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6話 コレクション

 シュウ達が賢者のところに行くことが決まって、はや二日が経つ。


 なぜ、あのあとすぐに出発しなかったかと言えば、簡単な話、シュウの体調の問題だ。外傷がかなり多く、また精神的な問題もあり、整うまで出発を見送っていたのだ。


 もう一つの問題が、賢者に許可をとっていたということだろう。


 なんでも、賢者に会いに行くには事前に知らせる必要があるらしく、シルヴィアが手紙を送り、返ってきたのが先ほどだ。


 ちなみにシルヴィアは手紙を見た瞬間、明らかに呆れたような顔をしていた。理由は分からないが、それほどの内容だったのかもしれない。まあ、シュウは見る気がなかったし、興味もさしてなかったので見てはいないが。


 今は、近くの村に行って馬車を借りているところだ。シルヴィアが。


 その間、シュウとミルは屋敷の残った仕事を片付ける手はずだったのだが、なぜかミルが出てこず、庭にて絶賛お休み中である。


 庭は基本花で埋め尽くされており、どこぞの理想郷に近いかもしれない。ただ、その中で唯一座れる場所──庭の真ん中に立っているベンチに腰かけていた。


「ああ~太陽の日差しが気持ちいい。なんか外で落ち着いて座るのが久しぶりな気がする」


 あちらの世界ではずっと引きこもっていたため、こんな風に日の日差しをゆっくりと浴びる暇がなかったのだが、これほどいい気持ちになるのならさっさと近くの公園で日向ぼっこでもしていればよかった。


 そんな風に考えて暇をつぶしているが、ミルは一切出てくる気配がない。


「なにやってんだよあいつ‥‥‥まさか、忘れてんじゃねえだろうな‥‥‥」


 あの時間に正確なミルに限ってそんなことはあるはずはないのだが、しかしそこは人間だ。誰にだって間違いや、忘れることなどある。学生などそれが顕著だ。


「あんなに必死こいて覚えた内容が、今ではほとんど覚えてやいねえ。これは本当に何のために勉強をしているのかについて苦言を呈したいところだ‥‥‥」


 とか何とか言いつつ、ミルの部屋へと足を運び、到達する。


「おい! ミル。早くしないとシルヴィア帰ってきちまうぞ」


 ノックをしながら呼びかけるが、一向に返事は来ない。


 そして、気づく。なぜか、ドアの鍵が開いていることに。


 ──なんで、鍵がかかってないんだ?


 そんな至極当然な疑問が思い浮かぶ。ミルは常日頃から──まあ、当然なのだが鍵は必ず掛けるタイプだ。そのミルがカギをかけていない。そうなると、何かあったのかもしれない。


「ミル、入るぞ。‥‥‥って、誰もいないじゃねえか」


 一応確認を取り、中へと侵入。そこはなんとも清潔感あふれる空間であり、無駄なものは何も置かれていない。


 しかし、そこには部屋の主であるミルもおらず、無人の部屋と化している。


「しかし‥‥‥何にもねえな。なんか年頃の女子の部屋がこんなにも殺風景だなんて思わなかった」


 シュウとしてはもっといろんなものが飾ってあると思ったのだが、当てが外れたらしい。


 仕方なく、ほかの場所を探そうとして、ふと違和感に気づいた。


「あれ‥‥‥なんで、このクローゼットほかのとずれてんだ?」


 規則正しく並んでいるクローゼット二つのうち、一つが若干ずれている。何かあるのかと思い、ずらしてみれば。


「おいおい‥‥‥なんでこの屋敷にはこんな無駄な機能がたくさんあるんだよ‥‥‥」


 その先に階段があった。おそらくは地下に続く階段であろう。シュウはこの屋敷ですでにこの機能を二つほど見つけている。掃除中たまたま見つけたものにしかすぎないが。


「これもダンテさんの指示だろ‥‥‥何がしたいんだ、あの人は」


 結局、王都で会って以来一度も顔を合わせていない自由人に、一度問いただしてみたいものだ。


 ただ、ここまで来て引き返すことなどありえないので奥へと進んでいく。


 階段はかなり長く続いており、暗闇で染まっている。シュウはまるでダンジョンに挑む前の緊張感を肌で味わいながら一段づつ下りていく。


 やがて、何段下りたか分からなくなったとき、光は見えた。それは決して太陽の光のようなものではなく、人工的な光。魔法道具のランプであることは明白だった。


 確信する。間違いなくミルはこの先にいる。


 そう分かったとき、自然と早足になりながら、光へと向かっていき、飛び込んだ先には。


「おい‥‥‥なんだよ、これ」


天国が広がっていた。


 壁には肖像画──否、桃色の髪の少女の絵が埋まるほど飾られており、またシルヴィアの人形のようなものまで棚に置いてある。


 まさにシルヴィア天国。これを作れる人間など、もう一人しかいない。


「おい、ミル! なんだこの空間は!? 天国か!?」


 部屋の端で縮こまりながら、何かを見つめていたミルはその声に肩を震わせる。異常なまでに。そう、それだけでなく、息もなぜか荒くなっている。


 確かに自分の秘密の部屋を見られたとはいえ、ここまで驚くのは何かがおかしいと思いつつも、ミルに近づいていく。


「お、おい、ミル。大丈夫‥‥‥」


「やめて‥‥‥それ以上、ちかづかないで!」


 いきなり大声を出す。その声はひどく震えていて、何かを恐れているように感じる。


 だが、すぐに後ろを向き、


「ごめん、なさい。少し、気が動転してしまって」


 シュウに謝る。だが、未だ震えは止まっていないのが見え、シュウは投げかけるはずだった言葉を失う。


「あー、ミル。気持ちは分かる。誰だってこれを見られたら動転するよな」


 そのシュウの言葉にミルは顔を赤くして反論しようと口を開くが、それより先にシュウが言葉を切らずに続ける。


「でもさ。ミル。人にはそれぞれ個性があると思うんだ。だから、俺は何も言わない」


 もうミルも反論する気がそがれたのか、口を出してこない。


「そこで、提案がある」


 シュウはミルにそう言い、ポケットからスマホを取り出し、あるものを見せる。それを見たミルは微妙な顔をし、


「ねえ。いつこんなことしたの?」


「残念だが、それは企業秘密だ。だが、これはいい取引ではないか? だってお前はいちいちシルヴィアの新しい顔を必死で覚えて、思い出しながら書くよりずっと楽なはずだ。そうすれば、俺はシルヴィアの絵を眺めることが出来る。いい話だと思うが?」


 そう言って、邪悪な笑みを向けながら、手を差し伸べる。


 金髪の少女は考える素振りを見せ、そして即座に差し伸べられた手を取る。これで契約は完成した。ここにシュウとミルは運命共同体になったのだ。


 まあ、そんな茶番は置いておいて。


「じゃあ、そろそろ行こうぜ。早くしないと桃色の天使に叱られちまう」


 ミルは先ほどの握手した手を眺め、顔を上げ、歩いてくる。


「ありがとう」


 聞こえるかどうかもわからないほどの小さな声で、だけど感情が籠った声でそう言った。


「そうね。さっさと行きましょう。早くしないと天使に殺されるわ」


「特に俺とか危ない気がする……」


「そうでしょうね。どこかの黒髪さん以外は」


 そんな風にいつも通りに憎まれ口をたたきつつ、庭へと向かっていった。


 ちなみに、ラッキースケベなんて期待してませんでしたよ。ええ、するわけないでしょう。そう、米粒の一つでも、原子一個分の可能性なんて信じてませんでしたよ!!!!!












 庭の手入れ後、その他の雑用を片付け終えようとしたところでシルヴィアが帰ってきた。もちろん馬車を引き連れてだ。


「二人とも、仕事は終わった?」


「ああ、もうすぐで終わるところ」


 今行っている仕事──各部屋の掃除をしながらシルヴィアに返事を返す。


 また、ミルは返事は出来なかったもののシルヴィアの声を聞いた瞬間、恐ろしいまでに仕事のペースを上げている。


 シュウの返事を聞いたシルヴィアは分かった、と返し、乗ってきた馬車を庭の方へと移動させる。


「つーか、シルヴィアって馬車の運転出来るんだ‥‥‥」


 シルヴィアの意外な特技──かどうかは分からないが──に驚き、感嘆の声を上げるシュウ。それを聞いていたミルは当然と言わんばかりの笑みを向ける。


「当然よ。シルヴィア様が出来ないことはないわ。料理以外は‥‥‥」


「ああ、そうだな‥‥‥」


 めずらしくシルヴィア関連の話で言いよどむ二人。シルヴィアにとっての天敵、それはおそらく料理だ。前に教わりたいと言ってきたので、教えた時のあの破壊力はすさまじかった。結局、シルヴィア崇拝の二人は何が何でも食べるしかなくなり、一日ほどノックダウンするという出来事もあったほどだ。


「それじゃ、仕事も終わったし行きますか」


 シュウはきれいになった部屋──ダンテの部屋を眺めながら、ミルに言った。ミルもそれに頷き、掃除道具を一瞬で片付ける。


 これについては、どうやってるのかは企業秘密らしい。まあ、どこからどう見ても人間業ではないが。


 シュウはそのまま自分の部屋に戻り、数少ない私物であり積年の相棒でもあるスマホを丁寧にポケットへと入れ、外へと出る。


 庭には支度を終えたらしいミルが馬車の操縦席らしきところに乗っており、シルヴィアも座席に座って、もう一人の乗車を待っている。


「悪い、遅れた」


「ううん、大丈夫だよ。それじゃ、ミル。お願い」


 シルヴィアに遅れたことを謝るが、シルヴィアはまったく気にしていない様子だった。そして、ミルに発車の合図を送る。


それを受け取ったミルが前に向き直り、馬車を動かし始める。


そうして、賢者への旅が始まったのだった。









 馬車の旅を始めてから数日、ようやくそれが見えてくる。


 それ、というのは塔。天辺まで見通すことが出来ず世界樹の時と同じ感慨を受ける。周りは海に囲まれており、陸からしかそこには至れないことは容易に分かる。


 そして、その人物は塔の入り口付近に立っていた。


 まるで立っているのが疲れたような雰囲気を醸し出し、杖でその体を支えている。


 不意にこちら側を向き、背筋を伸ばして仁王立ちのような姿へとたちまちに変わる。


 そして、左手に杖を持ち、空いた右手で馬車に向かって手を伸ばすと。


「やあ、よく来たね。初めまして、ボクはメリル・アーノルド。賢者さ」


 そう言って、微笑んだのだった。

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