17話 目覚めたそこは
また、シュウは暗闇に招かれていた。
辺りは真っ暗闇で、先を見通すことすら出来ない。
だが、前回と違うのは。
『ふふ、はははははは!!! ああ、素晴らしい、素晴らしいよ。ササキシュウ!! 予想をはるかに超えてくれたよ。まさか、まさか一回でそれを使いこなすとは‥‥‥やはり才能なのか。だが、そんなことは一切関係ないッッ!!!!!」
そこに体があれば、その人物を嫌悪して遠ざかっていただろう。そこに声を発する器官があれば、気持ち悪いとそう言っていただろう。
だが、いずれもその場にはなくただ目の前の人物の雄弁を聞くことしか出来ない。
『ああ、ああ、ああ! 君は私の強欲を満たしてくれた。なら、それに感謝しなければならないな。ありがとう、ササキシュウ、私の許すべきでない強欲を、沈めてくれて、ね』
理解が出来ない。
何を言っているのか、これっぽっちも分からない。
『何を言っているのか分からないという感じだね。うん、そしてそれは許されざる強欲へと変わっていく。そうさ、そうなんだ、だから強欲は忌むべきなんだ。知れば知るほど、体験すればするほど、欲は深まっていく。そうして、制御不能な所にまで行ってしまうんだ』
気づけば、目の前の人物の周りには先ほどミノタウロスの角を砕いたナニカが立ち込めている。
『これは、私からのほんのわずかなお礼だよ。まあ、すぐに使えなくなるかもしれないが、ないよりはましだろう? さて、私は忙しくなるのでね、これで失礼するよ、またいつか会おう。我らが眷属よ』
そうして暗闇は晴れていった。
目を開けてみれば。
そこは賢者の塔の一部屋、いるだけで傷が治るという部屋に寝かされていた。
ただ、今回は完全に治っているというわけでないようで、穴が開いた左の太ももは未だ少しだけ塞がっておらずグロイものを見ることが出来る。
「うわあ‥‥‥これ大丈夫なのか? 治るんだよな‥‥‥?」
思わず不安を口に出すシュウ。
そしてその疑問を待っていたと言わんばかりに、一人の女性が答える。
「大丈夫さ。別に死ぬことはないさ。ただちょっと傷跡は残るかもだけどね」
賢者メリル・アーノルド。シュウと決別したはずの少女は、しかし友人と話すかのように気軽に話しかけてくる。
「賢者‥‥‥か」
「なんだい? その反応は。せっかくの美少女が看病をしていた‥‥‥という展開なんだよ? 少しは焦るだとか、そういうのがあってもいいんじゃないかと思うのだけれど?」
「残念だけど、その展開で焦らせるのならシルヴィアじゃないと無理だな。まあ、ミルでも悪くはないか‥‥‥?」
最後に疑問形なのはミルも美少女の部類に入るとは言えど、さすがに罵倒されて喜ぶ趣味ではないためだ。
開口一番に文句を言われるのが、容易に想像出来る。
「で、聞くけど。ミルは無事なんだな?」
「ああ。金髪の子かな? もちろんさ。骨が折れていたりと結構あれだったが、君みたいに魔法が効かない体質などではないからね、ボクの治癒魔法で治しておいたよ。今は、上の階で優雅にティータイムでもしてるんじゃないかな」
ミルの安否を聞いて、安どのため息を漏らす。
実際、それが嘘である可能性も捨てきれなくはないが、今のところ賢者が嘘をつくメリットはないため、信じてもいいだろう。
「しかし‥‥‥自分の体の心配などはしないんだね。むしろその方が驚きだ」
自分の事よりもほかの誰かを優先させるシュウの発言に、シュウの理解できる先を言っていたメリルも笑うしかない。
「いや、だってこの部屋に入ればとりあえずは治るはず‥‥‥と思ってたんだが、何か悪いのか?」
本当に不思議そうに言ってのけるシュウ。だからこそ、シュウは気づけない。
自分が歪みつつあることを。
それを知っているのはメリルだけだ。
しかし、賢者はそれを伝える気など毛頭ない。
その方が、彼女にとって都合がいいのだから。
「いいや。なんでもないさ。それより‥‥‥この場所の地下に広がっていた洞窟‥‥‥それについて、もう少し討論を重ねたいところなんだけどいいかな?」
シュウ達が落ちた先に広がっていた洞窟。そこはアダマンで作られており、異常なほどの大きさだった。
目測では数十キロに及ぶと考えている。
とりあえず頷き、メリルの提案を承諾。立ち上がり、上の階に向かおうとしたのだが、途中で止められる。
「ちょっと、ストップ。君、どこに行こうとしてるんだい?」
「いや、シルヴィアたちがいるのは上の階だろ。だったら、そこに向かう方がいいんじゃないか、って思ったんだ」
その答えを聞いて、呆れたように顔に手を突き、シュウに待機を命じる。
終始、呆れながら部屋を去り、数分後シルヴィアたちを連れて部屋に入ってきたのだった。
「シュウ。大丈夫? 気分が悪かったりしない? それと‥‥‥」
「ちょっと待ってくれ、シルヴィア。なんかお母さんのポジションになってる気がするから」
あれこれとシュウを心配する姿に、自分の母親の影を垣間見てしまう。
シルヴィアに相槌を打ちつつ、奥にいるミルに気づき、感謝の意を伝えるために近づく。
「ミル。ありがとう。お前がシルヴィアを呼んでくれなかったら、今頃天国に行ってたぜ‥‥‥」
肩を抱き、ぶるりと体を揺らすシュウ。
実際にあの戦いの最後は、ぎりぎりだった。あの場でシルヴィアが来てくれなかったら、あの場で角に串刺しにされていた。
ゆえに平身低頭で土下座までする覚悟だったのだが、ミルはシュウが頭を下げようとすると、それを正す。
「やめて。本当に。あなたの感謝なんて何の価値も‥‥‥」
いつも通りに悪口を叩き、シュウがそれを返し、シルヴィアがその光景を見て笑う。それが屋敷で過ごしてきた中で形成されてきたものだ。
だが、その途中で悪口を止める。
そしていつもに似合わない顔で。
「感謝するのは、私の方。──ありがとう、シュウ」
改めて面と向かって、感謝を述べるミル。いきなり伝えられた思いに思いのほか恥ずかしさがこみ上げてきて、顔が熱くなってきたので強引に話を切り替える。
「そっ、それより、メリル。さっきの話なんだが──」
そのシュウの思いに気づいたのか、はあとため息をつく。
「君、ボクが言うのもなんだけど、めんどくさい性格だね」
「いいんだよ、それで」
シュウの屁理屈のような、開き直ったような回答にもう何度目か分からないため息をつき、シュウの要望通り洞窟についての話をする。
「さて、それじゃあ、洞窟の事についてなんだけど‥‥‥たぶんそれは昔の、革命者が作ったものだね」
「革命者?」
聞き慣れない単語に顔をしかめるシュウ。その様子を見て、吹き出すメリルに怒りの目を向ける。
「そう、革命者。世界に多大な影響を与えた功労者さ。だが、今現在では知る人物はほとんどいないけどね」
「へえ。そんな人がいたのか‥‥‥? で、何をしたんだ?」
「そうだね。‥‥‥例えば、これとかかな?」
そう言って、ミルから彼女が持っていた銃を受け取り、シュウに誇示するように見せつける。
「銃‥‥‥だよな。それが、革命者ってやつが考えたのか?」
「そうさ。でも、その頃は魔法に関しての知恵が今ほどなかったからね。あまり普及しなかったんだろう。けど、今になってその即効性を認めて、銃が知られてきたってこと」
「へえ‥‥‥というよりかは、その革命者が洞窟も作ったってのか?」
「正確には迷宮だね。その範囲はおそらくこの国だけじゃ済まない。たぶんだけど‥‥‥魔族領にまで続いてるはずだ」
魔族領。魔物や魔族に与えられた領地であり、互いに不可侵の条約を結んでいた──はずだった。しかし、それが破られ、魔族との全面戦争に陥った、とシルヴィアより教えてもらった。
その戦争においての被害は相当数に及び、いくつかの種族が滅んだとも聞いている。
「なんのために、そんなのを作ったんだ? その、ええと、革命者って人は?」
シュウのもっともらしい疑問にメリルは首を振り、そこまではと答える。
「もしかしたら、あのミノタウロスは‥‥‥魔族領から?」
「そう考えるのが妥当だね。そして、そうだとすれば‥‥‥被害はそれだけでは済まない」
メリルの深刻そうな発言にこの場の全員が息をのむ。
魔族領と繋がっているということは、いつでも魔物や魔族がこちらに来れるということだ。
「メリル様。迷宮については、どうしますか?」
「そうだね。とりあえずはどうしようも出来ない。彼らの話を聞く限り、全面アダマンであることは間違いなさそうだ。しかも、一点が壊れても崩壊しないほどの強固さを持っている。これは一年二年でどうにかできる問題じゃない」
「ああ。そうなるな。一時的な措置として入り口を封鎖するでもいいけど‥‥‥」
メリルはシュウの提案に首を振り、不可能だと口を挟む。
当然だ。どこに繋がっているのかも分からないし、第一大陸全土に及ぶものだ。
そしてメリルにはそれ以外の懸念もあると言う。
「今までその迷宮の存在を知っていたにも関わらず、積極的に使ってはこなかった。だが、最近彼らの活動は活発化しつつある」
「そうだよ、シュウ。最近では王都に不法侵入して事件を起こしていく事も頻繁に起きてる」
メリルの意見の正当性をシルヴィアも肯定する。
だからこそ、王都のあの時シルヴィアに若干なりとも警戒されていたのだ。
何の許可もなく、近くの森に現れた不審人物。見る限り、相当、いや完全に関係者だと思うだろう。
「つまりは、その迷宮を使って彼らが乗り込んでくる可能性がある。そうなれば、無尽蔵に湧き出てくる敵を、追い返すことは出来ない」
「ダンテさんでも、無理なのか?」
「彼でも不可能だ。だって、表面に浮き上がる敵を倒したところで、その別の場所で誰かが襲われている。この状況を打破するなんてできっこないないんだ」
メリルのその断言に、思わずシュウは絶句する。ダンテとはあまり面識が多くはないものの、それでもその目に宿る剣呑さはシルヴィアを上回ると思っている。
まさに世界最強だ。それでも、届かない。
「もしかしたら、四大精霊や、光と影の精霊がいれば話は変わってくるかもしれないね」
「精霊‥‥‥?」
この世界ではあまり聞き慣れない単語に、シュウは聞き返してしまう。
「ああ。特に時の精霊。かの精霊には時を操ることが出来たという。まさに一秒前に起こった惨劇をなかったことに、死んでしまったはずの誰かを生き返られることだって可能だ」
「な──!?」
「それは本当なのですか!? メリル様!」
その精霊の驚くべき能力を聞き、それぞれがそれぞれの反応を見せる。
特にその中でも、シルヴィアは過剰に反応した。それを若干不思議に思いつつ、あえて触れないことにする。
メリルはシルヴィアがその反応を取ることを知っていたかのように、シルヴィアを宥める。
「シルヴィア。落ち着いてくれ、そもそも時の精霊は既にその力を失いつつある。だから現状、時を操れる者は存在しない」
それを聞いたシルヴィアは肩の力を抜き。
「そう、ですよね。考えてみれば、死人が生き返るなんて、ありえないことですから‥‥‥」
まるで自分を納得させるように呟いた声には、落胆が混じっているのがシュウにも理解できる。
まだ確実性はないが、きっと何かあったのだろう。
シルヴィアという人間が構成されるに至った、彼女を変えた何らかの事件が。
だが、それを聞いても答えてくれそうにないのでこの場では追求しないことにする。
ミルがシルヴィアに何か話しかけようと近寄り、シュウが賢者に対して今後の対策を聞こうと動いたとき。
メリルの服、正確にはポケットが規則的に振動する。
「まさか────」
賢者はそう口走り、若干慌てたようにポケットの中から通信機のようなものを取り出す。
そして。
次に出てきたのは。
「まずいな‥‥‥」
「どうしたんだ? メリル。さっきから何を慌てて──」
「村に──ミノタウロスの大群が攻め寄せてきたみたいだ」
奇しくも先ほどの賢者の予想は当たり。
こうして、猛牛との最後の攻防が始まろうとしていた。




