番外編3 猫大魔神
今回のお話は、一章6話と7話の間の話です。
ダンテとのお話を終え、情報収集の一環として商い通りに向かっている途中。
その事件は起こった。
「なあ、シルヴィア。俺たちは今どこに向かってるんだ?」
王都に来たばかり──というよりかは、この世界に召喚されて間もないシュウには、土地勘がない。
ゆえに、今どこを歩いているかすら分からないのだ。
「私たちが向かってるのは東の商い通りだよ」
「商い通りっていうと……市場があるとこか?」
「そうだね。それに朝の事件の場所でもあるね」
シュウの疑問に優しく答えてくれるシルヴィア。
あちらの世界では全くと言っていいほど向けられなかった優しさに、シュウの荒んでいた心が癒えていく。
──なんてことはない。
正直、自らの妹にすら軽蔑されている有様だったので、荒むどころの話ではない。
もはや、それが普通だと思っていた。
誰にも感情を向けられず、それでいいと達観していた。
しかし、それは今回の召喚によって軽く粉砕される。
シルヴィアの優しさに触れ、知ってはいけない毒を知ってしまった。
その毒は一か所にかみつき、やがて至る所を蝕んでいく。
「あんなもの……もう、いらないと思ってたのにな……」
以前の自分を思い出し、物思いにふけるシュウ。
「どうしたの?シュウ。早く行こう?」
どこか様子のおかしいシュウを心配して、声をかけるシルヴィア。
シュウはシルヴィアになんでもない、と告げ、再び歩き始める。
──たとえ、その優しさがどんな打算を含んでいようと、関係ない。
人から向けられる優しさを簡単には信じられない。
それが彼の抱えている闇でもあった。
その途中。
たまたま見つけた露店に足を運んでいた。
「へえ……すごいな、この宝石類。超きれいだ……」
王都の東ブロックにある商い通りに行く途中で出会った宝石商の商品を見せてもらっていた。
「ええ。それは隣国アルベスタ教国から採取されたものなんですよ」
「アルベスタ教国ですか?でも、あそこは……」
「確かにあの国では鉱物の輸出は禁止されてますが、一部の鉱石だけです」
行商人とシルヴィアの話を聞く限り、そのアルベスタ教国というのは鉱石資源の国外輸出を禁止しているらしい。
「完全に輸出禁止してしまえば、他国からの恨みを買う場合もありますからね……まあ、個人としてもあまり行きたくない国ですが……」
「? どうしてだ?」
「シュウ。アルベスタ教国はね、宗教国家なの」
宗教国家。
一つの思想が国家に反映され、ラノベなどでは頭の固い奴らがそろっている国として有名だ。
「そうですね。かの国が神と崇めているのはたった一柱です。確か……慈愛の女神、だった気が」
「慈愛の女神……?」
「ええ。慈愛の女神。3000年前の戦争の折、人間に多大な貢献をしてくださったとの言い伝えがあります」
「それも、どこまでが本当かは分からないけどね」
最後にそう捕捉し、再び宝石を見始めるシルヴィア。
その視線の先には一つの宝石があって。
「これは……トパーズ、か?」
「シュウ、宝石の事分かるの?」
「ああ、まあね。昔、ちょっと調べてたことがあったんだ……俺が好きなのは、そうそう、これだよ、サファイア」
そう言って、宝石の中から見つけ出したのは青色の輝きを放つサファイアと呼ばれる鉱石だ。
「サファイア……きれい、だね」
「そうだろ、だから好きなんだ、この宝石。まあ、俺の誕生石なのもポイントなんだがな」
誕生石──それは各月ごとに決められている宝石の事だ。
色々と諸説あるものの、サファイアは基本九月の誕生石だ。
意味としては慈愛だのが入っている。
今の自分にそれが見いだせるとは微塵も思わないが。
「そう、なんだ。……? ねえ、シュウ、そろそろ商い通りに行こう?」
「えっ、いや、別にいいけど……いきなりどうしたんだ? そんなに慌てだして」
シュウが持っていた宝石をじっと眺めていたシルヴィアだったが何かに気づき、いきなり慌てだす。
「何でもないよ。それより、早く……」
何かから逃げるようにその場から逃げ去ろうとするシルヴィア。
その行動の意味がわからず、不思議に思うシュウだったが、路地から鳴き声が聞こえてきた。
その鳴き声はシュウにも聞き覚えがあり、シルヴィアもそれを聞いて、動きが止まる。
猫だ。
その大きさを鑑みれば、おそらくは子供の猫だろう。
どこか切なそうな声を、シルヴィアに向かって出している。
その声を向けられているシルヴィアと言えば、必死に体を震わせ、耐えようとしているのが分かる。
「あー、シルヴィア。もしかしてさ、猫嫌いなのか?」
「違うの。ただ、その、あまりにも可愛すぎるから……その、ね?」
つまりは嫌いではないが、猫を見ると衝動的に抱きしめたくなるらしい。
必死にそれを耐えるシルヴィアだったが、猫の鳴き声により陥落。
耐えきれなくなったシルヴィアは、猫を抱きかかえる。
「なあ、シルヴィア。商い通りに行かないのか?」
無駄だとは分かっていても、一応聞いておく。
「うん、行きたいんだけど……でも、この猫が……」
離れたいのに、猫がシルヴィアの腕にすりついてきて離すに離せないそうだ。
「で、これどうすんだ……?」
これを見かねた宝石商の人が、やむやく餌を与えてくれるまでこの状態が続くのであった。
『英雄』であるシルヴィアを陥落させる猫。
もしかしたら、この猫こそが大魔神なのかもしれない。




