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18話 決意

「な──おい、それって‥‥‥」


「由々しき事態だ。このままじゃきっと村は壊滅する」


 由々しき事態──そう言っておきながらも当の賢者の顔には焦りが見えない。


 その態度にシュウは物申そうと口を開きかけるが、思いとどまる。


 この事態にそんなことを話す時間などない──そう判断し、メリルに情報を求める。


「メリル! 状況は!?」


「ああ。先ほどの連絡ではミノタウロスの群れが発見されたのが数分前らしい。村の警備や、力自慢などが現在応戦しているらしいが‥‥‥それも長くは続かないだろう」


 淡々と状況を説明していくメリル。聞けば聞くほどかなり危険な状況に陥っているらしい。


「シルヴィア。ここから村までの時間は?」


「私が行けば、数分で着く。ミルも、たぶんそのくらい」


 シルヴィアはミルに視線を向け、ミルはそれに頷く。


 村まで数分の距離。だが、それはシュウの周りにいる人間の限界を超えたような人たちが出せるものだ。


 シュウとて体力には常人よりある自信はあるものの、所詮身体能力は一般人並みだ。


 庶民の代表シュウにはとても不可能だ。


 たった一つの方法を除いて。


「ミル。──相談があるんだ」


「なに?」


 その方法を選択するには、今呼んだ金髪の少女の助力が絶対に必要になる。


「俺を、連れて行ってくれ」


 そう持ちかけるシュウを見定めるようにミルは視線をそらさない。


 やがて。呆れたようにため息をつき。


「その案に、私が乗るとでも?」


 シュウの提案に、否定の姿勢をとる。


「そうだよ、シュウ。相手はミノタウロスの群れなんだよ? 今までとは勝手が違う」


 シルヴィアも、シュウが村に行き共にミノタウロスと対峙するのは反対する。


 確かに、シルヴィアの言っていることは事実だ。


 だが、それでもシュウは彼女の戦いを、誰かを救うことを手伝わなければならない。


 例え、命の危機に晒されようともだ。


 それがシュウなりの、シルヴィアに借りを返すための行動なのだ。


 これを曲げるつもりはシュウにはない。世界が滅びようとも変えるつもりはないのだ。


 その曲がらない意志を読み取ったのか、ミルがシュウに対して向き合い、言葉を放ってくる。


「では、聞くけれど。──あなたには、あの村を助ける義務があるの?」


「────」


「あの村は、あの村の人間は、あなたに何をしたの? 怪我までして、痛い思いをしたはず。普通ならもう関わりたくない、そう思っても不思議じゃないし、それを私は非難するつもりはない」


「────」


「なのに、なぜかあなたは助けようとしている。見逃しても誰も文句は言えないはずなのに、誰も非難するわけでもないのに。それでも、あなたは──どうして?」


 それはシュウに向けての問いかけだった。


 あの時の記憶が蘇ってくる。


 様々な人の視線が、いくつもの視線が、人々の悪意がシュウを貫いていった時の事。


 あの人たちの行動は、間違っていないって、そうシュウは思っている。


 だけど、全部が全部洗い流せるほど、人間は単純ではない。


 あの時の悪意は、敵意は、今もなおシュウの心を苛み、痛みを植え付けている。


 今まで、考えないようにしていた。


 だって、思い返せば、あの時の痛みが鮮明に蘇るから。


 だけど、いつまでも知らない振りは出来ない。だから、彼女は与えてくれたのだ。


 あの時と決別する好機を。


「確かに、そうかもな」


 ぽつりとこぼれたそれは、確かにミルの言い分を認めたものだった。


 でも。


「俺、考えてみたら、集団で暴力振るわれてたんだよな。その時の事、思い出してもさ、本当に訳わかんなかった。だって、そうだろ? 何にもしてないのに、なぜか殴られて、痛いほど痛感したよ。俺、どんだけ他の人に守られてきたんだろうってな」


 紡がれる言葉の数々に、誰も何も言わない。


 当然だ。だってこれはシュウの問題なのだから。


「だから、これ見て見ぬふりしても問題ないはずだ。だって、俺が助ける必要なんて何一つないもんな。てか、俺からすれば自業自得だ」


「───」


「でもさ。あの時、俺誓ったんだ。まあ、大げさなことかもしれないし、分不相応なもんだけど。確かに誓ったんだ」


 ミノタウロスとの決戦の時、シュウは確かにこう言った。


「俺が、全部救ってやるって。そう言っちゃったんだ。なら──男として、引き下がれないっていうか‥‥‥なんていうかさ」


 実に歯切れの悪いシュウらしい態度で、そう語っていく。


「あの時の行動の真意は分かってるつもりだ。だけど、腹の中では憎いって、そう思ってる自分がいる。自業自得だって、そう思ってる情けない俺がさ」


 簡単には割り切ることが出来ない。それは、シュウという人間がどうしようもなく臆病で、世間の目を気にする愚か者だからだ。


 だから、それらを置き去るために、今ここで決意しよう。


「だから、そんな俺を消し去るために、戦うんだ。救うんだ。認められない俺を、納得させるために」


 必ず──救い出して見せると。


 そう誓ったから。


 だって、それを今更撤回するなんてかっこ悪いから。


「そう誓ったから、救い出してやるんだ。そうすれば、俺への評判も回復するかもしれないしな」


 最後に笑って、そう締めくくる。


 それを傍らで聞いていたシルヴィアが、最後の言葉を聞き吹き出す。


「最後に自分の願望が垣間見えてるよ‥‥‥まあ、それでこそ、シュウらしいけどね」


 そう言って、拳を突き出す。


 それは、かつて王都でシュウが教えた儀式の一つだ。


 そして、それを聞いていたミルは。


「ふふっ」


 楽しそうに、笑っていた。


 それは、シュウの知る限り、初めて見る笑顔で。


「シュウ。行きましょう」


 そう言って、シルヴィアに倣うように突き出す。


 シュウはそれに照れくさそうに拳を合わせる。


「じゃあ、始めるとしますか。──最後の面倒な後片付けを」


 こうして、ミノタウロスとの最後の戦いが幕を開けるのだった。








 燃え盛る地獄の中で、血の海が至る所に出来上がっている変わり果てた村の中で。


 紫色の少女──メイアは、その格好がぼろぼろになりながらも、一人で歩いていた。


 恩人さん達──桃色の髪の少女で英雄の候補者、継承者と謳われているシルヴィア・アレクシア、並びにその従者である金髪の少女、ミル。


 そして、村の悪意を浴びせられた黒髪の少年──ササキシュウらが治療のために賢者がいるとされている塔へと戻って行ってから約数時間。


 平和だったはずの村の光景はまさに地獄絵図へと早変わりしていた。


 誰かが苦悶の声を上げ、断末魔が何度も聞こえてくる。


 それはおそらく村の外れにある洞窟が発生源だろう。


 今、村がこんな状況になっているのはいきなり魔獣の大群が襲ってきたためだ。


 もしも、それがコボルドなどの低級魔獣ならば悲惨なことにはなっていない。


 ミノタウロス──魔獣の中でも最も危険な種族。


 今頃、その洞窟でミノタウロスの大群を押しとめているのだが、結果は芳しくない。


 村に駐留していた警備兵は既に洞窟に派遣され、その大半が命を落とした。


 そして、村の腕っぷしが強い者たちが集められ、第二波として送り込まれている。


 その間、全員が避難をするという手はずだ。


 しかし、それも怪しくなってきている。


 押しとどめられなかった赤い猛牛が、避難をしていた一団に遭遇。血の花を咲かせていたのを、メイアは傍らで見ていた。


 何も出来ず、ただ呆然と人が死ぬところを見ていた。


 それが堪らなく悔しい。


 だって、自分を助けてくれた黒髪の少年なら、迷わず助けるために飛び出していただろう。


 なのに、体は金縛りにあったかのように動かなかった。


 そんな自分が、嫌だ。だから、何か出来ることを探し、避難することもせず、ただ歩いていた。


「どうして……私には、何も……?」


 それだけ呟いて、目の前の一人の子供がいるのを見つけた。


 正しくは、家が倒壊し、奇跡的に生き延びている子供だ。


 ただ、それ相応の怪我は負っており、危機的状況なのは間違いない。


 メイアは急いでその子供に駆け寄り、木材をどかし始める。


「大丈夫……大丈夫だから……」


 泣き叫ぶ子供に囁きながら、一生懸命木材をどかしていく。


 だけど。


 その途中で。


「あ──」


 赤いミノタウロス。


 手に持っている大剣には異常なほどの血がこびりついており、それが全部人の血だということがメイアには信じられなかった。


 恐らくは子供の叫び声を聞いてやってきたのだ。


 その異形の姿を見て、震えが止まらない。悲鳴を上げる声すら、喉が何かに拘束されているかのように喉が振るわせられない。


 その姿をみて、赤いミノタウロスは獰猛に嗤って。


 死が迫る。


 こん棒がゆっくりと振り降ろされ、赤い鮮血が飛び散る──はずだった。


 しかし、やってくるはずの衝撃はいつまでもやってこず、逆に聞こえたのは赤い猛牛の痛みを訴える声だった。


「え……?」


 状況が飲み込めず、疑問の声が自然と出る。


  そして、あの時と同じ声が聞こえた。


「くっそがああ!! こんの牛野郎がッッッ!!!!」


 黒髪の少年の、手から放たれた何かがミノタウロスの体に直撃する。


 よろけただけで実質的なダメージは通っていないように見えるが、それは確実に対象を変えることに成功する。


「メイア! 早くその子を連れてここから逃げて!」


 後ろからは若干棘を含んだ指示が飛んでくる。


 隣を見れば、子供を拘束していた木材はいつの間にか排除されていた。


「わかり、ました! どうか、ご無事で──!」


 子供を抱きかかえ、その戦闘の中心地から離れていく。


 きっと自分がいても、邪魔にしかならないから。


 最後にそれだけ告げて、その場を後にするのだった。









 洞窟では。


 あれだけ多くの人を一瞬で屠ってきた猛牛の一匹が、受け身すら取れずに地面に激突した。


 いや、取れるはずがない。だって、その猛牛は既に生きてはいないのだから。


 その奥で、さらにミノタウロスが斬り伏せられる。


 圧倒的な速度、剣技。それらをもって苦しめてきた猛牛は一撃で葬り去られていく。


 英雄の継承者──シルヴィア・アレクシア。


 桃色の髪の少女は、剣を抜き、村の人々を守るように立ち塞がっていた。


 その迫力に、猛牛も一歩下がるしかない。


「今のうちに、逃げてください! 私が時間を稼ぎます!」


 その言葉を聞き、顔を頷かせ、本当に済まない、それだけ伝えて去っていく。


 幾つも転がっている死体を悔しそうに眺め、英雄は謳う。


「この先には、行かせない──!」


 そこには先ほどの悲痛な顔持ちはない。


 誰かを救うための戦いは、ようやく始まるのだった。

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