第四幕 一話 何度繰り返せば
──君の今の願いは……歪だ。それを望むのが、どれほど傲慢で、強欲なのかを、知るといい。その果てに、どんな結末が待って居ようと、進むんだ。
時間を超越し、世界が巻き戻る中──ただそれだけが、反芻される。
脳内に、それだけが再生されていく。
巻き戻る感覚の中で、体が溶けていくような感触を味わい、魂が揺さぶられるような感覚を知りながら、メリルのその声が、こびりついて離れない。
──願いは、あった。想いも、あった。
忘れていない。魂に刻んだ。
シルヴィアを救う。絶望から、彼女を救う。それだけを頼りにして、やってきたつもりだった。
いつから、ササキシュウは他人の救済を望むようになったのだろうか。
悲壮を受け、絶望を知り、ササキシュウはこの世に生きる意味を見失った。どうでもいいと思うようになった。
他人など、どうでもいい。所詮彼らは、ササキシュウを傷つける者でしかない。どこまで行っても分かり合うことは出来ず、シュウとしても分かり合う気はない。
憎くて、大嫌いで──そうだ。そうだったはずだ。なのに、なぜササキシュウは他人の人生を救うことを求める?
本当は、分かっているはずだ。分かっていて、認めるのが嫌なだけ。くだらない意地、プライドだ。
──だから、間違っていない。
ササキシュウが願う、傲慢で、強欲で、身の丈に少しも見合っていないこの想いは、決して間違っていない。
さあ、始めよう。救うための、戦いを。
頼れる者など、いない戦いを。
「──ここ、からか……」
崩壊を迎えた世界──時間が巻き戻り、全てがなかったことになった世界で、シュウはそんな風に呟いた。
今回の幕開けは、どうやら前回とそう変わらないらしい。王都の西ブロックに位置する商い通りの一角──そこに、シュウは座っていた。
隣にシルヴィアがいないのは、どこかに買い物にでも行っているからだろうか。もしかしたら、シルヴィアも建国祭を楽しみにしているのかもしれない。
「……絶対に、救ってやるよ」
笑顔で祭りを回るシルヴィアの顔を思い浮かべる。その周りに集う者達の顔を思い浮かべる。
かけがえのない光景だ。幸せで、素晴らしい光景だ。
絶対に、この時間を奪わせてたまるものか。幾度時間を超えようと、幾度死に直面しようとも、そう誓え。誰一人散らせずに、ここに戻ってくるのだと、そう誓う。
例え地獄の業火に焼かれようとも、吹雪にその身を凍らせられようとも、八咫烏の呪いによってこの身が朽ちようとも、魂が擦り切れようとも。
例え──俺がいなくなっても。
──そこに、自分の姿がないことなど、些細な事なのだから。
決意新たに、シュウは立ち上がる。すべきことを、なすために──。
「誰も行けないわね……悪いけど、確証がない以上は何も出来ないわ」
「また……それかよ」
シルヴィアと合流したシュウは今までと同じように王城にやってきていた。理由は勿論、戦力を確保するためだ。『暴食』の強さははっきり言ってよく分からない。それでも、シルヴィアが勝てない──それが分かっている以上、助っ人は必須なのだ。
だが──それが上手く行かない。
今までも同じように助けを求めてきたと言うのに、彼らの答えは決して変わらない。証拠がない以上、動くことは出来ないと。
──確かに、間違っていないのだろう。人を動かすと言うことは、そういうことだ。それが五人将であるなら、なおさら。
しかし、それは時に仇となる。今回のように、確証なんてものが現れず、急遽やってくる事件に対応ができないのだ。
例えとしては、事件が起こってからしか活躍できない探偵のようなものだ。
「……確かに、信憑性は高いわ。賢者様の言う話じゃ……そもそも、『大罪』は王都に来れない」
「な……んですかそれ!? そんな話、初めて聞きましたけど!?」
「ん……? ああ、そう。もしかして、君……なら、失言だったかしらね」
何かを知っているのか、マーリンはこれ以上何も言わないが──今マーリンから出てきた情報はシュウにとって見過ごすことの出来ない情報だった。
──『大罪』が、来れない? 王都に、入れない? しかも、賢者がそう言った?
まさか。今までの周を思い出す。城に来て、何度も援軍を出してくれと懇願してきた。だけど、その度に出し渋られた。
確証はないけれど、それでも直感がそう告げていた。
──そのメリルの言葉を知っていたからこそ、彼らは動かなかったのではないのか。『大罪』がここまで来ないと言う確信があったからこそ、敢えて動こうとしなかった。
抜かった。気づくのが遅すぎた。既に種は巻かれていたのだ。五人将は王国民ですらない世界樹の亡霊を守ることはしない。だから、いくら彼らを守りたいと願ってもできなかった。
──最初から、仕組まれていたのだ。シュウとシルヴィアの二人だけで向かうように。外堀が埋められていた。
だが、逆に。
──ならば、シルヴィアだけを救うだけならば、出来ないことはない。
なぜなら、『暴食』はここに来れないから。今行って無駄死にを重ねるだけなら、むしろ行かずに万全を期して、また戦えばいいのかもしれない。
(……いや、それじゃダメだ)
脳裏にチラつく甘えを、しかしシュウは頭を振って否定する。
そう、『暴食』だけではない。未確認ではあるが、八咫烏もいるのだ。前回起こったこと──恐らく、その全てが八咫烏によって引き起こされたものだとしたら。
確証はないし、何よりこれは王命だ。逆らえば、どうなるか分からない。結局、シュウ達は世界樹に行くしかないのだ。
「マーリンさん……今、五人将は何人いますか?」
「王城に……という意味なら、二人よ。私とウィルヘルム殿のみ。だから……残念ね。今ここを離れるわけにはいかないの」
確認のため、マーリンに今王都にいる五人将の数を聞いたが……どうやら予想通りだったらしい。まだアルベルトは到着していない。王都を守る五人将が少ないのも、彼らがここを動くわけにいかない理由の一つであろうことは察せられる。
だが……こちらとしても、引き下がるわけにはいかないのだ。
絶望を覆すには、シュウ一人だけの動きでは足りない。シルヴィアだけでも、足りない。まだ手札が必要なのだ。
(仲間を頼るな……ああ、分かってるさ。誰かを頼ったら、また取り返しのつかない所でミスするかもしれない……)
前回のメリルのように。なまじ信頼なんてものを抱いてしまったからこそ、最悪の展開になった。ゆえに、あくまで戦闘面だけだ。他は全てシュウがやる。いや、やらなければいけない。
世界樹を取り巻く陰謀をどうにかできるのは、やり直しの機会を与えられたシュウ以外にいないのだから。
「──いいえ。四人ですよ、マーリン殿」
ふと、声が投げかけられた。それは、シュウの問いに対するマーリンの答えを訂正する声。今までの周回において、一度も姿を現さなかった男の声だった。
「久しぶりだね、ササキシュウ。壮健……とは、言い難いが」
「ガイウス……」
「俺も忘れてもらっちゃ困るっスよ……おっと、ただし面倒ごとは勘弁っス。俺は他の五人将と比べて、戦闘は弱いっスからね」
再会の言葉を交わすガイウスと、間抜けした声と共にアルベルトがシュウの後方から歩み寄ってくる。
マーリンもまた、その二人に気づきアルベルトにはお小言、ガイウスには進捗の方を求める。
「ガイウス? 貴方、仕事は終わったの? ……それと、アルベルト。また遅刻したわね、いい加減五人将としての自覚を持ちなさい」
「予想以上に早く終わった……とも、言いきれないのが現状です。範囲を広げて捜索したのですが……姿も、痕跡すら。やはり、デマなのでは……という思いが強くなるばかりですね」
「そう……できれば、早めに見つけておきたい、というのが本音ね。早くしておかないと、何人が犠牲になるか分かったものでないし」
「ええ……それと、マーリン殿。シュウと何を話しておられたのですか? 何か、重大な事であればダリウス王に進言するのが必要では?」
世間話……とでも言えばいいのか。ともかく話したいことを終えたのか、それともそれが本命だったのか。ガイウスが期を見計らい、マーリンに問いを重ねる。
「……ええ、そうね。けれど、今はダメ。ダリウス王は現在建国祭、並びに魔族に対しての世界会議の準備で忙しい……今、あの御方の手を煩わせるわけにはいかないわ」
「……世界会議」
ガイウスの言い分を肯定したうえで、しかしマーリンはこれ以上ダリウスの負担を増やしたくないと告げ、シュウはマーリンの口から出た世界会議と言う単語に反応する。
「あれっスよ……毎年行われてるサジタハと教国との三か国会談。あれの範囲を広げて、世界各国に魔族に対しての意見を求めよう……って事っス」
「せ、説明ありがとうございます……」
世界会議とは何のことか……と首を傾げるシュウに、ご丁寧にアルベルトが説明してくれた。なるほど、この前サジタハに行ったのもその辺りの事を話す……ということだったのかもしれない。
「であれば、五人将が行き不安の種を消しておくのが必要では?」
「……ガイウス。貴方、まさか……話を聞いていたの?」
「概ねは。シュウの言っている『暴食』……なぜ、それを知っているのかと言う疑問はさておき。非常に有効なものであると判断したのです。なにせ、神出鬼没、狙いが不明である彼ら『大罪』の行動を知れているというなら、叩くべきです。今回を逃せば、また被害は広がるばかり」
「……まあ、言っていることは間違ってないわね。確かに先手を取れるのは強いけれど……勝てる保証はないでしょう? なら、ここで見逃して万全を期す……という考えはないの?」
「考え方の違いですよ、マーリン殿。今の被害に目を瞑るか、見過ごせないとするか……少なくとも、ササキシュウの考えは間違っていないと思うのですがね」
「……全く。誰に似て賢くなったのかしら。──ササキシュウ。聞いていた通りよ」
「え……いいんですか?」
「どうせ、言っても聞かないわよ。そこの頑固小僧は。貴方もサジタハで手を焼かされたなら分かるでしょう?」
確かに、その節は大変面倒な敵として機能してくれましたねこの野郎。
サジタハにおけるガイウスの行動に関し、一言二言……いやもっと言ってやりたい気持ちはなくはないものの、今はその時ではないだろう。
なにせ、望み薄だと思われていた援軍を、ガイウスのおかげで勝ち取ることに成功したのだから。
「その代わり、さっさと戻ってきなさい。貴方がいなくなると、捜索の指揮を執る人間がいなくなるのだから」
「ええ、理解しています」
「全く……こっちも忙しいってのに無駄な事ばっかり増やして……あ、名案思いついた。アルベルト? 貴方──」
「ちょ、ちょっと、待ってくれっス!? 俺はその……そうっス。建国祭の取り締まりを……ぎゃああああ!!」
アルベルトは犠牲になったのだ。
とばっちりを食らったアルベルトに心の中で合掌しつつ、シュウはガイウスに向き直る。
「悪いな……そっちも仕事あるのに」
「気にする必要はない。元々、信憑性の薄いものだった。なにより……『大罪』と聞いて、大人しくしていろなど、出来るはずがない」
「そいつはどうも……」
だが、おかげで希望が見えてきた。絶対、とは言わないまでも……それでも、可能性が。ガイウス、シルヴィア、そして世界樹の亡霊を味方につけて『暴食』を倒すという活路が。
「それでは、行こう。世界樹に」
そして──シルヴィアと合流し、シュウはガイウスを連れて世界樹へ向かうのであった。




