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20話 解決

 ミノタウロスの王の威圧感に晒されながら、気圧される様子など微塵も見せないミルは未だに攻勢に転じない。


 そこにいかなる理由が存在するかは分からない。


 対するミノタウロスも、微動だにしない。


 長い。果てしなく長い一秒だ。


 心臓は恐ろしいほどにバクバクと音を立てていて、汗が知らぬうちに流れてくる。


 場を包む異様な緊張感に当てられ、すでにシュウはパンク寸前だ。


 ミノタウロスも同じように考えたのか、はたまた痺れを切らしたのか、こん棒を振り上げ猛然と走ってくる。


 それを見て、ミルは無駄のない動きで回避し、猛牛の背中に一撃を入れる。


 何度も、何度も、何度もだ。


 手玉に取らているとでも感じたのか、さらに怒り、次々とこん棒を放ってくる。


 ミルはそれをいなす。


 いなされ、流された力は空中で霧散し、残ったものは地面へとぶつかる。


 ミルはそれを見届けず、すかさずミノタウロスの腹に滑り込み、一撃を入れていく。


 一撃一撃はミノタウロスにとって蚊に刺されたようなものかもしれないが、それも数が重なればやがて致命傷に変わる。


 そのことを本能で感じ取ったのか、一度距離を取るために後ろへ後ずさる。


 再び訪れる静寂。今回もミルは攻めない。


 そして、先ほどの攻防を見てシュウはミルが攻め込まない理由を何となく察していた。


 彼女の剣術の神髄──は言い過ぎかもしれないが、相手の攻撃を受け流し、そのすきを搔い潜って攻撃を与える。


 それがミルのやり方であり、そのことにミノタウロスも気づいているはずだ。


 だが、そんなもの関係ないと言わんばかりに猛然と突っ込む。


 猛牛のこん棒が振り上げられ、ミルの短剣が音を立ててそれをいなす。


 しかし、猛牛はそれで止まらずいなされたこん棒を力技で引き戻し、再度ミルを粉砕しようとする。


 ミルはそれを躱すべく跳躍し、空中に舞う。


 それにより、猛牛の一撃は外れ、地面を抉り取る。


 だが、そのまま振り上げ、空中では身動きの取れないミル一撃を与えんと迫ってくる。


 それを、ミルは。


 空気を裂く音ともの向かってくるそれを、無理やり体にひねりを加え紙一重でそれを避け、落下の勢いのままミノタウロスに接近。


 それに気づいて、必死に防御の態勢を取ろうとするも、間に合わない。


 短剣の威力に落下の勢いが加わり、圧倒的な硬さを誇る皮膚についに傷がつく。


 怒りのままにこん棒を乱暴に振り回すも、ミルはそれらをすべて回避し、いなし、後退する。


 未だ当たらないことに不満でも覚えたのか、我を忘れ突っ込んでくる。


 踏み込み、懐に潜り込み、短剣で斬りつけ、飛んできたこん棒を横に逸らし、再び斬りつける。


「すげえ……」


 ミノタウロスすら圧倒するその技に、シュウの口から思わず感嘆の声が漏れる。


 その姿を見るに、まるでそれは英雄譚の一幕の様に思われる。


 幾度もそれを繰り返し、ミノタウロスの体に裂傷が増え、血が滴っていく。


 既に満身創痍と言ってもいい姿で、しかしミノタウロスは退くことを知らない。


 死を恐れず、勇敢に立ち向かっていく。


 やがて。


 戦いの前では考えられないほどに、弱々しいうなり声を上げる。


 そして、それはミノタウロスの最後の咆哮でもあった。


 あれほど人を苦しめてきた最強の魔獣──それが、いとも簡単に地面に倒れ伏す。


「終わった、のか……?」


 その光景を傍から眺めていたシュウがミルに声をかける。


そこでやったのか……? と言ってしまうと確実にフラグが経ってしまうのであえて避けさせてもらった。


「ええ。とりあえずは。でも、まだミノタウロスの残党が残ってる」


 ミルの言う通り、全部が解決したわけではない。


 シュウ達が来る前にあふれ出たミノタウロス、やつらはまだこの村のどこかで蔓延っているかもしれないのだ。


 未だ安心はできない。


「てことは……俺たちがすることはミノタウロスの排除、ってことだな」


「そう。出来ればシルヴィア様と合流したいけど……」


 そう言って一瞬だけ洞窟の方を見る。


 既に洞窟から新たなミノタウロスが這い出てくることはなく、それが洞窟での攻防の終止符を表していると言っても過言ではない。


「そんじゃ、はぐれた牛を各自撃破してシルヴィアと合流、それで異論は?」


 それにミルも賛同するが、どこか納得のいかない表情をしている。


「なんだよ、ミル。何か用でも?」


「いえ……ただ、なぜあなたが仕切っているのか不思議に思ってしまって……何もしてないくせに」


 ぼそりと呟かれた最後の言葉。本人はシュウに聞かせるつもりはなかったのかもしれないが、がっつり聞こえてしまっている。


「いや、そりゃまあ……だって、あの状況はさ、どう考えても加勢は無理っていうか……」


「知ってるわ。ただの愚痴よ。──それよりも彼らはどうなったか気になってね」


 ミルの言う彼ら、とはきっと村に残っていた者たちのことで間違いないだろう。


 彼らにはシュウと違い、頼れるものもなければ圧倒的な戦闘力を持った人々でもない。


 ゆえに一度でも遭遇してしてしまえば、詰みだ。


「ああ、まあそうだな。でも、無事なんじゃないか?だって……村の外に行ったんだろ?」


 今のところミノタウロスが村の外に出るとは考えられない。


 何かが、引っかかった。


 そもそも、魔獣が人の天敵と呼ばれているのは人を狙って行動するからだ。


 そして、シュウはミノタウロスとの追いかけっこにて村の周りを何周もしているが、未だに避難者とは出会っていない。


「まさか……まだ逃げられてない、のか?」


「え?」


 思ってもみない言葉に、ミルは思わず聞き返す。


「いや、あくまでも仮説だ。別に必ずそうってわけじゃないだろうけど……考えてみれば、俺はまだ避難者の人を見ていない。てことは……まだ、村の中を徘徊している可能性があるってだけだよ」


 最悪の可能性を聞き、ミルも一概に笑い飛ばすことは出来ない。


「私がさっき見たところは……村の中心。それで……ああ、まずいわ、シュウ。急ぎましょう」


 おそらくミルが先ほど出会ったという村人の動き、それらすべてを計算し、危ないと判断したのだろう。


 その判断に、シュウは頷く。


「行こう。ようやく、最後の仕事だ」


 最後の最後で再び山場はやってくる。


 運命とやらはさぞかしシュウを嫌っているようだ。










 村の北端部。


 そこに彼らはいた。


 約数十人ほどの子供や大人がともに移動を開始していた時だった。


 突如としてミノタウロスの群れがどこからともなく現れ、避難していた彼らを囲んだ。


 今の彼らには武器はない。あったとしても、この状況を抜け出すには至らない。


 その場の誰もがその事に頭を抱え、絶望していく。


 その中で、立ち上がったのは先ほど喚き散らしていた男性だった。


 その顔には諦めの色が見えるものの、しかしそれに反し立ち上がっている。


「おい……何、やってんだよ。お前ら……ここで、諦めたら、あいつに何言われるか、分からねえぞ……」


 顔を青ざめさせ、恐怖に足が震えながらも、その場の全員に言葉を投げかける。


 あいつ、その言葉だけで全員の頭にある人物が思い浮かぶ。


 この村に来て、忌み嫌われていた黒髪の少年だ。


 普段ならば、それに嫌悪を抱き、恐怖したはずなのに今だけはそれを聞き、四肢に力が入る。


「そうだ……まだ、諦めるには早いぜ、みんな」


 続いて声を上げたのは市場のいかつい人でお馴染みのクレモントだ。


「俺達は……あいつに、しちゃいけないことをしちまった。そのことを、謝らなければならない」


 かつて村の若い連中を連れ、あの少年を囲んだこと。


 それは自らに湧き出る恐怖を消すためだと言っても、許されざるものではない。


「だから、謝るためにも、ここで生き延びよう」


 その場違いな喝は、しかし全員が立つきっかけになった。


 少しずつ変わってきているのだ。シュウと関わり、いい方向にも悪い方向にも。


 全員が覚悟を決め、わずかな可能性にかけるため動き出そうとして、それを見たミノタウロス達が阻止しようとしたとき。


「させるかよおおおおおおお!!!」


 横から介入があった。


 その一撃は一匹のミノタウロスに直撃し、注意を逸らすことに成功する。


 そして、その先には。


「ミル! 全部倒せるか!?」


「あの数……やってみるわ」


 一人の少年が銃を構え、一人の少女が短剣を手に走ってきていた。


 黒髪の少年──シュウは、銃を放ち猛牛を牽制。


 その間に金髪の少女──ミルがミノタウロスを斬っていく。


 だが、重さのないミルの攻撃では致命傷にはならないため、猛牛を倒すことは出来ないのだ。


 そのことに絶望し、誰もが下を向こうとして。


「まだだ! 諦めるなよ! まだ何も終わっちゃいないんだからな!」


 こんな状況でもシュウは諦めず、銃を構えている。


 その行為にもはや意味はない。


 この場の全員には対抗しうるだけの力がないのだ。


「そうよ。まだ、下を向くには早いわ」


 ミルもまた少年に喚起され、再び短剣を構える。


 その場の避難者たちも、立ち上がる。


「そうだ。まだ諦めるときじゃ、ない。なんせ、『大英雄』の俺がいるんだからな!」


 それに呼応するかのように、上から声が投げかけられる。


 それはこの場で最も頼りになる言葉で、全てを救い出す魔法の言葉だった。


 本物の英雄は降り立つ。


 その存在感に誰もが俯きかけていた顔を上げ、その声の主に注目する。


 ダンテ・ウォル・アルタイテの登場。


 これにより、ようやく最後の戦いは幕を閉じたのだった。









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