1話 英雄との出会い
既に辺りはすっかり暗くなっており、唯一の道しるべは道路に配置されている光を放つ魔法道具だけだ。
王都と違い全体に光が満ちているわけではないので、今日は星がよく見える。星達の輝きは誰にも邪魔されることなく、唯一絶対の光を放っている。
そんな中、割り込む異分子があった。空を翔ける流星のように見えるそれは王都の方へ向かい──やがて、消えた。
王都へと向かう馬車の中でそれを見た少女は思わず顔をしかめる。
彼女が生きてきた中で、流星を見た事はあっても実際に落ちるところまでは見た事すらなかったのだ。
とはいえ、世にも珍しい光景でありながらも少女の体には感慨はない。むしろ芽生えているのは悪寒だ。底知れない恐怖、とでも言えばいいか。
「どうします? お客さん。先ほどの星のようなもの。王都近くの森林に落ちたようですが……向かいますか?」
「──いいえ。すぐに戻りましょう。危険な香りがするので」
「そうですか。では」
先ほど降り注いだ星のようなもの。少女が乗る馬車の運転手が気になったようだが生憎とその好奇心を満たすことは出来なさそうだ。
運転手も納得し、ただ光だけが点々と続く寂しい道路を突き抜けていく。
このまま何もなければ恐らく今日の真夜中か、明日辺りにでも着くだろう。宿を取るのは難しいかもしれないがそれでもここで止まり続けるよりはいい。
だが、少女の決断はすぐにでも破綻する。
「お客さん! ま、魔獣が……」
「──! どこに……」
「そ、それが前に光が……」
馬車についている窓。そこから前へと視線を傾ければ確かに光明がある。しかも周りには大勢の人たちが逃げ惑っている。
横には荷物と馬車が置いてある所から推測すれば彼らは商人だ。王都に物を運ぶ際にあの流星を見つけ、好奇心が勝ってしまったのだろう。
確かに商人にとってそれは大事なことかもしれないが、夜ぐらいは危険という二文字をしっかりと認識してもらいたい。
「──私をあそこへ! 貴方はその後離脱してください!」
「で、ですが……あっ」
こうしてはいられないと運転手の席まで出てきた少女は、運転手に非難を告げる。運転手も運転手で危険だと忠告しようとしたが、その少女の髪を見て言葉が出ない。
桜のような桃髪。それは間違いなく王都、それどころか王国全体で知らぬ者などいないだろう。
それこそが『英雄』の証であると言っても過言ではないのだから。
であれば運転手も納得するしかあるまい。全速全力で馬を走らせ、襲撃場所へと向かう。
桃髪の少女はその場所に辿り着いたところで、馬が減速する前に強引に飛び降りる。運転手もそれを見届け、速攻で逃げ帰っていく。
そして、転がりながら衝撃を緩和した少女は明かりを目指してただ走る。
魔獣は馬鹿ではない。知恵がある。それも人間を殺すためだけに使う知恵だが。
だからこそ、明かりがあればそこを狙うだけでいい。こんな闇夜の中で明かりという光明を点けるのは人間しかいないのだから。
焚火を取っていたのかもしれないし、何らかの理由があったのかもしれない。だがそれが仇になった。
「あ、ああああ!!?」
「に、逃げろ……! 魔獣だあぁぁ!!」
少女が着いたときには魔獣達が何人か食い散らかした後だった。既に顔を無くしている者もいれば、四肢を失い涙を流している者だっている。
少女は一瞬その光景に目を取られて──だが、雑念を取り払い倒すべき相手の数を把握する。
──左に一人。右に三人……ということは少なくとも五匹以上の群れ。
状況を鑑みて、彼らを襲う魔獣の数を弾き出す。
魔獣は人間並みの知恵がある。ゆえに魔獣も無謀は犯さない。
相手が一人なら三匹で。相手が三人以上なら五匹以上を持って戦うというように魔獣は決して一匹では戦わない。
魔獣の面倒な所だ。一匹は限りなく弱い種族もいるのだが群れで行動することによって全滅のリスクを減らしているのだ。
魔獣──コボルド。犬のような顔と共にその体は人間のような体躯。その手には木を削って作り出した小さなこん棒を持っている。
即座に右の方が多いと判断し、そちらに向かっていく。
音を置き去りにするスピードで地を蹴り続け、目にも止まらぬ速度で腰につけた剣を抜刀。
そのままコボルドを分断し、即座に次へと剣を走らせる。
コボルドへ攻撃を当てるたびに月の光が少女を照らし、その姿を露にする。
──月の光に当てられ、輝く桃髪。そして服には一切の装飾が省かれているが、逆にそれが少女の美しさ、可愛さを引き立てているのかもしれない。
コボルドに反撃する機会を何一つ与えず、攻撃する様子を見て流石に彼らとて気づいた。
ここにいるのは単に強い少女などではないことを。
『英雄』の後継者。世界に知られる『英雄』の正式な跡継ぎ。
その気高き姿に思わず命の危機にあるはずの彼らですら見惚れてしまう。
月の光に照らされるあの世界は舞台であり、桃髪の少女はそこで月下の舞を踊っている。そんな幻想的な光景を万人に見せ──。
ようやく殲滅は終わった。いたはずのコボルドは全て消え去り、立っているのは少女だけだ。
「あ、ありがとうございます! この恩は決して……」
「あ、はい。──それより、早くここから逃げましょう。いつ他の魔獣が襲ってきてもおかしくはないです」
感謝を述べてくる商人達に非難を促し、自身もまた王都へと戻ろうとして──。
「おおおおおおおおおお!!?」
「──え?」
帰ろうと後ろを向いた瞬間。森の奥から叫び声が聞こえた。
それは間違いなく人の声に違いなくて──。
「そんな……まだ、襲われている人が……」
それだけを呟き、少女は叫び声を上げた誰かを救うために森の奥地へと向かうのだった。
盛大に息を切らしながら、現代の引きこもりササキシュウは踏み固められてすらいない草むらを分けるようにしてコボルドのような鬼から逃げまどっていた。
今、シュウの頭はパンク寸前だった。
車にひかれたかと思えば、しかし目を開ければそこはジャングルと見紛うほどの森にいて、そこから動けば今度はほかの生物に追い立てられる始末。
もはや運などあったものではない。
「はあ、はあ、ちくしょう! こいつらどこまで追ってきやがんだよ!!」
その言葉通り先ほどの場所からおそらく何キロかは走ってきただろう。引きこもりにしたら、かなりの運動量どころか本当に死んでしまいかねない。
だというのにやつらは疲れる様子も見せず、執拗に追いかけまわしてくる。
今考えてみればコボルドの動きはどこかおかしかった。追いつけるはずのところをわざとスピードを緩めたり、道をふさいで進める方向を限定したりと。
それは、もしかしたら誘導しているということではないだろうか。
そんな不安がよぎり、後ろを見てしまう。やはりというか、やつらの顔に浮かんでいたのは笑みだった。
確信する。やはり誘導されていた。だが、それが分かったところで何かできるわけでもなく。
今度こそ死を覚悟したその瞬間。
前から何かがシュウの頬をかすめ後ろへとたどり着き、そのおいかけっこは終わりを告げた。
慌てて後ろを振り返ってみてみれば斬り付けられたかのような痕が残っており、一撃でその命を奪い去ったことは誰でもわかる。
「ごめんなさい。来るのが遅くなってしまって」
前から投げかけられる優しい声。そこにいたのはまるでこの世のものとは思えないほどの綺麗な少女だった。
「下がって。あとは私が終わらせるから」
その言葉通り、先ほどまでシュウを追いかけまわしていたコボルドはあっけなく全滅する。
そこで安心してしまい緊張の糸が切れてしまったのか、意識が朦朧とし、足元がおぼつかなくなる。
「え!? だ、大丈夫?」
いきなり倒れたことに驚いたような声を最後に、シュウの意識は途切れた。