」
今のところ、どころかたぶん永久に見つからないとは思うが。
「そうなの? でも決めといたほうがいいかもしれないよ。そうすれば、少なくとも迷う必要はなくなるし」
「それ、父さんによく言われたよ。まあ、結局今になっても見つけらんないけど」
──やりたいことを見つけろ。この言葉は親から──主に父さんからよく言われていたことだ。
人は目標を決めたほうが成長できる、というのを耳にタコができるまで聞いた気がする。だが、それはあながち間違いでもないのだろう。
シュウの父──佐々木英一もきっとそうだったのかもしれないのだから。自分の経験を子供に教えるの何て定番なのだから。
だけどシュウと英一はどこまでも違う。例え英一がそうであったとしても、シュウはそうではない。
その違いが、散々シュウを苦しめてきたものに違いないが。
それに何を思ったかはわからないが、シルヴィアも頷く。
「私も、その家族に‥‥‥師匠によく言われてた。でも、やりたいことを見つけろ、じゃなくて、大切な人を見つけろ、だったけど」
「へえ‥‥‥師匠なんているんだ。会ってみたいな」
「え!? いや、いいよ! 私が男の人連れて来たらなんて言われるかわかんないから。それに過保護というか‥‥‥だから、会わないほうがいいよ!」
なぜか顔を真っ赤にして必死に親の悪いところを言っているが、真意など分かるはずもない。
とはいえ、基本的に親からすれば子供は何よりも可愛い存在だろう。その点で言えばシュウは親に基本反抗的だったため、そう思っているかは分からないが。
「いやいや、過保護ってほどでもなくない?むしろ普通だと思うんだが」
「え……そうなの? 知らなかった‥‥‥ナルシアさん……余計なことを……」
知らない名前を呟き、密かに何かを決意したように拳を握るシルヴィア。何か盛り上がっているところ悪いが、そろそろ教えてもらいたいところだ。
「あ、えっとさ。そろそろ、ここについて話してもらいたいんだけど‥‥‥」
「ごめん……じゃあ、まずこの国のことから説明するね」
まず始めに、今シュウがいるのがイリアル王国と呼ばれる場所の王都、レイリアであること。
この国の発端はまず、3000年前にあった王国が大戦と呼ばれる戦争で滅び、新しくできたそうだ。つまるところこの国は3000年続いていることになる。また戦争において、終戦に尽力したのが『英雄』と『賢者』らしい。ただ、3000年間、魔族との戦争は幾度となく繰り返されている、とのことだ。
「そのくらいかな。この国については」
「そうか。‥‥‥しかし、そうなると甚だ疑問だな。なんで俺がここに来たんだよ……」
もしも魔王が居るのならば、何か明確な目標があるのならばまだ良かった。だってそれは手がかりが少なくともあるということなのだから。
だけど、それすらもない。この世界にシュウを呼んだ張本人は一体何をしてほしいのだろうか。
「それで、さっき言った魔族にも王様がいたって噂だけど……今は聞かないかな。3000年前の時に倒されたっていうのが今の見解だからね」
先ほどの説明に出てきた魔獣に魔族。シュウはその一端を見ただけに過ぎないが、それでも十分用意は伝わっている。あんな奴らと年中戦っているのだ。
そして、それらを束ねる存在──魔族の王。資料が欠損しているため、詳しいことは分かっていないそうだが、それでも当時の『英雄』とやらが全力をつぎ込んでようやく倒せたようだ。
「なんか質問してばかりで悪いんだけど……魔法とかってあるよね?」
異世界。つまり魔法。その連想が頭に思い浮かぶ人は少なくないだろう。かくいうシュウも、憧れてはいた。
期待などもはや微塵もしていないが、それでも一片でも期待してしまうのは性だ。
「うん。あるよ。ただ使えるかどうかは個人の才能にかかってるけどね」
あるにはあるが、やはり才能に依存するらしい。とすればあまり期待する物ではない。
所詮シュウ如きに、才能などあるはずもないのだから──。
「ただ、この国の人は魔法っていう言葉にはあまりいいイメージを持たない人のほうが多いから注意したほうがいいよ」
さっきまでの笑顔とは異なり、どこか思いつめたかのような顔で言う。
「えっと‥‥‥それは、なんで?」
「今、この国では魔法を広めたのが『賢者』っていうことになってるから」
『賢者』──先ほどの話に出てきた単語だ。確か、3000年前の大戦とやらで活躍したような話を聞いていたのだが、それに関係はあるのだろうか。
「100年ぐらいまえかな。『賢者』が王を殺しちゃったの」
「な────」
「ただ、15年前の戦争でその評判はほとんど覆されたんだけど、まだよく思ってない人たちも多いから」
「ちょっと待ってくれ。『賢者』ってのは、3000年前の人だよな?」
「うん、そうだね。それがどうかしたの?」
「いや、どうしたもこうしたもないんだけどさ。賢者って、今も生きてるの?」
「そうだよ。私も会ったことがあるから、そのうち紹介しようか?」
3000年前からの生存者。流石にそれは人間ではない。笑おうとして、しかし苦笑いすら作れない衝撃の真実だ。
「それと、もう一つ」
「うん?」
魔法の具体的な説明を後回しにし、最重要な事をシュウに告げるために指を一本立てて。
「人には特殊な力が宿る。それを私達は『オラリオン』って、呼んでるの」
『オラリオン』。人が持ちうるたった一つの異能。
魔法というものは本来人の魔力量などによって強いかが決まる──つまりは人の才能に直結するとのことだ。
だが、オラリオンは違う。
誰にも等しく機会が与えられ、平等の力。
「だけど、誰もが使えるってわけじゃなくて、誰もが等しくその可能性を秘めているってだけ」
「どういうこと?」
「私も発現してないから分からないんだけど、その力を発動させるには何かを強く思う必要があるの」
想い。『オラリオン』の発動条件は思いの丈や願いの強さによって変わるものだということだ。
想いや願いが強くならなければ、発動しない。
「そんなのが……あるのか」
「何でも、得られる力はその人によって変わるらしいから、詳しいことは言えないんだけどね」
だからこそ、固有の力。
もしかしたら、自分にも発動できるかもしれない、などという甘ったれた思想に近づいたその時。
店の外で突如爆音がしたのだった。
11月24日 大幅に変更しました。
そして、ここにてタイトルを入れるか悩みましたが、もう少し後にて本当に意味でのタイトル回収をしたいと思います。