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第五幕 三話 常世に悪霊出現

 ──闇が、迫る。


 全てを飲み込み、この世の全てを消すほどの影が四方から迫る。その中心である少女──エリシャを殺すためだけに。


「くそ……こっちだ!」


「え、あ……」


 ここでエリシャを殺されるわけにはいかない。迫りくる化け物はどうやらシュウを殺す気はないのか、影はシュウにはやってこなかった。だから、それを利用する。


 恐怖で動くことのできない彼女の手を左手で掴み、正面突破を敢行する。


『とと、流石にそれはいただけない。……逃がすわけにはいかないんだよ、その娘は。まさか、そんな『オラリオン』が実在してるなんて、想像してなかった』


 だが──逃がさない、と影が迫る。確実にエリシャを殺すために、肉薄する。


 しかし、シュウだって策を用意していないわけじゃない。むしろ、無策でこんなバカげたことはしない。


 ──盾。右手をかざし、即席で盾を作り出す。無論、即席であるため、強度はそこまででもない。なにせ魔力を込める時間がなかったのだから。


『知っているとも。よく、見た。何度も、見た。目に、焼きつけたのだから。──とはいえ、実物を見るのは初めてだ。だが……その盾はお前には操れないよ。「慈愛」の権能全てを引き継いでいるわけではないお前には、その子を守るのは不可能でしかない』


「ごちゃごちゃと……うるせえ!」


 枝のように、先端を鋭くさせた影がエリシャの額に迫っているのに気づき、シュウは盾でそれをカバー。そのまま弾き、一点突破を──。


「ぁ……?」


 だが、不思議なことが起きた。


 影と盾が接触──しかし、拮抗することはなかった。そのまま盾が消え失せた。まるで、現実から消え失せたかのように、消失した。


 エリシャに当たらなかったのは、ただの偶然。本当に、偶然でしかなかった。


『無駄だ。この世のものでは、防げない。防げるわけが、ないんだ。それはこの世の全てを消す影。──まさか、それが、この世界だけに左右するとは思っていないだろうな。それは全てを打ち消す、と言った。……鏡合わせの世界からも、なくなる。どこで手に入れたなんて言うなよ。それは企業秘密だ』


「俺が……『暴食』に勝てなかったら意味ないだろ!? そうしたら、結局変わらず、お前は殺しに来るのか!?」


 言っている意味は分からないが、結局『暴食』によって時間が巻き戻されればなかったことになるのではないのか。逃げ惑うシュウは影を纏う悪霊にそう叫ぶのだが──。


『はは、確かにな。『暴食』の権能であれば……確かに無駄になる。けど、実はそうでもない。この影はさ、世界の中枢機関……要は世界の記憶に直接作用する。……すると、どうなると思う? 決まってるさ、復活の目はないんだよ。最初からなかったことになる。そうなれば、もう関係ないんだ。時間が巻き戻ろうと、何をしようと──いなくなっちゃうんだ』


「な──んだと!?」


 ──シュウの叫びを、しかし悪霊はあっさりとそうではないと事実を看破する。世界の中枢──メリルから聞いたような言葉を口にし、その仕組みを説明していくにつれ、シュウの驚愕の度合いも大きくなってしまう。


「なら、どうしろと……!」


『はは、諦めろよ。諦めるのは得意だろ? いつだってそうだったじゃないか。いつだって、見たくないものから目を背け、聞きたくないものには耳を塞ぎ、届かないものは諦めてきた。そうだ、お前は人生を諦めていたはずだ。進むのも、嫌になった。……とまあ、らしくもない事を言ったが、要は簡単だ。そいつを見捨てればいい。俺はお前を殺さないよ。お前は必要な足掛かりだ。死なれちゃ困る。つっても、変わりはない。どっちに転んでもな。俺はお前を殺さずに、そいつを殺すだけだ』


「──」


 悪霊から語られる言葉に、シュウは息を呑む。


 なぜ知っているのかと、そう問いたくなる。分かったような口を聞くなと、そう訴えたくなる。けれど、口は決して動かない。


 分かっているからだ。悪霊の言葉が、少なくとも本心を突いている、ということが。


 だから、何も言い返せない。言い返すことが、できない。言葉を紡ぐことが、できない。


「凍れ!」


 シュウが反論できなくなっている間、影が迫ってきていることに気づけなかった。そう、影だ。それも、大量の。シュウが回避できないほどの。


 それはエリシャだけを的確に狙うように細分化され、枝分かれして、確実にエリシャをこの世から抹殺して──。


 しかし、寸前。シュウの前方を氷が覆った。


「ガイウス!?」


「シュウ! こっちへ! 状況は走りながら聞こう!」


「悪い──!」


 氷を発生させる者など、発生する原因など一人しか知らない。そう、五人将が一人ガイウスだ。氷を砕き、前方が光に溢れるところで紫髪のガイウスが立っているのを発見する。


 どうやら、シュウの推論は間違っていなかったらしい。


「シュウ! あれは……なんだ!? 見れば、この世のものではないと言うことが分かるが……」


「さあ! 悪霊だとでも思えばいい! けど、影には触れるな! 触れたら死ぬぞ!」


 実際にはこの世に存在できなくなるらしいのだが、当人たちにとってはどちらでも変わらないだろう。ひとまず、ガイウスは頷いて。


「無論だ。あれほど禍々しい影など、触れないに越したことはないからね。──それで、だ。シルヴィア様とダークエルフ達がこの先で待っている。と言うのも、この状況であれば広範囲攻撃を可能とする私がここに来た、ということだ」


「お前が助けに来たのも素直に感謝はできないけど……うぉっと!?」


 素直に感謝を述べようとしたところ──しかし、影がそれをさせないかのように割り込む。


『ふざけるなよ……』


 そして、直後。怨念のような声が、響き渡った。


『またか? また、過ちを繰り返すのか? 同じ過ちを繰り返すのか? 仲間に頼って……何が得られる!? 得られるのは、何もない! ただ与えられた事だけを繰り返すしか能のない愚図どもに、生きる意味などない! いいさ、そっちがそう来るのならば──気が変わった。全て消してやる。お前が仲間と思う奴らも、いや、この世の全ての人間、魔族も何もかも皆殺しだ。この世に存在すらできなくしてやる。そうすることで、お前はようやく気付くはずだ。……自分がしていることの、愚かさをな!』


 憤怒が、怨念が、執念が、おおよそ悪霊を悪霊たら占める悔恨と後悔と、全ての負の感情が、呻き声を上げる。この世全てを覆い隠そうと、影を出す。


 叫びなど、悪霊の声など、シュウには一切分からないし、納得したくもない。


 けれど……悪霊の叫びはどこかシュウが無視できないもので。もしかしたら、シュウが辿るかもしれなかった世界の話のように聞こえて。


 少しだけ、同情しそうな気持がないでもない。


 だって、それは出会えなかったと言うことなのだから。頼れる仲間に。


 だって、それは覚えられなかったと言うの事なのだから。誰かに頼ることを。


『「慈愛」が、悲しむな』


 だけど、一瞬だった。その言葉を受けて、シュウは足を止める。迫りくる影も、直前まで抱いていた哀れみも、何もかも消え失せて。


 ──シュウはそこから動けない。足を絡めとられたかのように、動かすことは叶わない。


「お前に……何が分かる」


『何も? 知った気ではあるが、実際に経験していないから分からない。けど、状況と経験則から見てそう言っただけだ。ああ、でも、意味ないな。なぜなら──お前は約束を覚えていないのだから。報われないよ、あの女も。焦がれ、愛した男がこんな腑抜けで、間抜けで、約束一つすら思い出せないような男なのだから』


「てめえ──なんなんだよ!」


 何も知らないのに。何も分からないのに。


 心は歓喜を上げる。忘れてしまったことを思い出させてくれたものに、感謝を述べている。


「くそ……くそ! なんで、なんでだ! なんで足が動かねえ!?」


 沸き起こる歓喜、感慨。諸手を上げて喜び、鼓動を鳴らす心を無理やりに抑え、シュウは逃げまいと必死に声を上げる。のに、動かない。


 まるでそれは、全てを忘れた愚か者に対する罰のようで──。


『大丈夫だ。目が覚めたら、全部終わってる。そうして、残るのは『賢者』と、あの英雄達だけだ。神の傀儡がいない世界で、反撃ののろしを上げよう。──悲願を、叶えよう』


「くそ、が──!」


 ダメだ。不可能だ。どうしようもなく、詰んでいる。


 エリシャがこの世界から消えるだけではない。ガイウスも、シルヴィアも、全部いなくなってしまう。


「嫌だ……」


 零す。心の内を、明かす。


「嫌だ……そんなの、俺には耐えられない……!」


 仲間に頼ることはしない。なぜなら、シュウが解決するしかないのだから。だけど、頼らないことと、大切に思っていないかは決してイコールでは繋がらない。


 耐えられるはずがない。見知った顔がいなくなった世界など。


 耐えられるはずがない。友がいなくなった世界など。


 耐えられるはずがない。──好きになった誰かが、いない世界など。


 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。そんな結末など、シュウは受け入れたくない。


『知ってます。だから、ひとまず逃げてください』


「へ──」


 だから、それは顕現した。


 目を疑いたくなるほどの美貌と、それを神秘立たせる長い銀の髪。全身を白の着物で覆った、それが。


 本来であれば、外に出てならないはずの少女がそこにいた。シュウの中に居て、シュウを見守ってくれている少女が。


『あれは、負の遺産です。貴方が退治するべきものではないし、なによりあれは狂っている。歪んで、曲がって、どうしようもないくらいに、救いようのないくらいに捻くれてしまった狂人です』


「……あり、がとう」


『どういたしまして。……一つ、アドバイスをば。──八咫烏は死なない。そうあることを自らで決定づけています。変えないのならば、どうか世界樹へ行ってください。そこに、八咫烏を倒す手掛かりがあります』


「せかい、じゅ……」


 銀髪の少女に再び示された可能性──世界樹に、シュウは簡単に頷くことが出来なかった。なにせ、あそこは……。


『大丈夫ですよ』


 そんなシュウの不安を見透かしたのか、彼女は子供をあやすように。


『信じてますから』


 その言葉だけを伝えて、シュウは激戦の中から弾き出された。





 後に残ったのは、影と闇の中で輝く銀だけ。


 影は弾き出された者達を忌々しそうに見つめた後、銀髪の少女に振り返って。


『健気だな』


『──』


『なにせ、お前は禁を破った。──死者は世界に干渉してはいけない。それを承諾しての、顕現だったはずだ。──そうであるのにも関わらず、お前は自らの首を絞めるに至った』


 淡々と語られる真実に、少女は何も言わない。だって、全てが当たっているのだから。


 恐らく、暫く少女は浮上できないだろう。ここに戻ってこられるのは当分先だ。


『でも、それはあなたも同じでは?』


『違いない。無茶を押してまで、消さなければいけない存在がいると知った。であれば、何千年の禁固刑が待っていたとしても、出てくるさ。なに、待つのには慣れている』


『……あなたも、難儀な生き方をしているのですね』


『お前の酔狂な人生には……いや、生き方には負けるさ。約束も何もかも忘れ、本質的にたどった道を違えた別人と呼んですらいいあの殻を見守るなど。馬鹿のすることだ』


 どうやら、影は少女の生き方が納得いかないらしい。そして、問うているのだ。そこまでしてササキシュウを守る意味があるのかと。


『ありますよ。だって、約束してくれましたから』


 少女はまるで恋する乙女のように顔を赤らめて。


『──必ず、かなえてくれると』


『は──愚か者めが』


『それに、こういう健気な方がポイント高いと思いません?』


 最後に、茶目っ気のようなものを見せて。戦争と見紛うほどの戦いが、人知れず始まる。


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