プロローグ 消えない炎
とある日の昼下がり。
忙しなく動く雲を眺めながら、一人の青年はあの時の事を考えていた。
全てを失ったあの時の事を。
奇しくも、その日は今日と同じように忙しなく雲が動いているときだった。
燃える。
燃える。
燃えていく。
身の回りのすべてが火に飲み込まれ、熱風が一人の青年の頬を容赦なく叩きつけてくる。
周りには見知った顔、友の顔──しかし、今は熱波に煽られ、火に炙られその原型をとどめていない。
「う……あ……?」
ここから出ようと、そう足掻く。
しかし、体は言うことを聞かない。
体は常に倦怠感に苛まれており、動くことすら敵わない。
──何が、起こった?
炙られ続けた痛みと精神的なショックにより、正常に動かない頭を必死に動かす。
周りを確認しようと首を動かすが、風景は何も変わらない。
──赤。赤。赤赤赤赤赤赤。
燃え盛る炎が部屋を侵食し、部屋に横たわる全員の命を刈り取ろうと迫ってくる。
下を向けば、誰のものとも知らない血──赤が、辺り一帯を埋め尽くしている。
「ああああああああ!!!」
誰かの悲痛な叫び声が聞こえた。
それは騎士になることを夢見て、毎日剣を振るっていた誰かの断末魔。
「ああああああああ!!!」
また、誰かの凄惨な声が聞こえた。
それは毎日、酒場に入り浸っては愚痴をこぼしていた、だけど、国に忠誠を誓っていた誰かの断末魔。
「ああああああああ!!!」
また、誰かの怨念の声が籠った声が聞こえた。
それは青年の親友の断末魔。
何度も、何度も、見知った誰かの断末魔が耳朶を打ってくる。
──やめろ。
そう叫びたい。
だが、喉を震わせることは出来ず、その光景をただ見守っているしか出来なかった。
そもそも──青年はイリアル王国の片田舎の出身だった。
普通の家庭に生まれ、長男として、家を継ぐことを決められていた以外は、幸福だった。
そんな彼が王都へ上がり、騎士見習いとなったのは15の頃だった。
一番の理由は、退屈な日常に飽きたから。
王都に行けば、騎士になれば、違う環境になれば少しは変化するかもと思ったのだ。
それ自体は誰でも思うことで、しかしそれを実行するものはほとんどいない。
青年もそうなるはずだった。
だけど、見てしまった。
美しい少女を。
目を奪われた。
たまたま村を通りかかった、茶髪の男性、そして桃色の髪の少女。
ありていに言えば、一目惚れだ。
それまでの色彩のなかった日常に、突如として色が塗られた。
それから決断は早いものだった。
王都に行くことを決意──そのまま、親に報告。
当然のごとく、猛反対された。
親の制止を振り切り、無理やり王都へと向かった。
そこから王都へ向かい、騎士見習いになった。
当時、剣の素人である青年が騎士見習いになれたのは、きっと残った魔族との抗争の背景があったのだろう。
こちらに残された魔族や魔獣の襲撃で多くの命が奪われ、人手が足りない戦局において、兵士が喉から手が出るほど欲しかったのだ。
あれよあれよと話は進み、騎士見習いになり、そして見惚れた少女に出会った。
──運命だと、そう思った。
そして、そのまま数年過ごし。
初の任務に派遣された。
そこで、何者かに火を放たれ、多くの命が奪われた。
「こ……ん、な……」
国に忠誠を誓い、命をささげる覚悟はあった。
だが、その末路がこれか?
結局、自分たちは捨て駒でしかなかった。
『英雄』の少女は脱出し、その少女を回収して国から派遣された騎士は戻っていった。
また一人、また一人と失われていく命の瀬戸際。
その目が、視線が、青年に浴びせられ何かを訴えていく。
──許せるのか、と。
こんな末路を用意した王国を、運命を、許せるのか。
そう、聞いては命が零れていく。
「許さ、ない……」
いつしか、力強く言った。
焼け爛れた右腕を斬り落とし、唯一無事だった左腕を使って壁伝いに歩き、窓から転落する。
「許せる、わけがない。復讐してやる」
目から血の涙を流して、そう叫ぶ。
「全部、ぶち壊してやる!!」
その日、新たな復讐者が、産声を上げた。




