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番外編2 初めての料理

ササキシュウがシルヴィアの屋敷で働き始めて数日間。


その途中での出来事である。


その日はいつも通り、朝食を準備していた時に事件は起こった。


「ん? ミル。今日の朝食なんだが……お前が作るのか?」


「何を言ってるの?朝食はいつもあなたでしょ」


当然と言わんばかりに言い返してくるミルだが、そこから察するにきっと彼女自体は作るのを放棄したのだろう。


ならば、ここに置いてある食材はなんだ?


通常、シュウは──というか、誰でもそうなのだが、余分な食材は保存する。


つまり使わない分は出さないのだが、どういうわけか台所にはシュウが使わない分の料理が置いてあった。


「とすると……シルヴィアか? でも、基本シルヴィアは台所に入らないしな」


「そうね。シルヴィア様は料理をしたことがないから台所には入らないはずだけど?」


ミルの口から意外な真実が漏れ出す。


ミルが言うにはシルヴィアはまともに料理をしたことがないらしい。


と言うのも、シルヴィアが料理しようとするとダンテがいきなり禁止令を出すとのこと。


そして、ミルが来てからは全部を任せていたため、料理はおろか台所にすら立ったことがないという。


「なんか箱入り娘感がすごいな……しかし、ダンテ、さんもどうして料理をさせないんだろうな」


「さあ。私にもわからないわ。というより、あの人の考えを理解しろという方が無理ね」


さりげなくディスられるダンテ。


雇っているはずの使用人からのこの評価。もはや泣いていいはずだ。


「まあ、とりあえず朝食の時にシルヴィアに聞いてみるか」


その結論に至り、結局その話題はお開きになった。







「え? 食材のこと? ああ、私だよ」


いつもの朝食の時間。


三人で食卓を囲み、食べているときに食材の事をシルヴィアに聞いてみた。


どうやら、読みは当たっていたらしく食材はシルヴィアが用意したものだった。


「そっか。やっぱりシルヴィアだったか。だけど、なんでまた?」


犯人、というか食材の件が分かり、安心した。


だが、人間とは強欲の塊だ。


知りたいと思ったことが次々と増えていく。


ゆえに、シルヴィアがなぜ食材を用意したのかが疑問になったのだ。


「えっと、今日はたまたま暇だったし……それにいつも作ってくれてるから、そのお礼っていうか……」


どこか恥ずかしそうに言うシルヴィア。


「おう……そういうことね。いや、確かにうれしいんだけど……シルヴィアって料理できるのか?」


「馬鹿ね。シュウ。シルヴィア様に出来ないことはないわ」


「なんでお前が答えんだよ……」


シルヴィアに聞いたはずなのになぜかどや顔で答えるミル。


というか、シルヴィアは一度も立ったことがないと言っていたではないか。


その信頼にシルヴィアはというと。


「いやまあ……その、料理についてはあんまりやったことなくて……一回だけあるんだけど、それ以来師匠に禁止令を出されて……」


「あれ? 料理したことあるのか?」


「うん。一度だけね」


聞いていた話と違う。


ミルの話によれば一度も料理したことがないとのことだったが、シルヴィア曰く料理をしたことがあるrしい。


ミルを振り返って見てみれば、ミルは頭を抑えて不思議そうにしている。


「──?いえ、覚えていないわ……」


「ミルも食べたはずだよ?」


「らしいぜ。どうしたよ。シルヴィアの事なら何でも覚えてるんじゃないのか?」


ミルを唯一いじれる所を見つけ、狙っていくシュウ。


しかし、その勢いはミルに睨まれ失速する。


「申し訳ございません、シルヴィア様。身に覚え、というよりは覚えておらず……」


「えっと、別にいいよ?私もその時の事あんまり覚えてないから」


放っておけば土下座でもしようとしたミルをシルヴィアが窘める。


「というわけで、今日の昼食は私が作るね」


「ああ。超楽しみにしてるぜ」


「わかりました。私も楽しみにしています」


そういうわけで本日のシルヴィア邸の昼食はシルヴィアの手料理になった。








「で、どんな料理作るんだろうな?」


仕事の途中、シルヴィアの料理が気になってミルに聞いてみる。


本来、仕事中は私語厳禁になっており、それを破れば恐ろしい罰則──24時間勤務を課せられる。


だが、今回ばかりはミルも何か思うところがあるのか、返答してくる。


「そうね……シルヴィア様の事だから、問題ないとは思うのだけれど……何か、悪寒がしてね」


「悪寒……?そりゃ、なんでまた?」


「いや、理由は分からないのだけど、こう何か、体が何かを拒否しているというか」


よくわからないが、傍目から見れば相当に顔色が悪いので、確実に何かがあったのだろう。


今のところはそれを知る手がかりはないが。


「とにかく、あまり体調がよくないのよね。まあ、昼食は食べるけどね。……シルヴィア様が作ったものだし」


「その言い方だと俺の時は食わないように聞こえるんだが?」


「よくわかったわね。もちろんその通りよ。だって、貴方とシルヴィア様の料理は文字通り価値が違うわ」


「いや、確かにそうなんだがなんか納得いかねえ……」


自らの料理にケチをつけられた気分に、納得がいかないシュウ。


とはいえ、シュウ自体もシルヴィアの料理を楽しみしている。


「おしゃべりはここまで。これ以上喋ったら地獄の24時間にするわよ」


そんな風に楽しみな午前は過ぎていくのだった。







午前の仕事を終え、腹ペコになった二人の前に飛び込んできたのは素晴らしい料理だった。


豪勢な屋敷に相応しいほどの豪勢な盛り付け、見栄えである。


この素晴らしさを伝えるにはきっとシュウの語彙力では足りない。


「おいおい……なにが、悪寒がするだよ。別に何もおかしなところはないじゃないか」


「ええ……そう、ね」


なぜかその料理を見て、動悸が早くなりだしているように見えるミル。


どこか体調の悪そうなミルを心配し。


「ねえ、大丈夫?具合が悪いなら、無理して──」


「いえ、大丈夫です。食べられますので」


シルヴィアの言葉を遮り、大丈夫だと言い張るミルの剣幕に押されシルヴィアも何も言えなくなってしまう。


「それじゃ、いただきます、っと」


掌を合わせ、合掌のポーズをとる。


その時間がもどかしく感じるも、それだけは忘れるわけにはいかないので、早急にそれを済ませ、目の前の料理に食らいつき──。


「ぐふぅ!!?」


料理は口の中に入った途端、爆発した。


意識が朦朧とし、視界が明滅する。


もだえそうなほどの痛みがシュウの喉を襲い、やがて脳にまで流れていく。


「シュウ!?どうしたの、大丈夫!?」


「──。────。はっ。俺は、何を……?」


シルヴィアの声に惹かれ、死の淵でなんとか意識を取り戻すシュウ。


「まさか……?」


隣ではシュウの様子をおかしいと思ったミルが、何か分かったように呟く。


「ねえ、大丈夫?何か、あったの?」


「う、あぁ、あ?ここは……それより、ミル。お前が言っていたこと、間違ってはいないようだ……」


息も絶え絶えにそう呟くシュウに、真剣な表情で頷くミル。


そして、その二人の行動の意味が理解できず、首をかしげるシルヴィア。


「ようやく、思い出したわ。私はこの料理を食べている……!そして、私はシュウと同じ目に遭って……」


「ま、さか。これがお前の悪寒の理由か……」


「えっと、どういうことかは分からないけど、無理なら食べなくてもいいよ?」


困惑するシルヴィアだが、奇怪な言動の二人におかしいと思ったのか、無理強いをしない。


だが、どこかに寂しそうな顔が見えてしまった。


「ぐっ……ミル!俺が言いたいことは分かるな?」


「ええ、当然よ。……シュウ。これはこなすべき仕事よ。もしも口答えをした瞬間、貴方には24時間勤務が待っているわ」


「了解!」


「ちょ、ちょっと待って、そんなに食べなくても……」


やけくその様に次々と料理を頬張っていくシュウに、シルヴィアは制止の声をかけるも、止まらない。


止まるわけにはいかないのだ。


いつかは気づく真実を、しかしシュウの口からは伝えられない。


だから、このまま闇に葬り去るのだ。


誰の目にも触れられないように、終わらせる。


だが、限界が来る。


「う、おおおおおおおお!!!」


限界を超えろ。超えるんだ。


悲しむ少女の顔を見たくないのならば、己を超えて見せろ。


隣では同じくしてミルも食べている。


そして。


料理を平らげ、その日の仕事は中断になったのだった。


それ以来、シルヴィアは自分の料理が下手ということに気づき、たびたびシュウやミルに支持を仰いでいるそうだが、上手くいかないらしい。

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