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14話 メッセージ

「いっ‥‥‥てえ‥‥‥」


 高いところから落ちた衝撃で体のあちこちが痛みを持っている。


 だが、幸いなことにあれだけの高さから落ちたにも関わらず、骨折などの酷いけがを負っていない。


 未だ痛む体に鞭を打ち、一緒に落ちたはずの少女──ミルの姿を求めて、周りを見渡す。


 シュウの場所から、数メートル先、そこに金髪の少女は倒れており、見る限りは外傷はなさそうに見える。


「おい、ミル。大丈夫か?」


「っ‥‥‥ええ、何とか」


 どうやら意識は失っていなかったようで、シュウの呼びかけに応じる。だが、どこか怪我でもしたのかその顔には苦痛の色が広がっている。


「どうした? どっか怪我でもしたのか?」


「足を少し‥‥‥ね。というか、あの高さから落ちたのになんで怪我していないの?」


「さあ? 何だろう、俺の体はどんどんおかしくなっていってる気がする‥‥‥」


「それよりも‥‥‥ここは、どこ?」


 けがを一切負っていないシュウを訝しみつつ、シュウに差し伸べられた手を取り、何とか立ち上がる。


「落ちる前の情報が正しいなら‥‥‥あの穴の深くってことになるな」


「そうね。‥‥‥脱出の方法はあるのかしら?」


「とりあえず、あの道の通りに行ってみよう」


 シュウの指の先。そこに天井5メートルほどの穴が開いていた。


 それはまるで固い岩を無理やりくり抜いて作られたような道。その先には明かりが灯っており、それがこの空間の恐ろしさを助長している。


 ミルもそれ以外に道はないと悟ったのか、シュウの案を承認する。


「なあ、ミル」


「なに?」


 道に従い、歩き始めて約数分。


 とあることが気になったシュウはミルに疑問を投げかける。


 シュウは周りを囲っている岩──おそらくはくり抜いて作られたので素材はそのままだろうが──を叩き。


「これってさ。ミルは壊せないのか?」


「無理ね」


 ミルは悩む素振りすら見せず、即答する。


「即答かよ‥‥‥」


「当然よ。こんなの人間には絶対壊せるわけがないわ」


「その絶対不可能を可能にするやつを知ってるんだがな‥‥‥」


 シュウは隣を歩くミルを見る。シュウの中ではミルは相当強い部類に入っていると思っている。


 屋敷での身のこなし、超人的なまでのスピード。どれもこれもが人間離れしており、戦闘になってしまえば、シルヴィアには及ばないまでも王都での兵士よりは強い。


 それが、シュウのミルへの正当な評価だった。


 尚且つ、仕事にはやたら厳しく、少なくともシュウがここに来てから一度も無理、などと言ったことはなかった。


 しかし、そのミルをして不可能と言わせた。その言葉には嘘はないだろう。


「この壁の元は‥‥‥アダマン鉱石ね。それを加工して、壁に仕立て上げたみたい」


 ミルは壁に触り、その固さからアダマン鉱石──シルヴィアに聞いた話によれば世界でも有数の加工しにくい鉱石──と判断する。


 ちなみになぜ加工しにくいのかと言えば、単純にその固さが原因らしい。その固さは世界の鉱石の中でも一、二を争うものであり、加工がままならないとのことだ。


 だからこそ、国家的に大事なものはアダマンのケースなどで囲っているらしい。


 だが、シュウが驚いたのはそこではない。


「はあ!? これ、全部人工だってのかよ!?」


 加工した、ということは少なくとも一度人の手を通していることである。この洞窟はかなりの長さを誇っており、簡単には外では出られないとシュウは踏んでいた。


 ゆえに、手っ取り早く壁を壊して進めないかと思ったが、不可能だったらしい。


「そう考えるのが妥当ね。‥‥‥それにしても、これほどのものが地下にありながら、一般には公表されていないなんて‥‥‥おそらくは賢者が隠していたんでしょうね」


「ああ、そうだろうな。それにこの壁にかかってるランプ。これ、魔法道具だろ」


 洞窟を照らしているランプ。それら一つ一つが壁と同じアダマン鉱石を加工してあることが確認できる。


「それも、一定の間隔でね。これがいつ作られたかは分からないけど、ランプのケースを見る限り、相当前からあったみたいね‥‥‥」


 ミルはランプを強引に壁から引きはがし、埃や汚れなどからどの時代からあったものなのかを推測する。


「まあ、詳しいことは賢者引っ張り出してでも聞いた方がいいな‥‥‥会いたくはないけど」


「それより、脱出なんだけど‥‥‥本当に、これ地上につながってるのかしら?」


 シュウの意味深な発言を華麗にスルーし、ミルは地上に出れるのか、と疑問の声を上げている。


「正直、分からねえな。さっきから歩いてもまるで階段とかの雰囲気がないし、何より同じところを回ってる気しかしない」


「シュウにしては珍しく、本当に珍しく、100億分の一の確率で的を射ているわね」


「ちょっと待て。俺はいつからバカ担当になったんだよ」


「にぎやかし担当では?」


「ええ、そうですよ! 俺はにぎやかし担当だよ、ちくしょう!」


 もう反対するのも面倒なので、にぎやかし担当になったほうがいっそいい。しかし、ミルはそんな楽すら与えてくれない。


「そう、つまりは屋敷の使用人から道化になったと」


「もうやめてくれ‥‥‥」


 いい加減シュウいじりも飽きてきたのか、ミルもそれ以上は続けようとはせず、再び歩みを始める。








 歩き始めて目測でそろそろ1キロの達しようとしたころか。


 前方から空洞音が聞こえてくるのが聞き取れる。


 二人は互いに顔を見合わせ、当てもないためそこに行くことに。


 部屋に入ったとき。何か異様な感じがした。


 まるで、ここにいるのにいないような感じ。この世界から切り離されたような、そんな違和感。


 そして、シュウはこの感覚を何度も味わっている。


 例えば、屋敷での悪夢。例えば、賢者の塔での一幕。それらもこの特有な違和感が漂っていた。


 そして、同時に。最もシュウの気分が悪くなるところでもある。


「ここは‥‥‥?」


「さあ、な? でも、俺としてはあまりここに長居したくはないんだが‥‥‥」


 苦しそうに胸を押さえるシュウ。しかし、何かの力が働いているのか、そこから出ることはせず、むしろ部屋の奥へと進んでいく。


 奥にあったのは、一枚の石板だった。


 そこにはこの世界の言語ではなく、シュウの世界の字──日本語で書かれている。


「なに? この暗号のような字は‥‥‥?」


「これは、俺の故郷の字だよ」


「シュウの‥‥‥? だとしても、こんな字は見たことも聞いたこともない」


 ミルもシュウに追いつき、石板の方を見やる。しかし、そこに書いてある字はやはり読めず、首を捻るだけだ。


「あなたには、読めるの? この字が」


「ああ。読めるよ。ただ、ちょっと埃まみれすぎて読み取れない部分があるけどな‥‥‥」


 シュウに確認を取ると、ミルはその辺にかけてあったランプを取り外し、シュウへと渡す。


 さっさと読め、とでも言っているのだろう。だが、断る理由もさしてないのでおとなしくランプを受け取り、石板に視線を落とす。


『願わくば、この字を読んでいる者が意思を受け継ぐものであってほしい』


 そんな、定型文で始まっていた。


『ここには、いずれ来るべき災厄を防ぐための手段を記しておく。意思を、願いを束ねることが世界を救う鍵だ。詳しいことは時の精霊に託しておく』


『どうか、貴方が死者の魂を弄ぶ行為に、憤慨を持てる当たり前の人間であることを願う。どうか、貴方が受け継がれるべきはずの意思が弄ぶ行為に、怒れる持ち主であることを切に願う。そして、どうか世界を、たった一人の少女を救ってほしい』


 シュウはそれを読み終えると、わずかに目を細めながらミルに視線を向ける。ミルもどうしたらいいか分からないといった顔をしており、正直八方ふさがりの感じが大きい。


 この石板に期待していたのは、ここから脱出すること方法が書かれていることだ。しかし、そんな次元の事ではなかった。


 世界の存亡。それがここに記されている。


 他にも訳の分からないものばかりだ。死者の魂を弄ぶ行為、とは何のことだろうか。そのことについては賢者に聞くのが一番なのだろうが、けんか別れのような感じになってしまったので、どこか居心地が悪い。


 それに石板の一番下、そこに賢者を頼るな、と書き殴られている。


 つまり、自分の力で全部解決するか、それとも時の精霊とやらに協力を仰ぐ選択しかない。


 だが、今は謎の解決よりも脱出のほうが最優先である。


 シュウは石板が置かれてあった場所に戻し、ミルに視線を向ける。


 ミルも同じ結論に至ったようだ。痛む足を引きずりながら、部屋の出入り口へと歩いていく。


 そこから暫く行ったところだろうか。川のせせらぎの音が聞こえてきたのだ。


「なあ、おい‥‥‥これってさ」


「ええ、水の音ね。でも、どうしてここに?」


 聞こえるはずのない音に困惑を隠せないミル。しかし、ここで立ち止まっているのもあれなので、シュウとしては音のする方向へ行ってみたかった。


「まあ、言ってみれば分かることだろ」


「‥‥‥そうね。じゃあ、行きましょう」
















 結論から言えば、確かに川は流れていた。


 そこだけは大広間の様に広がっており、左右を分断するかのごとく轟音をまき散らしながら、ものすごい勢いで流れていっている。


 しかし、近くには何もなく、長年の川の勢いで削られたかのような岩が転がっているだけである。


「ここには、何もなさそうね。ここなら、あると思ったのだけれど‥‥‥」


「そうだな。いい加減同じような道を歩くのは飽きてきたんだが‥‥‥そういや、どのくらい歩いたんだ、俺たち」


「推測では、すでに3キロは歩いていると思うわ」


 そろそろ限界かもしれない。シュウはミルの足を見ながら、そんな風に考えていた。


 ミルの足は見るからに腫れており、捻挫程度の軽いものではないことが容易にわかる。おそらくは骨が折れているのではないだろうか。


 この世界には治癒魔法がある。ゆえに大抵の怪我など魔法を使うことですぐ直るのだが、ミルはそれをしていない。有事の際に備えて、魔力は残しておきたいのだろう。


 だから。


「な!? なっ、何をするのシュウ!?」


 ミルに肩を貸し、支えるシュウ。さすがにミルのプライドからして背負われるのは嫌だろうが、これなら問題ないだろうと思っての行動だったのだが、ミルがここまで顔を赤くするとは思わなかった。


「いやだって、その怪我酷そうだしな‥‥‥」


「だ、だけど‥‥‥」


「まあ、いいじゃないか。困ったときはお互いさまってことで」


 ミルもこれ以上の説得は無意味だと理解したのか、何も言わなくなる。


 そのまま、外への脱出方法を探しながら、歩いて行った。













「なあ、ミル。ここでいったん休もう」


「だけど、もしかしたら魔獣がいるかもしれないのよ?」


 しかし、そんなミルの反論には取り合わず、奥へと進もうとする。


「だ、だから、人の話を聞いてるの?」


「聞いてるよ。でも、ミルの顔、相当血の気が引いてきてる。だから、一時的な処置でもしたほうがいいんじゃないかと思ってな」


 そう言って、ポケットから通りだしたのは一枚の布だ。


 それをミルの足に巻き付け、正しい応急措置をしようとしたとき。


 叫び声が聞こえた。


「え‥‥‥?」


 それを聞いたシュウの手が止まる。


 おそるおそる後ろを振り返ろうとして。


「シュウ! 伏せて!!」


 ミルの叫びに問いただす暇もなく、ただ必死に伏せる。


 ミルはそれを確認し、シュウを庇うように前へと行って。


 その直後、まるで爆弾の爆発に巻き込まれたかのような衝撃が二人を襲った。

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