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9話 村にて

 賢者に何らかの準備だとかで全員追い出され、尚且つ買い出しまで頼まれてしまったので嫌々ながら、村へと向かっていた。


 その道中。


「なあ‥‥‥この服、なんか合わないっていうか、慣れないっていうか‥‥‥」


 シュウは塔から出る寸前、ミルやシルヴィアからある服を渡され、着替えていた。今までの黒一色とは異なり、白がベースとなっている。見るものが見れば、完全な使用人だろう。


「でも、そうしないとシュウの黒髪は見えちゃうから‥‥‥」


 どこか気落ちしたような声でシュウに告げる。


 周りにいるのが、あまり黒髪を気にしない人達だったので、正直忘れかけていたがこの世界では黒はアウトなのだ。


 黒、というだけで嫌悪感、忌避感が生まれる。


 それこそが毎回、シュウが置いて行かれる理由の一つだ。おそらくはシルヴィアの配慮だろう。


 だが、今回は待っているのも暇だったので、危険を承知でシルヴィアに頼み込み、こうして村へとついていく権利をもぎ取った。


 黒の髪を一切見せない、そして村についてからも余計な口出しをしないという条件付きではあるが。


 そういうわけで村まで続いている森に囲まれた道を歩いていたわけだが。


「きゃあああああああああ!!」


「なんだ!?」


 突如として悲鳴が聞こえる。方向は近くの茂みからだ。


 シルヴィアとミルは二人で顔を見合わせ、頷き、悲鳴が聞こえた方向へと走っていく。


「あっ、ちょ、ちょっと待ってくれよ!」


 二人のあまりの速さに置いて行かれたシュウは、二人を追うように森の中をただひたすら駆けていった。







 悲鳴が聞こえた場所──森の中に開けた岩場に、おそらくは先ほど叫んだであろう紫髪の少女と、その少女に抱えられ、ぐったりとしている茶髪の少女がいた。


 茶髪の方は見るからに手酷い傷を負っており、この場を離脱するどころか、意識を保つのさえ困難だろう。


 そしてそれを襲っているのが、漆黒の翼をもち、異形の有様を見せる鳥人のようなもの──おそらくはガーゴイルだろう。


 ガーゴイルたちは群れをなして少女たちを囲っており、じりじりとその輪を小さくしていく。未だ一斉に襲い掛からないのは何らかの一手を警戒してのものだろうが、今回ばかりはそれが裏目に出る。


 ガーゴイルも何もないと判断したのか、その差を一気に詰めていく。視線は少女たちに釘付けになり、周りを確認しようとすらしない。


 そうして、隊列を崩さず一斉に剣を抜き、飛び掛かろうとして、不意にそれが乱れた。


 右端の一匹、その体が音もなく崩れ去る。それに気づいた仲間たちに動揺が伝播していく。しかし、飛び去る機会すら与えられず、もう一匹が背中から血を吹き出しながら倒れ伏す。


 それで完全に戦意を喪失し、異形の羽をはばたかせるも、桃色の髪の少女──シルヴィアはそれを許さず圧倒的なまでの剣技でガーゴイルを一太刀で、目にも止まらない速度で斬り裂いていく。


「おい! そこは危険だ。早く、こっちへ!」


 ガーゴイルに襲われていた少女たちは、あまりの急展開についていけず、ただ目の前の状況を呆然と眺めていたが、シュウの呼びかけによって我を取り戻す──が。


「ご、ごめんなさい‥‥‥その、腰が抜けちゃって‥‥‥」


 恥ずかしそうに小さな声でシュウに返す。シュウは仕方なく戦闘の後方、少女たちが座り込んでいるところまで走り、少女を背中に強引に乗せ、気を失っている少女をお姫様だっこし、走り始める。


「な、ちょ‥‥‥」


「しっかり捕まってくれよ‥‥‥」


 紫髪の少女の驚く声が聞こえたが、シュウはそんなことを気にしている場合ではないと言わんばかりに速度を早め、森の茂みの方を目指す。


 だが。


「な!? なんで、ここにいるんだよ!」


 目の前の茂みに隠れようとするシュウ達を妨害するように、ガーゴイルが仁王像のごとく立ちはだかる。


 推察するに、逃げるにしても一人ぐらいは殺しておこうという魂胆だ。だからこそ、シュウに背負われている少女たちはおろか、戦闘に参加しなかったシュウを狙ってきた。


 後方で援軍が来ないか待機していたミルがそれに気づくが、どうしても一撃目には間に合わない。


「く、そがああ!!」


 シュウは震えて逃げ出してしまいそうになる心を叱咤し、抱えていた少女たちを乱雑におろし、すぐさまそこから離れる。


 ガーゴイルは一瞬だけどちらへ狙いを定めるかを悩んだが、最終的にシュウに狙いを定め、自らに装備していた剣を抜き、振りかぶる。


 シュウはそれを回避すべく横っ飛びを敢行。シュウめがけて振り下ろされた斬撃はシュウの服をかすめ取ったが、シュウ自身には斬撃は当たっていない。


 それを見たガーゴイルは再び振りかぶろうとするが、横から放たれた何かによって背中に損傷を追う。ガーゴイルは一瞬、何が起こったか分からなかっただろう。だが、すぐに自分がどんな状況かを悟り、逃げ出そうとするが、もう遅い。


 シルヴィアがその場に駆け付け、血しぶきが舞う。


 そして、それが終わりの合図だったことをシュウは悟り、緊張を解く。


「いや、まじで死ぬかと思った‥‥‥。つーか、ミルさっきのなんだよ‥‥‥」


 シュウは地面にへたり込みながら、ミルに先ほどのガーゴイルの攻撃を防いだ何かの説明を求める。


 ミルは一度ため息をついてから、その手に持っているもの──銃の形をしたそれをシュウに見せる。


「これのこと? 見ての通り、魔法銃よ」


「魔法銃‥‥‥? そんなのがあるのか‥‥‥」


 感心したようにミルの持つ銃を眺めながら、そう言う。その形状はリボルバーに似ているが弾倉はない。おそらくは魔法道具と仕組みは同じだろう。賢者の話によれば、魔法道具には中に魔法陣、術式が編み込まれており、それが一定の条件を満たすことによって発動するとのことだ。


「ただ、起動条件は魔力を込めることね。魔力が尽きたら何もできない」


 魔法銃を手に持ったまま肩をすくめ、そんなことより、と続け。


「こちらの方々はどうするのかしら?」


「ああ‥‥‥どうしよう」


「とりあえず、村の人だろうから送り届けよう」


 ミルとシュウは先ほどの場所で倒れこんでいる二人の少女に目を向ける。おそらくはガーゴイルの恐怖に当てられ、気絶してしまったのだろう。


 そんなシュウとミルの姿を見た、シルヴィアが苦笑しながら提案をしたのだった。


「──────」


 何かがその戦闘の一連を見ていたことを最後まで気づかずに、村へと進んでいった。







 賢者は薄暗い部屋で、まるで子供の成長を見守るように薄く笑っていた。


 彼女が見ているのは外の世界、いや、正確にはそこにいる黒髪の少年。


「ああ‥‥‥ますます、狂ってきてるね‥‥‥」


 それだけ嬉しそうに呟き、再び少年の観察へと移る。少年の異常性を見極めるために。必要があれば、介入が出来るように。


 そうして、没入していった。








「ここが、村か」


 いつもに似合わない白い服を着て、自らの黒髪を隠すようにフードを被った少年──シュウは、目の前の光景を見て、そう呟く。


 目の前には幾つもの家が並んでおり、その中央には噴水が置かれている。また、そこを行き交う人々は人間だけに限らず、耳やしっぽを生やしている獣人までいる。


「そんなにきょろきょろしないで。品が疑われるから」


 そんな風に珍しい光景をきょろきょろ見ているシュウにミルは制止をかける。


「悪かったよ。‥‥‥何分、こういうのは見慣れてなくてな」


 シュウも突っかかる気はなく、すぐさま謝る。


「それでこの子たちはどうする? 誰かに聞けば分かると思うけど」


 シルヴィアはシュウとミルが背負っている二人の少女を見て、どうするかを尋ねる。


 未だ、どちらも目覚めておらずどこに住んでいるかも分からない。ゆえに、村の人に聞くのがいいのだが、その際黒髪を見られでもしたら厄介なことになりかねない。


「結局、シルヴィアとミル頼りだな」


「そうね。シュウが行って無用な誤解を生むようなら、多少騒ぎになるかもしれないけどシルヴィア様と行くのが一番いい方法ね」


 ミルも不要な誤解を生みたくないとのことでシュウの意見に賛成。シルヴィアとともに少女の手がかりを探しに行った。


 そして、不肖役立たずのシュウはと言えば。


「んで、俺が買い出しか‥‥‥確かにバレない可能性が高いとは言っても‥‥‥引きこもりの人にそれを任すのはどうかと思うぜ‥‥‥」


 村の市場のようなところで買い物をしていた。果物や、野菜など一見見たこともないようなものが売ってある。その下には最近習ったばかりの値札が付いており、今更ながらに文字を習っていたことを感謝する。


 そして買い物を終え、シルヴィアに合流しようとして村を散策し始めて数分経った頃か。


 行き交う住人の中に一人の青年の姿が見えた。緑の外套を纏い、その銀髪は若干ほつれているが、それが気にならないほどの美青年だ。


 平常時ならば、その爽やかな顔は雑踏の中に紛れ込んでしまい、言葉を交わすことはないのだろうが、今回はその青年の視線がシュウの方を見ていたので気づくことが出来た。


 ただ、そのまま見なかったふりをするのも面倒なのでその青年に話しかける。


「あー、えっと、何か用ですか?」


「うん? ああ、すまないね。黒髪なんて珍しいものだから、つい見入っちゃって」


 その美青年はシュウのフードを指さし、曇りのない笑みを向ける。


「貴方は‥‥‥なんとも思わないんですか?」


「いや、特に? だけど過度な露出は避けた方がいいとは思うけど」


 不思議そうに首をかしげ、あまつさえ助言までも与えてくる。見れば、顔に嫌悪などは一切浮かんでおらず、その笑みには清々しさすら感じる。


「なんだよ、その爽やかさ! もはや勝てる要素が一つもない‥‥‥」


 あまりのイケメンレベルに勝てないと一瞬で察し、頭を抱え、少し抑えめに叫ぶ。


「僕はソフィア。職業は‥‥‥一応旅人をしているんだ。よろしく」


 軽く自己紹介をする青年──ソフィアはシュウに向かって握手を求めシュウもそれに応じる。


「ああ、よろしく。‥‥‥旅人やってんのか。でも、旅の途中とかで魔獣とかが襲ってこなかったのか?」


 シュウの最もな疑問に、しかしソフィアは痛いところを突かれた、と言わんばかりに胸を押さえて。


「確かにね。実際、何度か危なかったときはあったよ」


 でも、と彼は続けて。


「そんな危険を冒してでも、世界を見てみたいんだ。どこで誰が、どんなふうに暮らしているのか。世界にはどんな名所があるんだろう、とかね」


「そっか‥‥‥そりゃ、当然だよな」


 若干、興奮気味に語るソフィアだが、その探求心をシュウもよく理解できる。もしも、やることが本当になくなったら、世界を見て回るのもいい。


 本気でそう考えてしまうほど、魅力的なものだ。


「もしも、僕の話が聞きたいのなら聞かせてあげるよ?」


「いいのか? じゃあ、お言葉に甘えて‥‥‥」


 ソフィアのその提案に乗っかり、噴水付近へと移動する二人。そこでベンチに座り、ソフィアの話を聞こうと思ったのだが。


「あ、シュウ。こんなところにいたの? 探したよ?」


 その声に幾分かの安堵を乗せて、シュウに向けて発せられる。


 その先にいたのは、桃色の髪の少女であり、シュウが守ると誓った英雄と呼ばれる少女だ。だが、今の彼女の面影にはそんなものは一切見えず、普通の、それこそどこにでもいる少女に見える。


「し、シルヴィアか‥‥‥どうしたんだ?」


「どうしたもこうしたもないよ。私たちが家の人に送り届けて、シュウに合流しようとして行ったら、シュウいないし‥‥‥」


 とのことだ。ちなみにシルヴィアを見たソフィアは若干驚いたような顔を見せ、ついで目に見えるように慌てふためく。


 常人がやるそれは無様に見えるはずなのだが、しかし彼がそれをやると無様という言葉はまるで当てはまらない。


「え、ちょっと待ってくれ、シュウ。君はあの『英雄』と知り合いなのかい?」


「ああ‥‥‥色々と」


「シュウ、そちらの方は?」


 シルヴィアが銀髪の青年の存在に気づき、シュウに紹介を求める。本来ならば、ソフィアが自己紹介をするべきなのだろうが、それに気づけないほどパニックになっていると判断。仕方なしにシュウが紹介しようと口を開くが。


「お初にお目にかかります、次代の英雄様。僕はソフィアと申します」


 先ほどの慌てっぷりはどこへやら。すぐさま平常心を取り戻し、完璧な自己紹介をして見せるソフィアにシュウは呆れるしかない。


 それを聞いたシルヴィアも挨拶を返そうとするのだが、銀髪の青年はそれをさせなかった。


「本当に申し訳ございません。本来ならば、このようなことあってはならないのですが、急な用事が出来てしまい‥‥‥」


「え、何かあるのか?」


「すまないね、シュウ。旅の話は、また今度でいいかな?」


 ソフィアは話を出来なかったことを謝り、次に会った時に話すことを約束。シュウもそれを承諾し、今回はお開きとなった。


「では。シュウ、英雄様。またお会いしましょう」


 そう言って、不思議な青年──ソフィアは雑踏の中に紛れ込んでいった。

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