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16話 猛牛決戦

 時は遡って、シュウがミノタウロスを引きつけ、迷路のような道を辿り、時間を稼いでいる頃。


 ミルは折れている足を懸命に引きずりながら、前へと──この洞窟からの脱出方法を探していた。


 元々、ミルが足を怪我したのはシュウを庇ったためだ。


 シュウを掴んだまま落下し、そのまま激突していればおそらくシュウは取り返しのつかない怪我を負うところだった。


 だから、それを避けるべきにシュウを上側に移動させ、ミルの本来に宿る力──身体能力を増幅させる力を使い、どうにか着地した。


 しかし、全ての衝撃を緩和できたわけではなく、足に怪我を負う結果になってしまったのだ。


 とはいえ、それでシュウを責める必要はない。


 あの落下の時、あの大馬鹿はミルを庇うように抱き寄せたのだ。


 だから、これはその借りを返したに過ぎない。


 そもそも、ミルはあの男がそこまで好きじゃないのだ。


 自分の使える少女──シルヴィアが王都に行った際、成り行きで出会い、事件を解決した。ミルにはそんな経験はない。


 他にもうるさいし、なぜか一つの方向に突出しすぎているし、何か言うごとに文句を言ってくる。


 そして、ミルがシュウを認められない最大の原因。


 それはあの男が来てから、シルヴィアがよく笑うようになったことだ。


 シルヴィアは以前、ある事件の事で心に傷を負い、それまで普通の少女だった彼女は英雄として振る舞うようになった。それ以来、彼女の心の底からの笑いなど見てすらいない。


 それが、そのことが堪らなく悔しい。あの男には出来て、自分には出来ないことがもどかしい。


 だから、腹いせにシュウにはきつい態度をとり続けた。


 だけど、そんなミルに。いつでも彼にきつく当たっていて心証が悪いはずのミルすら、助けようとした。


 分かっている、分かっているのだ。


 所詮、ミルのしていることなど八つ当たりだ。気に入らない何かに向かってイラついているだけ。


 もう、そんなことは終わらせなければならない。


「────っ」


 針を突き刺すような痛みに襲われながら、しかしミルは止まらない。


 気づけば、ミノタウロスの咆哮は聞こえなくなっている。


 それは即ち、どちらかが負けたことに他ならない。しかも、最悪の形──シュウが追いつかれ、残酷に嬲り殺されたかもしれない。


 自然と足に力が入り、進むスピードを上げる。


 そして。


 目の前に、光が見えた。


 眩し過ぎる光に、思わず目を細め、呆然とする。


 あの洞窟から脱出したのだ。


 そこには当然、心配する桃色の髪の少女がいて──。


「シルヴィア様‥‥‥シュウを‥‥‥」


 それだけ伝え、糸が切れたように倒れこむ。


 それを聞いた『英雄』は力強く頷き、洞窟へと向かっていったのだった。


 黒髪の少年を、助けるために。










 ミノタウロスを川に落として、はや数十分だろうか。


 シュウは人気のない道を壁伝いに歩いていた。


 その腕からは血がとめどなく流れており、応急処置だけはしているものの、いかんせん血の量が異常であり、血が染み出ている。


「くっそぉ‥‥‥これ、超痛い‥‥‥いや、まじでこれ死ぬから‥‥‥」


 たびたび痛みで切れそうになるのを、何度も頭を振り、回避している。


 だが、それにも限界はある。


 ゆえに、さっさとこの陰気臭い場所から脱出し──気は進まないが賢者のあの部屋に行き治療をしてもらうのがいいだろう。


「つーか、あれちゃんと海まで続いてんのかな‥‥‥やばい、今のはフラグになるな」


 きちんとフラグを立てる自分の失言に、はっとし、口を噤む。


 ふと。


 シュウは何かが聞こえた気がして、足を止めた。


 周りを見渡し、耳を澄ますが何も聞こえない。


 空耳と判断し、再び歩み始めるものの、それはいつまでも耳の裏に噛り付くかのように離れない。


 やがて、地響きが起こる。


 最初はゆっくりと。しかし、時が経つにつれその地響きは更に間隔が短くなっていく。


「やばい‥‥‥」


 いつしかそんな風に呟き、痛みを押して走り始める。


 だが、依然としてそれは収まらず、徐々にその地響きは近づいてくる。


 そして、見えたものは。


「どんだけしつこいんだよ‥‥‥牛野郎!!」


 全身を赤く染め、至る所に傷を負った猛牛が、シュウを殺さんと猛然と走り抜ける。


 邪魔な岩があれば、その手に持ったこん棒で叩き割り、道を塞ぐ壁があれば、その堅牢な角でもって全てを粉砕していく。


 牽制として銃を発砲するも、その巨躯の前では牽制の役割すら果たせない。


「いい加減に、しろっての───!」


 先ほどと同じ手。分岐している道に向かって、あえて激突する寸前まで進み、壁に衝突させる方法。


 いくら角が堅牢だろうと、不意に対応は出来ない。そのまま壁に勢いのまま衝突し、アダマンの一撃を受け、ダウンさせる手はずだった。


 実際、その策は成功し猛牛は壁に衝突したが、何事もなかったように顔を引き出し、再び追いかけてくる。


「めんどくせえな! お前どんだけ根に持つタイプだよ!!」


 猛牛の異常な執念に思わず大声で叫ぶシュウ。


 それに反応するかの如く叫び散らし、怒りの形相で更にその差を詰めてくる。


「くっそがあ!!!」


 通用しないと分かっていても、銃を走りながら構える。


 先ほどと同じ、牽制の意味しか持たないそれを幾度となくミノタウロスの巨躯に当てていく。


 まさに、ゲームのストーリーである展開──いくら銃を当てても、絶対に倒せないイベントのような感覚に陥りながら、何度も撃っていく。


 それは猛牛の躰に出来ている傷を抉り、開かせ、その度に血が舞っていく。


 だが、ミノタウロスは自らの躰の状態など一切気にせず、ただ一点、シュウだけを見据えていた。


 悲鳴を上げている腕と足を酷使し、逃げ続けるシュウ。


 このまま、行けば追いつかれる前にシルヴィアが助けに来てくれるかもしれない。


 そんな淡い期待を抱いて、しかしそれはすぐに間違いだったと気づく。


 ミルより受け取った二丁の銃──主に牽制用として一丁しか使っていないが──の内の一つが音を立てて崩れ去る。


「な────!?」


 そのありえない状況を目の当たりにし、シュウの口から思わず驚愕の声が漏れる。


 この追いかけっこの中で、最も頼りにしていた武器が儚く消え去る。


 まさに緊急事態。ここでも、シュウの不運スキルは発動したのだ。


 それを好機を見たのか、猛牛は速度を上げ、シュウに迫ろうかという勢いで詰めてくる。


 シュウは無意識に残っているもう一丁の銃を構えようとして、踏みとどまる。


 先ほどの結果が普通なのだと仮定するならば、もう一丁の銃も同じ末路を辿る可能性が高い。


 何度撃てば壊れるか分からない以上、ここで使い耐久値を減らすのは得策ではない。


 そう判断し、銃を引っ込め、足に力を入れ未だ脱出口のない洞窟の道を猛然と駆け抜けていく。


 そして、その先。


 何らかの部屋に到達し、足を止める。


 ──行き止まりだ。


 決闘場。そこを表現するのならば、それが正しい。


 まるで切り取られたかのように円になっている壁。逃げ場は先の出入り口しかなく、窮地に立たされたことを理解する。


 遅れて、数十秒。


 瞳を赤に染める猛牛がゆっくりと、獲物を追い詰めるかのように部屋に入ってくる。


 その姿のには以前あったような隙など何一つ無いのが、素人のシュウにすら分かる。


 猛牛は、シュウを敵として認めたのだ。


 最初、ミノタウロスは侮っていたのだろう。


 自らのように大きな躰もなければ、頑丈さもなく、圧倒的な力があるわけでもない卑屈で矮小な人間。


 だが、そうやって侮り、追い詰められるに至ってしまった。


 ゆえに、今までの意識を変え、シュウを自らに相応しい敵と認識しなおした。


「やばくないか、これ‥‥‥」


 改めて自分が置かれている状況を鑑み、顔が引きつる。


 どこにも逃げ場はなく、前にはミノタウロス。武器としてあるのは銃一つだけ。


 勝てる要素など何一つなく、猛牛の力をもってすればすぐに肉片に早変わりするだろう。


 しかし、猛牛にとって有利過ぎる状況で仕掛けてこないのは、きっと何か手がないかを警戒しているのだ。


 先ほどまでは全く違った対応。川に落とす前のミノタウロスなら、もう一度出し抜ける自信はあったが、その佇まいを見て、もう通用しないと判断し、覚悟を決め銃を構える。


 警戒しながらも一歩ずつ差を埋めてくるミノタウロス。シュウは銃を構え、ひたすらに猛牛のある一点を狙う。


 そして。


 猛牛の躰目がけて魔力を込めた銃弾が発砲され、遅れて鼓膜が破れんばかりの大音量が炸裂する。


 ミノタウロスはそれを避けようともせず、被弾。ただ、その間何もしなかったわけではなくこん棒を振り上げ、シュウを叩き割るモーションに入っている。


 被弾したことで、若干態勢が崩れたが誤差の範囲だ。


 遅れて一秒もかからず、シュウを潰さんとこん棒が振り下ろされる。


 それを回避すべく、間髪入れず発砲。


 その銃弾はミノタウロスの腕を掠め、顔──正確に言えば、目に被弾する。


 その威力でもって軽々と目を抉り取る。猛牛も不意を突かれたように態勢を大幅に崩し、シュウの左にこん棒が振り下ろされる。


 その威力は異常であり、易々と地面を砕き、その破片がシュウを襲う。


「ぐ────」


 つい叫びたくなる衝動に駆られるが、それを抑え、離脱すべく行動を開始する。


 だが、ミノタウロスはそれを許さない。


 目を片方の手で押さえたまま、もう片方の手でシュウの右足を掬い取り、そのまま乱暴に地面に叩きつける。


「がっ!!? ごはあぁ!!」


 地面に叩きつけられ、背中を強打する。


 視界が明滅し、空気が正常に入ってこない。


 それでも足掻き、その場から逃げようとするシュウにミノタウロスは追い打ちをかける。


「あああああああ!!!???」


 その角がシュウの左足に突き刺さる。軽々と足を貫通し、何度も地面に叩きつけられ、もはや悲鳴すら出ない。


 やがて、ミノタウロスの角が抜かれるものの、のたうち回ることすら出来ない。


 ミノタウロスは顔を苦痛に歪めながら立ち上がり、シュウの姿を見て勝ち誇ったように吠える。


 とっさにその顔に銃弾を叩き込みたい衝動に駆られ、手の中を探るも見当たらない。


 どうやら先の攻防で部屋の奥に飛ばされてしまったらしい。


 ミノタウロスはゆっくりと歩き始め、シュウに止めを刺すために角をチラつかせる。


 脳裏によぎる死。なんとも遠い感覚だったそれは、身近なものに感じられる。


 ──どうか、痛くありませんように。


 皮肉にも、あの世界の最後に願ったことを同じように願ってしまう。


 意識したわけではない。完全に無意識に飛び出た言葉だ。


 つまりは、何も変わっていない自分に呆れながら、人生に終わりを迎える。


 ──そのはずだった。


 ミノタウロスがその角をシュウに突き立てようとした直前。


 変化が起こった。


 突然、周りに暗雲が立ち込め、世界が切り取られたコマのように遅くなる。


 悪夢や、王都での夢の中の様に。誰かが語りかけてくる。


 それは無機質な声でもなく、慈愛に満ち溢れた声でもなく、ただ欲に駆られたもの。


『──さあ、使え。その結果を、私に見せてくれ』


 自然と目の前の猛牛に手をかざす。そして、そこから這い出るものは、おぞましいナニカ。


 そのナニカは猛牛の躰に纏わりつき、その中に入り、締め付け、壊していく。


「~~~~~~~~~っ!!!」


 猛牛の声にならない叫びが漏れ出す。


 だが、それでも猛牛は動きを止めず、角を突き立てようとしてくる。


 だが、猛牛の躰に纏わりついているナニカは、まるで意志でも持っているかのように、アダマンの壁すら壊して見せた角を粉砕して見せる。


 そして、その後ろに。


「ようやく、間に合った‥‥‥」


 肩で息をしながら、桃色の少女は、『英雄』は立っていた。


「今、終わらせるから‥‥‥」


 腰の剣を目にも止まらない速度で抜き、あれほどシュウを苦しめたミノタウロスの命を一瞬で奪い去る。


 まるで斬ったものに等しく死を与える死神の鎌の様にすら見える剣をすぐさま戻し、シュウに駆け寄る。


「大丈夫‥‥‥とは言い難いけど‥‥‥でも、無事でよかった‥‥‥」


「そうだな‥‥‥死にそうだけど‥‥‥」


 こうして、意外とあっけなく決戦は終わりを告げた。

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