13話 落ちる
賢者に背を向け、村まで戻ってきたシュウだったが、村の手前でその動きを止めていた。
今、ひょっこりと顔を出せば、昨日の二の舞だ。
「どうする‥‥‥? やっぱり、塔に入ってローブでも持ってくるべきだったか?」
今更ながらに、賢者の塔に入っていればと後悔する。だが、所詮あの服を着たところでバレるものはバレるのであまり必要性は感じられない。
かといって、人ごみの中に隠れながらいくというのは得策どころか、最悪の一手だ。あの時は買い物のときに会ったおっさんが手加減してくれたおかげであれですんだ。
だが、今度もそう上手くいくとは限らない。
もしかしたら、刃物でも持ち出されて、一突きでもされればあっけなく死んでしまう。
何を選んでも、結局はバレてボコられるという結末が待っている。
「結局、バレないように家の裏とか通ってシルヴィアたちに合流するのがいいか‥‥‥」
散々悩んだ挙句──当初の案、潜入という方向で固まる。
「さて、そうと決まったら行動に移すか‥‥‥あれ、でもどっから入れば‥‥‥?」
潜入しようと端に移動するが、そもそも村の構造として奥に行くのに大通りのような場所を通らなければならないので、そこから先には行けない。
ここにきても、シュウの不幸スキルは発動したのだった。
「まじか‥‥‥村への潜入、数秒で頓挫かよ‥‥‥」
流石に打つ手がなくなり、隅っこで頭を抱えるシュウ。端から見れば関わっちゃいけない人の烙印を押されるだろう。
最終的に人が寝静まる夜に潜入しようということで、岩陰へと行き、夜までここで休んでいようと思ったのだが。
「あの、恩人さん。起きていますか?」
ぬっと、影が這い出てきた。
「う、わああっ──むぐ!?」
いきなりの影の出現により、反射的に大声で叫ぼうとしたシュウの顔下半分をを慌ててふさぐ。
「ふぅ。い、いきなり叫ばないでください。危なかったじゃないですか」
「むぐ、むぐぐ。むぐぐーー! (待て。なんで俺が怒られる流れになっているんだ!?)」
なぜか怒られることに対して抗議の声を上げるシュウだったが、いかんせん口を塞がれているので会話が成立しない。
「ですが、その。あのまま叫ばれてしまったら、集まってきてしまいますよ?」
成立しないはずだ。そう、だから今のはまぐれなのだ。
「それで、恩人さんは今村に入ろうとして‥‥‥えっ、どうしたんですか? 恩人さん!?」
いきなり慌てて声を出す外套の少女。その理由は目の前の少年が白目をむきつつあったからだ。
「あっ‥‥‥もしかして、息が‥‥‥?」
おずおずと聞いてくる目の前の少女ににシュウは必死に頷く。それで、ようやくシュウの顔下半分が解放される。
「はあ‥‥‥はあ‥‥‥。危うく、三途の川を渡るところだった‥‥‥」
大きく深呼吸をし、不足していた酸素を確保。そのまま、後ろの岩陰に体を預ける。
「す、すいません! まさか、息が出来ない状況になってるなんて‥‥‥本当に、すいません!」
目の前の少女がシュウを生死の淵に追いやったことを、ぺこぺこと頭を下げ謝る。
「いや、いいんだ。だけど、本気で口と鼻を塞ぎにきたときは殺しにでもかかっているのかなと思ったけど、そうでないみたいで安心だよ」
目の前の少女──紫髪で琥珀色の瞳を持つ、メイアは首を勢いよく振り、そんなことはないですと否定する。
「それで、何か俺に用でも?」
「はい。シルヴィア様より案内するように言われております」
「シルヴィアが?」
「はい」
シュウが聞き返すと、メイアは強く頷く。シルヴィアは信じていてくれたのだ。みっともなく逃げ出したシュウを、戻ってくると疑わずに。
「そうか‥‥‥で、どこにいるんだ?」
「私の家に。今から案内します。それと、これを」
そう言って、メイアから手渡されたのは先ほどまで羽織っていた外套だった。それを受け取り、羽織る。
「これには‥‥‥その、何か特殊な効果でも?」
「いいえ。何も。ただ、ないよりはましかと思いまして。もしかして、余計なお世話だったでしょうか?」
「いや、むしろありがたいよ」
不安がるメイアに、シュウはかぶりを振る。そんなわけで、何とかシルヴィアと合流できそうであった。
「シュウ‥‥‥! よかった。無事だったんだね」
「ああ、何とか」
メイアに村の抜け道というか、抜け穴みたいなものを紹介され、そこからシルヴィアのところまでたどり着いた。
そこから、シュウ達がたどり着いたことを知ったシルヴィアが顔を出し、安堵の声を出す。
「シュウ、来たのね」
シルヴィアの奥、そこから声が届く。その主はシルヴィアの従者、ミルのものだ。しかし、その声は若干気落ちしているような印象を受ける。
「まあ、そういうことになるな。なんだよ、俺が来たら悪いことでもあるのか?」
「ええ。これでまた露見したら、もう言い逃れが出来ないと思ってね。口封じをするのが、大変だと考えていたの」
「おい。サラッと口封じとか言うな! 怖えよ!」
堂々と村人の前で宣言してみせるミルに、シュウは戦々恐々としながら叫ぶ。
「大丈夫だよ、シュウ。一応、冗談だから‥‥‥本当にそうだよね?」
ミルを信用しているような口ぶりから一転、最後に少しだけ疑うシルヴィア。ミルは当然だと言わんばかりに、目を逸らし。
「もちろん冗談ですよ。出来るわけがないじゃないですか」
「お前が言うと冗談に聞こえないのが問題なんだよ‥‥‥」
冗談と言い張るミルだが、シュウからすれば冗談に聞こえる要素が何一つないので本当にやめてほしいと思わざるを得ない。
「さて、茶番はここまでにして。どうします?」
先ほどまでの団欒とした空気は、ミルの一言でスイッチが切り替わったように一瞬で変わる。
シルヴィアやメイア、シュウまでもが表情を変え、ミルへと視線を移す。
「そうだな。とりあえずは‥‥‥シルヴィアは待機したほうがいいな」
「そうなるね」
シルヴィアもシュウの言葉の意味が分かったのか、拘泥することもなく承諾する。
シルヴィアとともに行かない。それはシュウにとっては大きな決断でもあった。
そもそも、賢者の誘いを断ったのはシルヴィアのためでもある。ゆえに、シュウの存在意義はシルヴィアの力になることであり、出来ることなら彼女の近くで動きたい。
だが、今回ばかりは事情が違う。
シュウは今、村に忍び込んでいる真っ最中だ。ゆえに、注目を集めてしまうシルヴィアとの行動は出来るだけ避けるべきなのだ。
「だから、オリシアの件なら俺一人で‥‥‥」
「そうね。じゃあ、私とシュウで行きましょう」
「くそがああ!! 決め台詞ぐらい言わせてくれよ!!」
完全に言いたいことを遮られ、憤慨するシュウ。しかし、ミルはさして気にする様子もなく、続けていく。
「まさか、一人で行って何か出来るとでも本気で思っているの?」
「確かに、確かにそうだけども! でもさ、格好つけるぐらいはいいと思うんだ!」
結局、シュウとミルで捜査することに決まった。
オリシアの死体があった場所、そこにシュウとミルは来ていた。
すでに、辺りに散乱していた血はなくなっており、遺体も誰かが持ち帰ったのだろう。
「で、なんだが。どう思う?」
「どう、とは? 見ただけを言うなら、酷い事件だったとしか言えないわね」
「いや、そうじゃなくて。誰がやったのかってことなんだが」
それを受け、しばし考え込むミル。暫くして。
「そうね。考えられるなら‥‥‥シルヴィア様とシュウが王都で出くわしたっていう、その、破壊力のある人間というのが一番の線だともうけど‥‥‥ここに来るとは思えない」
思い返すは、王都で出会った危険極まりないローブの男。確かにシルヴィアにも匹敵する力を持っており、これを引き起こすことも容易だろう。
だが、それでは前提が合わない。
「そうだな。それは不可能だ。なんたって、あいつは今頃王都の牢屋で縛られているはずだ」
もしかしたら、脱走したのかもしれないが、それは考えにくい。何せ、王都にはかなりの実力者である五人将が控えている。
脱走したとしてもすぐに捕まる。
ゆえに、この場合は選択肢から外してよい。
「もしくは‥‥‥魔獣かもしれないわね」
他の考えうる可能性の一つ、魔獣の関与を疑う。
「ああ、それが妥当だろうな。でも、正直こんなことを出来る魔獣を、俺は知らない」
シュウが知っている魔獣というのは、王都の森で散々追いかけまわされたコボルドのようなやつらと、村に来るまでに遭遇したガーゴイルしかいない。
しかし、そのどれもこのような破壊力を持っているとは思えない。
「ミノタウロス‥‥‥」
シュウの疑問に答えるように、口を開くミル。そして、たった今出た単語には聞き覚えがある。
「ミノタウロス、か。確かにできそうなイメージではあるな‥‥‥」
ミノタウロス──ラノベや、ゲームなどでもお馴染みになりつつある中ボス的存在になる。その巨躯は見上げるほどに高く、頭はヤギのような顔付きであり、強固な角が生えている。
また、そのパワーは尋常じゃない。
「だけど問題なのは‥‥‥どこから入ったのかってことだよなあ」
最大の難問にぶち当たり、頭を掻くシュウ。正直、今回ばかりは侵入ルートがまったく想像できない。
村の正面から入ってきたのなら、そもそも人が気づくだろう。しかし、それはなかった。
つまりは、突然現れ、オリシアを叩き潰したことになる。
「待てよ‥‥‥もしかして? いや、だけど、さすがにそれは‥‥‥」
「なに? 何か考え付いたの? なら、言ってみて」
シュウの呟きに気づいたミルが、シュウに思いついたことを話すよう要求する。
シュウは、しかし口を開くことはなくむしろミルの手を引き、とある場所──そう、シュウ達が使った抜け穴へと足を運ぶ。
「ちょ、何のつもり!? いきなり引っ張らないで‥‥‥え、なにこれ?」
いきなり腕を掴まれ、引きずられてきたことに困惑し、投げ返そうと掴んでいる手を掴もうと、したまさにその瞬間。
それが目に入った。
大きな穴。さきほど通ったときはあまりにも暗くて気づかなかったが、魔獣が通れそうなほど大きな穴がある。
中を覗けば、暗闇だけが広がっており、地面があるかすらも怪しい。
「これなら、通れるんじゃないか?」
「確かに。でも、行くのは一旦止めにしましょう。もしも、この先にミノタウロスがいるのなら、私たちだけでは対処できないわ」
「そうだな。やっぱり、シルヴィアの力が必要か‥‥‥!」
悔しそうに唇を歪めながら、穴から離れようとするシュウ。
しかし、ここでまさかの不幸スキルが発動した。
「な、あっ!!?」
足場が崩れる。とっさに何かに捕まろうと手を動かすが、何も掴めず、そのまま放り出される──寸前。
落下が止まる。よく見れば、さきほど空虚だけしか掴めなかったシュウの手を、何かが掴んでいる。
「み、る‥‥‥?」
「いいから、早く、上がってきて‥‥‥この、態勢、結構きついから‥‥‥」
しかし、彼女の奮闘虚しく。
再び、シュウの不幸スキルが発動。
ミルを支えていた地面が、耐えきれなくなったように崩壊。
「しまっ‥‥‥!?」
その声だけが響いて、二人は奈落へと落ちていった。




