幕間 復活
──それはまるで、深い深い水の中に沈んでいるような感覚だった。
手足の感覚は存在しているのに、思い通りにならない状況はまさにそれ。とはいえ、実際にそうなったことはないので分からないが。
『こちらだよ、こちら』
何することもなく、ただ漂っている最中──ふと、声が響く。ただし、それは少しだけくぐもっていて。誰の声だか分からない。
『……おーい。聞こえているのかな? いや、魂はきちんと容器にいれた。であれば、聞こえているはずだけど』
……鮮明になる。少しずつ、少しずつだけれど。ノイズが取れて、はっきりと聞こえるようになっていって──。
「おや、目を覚ましたかい?」
覚醒は水面から顔を上げたような感覚。あれほど見た夜空が視界の先に広がっているのを確認し、なぜか熱いものが込み上がってこようとする最中──同時に届くのは声だ。
「──、──」
「ふむ。魂がまだ固着していないか。いや、喋り方を忘れてしまったのかな? 無理もない。浮上するのは十六年ぶりだろうし、一度も喋っていなければ忘れるかもしれない期間だ」
「あ……た、は」
「時の精霊、とでも呼んでくれ。有紗……いいや、アリサ・アレクシア」
──懐かしい、とても懐かしい名前で、自らを呼ばれる。けれど、その名はもう機能していないはずだ。既に、この身は朽ち果て、死んだはず。にもかかわらず、この体は一体何なのか。
「……『冥王の眷属』だった君は、死後──その魂は『冥王の眷属』の中に統合され、浮上することは基本ない。だが……他の者が観測すれば、魂は引きずり上げられる。とはいえ、賭けではあったがね。今の『冥王の眷属』……ササキシュウが君の記憶を除いていなければ不可能だった。まさに君の運のなせる技だ」
「ササキ……日本、人……なの?」
「君の故郷だったね。ただし、君は召喚、あるいは転移したわけではなく……偶然、魂がここに呼ばれただけなのだから。そこも運がいい……と、思うけれど」
「……なんで、私は」
「生きているのか。至極まっとうな質問だ。しかし、そう不思議な事ではない。……ダンテが、全ての状況を整えてくれた」
いつか、好きになった誰かの名前が目の前の人物から語られる。
「魂があったとて、人は復活しない。必要なのは魂と容器だ。容器の方は……ダンテが腐らずにしておいたものを、私が掘り返した。同時に、ダンテは私と契約し……結界を、人間族の領土全てに張り巡らせた、と虚偽の報告をした。全ては、今この状況を作り出すために」
「だん、ては……」
「察しの通り、もういないよ。彼は自らの役割を全うした。であれば……君も全うするべきだ。君自身に課せられた役割を。果たさなければいけない、責務を」
時の精霊は立ち上がり、自らに手を差し伸べて──。
「暫くは、身を隠したほうがいい。未だ体を動かすのも慣れていないだろう。故に潜伏し、機会を探す。この呪われた運命を覆せる瞬間……最初で最後のチャンスを」
「……」
「始めようじゃないか。誰に支配されることなく、皆が皆の思うまま物語を紡ぐ世界を。戦争し、ぶつかり合い、理解し……そうやって紡いでいく様が私はみたいのさ」
──この日。世界樹より時の精霊は失われた。結界だけは残り火のごとくその姿を健在にしながら、しかし主は表舞台から一度姿を消す事になる。
そして。看過できない歪みが一つ。
死んだはずの転生者──アリサ・アレクシアの蘇生、あるいは復活。鍵は少しずつ揃い、物語は更なる展開へと進み──。
「では、始めよう。──『女神』の再臨を」
──次なる陰謀は加速する。
これにて六章完結です。ほんとに長かったですし、辛かった……
次回の七章からはちゃんとプロット書いて短くします……
七章の書き溜めも何もない状態ですし、一切書き始めてないこと、またやらなきゃいけないことが山積しているために暫く休止します。再開は早くて一月の後半、最低でも二月の最後までには戻ってくるつもりですのでよろしくお願いいたします。




