第五幕 二話 伝えられる戦争
「どうぞ、こちらへ。……先ほどの魔獣についてでしたら、私がお教えしましょう」
「……シュウ、どうする?」
先ほど姿を現したグリエル──森の迷彩服を着た誰もが羨むほどの美貌を持ち合わせた男──が歓迎の言葉を口にする中、シルヴィアとガイウスは未だ警戒を解かず、シルヴィアに至ってはシュウにどうするかと問うてくる。
とはいえ──シュウも何も返せない。
なにせ、こんな展開は初めてだ。今までは敵対行動を取っていた。今回もそうなるものとばかり思っていた。正確にはまたシュウが傷つくのだとばかり思っていたが……どうやら、先ほどの魔獣の話が異なった展開へと運んでくれたらしい。
とすれば、どうするか。
あの口ぶりだと、グリエルは間違いなくサソリの尾を持った人間のような魔獣を知っている。そして……『色欲』との会話で出てきた終末戦争についても、一通りの知識を持っているとみて間違いなさそうだ。
それに……ギルタブルル。その名前を、シュウは聞いたことがある。詳しいことは知らないし、ネットで調べた程度の知識しかないが……聞き覚えがあるため、どうしても無視することの出来ない名前なのだ。
「シルヴィア……付いて行こう。世界樹の亡霊……なら、世界樹に、時の精霊に近づくはずだ」
「だね……そうしよっか」
「ガイウスは……どっちもでよさそうだな」
「ああ……いや、本音を言えば戦いたくなかった。あの手合いは……相当に厄介だ。単純な強さならいざ知らず……他にも何人か潜んでいるだろう。数人に囲まれ、戦った場合は……いや、シルヴィア様がいる以上、問題ないだろうがね」
「言いたいことがよくわからんけど、取りあえずついてくんのね?」
そんなやり取りを躱しつつ、前方を進むグリエルについていく。無論、何歩か後ろに引いてだが。
これまでの周から察するに、グリエルは罠にかける……と言ったことをしない事ぐらいは分かっている。が、この時点では間違いなく初見になる。とすれば、何の警戒もなしに彼の隣を歩くのはまずい。
それに、ダークエルフは黒を極度に嫌っている。シュウのような黒髪が勝手に隣に並べば、反感を買う可能性も否定はできない。ゆえに、ここではシルヴィア達に従うだけだ。
「さて……さきほど話題に上がっていた魔獣……ギルタブルルですが、王国……いえ、人間領ではそもそも目撃することのない魔獣です」
「と、言うのは?」
「ギルタブルルという魔獣は基本的に三千年前の戦争において死滅したことになっています。私達も、その話を聞くまで生きているなど思ってもみなかった」
どれくらい歩いただろうか。唐突に、グリエルが先ほどの魔獣──ギルタブルルについての話を始める。
やはり、と言うべきか。彼は話に上がっていた魔獣について一通りの知識があるようだ。
「失礼……私はイリアル王国五人将のガイウス・ユーフォルと申します。無礼を承知で聞きたいのですが……なぜ、貴方達はそれを知っているのですか?」
グリエルの話に耳を傾けていたガイウスは、しかし遮るように質問をした。なぜ──今のどの時代にも伝わっていないような事を知っているのかと。
無論、シュウもそれは疑問であった。確か3000年前の戦争──その資料はほとんど失われているはずだ。イリアル王国ですら、あまり持っていない。のに、なぜ彼らがそれを知っているのか──。
話を聞けば、誰もが抱く至極当然の疑問をグリエルは一度空を仰ぎ。
「歌……でしょう。私達ダークエルフには、一つの歌……伝説が後世に伝えられている。その話に、先ほどの魔獣がいたのです」
「歌……ですか?」
「ええ、詳細は省きますが……簡単に言えば、平和を願う者達が戦争を終わらせた話です。どこにも伝わっていない以上、与太話と一蹴されることも少なくはないでしょうが」
「3000年前の戦争は、人間族が勝利し終わったとされていますが……」
そう、ガイウスの言う通りだ。
通常通りに伝わっているのは人間族の勝利だ。シルヴィアの祖先が戦争において暴れまくった結果、魔族側の主要な幹部達がやられて、敗北せざるを得なかったはずなのだ。
なのに──それでは話が違うことになる。彼らの話では、戦争を終わらせたのは魔族でも人間でもなく、第三勢力と言っているように聞こえるのだ。
「捻じ曲がっているのですよ、何もかもが。──戦争も、大きく変わって伝わっている。誰が改変して伝えたのか、それとも強制的にそうなったのか……そこは私にも分かりませんがね」
彼の話を聞く限りで、何の知識が持たないシュウが思いついたのは『賢者』の存在だった。なにせ、あの少女であればやりかねないし、何よりそれだけの力は持っている。
できない話ではないのだ。
「あの……」
「なんでしょう、シルヴィア様」
そこで、今まで話に参加せずに黙って聞いていたシルヴィアが初めて会話に参加してくる。グリエルは一度足を止め振り返る。
「戦争の話は分かったんですが……それで、その、ギルタブルル……は、まだ居る可能性ってあるんですか?」
「ふむ……そうですな。私も見た事がない以上、断定はできませんが……まだ、魔族領にいる可能性も否定はできませんな。とはいえ、こちら側にやってくる心配はないでしょう。そもそも、契約が確かである以上、魔族並びに魔獣はこちら側にやってこれないはずなので」
──そこに関しては、あまり頷くことは出来ない。
なぜならシュウ達がここに来た理由の一つとして、時の精霊の結界は本当に作動しているのか、の確認だからだ。
精霊にとって契約は絶対だ。とはいえ、裏切れない、もしくは反故にする方法だってある。なんの確証もなしに信頼するのはしてはいけない行為の一つだろう。
「さて……そろそろ到着しますよ。我々の都市……いいえ、アレクシア家が作り上げ、先祖代々繋いできた密林都市ジュンゲルが」
そして、話しを終え遂にそこに到着する。今までの周回において、傷をつけられたり、生死の境をさまよってようやく入れたその都市に。
──数々の陰謀が渦巻き、地獄と化す戦場に。
──今回はどうするべきかをひたすらに考えていた。
今まではあまり変わった動きをしてこなかった。が、それでも過程は幾度となく変わり結末は一度たりとも変わりはしなかった。
とすれば、どうするべきか。
結界をどうにかしたい気持ちは確かに存在する。
だが、どうすることもできないのが現状だろう。なにせ、結界を解く方法は知っている限り、シュウが試練とやらに受かるしかない。
しかし、結論から言ってしまえば恐らくシュウはあれ以上進めないだろう。シュウ自身二度と見たくないし──何より何をどうすればクリアなのかも分からない。
そんな状態で挑み、余計な疑惑を与えるのもアウトだ。
ゆえに今回絞るのはエリシャのみ。彼女を常にシュウの傍らに置き、どこにも行かないようにするのが最善だ。
万が一、登場が確定した八咫烏が出てきたとしても、シルヴィアとガイウス、それに世界樹の亡霊が加わればまず問題ないはずだ。
そのままなし崩し的に『暴食』を打倒する──というのが今回の作戦。
などと、簡単に言ってはみたものの、可能性は限りなく低い。なにせ、前回の周においてシルヴィアが知覚すらできずに一太刀浴びせられた。その時点でシルヴィアとガイウスだけでは足りないことは察せている。
ゆえに世界樹の亡霊だけで足りるかと言われたら……何とも言えないのが現状だ。
それに──冷気。冷気纏う女性の案件だって残されている。
平たく言えば問題が山積している。シュウが解決できないほどに。
「ひとまずだ」
現在、シュウはグリエル宅で腕を組み、椅子に座りながらそんな風に考えていた。ちなみにガイウスやシルヴィア、家主であるグリエルは今はいない。
ここに来た理由を話して、世界樹へと向かう算段を付けている最中だろう。その際、ダークエルフから嫌な目で見られているシュウが共に行けば、誤解を生みかねない。よって、シュウはグリエル宅でお留守番と言うことになったのだ。
「するべきことはエリシャちゃんがなぜいなくなるか、の解明だ」
そう、ダークエルフ達を味方につけるには彼女がいなくては成り立たない。彼女がいなくなれば、シュウが疑われる。
前回と前々回では世界樹へ行ったがゆえにアリバイがなく、疑われてしまった、または疑われる土壌を作ってしまった……が、よくよく考えればこれもアリバイ作れないのでは……?
「つっても、ここで違う選択を選ぶってのも、ありえねえよな……」
シュウには一応、シュウの心が折れない限り、もしくはフェクダの興味がなくならない内での慚愧無限が確約されている。ならば、捨て石にする周を作るのもまたありだろう。
──だが、それはできない。
迸る絶叫を、魂が零れていく瞬間を、自らが壊死していく感覚を、斬り刻まれる感覚を、思い出す。忘れてはならない。彼らは──シュウの力が及ばなかったばっかりにその命を散らさざるを得なかった者達だ。
何の罪もない、殺される謂れもない人たちなのだ。だから、嫌だ。捨て石にしていい命などないし、失っていいはずの命もない。──ただし、『大罪』以外で、という冠付きだが。
と、そこで調理場から足音が聞こえてきて──。
「あの……お食事作ったんですが、食べますか……?」
「おお……変わらぬ……変わらぬ味よ……!」
「──?」
テーブルに出された料理──エリシャお手製の野菜をふんだんに使った緑たっぷりのサラダ料理──を口にかきこみつつ、毎度毎度変わらない味に感謝を示す。が、エリシャにはその行為の意味が分からないようで目を白黒させていた。
そんな中──エリシャは何度か迷っているかのように視線を彷徨わせていた。まるで、何かを言うのを躊躇っているように。
「エリシャちゃん……? 何か言いたいことあるなら、何か言っていいよ?」
そのままでいられるのも居心地が悪いので、迷うエリシャにシュウは助け船を出す。
「その……シュウ、さんって。……もしもの話、ううん、あるかもしれなかった世界の事って分かりますか?」
そして──エリシャが口に出した言葉は、シュウにとっては雷に打たれたに等しい衝撃を与える言葉だった。
──エリシャの言うありえたかもしれなかった世界とは、いわゆる並行世界の概念の事だろう。ラノベなどで題材に扱われているものを読んだから、一応の理解はつく。
だが、なぜそれがここで出てくる。それでも、『賢者』ならばまだ分かるところはあった。あの少女ならばシュウの規格外なことなどやってのけるからだ。シュウが異世界人であると言うことを知っていた以上、それを知っている可能性だって低くはない。
なのに──なぜそれが、よりにもよって彼女の口から?
それを問いただそうと、シュウは彼女に近寄って──。
「え……?」
しかし、寸前。エリシャが身を後ろに引く。何かが視えてしまったかのように、よくないものを視界に捉えてしまったように。
「エリシャ、ちゃん……?」
「いや、やめて……来ないで」
「エリシャちゃん!?」
「いや……いや、いや!」
近づこうとするたびに下がってく彼女に、シュウは何も言えない。なんだ、彼女の目には、一体何が見えている──。
「人が……たくさん……!?」
「……?」
瞳に涙を溜めながら、エリシャがどうにか口を動かし絞り出した言葉は、それだった。だが、シュウには分からなかった。だから、確かめようと後ろを振り向いて──。
「──!?」
気づいた。
シュウの目にも、それが視えていることに。視界に映ってしまっていることに。
それは黒色をしていた。まるで、地獄からやってきたような顔色をしていた。否、否、否。そんなものでは生温い。怨霊──でも、まだ甘い。
それは悔恨を内に秘めた醜い死した者。この世に生きていてはならない、それ。
『──全く、余計な事を話してくれるね』
声が、響いた。粘着質で、聞き覚えのある声だ。
知っている、知っているとも。いつだって、聞いているとも。
──それは、シュウの声そのものなのだから。
『やあ、久しぶりだ。こんなにも早く会うなんて、想定外でしかなかったが……仕方ない。それを暴かれるわけには、いかないんだ』
おどろおどろしい、それが。おぞましい、それが。生きているだけで嫌悪感を抱かすにはいられない、それが口を動かす。
化け物が──世に、放たれた。




