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ありえたかもしれない世界 A Happy World

「ようこそ、ありえたかもしれない世界に」


 何もかもが眩しくて、輝いて見える世界で。


 人が賑わい、幸せな雰囲気が垣間見える世界で。


 異物──『暴食』はただ嗤って、もう一つの異物に向けて両手を広げ、歓迎の意を示す。


「……並行、世界か?」


「いやぁ……並行世界ってのは、ちっと違ぇな。それは選択間違っただけの世界だろ? 要はそうなる可能性を秘めてる世界だ。けど、俺のは違う。俺のは……どこで選択を違えようとも絶対に成り立つはずのねぇ世界を作り上げることだ。ただまぁ、戦闘には向かねぇし、俺としちゃぁ消化不良だし、扱いづらい……あんまし使いたかねぇんだよ。ああ、安心しとけ。今俺はこの世界の記憶とやらに、俺が奪った時間で作り上げた世界を差し込んでるだけ。心配しなくても、管理者とやらが勝手に消してくれるさ」


「──この世界は、お前が作り上げた……権能で、喰らった時間を再利用して……お前の中に溜めておくことができる。それを使えば、こんな風に一時の世界を作り上げることも可能……っていうことか」


 色々分からない単語が出ているためか、飲み下しにくいが、要は動画を編集する行為と同じだ。世界を切り取るのがカット、差し込むのもその要領だ。


「ご名答。立ち上がる気力も、反抗する気力もなくなっちまったから、そこまで説明しねぇと駄目かと思ってたが、まぁだ完全に叩きのめされたわけじゃねぇらしい。ただ、権能だけじゃねぇんだな、これが。俺の種族としての力も当然入っちゃいる。……ただ、世界を作り上げるってのは想像以上に難しい事なんだよ。差し込む世界の十倍くらいは必要なんだ。百回も喰らって、以前からの溜めた分もあって、んでナイトメアとしての力をなんやかんやして、ようやくだ。持つのは大体、一時間ぐれぇか。ま、そんだけありゃぁ充分だろ」


「なに、する気だよ……」


「決まってんだ。こんな世界を折角作ったんだ。見てやらなきゃ、つまんねぇだろうが。堂々巡りだよ、ササキシュウ。──つってもまぁ、回るのはお前だけだがな」


 それだけだった。たったそれだけで、シュウの目の前から『暴食』は消え失せる。まるで何もなかったかのように世界が修正され、いつも通りの喧騒を取り戻す。


「……堂々、巡り」


 残されたシュウはと言うと、正直言って歩く気にはなれなかった。生きてる価値なんてないと嘯かれ、既に心は砕け散る寸前なのは変わりない。


 けれど、見てみたい気分もあったのだ。


 これは泡沫の夢。いずれ消え失せる幻想の果て。ならば、どんな世界が築かれているのかを、知りたかったのだ。


 あの悪意の塊である『暴食』が、一体どんな世界を作るのか──見かけは平凡だが、その中身はどろどろの悪意に固められている可能性だって否定はできない。


 なにせ、ここは奴が作り出したのだから。シュウにとって不利になる世界を作ったに決まっている。


「イリアル、王国……だよ、な」


 震える足をどうにか動かし、シュウは辺りをのろのろとした動きで見回した。人が多いのと、周りが少し違うのを除けば──基本的にはシュウが幾度も訪れたイリアル王国の王都の風景そのもの。ただその象徴である黄金に包まれた城が見えないのが謎だが、基本は同じだ。


「みんな……生き生き、してるな」


 周りを見て思ったことを率直に口に出す。


 そう、生き生きしている。何にも怯えて暮らすことなどなかった、そう思わせるほどには笑顔に満ち溢れていた。


 ──そもそも、だ。どの時間軸なのだろうか。シュウが来る寸前か、あるいはここに来る前か。いずれにせよ……建国祭並みに盛り上がっている。


 シュウが一度も見た事がないぐらいには。


「……公園」


 暫く土地勘に頼って歩く中で、シュウはそれを見つけた。イリアル王国王都にあるはずの公園だ。シュウは一度も行ったことはなかったが、一度アリスとの会話に出てきたのを覚えていた。


 公園、などと言われればあまり大きくないのを想像するかもしれない。王都にある公園なんて、子供が数人遊べる程度だと。偏見かもしれないが。


 だが──そのシュウの偏見は見事に打ち破られた。これではまるで豪邸にある庭──よりも少し小さいぐらいの規模だったのだ。


 恐らく人が何人も入れるほどの、大きな大きな公園だ。


「……誰か、いる」


 そこに居たのは、人だ。いや、公園なのだから居るのは当然なのだが、ともかく人がいた。


 ──見覚えがあった。それは、桃色の髪で、青色の瞳で。いつだって見ていて、守りたいと思ったのにもかかわらず、一度も守ることのできなかった少女で。


「シル、ヴィア……」


 震える口から、喉から、掠れたような声を絞り出した。


 ──そこにあったのは、ある意味で完璧な世界だっただろう。


 幸せな空間、否世界と言っても差し支えない。


 シルヴィアは誰かと一緒に公園に植えられている木の近くで、食事をとりながら団欒しているのを、見た。シルヴィアと一緒に居る者達を──シュウはほとんど知らない。知っているのは茶髪でぶっきらぼうな顔を崩さないダンテと、その隣に居る女性だけ。


 ──先々代『英雄』、アリサ・ウォル・アレクシア。シュウの見立てでは異世界に転生、もしくは召喚されたシュウと同じ人間。シルヴィアと同じような桃色に近い髪に、青色の瞳から察するにどうやら転生した側の人間らしい。


 他には、かつて八岐大蛇戦において見た過去の記憶だ。そこで見た若い男女──恐らく、シルヴィアの本当の両親が居て、隣には見知らぬ少女が居た。


 ──知らない記憶だけれど、酷く幸せに見えて。


 シュウは、そこに居場所がないような気がして。


「なぁ」


 いつの間にか、そいつが後ろに立っていた。


 それは『暴食』だ。だが、どうやら戦う気はないらしいのか、殺意など一切感じさせないで。


「いい加減気づいてるんだろ? ──ここはお前がぶっ壊した世界だ。ま、要は幸福世界とでも言うべきかね。ただまぁ、この世界は基本的にあるはずがないから、俺に取っちゃどうでもいいんだがね」


「俺が、ぶっ壊した?」


 『暴食』の言葉に、シュウは首を捻る。だって、そんなことをした覚えがないからだ。なのに、なぜシュウが壊したなんていわれなければならないのだ。


「まぁ、まずなぞ解きをしていこうぜ。答えが早くに出んのは俺もつまんねぇからよ」


「──」


「まずよ、お前はこの付近を歩いたはずだ。……そん時に、見なかったか? お前の知り合いは? お前が歩く付近に配置しといたんだが、見なかったか?」


「──」


 『暴食』に言われて、たぶんその通りなのだろうと奴の言葉を癪ながらも肯定する。


 ──いや、シュウがきちんと見ていなかっただけで。いたはずだ。例えばどこかの店の前で、姉妹で外に出て食べ歩きをしているとある王族の姉妹。


 例えばどこかの椅子で親子仲睦まじく団欒している五人将の一人の男。例えば失ったはずの両親と共に剣の修行に打ち込んでいるとある少年。


 例えば、例えば例えば例えば。


 上げれば枚挙にいとまがないほどに、あったはずだ。そこに居たはずだ。幸せを享受している、彼らが。


「幸福世界……皆が幸せを享受している世界だよ。魔族なんていうものと人が戦わず、平和を築いていたありえない世界線の話だ。いや、そうは言わなくても、魔族が襲ってこなけりゃ、こんなんになることはなかった。──気づいたろ? 気づいたよな、分かってくれてると俺としても嬉しいんだがよ」


「──」


「この世界はよぉ、お前がいないことが条件で初めて成り立つ世界なんだ。お前がここに現れると、皆ダメになる。幸せを享受できる人間が一人もいなくなる。皆不幸せになるんだよ、お前がいるせいで。お前なんて言う極悪がいるせいでな」


 ──その言葉に、どれだけの信憑性があるかは分からない。その言葉を、嘘だと、そう断じることは容易かった。


 そんなことはない。そうじゃない、俺は、何の関係もないと。


 ──本当に?


 『暴食』の言っていることは大袈裟かもしれない。けれど、実際問題シュウがいるせいで魔族が攻めてきた。様々な悲劇を演出してきた事実は変わらない。


 ──俺が、崩してきた?


 みんなのために奔走してきたつもりだった。今までは、そのつもりで頑張って来た。失ったもののために、失くさないように涙を堪えて、必死に。


 けれど、その逆だった。誰かを救うために動いているつもりで、その逆でしかなかった。シュウが奔走すればするほど、惨劇が演出され、悲劇が舞い起こる。


「なぁ、生きてていいか?」


 悪魔の声が。その言葉を聞く者全てを泥沼に嵌め、どこにも進め失くしてしまうような声が。シュウの耳朶を震わせる。


「ダメだろう。皆の幸せぶっ壊して、幸せを享受してなんていいわけねぇだろ」


 それは正論だ。この上なく、反論も出来ないほどの。


 間違いなく、生きていちゃいけない。ササキシュウと言う男に、この世界での居場所はどこにもない。いや、あっては困るのだ。その分だけ誰かを不幸にする。


「死ねよ、もう。生きてる価値なんてないし、生きる意味なんかないんだから、さっさと消えろよ。希望なんて持ってんじゃねぇ。絶望を蹴り飛ばしてんじゃねぇ。誰かを信頼なんかしてるんじゃねぇ。淡い心なんて、持ってんじゃねぇ。──悪魔は、悪魔らしくしてりゃいいのさ」


「──」


 ああ、そうだ。


 死ねば、いいじゃないか。


 誰かの役に立てず、誰かの足を引っ張る事しか出来ないのなら、この世に居る意味なんてないじゃないか。


 あっちと同じだ。家族の名声に圧し潰されて、顔に泥を塗る事しか出来なかったあの頃と、変わらない。本質は、変わらない。


 一年程度では、結局変わらないらしい。本質も、シュウと言う人間の在り方も。


 だから、死ね。これ以上の幕引きは、存在しない。


「おっと、そろそろ世界が持たねぇかね」


 シュウが打ちひしがれる中、『暴食』は周りを見てそんな風に呟き、シュウもその意味を理解した。恐らくは消えかけているのだろう。この世界が──幸せに包まれた、最高の世界が。


「俺はお前がどんな選択をしようが、構わねぇ。ただ、愉しませてもらうぜ、お前の結末をよ」


 ──『暴食』の声なんて、もうシュウには届いていなかった。


 崩壊し、壊滅していく世界を眺めながら。その音を耳で捉えながら。


 幻想に縋る子供のようにただ手を伸ばして。諦めきれないように涙すら流して、その光景を掴みたくて。


 ──世界は、巻き戻る。


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