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10話 実験

 それから、村全体を五周ほどしたミルと合流。その際、いろいろ言われたが割愛させてもらう。


 買い出しも終わったので、賢者の塔へと戻り、メリルの部屋に入ったときに何らかの打撃を受け、そのまま気絶。


 その後、周りが心なしうるさかったのもあり、目を覚ましたが、すでにシュウの体は鎖で自由を縛られていた。


 そして、その奥には完全に目のいったメリルが控えており、今に至る。


 目の前では膨大な魔力が杖に込められるのが一目でわかり、さらに焦るシュウ。


「な、なあ。メリル、もうやめようぜ。こんなのは何の意味もない」


 出来るだけ穏便に伝え、中断の合図を送ったつもりなのだが、しかしメリルは聞く耳をもたず杖を真上へと振りあげる。


「この実験に何の意味もない‥‥‥だって? それはないよ。そもそもこれはシルヴィアが望んだことでもあるんだ」


 薄く笑って残酷な真実を突きつけるメリル。


「そ、そんな馬鹿な‥‥‥嘘、だろ‥‥‥?」


 まるで希望に縋りつくような目でメリルを見上げるシュウ。その姿に一種の興奮でも覚えたのか、嬉しそうに顔を歪める。


「考えてみてほしい。彼女がこのことを知らなかったとして、こんなことをやってるって知ったら、止めに入るはずだ。だが、今のところ介入してくる様子は一切ない。というか、君もうすうす感づいているんだろう?」


「そ、そんなはずは‥‥‥ないんだ。そんなはずは、ないはずなんだ。彼女に限って、そんなことが」


 うわ言のようにそれだけを繰り返し呟くが、それをしたところで状況の改善は望めない。


 メリルはただ目を瞑って、無言で、慈しむような顔をシュウに向け、躊躇なく杖を振り下ろす。


 その先から炎が現れ、シュウの周りを囲み、焼き尽くしていく。


「おぶう!? ごがっ! が、あああああああああああああああああああ!!!」


 悲痛な叫びを轟かせるがが、それも意味はない。


 シュウの体を焼き尽くし、それでも一切衰える雰囲気はない。炎に焼かれながら感じるのは物理的な痛みではなく、体を焼かれる感覚により精神的な痛みのほうが多い。


 シュウの世界の昔も生きたまま、火刑になったものは知っているが、このような痛みを味わうとは思わなかった。


「くそ‥‥‥が‥‥‥」


 もだえ苦しむシュウを見てもメリルはまったく表情を変えない。そして、ふうとため息をついて、小さな声で、しかし確かな音量でこう言った。


「なんだ、これもダメか‥‥‥」


 その言葉の意味を問いただすこともなく、意識は深いところへと沈んでいった。










「あ、あ? ここは‥‥‥?」


 目覚めてみれば、シュウは一面芝生だらけの場所に一人寝かされていた。


 シュウは呆けて、しばらく芝生や辺りを見回していたが、そうしているうちにだんだんと自分が何をしていたのかを思い出す。


「そういや、俺‥‥‥焼かれてたよな?」


 しかし、やけどを負ったはずの手足や、顔、体を順番に触っていくが損傷を受けた感じはない。


「あれ? なんで、やけどが治って‥‥‥」


「それはこの部屋のおかげだよ」


 シュウの疑問にどこからかここに入ってきた藍色の髪の少女──メリルがそれに答える。


「お前──何しに来やがった!?」


 しかし、シュウはメリルの言葉に安堵はまったく覚えず、それどころか明確な敵意を宿し立ち上がる。


「まあ、そんなに怒らないでくれよ、ササキシュウ。こうして生きているんだ。何も恨む必要はないだろう?」


「ふざけんな。殺されかけといて今まで通りに接しろってか?それこそ狂ってる人間だよ。あいにく俺は狂ってる自覚はないんでね」


「ふむ。そうか、まだその段階まで行ってはいなかったか。これは早計だったね、すまなかった」


 シュウの言い分を正しいと思ったのかは分からないが、案外すぐに謝罪するメリル。


「で、何のために魔法を俺に当てたんだ?」


「あれ? さっきと言ってる事が矛盾してないかい? 君は殺しかけたやつと今まで通りに接することが出来ないはずだろう?」


 シュウの揚げ足を取るように片目をつぶり、わざとらしくシュウの言葉を反芻する。


「ああ、そう言った。だから、今まで通りには接してないだろ。それともお前には俺の怒りが分からないか?」


「ふふ、ああ、面白い。一見すれば理が適っているように見えて、しかし理屈はねじ曲がっている。こんなに面白いことは他にはないよ。それで、何の実験だったかというと‥‥‥」


 メリルは自らの服のポケットからある紙を取り出し、シュウに見せつける。そこにはシュウが習ったばかりの字でこう書かれていた。


「『ササキシュウの体質に関する実験』?」


「そう。先ほどの魔法、あれは全て実験のためだったのさ」


「実験‥‥‥? どういう?」


 実験の意味が分からず首を捻るシュウだが、メリルがその先を読むことを促す。


「えーと、『ササキシュウについての体質、および何らかの権能が働いていることが予想されている。しかし、これについてはどんなものかは分からないため、実際に魔法を当てて検証するしかない』って、何だこれ、いつこんなの書いたんだ?」


「そうだね。まず第一に君は魔法が効かない。だが、それはあくまで前に説明した対象に触れる魔法、つまりは人間個人に干渉する魔法だね。王都での一件、君は呪いが効かなかったと聞いている。そして、シルヴィアの従者、ミルの意見によって、さらに治癒魔法が効かないことをさきほど聞いた。そこから推測するに」


「推測するに?」


「君の体は呪いの影響を受けない世界でただ一人の人間だ。だが、どうしてそうなのかは分からないけどね」


「それが‥‥‥お前の結論か? じゃあ、それが本当なら俺は治癒魔法が効かないはずだろう? なのに、なんで回復しているんだ?」


 メリルの結論をすべて信じたわけではないが、仮にそれを信じるのならばシュウの傷がふさがっていることに疑問が残る。


「だから、さっき言っただろう? この部屋は個人に干渉するものじゃない。この部屋は世界に干渉して自分の回復力を増幅させるんだ」


「ああ、そういうことか‥‥‥」


 メリルの説明にとりあえず納得したように頷くシュウ。まあ、殺されかけたことに関してはどれだけ取り繕われても許すことはない、シルヴィア以外なら。


 シュウの体質を仕組みを分からないまでも限定的に暴いたのだから、賢者としてもさぞかし喜んでいると思ったのだが、メリルは未だ、納得のいかない顔でシュウを睨んでいた。


「なんだよ‥‥‥まあ、悪かった。適当なこと言って」


「ああ、いや別にいいんだ。ボクも説明するという順番を省いたからね。恨まれても文句はない。‥‥‥だけど、こう釈然としないんだ。だってさ、ここまでなら誰かが調べなくても分かることだ。別に賢者たるボクを呼ばなくたって問題はない。だから、彼女が頼んだ意味は、たぶんほかにあるのだろう」


「どんな?」


「例えば、なぜそうなのかを暴くことがボクに頼んだ意味だったんじゃないかな。そのうえでどうしたらそれを治せるかの具体的な策を練ってほしかったのかもしれない。それと、ボクのところに来る一番の理由、君の悪夢のこと。それが彼女の依頼だったのかもしれない」


「その可能性も、なくはないな」


 だが、それはこの世に生きるすべてを上回る叡智をもった賢者さえも匙を投げた。つまりは、もう手がかりはないということに他ならない。


「ま、しょうがないさ。別に気にするようなことじゃないしな」


「すまないね、ご期待に沿えなくて」


 若干、しょんぼりしているように見えたが、錯覚だと言い聞かせ、立ち上がり部屋から出ていこうと歩き始める。


 賢者はシュウの行動に興味すらないのか、紙とにらめっこをしている。


ドアを開け、外に出ようとしたところでようやく賢者は気づいたのか、顔を上げる。


「ああ、シルヴィアのところに行くのかい? それなら、彼女たちは村にいる。なんでも救ってもらったお礼がしたいだのなんだの言われてね」


「ありがとよ」


 一応、形だけの感謝を伝え、その場からそそくさと離れていった。









 そして、賢者一人しかいなくなった部屋の中で、聞こえるはずのないドアの開閉音が聞こえる。そこから入ってきたのは一人の男性だ。


 茶髪であり、薄汚い外套を羽織り、首に古ぼけたマフラーを巻いており、今回はいつもよりも汚い身なりをしている男性──消息が不明になったはずの大英雄、ダンテだ。


 普通、大英雄が一度でも姿を現せばだれもが平伏し、一時お祭り状態になることまである。しかし、賢者には当然そんなことはなく、むしろダンテがこの場に入ってくることを知っていたかのように平然と手を上げる。


「やあ、ダンテ。久しぶりだね。また悪だくみでもしていたのかい?」


「なんだよ‥‥‥お前の中での俺は悪だくみをするような素晴らしい悪徳商人に見えるのか?」


 ダンテの問いに、メリルは肯定も否定もすることもなくただ押し黙る。


「まあ、そんなことはいいんだ。それより、あのクソガキの能力について調べたって本当か?」


 いつもおどけた調子はダンテからは感じられず、ありえないことにばっさりと本題に切り込んでくる。


 しかし、それに驚くことはなく。


「ああ、そうだよ」


「お前、本当のことを言ったんじゃないだろうな?」


 場の空気が一瞬で凍る。この声をシルヴィアが聞けば、おそらくはダンテだとは分からないだろう。それほどまでにいつもの彼とはかけ離れていた。いや、むしろこちらが本当なのか。


「そんなわけないだろう。この段階でそれを伝えてしまえば、君の計画も、そしてボクの悲願も成就できなくなる。伝えるメリットがないからね」


「そうか。なら、いいんだ」


「それよりも。君の方も大変みたいじゃないか。そんなに身なりがボロボロになるまで駆け回っていたのかい?」


「ああ、今回もロスイは見つからなかった」


 ロスイ──15年前の戦争の功労者であり、そしてあの苦しみを分かち合うことのできる数少ない友人だ。


 しかし、その友人も今は消息を絶っており、未だ会うことはかなっていない。


 ダンテはそんな悲しみを拭い去るかのように、頭をがしがしと掻き毟り、立ち上がる。


「さて、そろそろ行くぜ」


「そうか、なら最後に」


「なんだ?」


 賢者はあえてすぐに聞き出すことはせず、一拍置いて。


「今の君は、どっちだ?」


「──────」


 不意を突かれたように黙るダンテ。メリルは畳みかけるように言葉を紡いでいく。


「ただ、人間を恨み、殺戮マシーンと化していた君か、それともそれだけじゃないことを知り、英雄となった君かな?」


 その問いに、ダンテは優しく笑って。


「どっちでもない。そんなクズは全部捨ててきた。ここにいるのは全てを失って、それでもまだ足掻こうとしている愚者だよ」


 それだけ伝えて、大英雄は部屋から出ていく。


 彼の願いをかなえるために。失われたすべてを取り戻すために。そのためなら自分はおろか、すべてを巻き込むことも構わず。


 ただ、ひたすら突き進んでいく。

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