エピローグ 不穏な影
以前のミノタウロスの群れの襲撃、その痛ましい事件から約一週間。
以前までとはいかないものの、村には活気が取り戻されつつあった。
あの襲撃での犠牲者は全体の4割に及ぶそうで、未だ悲しみに暮れている人も多くみられる。
ただその中で、一層明るく振る舞い、村の復興に努めているのはあの市場にいたおっさんだ。
彼は市場で稼いだお金を全部使って、村の復興に力を入れているらしい。
考えてみても欲しいが、お金を全部使うということは生活費を投げ出したも同然だ。
だが、そのおっさん曰く村が復旧しない限り、物も入ってこないし、売れないしでさっさと復旧してもらいたいそうだ。
そういうわけで独自のルートから商人を集め、物資を運ばせているらしい。
ちなみに大体の商人は隣国の商人が栄える国出身だ。
村の生き残った連中は村の復興に努め、同じくただいま休憩中のシュウもこうして駆り出されている。
そして、同じくシルヴィアに駆り出されたもう一人。
「はあ……なぜ、俺まで……くそっ、こうなったら俺の力で一度平らにしてしまった方が早いんじゃないのか?」
木材や物資を片手に持ち、なぜか頭にバンダナを巻いている陰気臭い茶髪の男性、ダンテだ。
何か物騒なことを呟いていたが、シルヴィアにより防がれるのは明白なので冗談だというのがすぐにわかる。
なぜ、英雄であり、この村を救ったはずのダンテが、こうして村の復興に駆り出されているのか。
それは数日前に遡る。
そう、確かあの時は村の復興が始まってから一日経った日のことだった。
一つだけ言わせてもらえば、彼は運が悪かったとしか言えない。
賢者との話を終え、村に──正確にはシルヴィアに会いに来たのだが、おそらく暇だと判断され、シルヴィアとミルにこの仕事をしろ、と言い渡された。
結局、逆らうことも出来ず、こうして文句を言いながらも手伝っているわけだ。
「ちくしょう……こうなったら、ストライキでもなんでもしてやる。だって、俺はこの村を救った英雄なんだぜ? だったら、休んでも文句はないはずなんだぜ……」
「なんか、俺が言うのもなんだが……クズの発言にしか聞こえないんだが……」
完全に英雄の発言ではなく、どこぞの引きこもり達と発想が似ている。
これでは、英雄の威厳などへったくれもない。元からあったものではないが。
「ん……? なんだ、クソガキ。俺に口答えすんのか?ふふ……ははは! いい度胸だ。お前は俺の屋敷の使用人のはずだぜ? なら、俺の権力を使えば、一瞬でその首が飛ぶ。発言には気を付けた方がいいぜ」
自らの権力を誇示するかのように言い放つダンテだが、その権力とやらもおそらくシルヴィアにはかなわないのだろう。
つくづく可哀そうに思えてくる。
「いや、確かにそうなんだが……」
確かに雇い主であるダンテにかかれば、使用人の一人風情を解雇するのは難しくはないだろうが……。
「師匠。それはだめですよ」
他方からやんわりと禁止の声が投げかけられる。
シルヴィアだ。
どうやら、シュウとダンテの会話を聞いていたらしい。
「なんだと……!? まさか、すでにこのクソガキに俺のシルヴィが毒されていたとでもいうのか? くそが! もう少し、早く来ていれば……魔手から救えたものを……」
「安心してください。ダンテ様。そのようなことは私がいる限りありません」
ダンテは顔を恐怖に染め、一歩遅かったと悔しがるが、ミルの天啓により神を仰ぎ見るがごとくその顔をを上げる。
「ミル……なんで師匠の悪乗りに付き合ってるの……?」
悪ふざけに興じる二人に呆れ、ため息をつくシルヴィア。
その光景が、シュウには眩しい。
ある意味では最も近くにいるのに、しかしその光景は最も遠い。
だから、ゆっくりとその場を去る。
「え、ちょっと待って、シュウ。どこ行くの?」
そのシュウの行動に気づき、シルヴィアが疑問の声をかける。
「ちょっと、村の方まで。それにこの物資も運ばなくちゃいけないしな」
そんな風に言い繕い、その場から離れる。
ただ、不安げな視線がシュウの背中を貫いていた。
居心地が悪かったあの場から逃げるようにして、村まで来てしまった。
しかもシュウ自体は村の復興が始まって以来、一度も来ていないのだ。
理由は多々あるのだが、一番は村の心象が悪いと思って来る勇気が湧かなかったのもある。
そういうわけで、入りにくい。
「くそ……どこへ行っても居場所はないか……分かってたことでは、あるがな……」
所詮、余所者であるシュウには居場所なんか初めからない。
あの世界だってそうだった。
ササキシュウには最初から居場所は用意されていない。
だから、これでいい。
「とりあえずは荷物ここに置いて……そんで、さっさとどっかにいくか……」
抱えていた荷物を地面に下ろし、人目につくところに置く。
これで誰かが気づくなので、仕事は終わったようなものだ。
というわけで、仕事も終わったのでどこかに行こうと足を動かそうとしたとき、誰かの声が聞こえた。
「恩人さん? 来ていたんなら、顔を出してくれてもいいのに……」
紫髪の少女、メイアだ。
彼女としても、今回の事件で友であるオリシアを亡くしている。
だが、その顔には悲痛の表情はない。
強い、そう感じる。
普通ならば何日も閉じこもっていてもおかしくはないのに、それでも彼女は前を向こうとしている。
「いや、まあ。今日はたまたまね……」
引きつった笑みをメイアに向け、早々に立ち去ろうとするシュウ。
しかし、それをメイアは許さない。
「ちょっと待ってください」
「ぐえ!?」
強引にシュウの服についているフードを掴み、引っ張る。
ちなみに今回の服はいつも黒の服装だ。
この世界からすれば──この世界だけでなくとも不審者に間違われるが──最悪の服とも見える。
こんな姿で表に出れば、まず目の敵にされるだろう。
それが分かっていながら、なぜこの服を着てきたのかというと、以前の服、と言っても、シルヴィアに渡された服がミノタウロスとの一戦で服がボロボロになったためである。
「どこに行こうとしてるんですか?」
「いや……あれだよ、どこか見晴らしでもいい場所に行こうかと思って……」
「嘘はいいです」
苦し紛れの嘘をつくが、すぐに看破さればっさりと切り捨てられる。
「それよりも……一度こっちに来てください。村の人が、待ってますから」
いきなり腕を掴まれ、引きずられるシュウ。
「ちょちょ、ちょっと待ってくれ。俺がいったら、また……」
一人で村をさまよい、理不尽な暴力に叩き潰されたあの時。
あれが鮮明に浮かび上がる。
しかし、そんなシュウの気がかりも知らないメイアはぐいぐいと引っ張っていく。
やがて、着いたのは村の人々が集まっている場所だった。
中には市場のおっさんや、一緒にいた若い連中が何人かいた。
その中心にシュウを連れ出し、連れてきた本人は一歩下がり、村の輪に加わる。
それに合わせて、輪の中にいた市場のおっさんが歩いてくるのを見て、何事かと身構えるシュウ。
だが、そこから伝えられたのは予想外の言葉だった。
「ありがとう。俺たちを……救ってくれて」
「へ……?」
今、何と言った?
完全にシュウの理解を超えた単語の出現により、一時的なショートに陥る。
その姿を見てどう思ったのかは知らないが、市場のおっさんは手招きをし、一人の男性を呼ぶ。
輪の中から出てきたのは、あの時シュウを殴った連中の一人。特に怒りをあらわにしていた男性だ。
「なんだ、その……済まなかったな」
ぶっきらぼうに告げられた言葉。
数秒経ってようやくそれがあの時の謝罪だと理解できる。
それ以上は言うつもりがないのか背中を向け、輪に加わっていく。
「なあ、悪かった。そして、これから仲良くしていこうぜ」
そう言ってシュウに差し伸べられる手。
あの時の賢者とは違うやさしさの籠ったそれ。
きっと、その手を握り返すためにこんなにもボロボロになったのだと。
今ならそう思う。
だから、その手を取る。
和解のために。
「てことで、さっさと働いてもらうぜ」
最後のそう言われ、結局手伝うことになったのはまた別のお話である。
その光景を、陰で見ていた人物がいた。
銀髪の青年、ソフィアだ。
その手には魔法道具──賢者が発明した、人と通信できるものだ。
それを使い、逐次状況を報告していた。
今まで賢者がすべてを把握していたのにはソフィアの存在が一枚嚙んでいた。
だが、彼はその魔法道具を投げ捨てる。
「こんなものは、いらないよ。賢者。僕は、貴方のいいなりではない」
吐き捨てるように言い放ち、そこから去り、シュウ達の方に参加しようと歩き始める。
先日の戦いの跡地。
未だ手をつけられておらず、ミノタウロスの遺体が残っているそこに男は立っていた。
その男は灰色の外套を身に纏っている。特段特徴もない優しそうな顔立ちだ。
特徴があるとすれば、意外と体格のいいことと、右手がないことか。
「さあて、全部ハッピーエンドで終わったことだし、そろそろいいかな」
どこまでも優しそうな声音で呟き、赤いミノタウロスの遺体の前へと足を運ぶ。
その遺体を眺め、嬉しそうに微笑んで。
その腕を毟り取った。
右腕を根元から引きちぎり、自らの腕にくっつける。
「ああ……思っていた通り、完璧だ。最高だよこの腕は」
くっつけた腕はなぜか収縮し、人間サイズへと変わる。
「これなら……英雄を打倒することが出来そうだね。さてと、終わったからもういいよ」
男が投げかけた先、そこには少女が岩場に身を任せている。
「もういいの? 私としてはここでやるのも全然かまわないけど」
「いや、それはまずいんじゃないかな。僕もそこまで階位が高いわけじゃない。むしろ騎士で言う見習いに等しいからね。それよりかは君も体は大丈夫なのか? 結構ひどかったけれど」
「ええ。あの程度の傷、すぐに治るわ」
愚問と言いたげに視線を送る少女。
その剣幕に押され、何も言えなくなってしまう。
「それはだめです。我々の目的はあくまで我らが王の復活です。今はそのときじゃない」
後方から投げかけられる声。その方向には全身を包帯で覆った男性がいる。
「はあ。まあ、僕としてはあの裏切り者であるシルヴィア・アレクシアを殺せればそれでいいんだけどね」
そして。
彼らは去っていく。
世界に王を復活させるために。
世界に対して復讐するために。
「王都にて、同志たちが集まっています。そこで、終わらせましょう」
こうして、舞台は激動の王都へと移っていく。
これにて第二章は終わりです。
このあとの予定として、何話か番外編を挟み、三章へと入っていきます。




