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第五幕 五話 その名は

「エリシャは……そうか、既に」


「すい、ません……守り、きれなくて」


 ダークエルフ達の長であるグリエルがシュウの危機に際し、参戦した。いや、彼だけではない。ダークエルフ達もまた、彼と同じように満身創痍ながらもここに馳せ参じていた。


 ──恐らくは、エリシャの死を悼むために。


 つまりは予想していたと言うことだろう。八咫烏の出現を知った時点で覚悟を決めていたのだ。


 ──だから、エリシャの死を見ても動揺していない。動揺せずに、ただただ怒りを宿している。自らの子供を殺した──最強最悪の魔物に。


「黒を助けるのも癪だが……しかし、だ。あの鳥は我が娘エリシャを殺した」


 ダークエルフ達を叱咤するために、グリエルが声を上げる。それはどこか悲しみに満ちていて、怒りを孕んでいて。


「ゆえに……戦う! あの鳥を、殺す! それこそが、報いであり、天へと還る我が娘への手向けとしよう!!」


 ──鬨の声が上がる。ダークエルフ達の心が一つとなり、八咫烏を倒すために一致団結する。


「そういうわけだ。下がっていたまえ、そこにいられると邪魔だ」


「あ、ああ……気を付けろ、は必要ねえよな。頑張ってくれ……あんたたちには、まだやってもらわなきゃいけないことがあるんでな」


「──ふん」


 士気が最高潮に上がり、八咫烏を倒すために魔力を込め始める彼らだが、その近くにいると邪魔になると言われ、シュウは渋々撤退を選択する。本当はそこに居たかった──彼らに死なれると『暴食』を倒せないため──のだが、実際足手まといは変わらない。


「ガイウスは……どうする」


「私も撤退をしよう。……ひとまず、シルヴィア様を見つけるのが最善だ。ここは彼らに任せ、君を守りつつシルヴィア様と合流し、すぐさま八咫烏……そして、あの影を倒す」


「だよな。……つか、シルヴィアはどこ行ったんだ」


 ガイウスもまたここは彼らに任せ退くことを決心する。賢明な判断と言えるだろう。なにせ、彼らの戦い方をガイウスは知らない。どうやって戦うかを知らない以上、連携も取れるはずがない。ので、結局シュウとは別の意味で足手まといにしかならないわけだ。


 ならば、それよりも八咫烏によってどこかに行ってしまったシルヴィアを探し出し、影を倒すのが先決だと、そう語る。


「くそ……急いだほうがいいな。じゃなきゃ、手遅れになっちまう可能性が高い……」


 ガイウスと共にその場を離れ、シルヴィアを探すシュウだったが焦っていた。それと言うのも、見つからないのだ。ダークエルフ達に八咫烏を任せ、戦場を後にして約十分程度。未だ矢が放たれる音、鳴き声、木々がなぎ倒され、爆音が木霊する──察するに、未だ八咫烏は死んでいない。まだ、生きている。


 とはいえ、八咫烏が空中に上がっていない所を見ると──どうやら、八咫烏相手に奮戦しているらしい。そのおかげでシルヴィア捜索に余念なく取り組めるが──まだ『暴食』が姿を現していないのも気がかりだった。


 もしかしたら、最も絶望するタイミングで登場するために隠れているのかもしれないし、既にシルヴィアと交戦し、勝利した後なのかもしれない。


(──いや、流石にそれはない、か。『暴食』とシルヴィアの戦いなら、たぶんどこでも分かる……はず)


 言い切れないのも、また事実。シルヴィアと『暴食』の戦いの余波で、森が崩れる以上恐らく分かるはずだが……音が重なり合って気づけないのもあるだろう。


 八咫烏と戦いあう音だけは、先ほどから常に耳が拾っている。のに、剣戟は拾っていない。戦い終わっているか、もしくは戦っていないか──どちらにせよ、急いで見つけるべきだ。


「……?」


 そこでふと、足を止めた。


 ガイウスと二メートルほど離れて捜索しているシュウは、とある樹の下でその動きを止めた。その樹の名は──世界樹。天高くまでそびえ立つその樹の存在が、なぜかシュウには何かを訴えるかのように見えて──。


 気付けば、足が動いていた。樹の後ろ側に回り、中に入る扉を見つけ押し入る。


 ──不思議と、心は平常心を保ってくれていた。暴れることも、体に異常をきたすこともなく、ただただ闇を享受し続けている。


「さむ……」


 奥に向かって歩いている折──肌寒さが、顕れてくる。そして、シュウはこれが何の予兆、前触れであるかを理解している。


 ──吹雪、そして冷気纏う謎の女性。これもまたシュウが解決しなければいけない問題の一つだろう。


 なぜ、吹雪を、冷気を世界樹付近にばら撒き、世界を凍てつかせるのか。それも一定の時間が経つごとに。その理由を暴く必要もある。


「シルヴィア……?」


 奥。シュウが一度辿ったことのあるその暗闇の先に──その少女はいた。それも、巨大な氷像の前で、信じられないものを見るような顔をしていて──。


「ユキ……?」


 震える口が、か細い声を絞り出す。シュウが見ているのも、ここに来ているのにも気づかずに、シルヴィアはただ氷像の中にいる女性の名を呟き、あちこち触っていた。


 ──知り合い、なのだろうか。


 それぐらい、シルヴィアの瞳が揺れ動いているのを、シュウは見逃さない。心は何を思っているのか、今どんな顔をしているのか。


 ずっとそこに居させてあげたい気持ちが込み上げてくる。ここで浸らせておきたい気持ちが湧いてくる。けれど、今それをしている暇はない。今は、それをしている暇はないのだ。


 罪悪感を感じながらも、シュウは彼女の後ろに歩み寄って──。


「シルヴィア、知り合い、なのか?」


「シュウ……」


 ここで初めてシルヴィアはシュウの方に振り向く。どうやら、今の今まで彼女はシュウが近寄ってきていたことに気づいていなかったらしい。これが『暴食』であったら、間違いなく命を落としていただろう。奴に見つかる前に彼女を見つけられてよかった。


 本来ならば、急いでガイウスと合流し、事を為す……べきなのだろうけど、今聞く必要なんてないのかもしれないけれど、それでも聞きたくなった。


 シルヴィアに決定的な隙を与える、その女性の事を。


「私が……教官として、任命された時の……見習い騎士、だった子。死体も見つからなかったから……どこに、行ってたのかと思ってたけど……生きてて、くれたんだ」


 シルヴィアの目に、涙が浮かぶ。初めてかもしれなかった。シルヴィアが父親──即ち、ダンテ以外の事で涙を流すのは。


 そこに少し悔しさを感じないでもない。それだけ、彼女に大事に想われていると言うことなのだから。けれど、今それを追求する暇ではない。彼女の身元が分かった──もしかしたら、味方にできるかもしれない可能性も浮上した。なら、今はそれでいい。


 ──本当は放っておけば、吹雪を世界樹付近にもたらすのだが……今回ばかりは放っておいてもいいかもしれない。なにより、あの影がそれを許すかどうか。


「シルヴィア……全部終わった後で、来よう。なんでここに居るのかは分からないけど……時の精霊なら、何か知ってるはずだ」


 そもそも世界樹の中にこうしてある以上、時の精霊が関与しているのは間違いない。なぜこうなっているのかの説明はつかないが……それでも聞けば分かるはずだ。


 とはいえ、時の精霊に会えるかどうかは分からないが。


 しかし、慰めにも聞こえるシュウの言葉に、シルヴィアは溜めていた雫を振り払い、力強く頷く。


 そして、二人で世界樹を出て、まずは八咫烏の方に合流しようとして──。


「音が、止んでる……」


 気づいた。世界樹に入るまで鳴り響いていた音の数々が、消えていることに。


 否が応でも分かった。──決着がついたのだ。八咫烏とダークエルフ達の決戦に。


「シュウ、どこに──いや、見つけたのか」


「ああ……シルヴィアは見つけた! 後は影……だけど、八咫烏がどうなったか分かるか!?」


 耳を澄ませ、微かな音を聞き逃さないようにしていたシュウに焦燥を覚えた美丈夫が近づいてくる──ガイウスだ。彼はシュウに咎めるような口調で言葉を口にするが、隣にシルヴィアがいることを察知し、お小言を取りやめる。その代わりに、シュウは音が鳴りやんだ原因を知らないかと叫ぶ。


「勝利したようだ。……先ほど、ダークエルフ達の鬨の声が上がり、次いで八咫烏の断末魔が轟いた。恐らくは勝利したのだろう。……とすれば、後は影だけだが」


「見たところ、さっきのところから動いてはいないみたいだな……大きさは膨れ上がってるけど」


 ガイウスから勝利の旨を聞き安堵するシュウ。だが、ガイウスはまだ安心すると言うのは早いと言うように、空中に舞い上がり、どこからでも見ることが可能になっているそれ──影を見た。


 未だ銀髪の少女のおかげで影は抑えられてるが──しかし、それに反比例するかのように膨れ上がっている。その時点で、もう先ほどとは異なっていると考えた方がいいだろう。


 先ほどのようにガイウスの力が効くかも、未知数だ。


「けど……やるしかねえ。あの影を倒さない限り、この場の窮地は脱せない」


 『暴食』も気がかりだが、今はそれを気にしている暇ではない。それによらないイレギュラーの出現だ。『暴食』よりも優先度は高い。


 何より倒さなければ──『暴食』の力でもってしても蘇らせることはできないのだ。それを加味しても、あの影は最優先排除目標に違いない。


「そうそう。できればそうやって気張ってくれよ。じゃなきゃ、俺まで被害食っちまう。俺ぁまだ死にたくないわけよ。まだゲーム結果も、やりてぇこともやってねぇしな?」


 だってのに。これからだったのに。


 ──ぞわりと、背中に悪寒が走る、同時に。そいつが現われた。


 ──シルヴィアは突如として現れた強大な雰囲気を察知し、シュウを守るように引き寄せて。


 ガイウスは剣を抜き放ち、臨戦態勢に。シュウはシルヴィアに引き寄せられながら、その出現に呆然として──。


 そして、下手人は嗤う。ケタケタと、醜悪に、顔を歪ませ口を三日月のように吊り上げて。


「そんじゃぁ、改めまして。──つっても、大半の奴ぁ理解してるよなぁ? 紹介するまでもないと思うが……まぁ、別にいいか。減るもんじゃねぇしよぉ……そんでは。魔族軍幹部大罪──『暴食』フェクダ・プルート。時を喰らい、まだ見ぬ飢餓を求める者──要は、絶望を喰らいたいだけの狂人。──末永くよろしく頼むぜぇ? お二人さん」


 化け物は名乗る。この周で初めて会った二人に、訳の分からないことを混ぜつつ愉快に爽快に嗤いながら挨拶をして──。


 そして、化け物との戦いが、始まる。


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