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第二幕 五話 その目に映るのは何か

「あの……お食事を、用意したので……」


「え、ああ……ありがとう、エリシャちゃん」


 なんだか前の周を彷彿とさせるような変わらない言葉に、思わず苦笑しながら彼女が持ってきた料理──世界樹付近で取れた新鮮な野菜を切って盛り合わせたような野菜サラダ──を受け取った。勿論、その際なんで笑っているんだろうみたいな懐疑の視線を向けられたが、気にしない。彼女のような無垢な子供にまで疑われたら、きっと立ち直れない気がする。だから、あえてその視線をスルーして、サラダに手を付ける。


「な、に……!?」


 ──取りあえず、普通であればいいかなあ……。なんて思っていたシュウの全身に雷が落ちたかのような衝撃が走り抜けた。


 ──上手い、だと!?


 新鮮な野菜を切って、盛り付けたかのようなサラダだ。だが、その簡素さには似合わないほどのおいしさを秘めていた。もはや、隠し味とか言う次元ではない。味の革命だ。味の革命が、目の前で起こっている。


 一見何もかかっていなさそうなサラダには、しっかりと味が付けられている。もはや一体どこに味付けがあるのかと疑いたくなる領域だ。あまりの衝撃に、思わず握っていたスプーンを落としそうになってしまいながら、現実を重く受け止める。


(こいつは、俺より料理が上手い……!?)


 ──シュウのライバル。料理と言う項目でしか活躍することの出来ないシュウの、強烈な敵だ。


「あの……どこか、お口に合わなかった、ですか……?」


「え……ああ、いや、そんなことはないよ。うん、おいしい」


「そう……よかった」


 どうやらエリシャは食べるのが進んでいないのを見て、おいしくないのではないかという疑問を抱いたらしい。シュウがそんなことはないと否定すると、安堵の息を漏らした。


 とはいえ、料理に衝撃を受けて作ってくれた少女に、これ以上不安を与えるわけにはいかない。というわけで、皿を掴んでサラダにがっつく。実は昨日何も食べる余裕がなかったので、久しぶりの食事だ。そういう理由もあってか、さっさと平らげてしまった。


「エリシャちゃんは……いつも、料理を作ってるの?」


「一応、ですけど……毎日、作って、ます」


 一方的に料理を食べさせてくれたにも関わらず、後片付けも少女が全部行おうとしていたので、流石にそれはシュウの立つ瀬がない、ということで、半ば無理やりに台所へと入り込み、皿洗いを手伝う。その最中、シュウは自然と少女に向けて質問を投げかけていた。


 と言うのも、彼女と話していると和むのだ。緊張が常にシュウの背中に張り付いている中、彼女と話す時だけはそれを忘れられる。だから、か。自然と会話を求めるのは。


「ちなみに、さっきに味つけは? もしかして自作?」


「昔……お母さんに、教えられて。だから……」


「そっか。お母さんの味か……そりゃ、上手いわけだ」


 勝手にシュウが納得している間──ふと、エリシャはシュウを見つめて。


「あの……そう言えば、傷とか、大丈夫、なんですか……?」


「傷……? ああ……グリエルさんとかに付けられた傷のこと? いや、そっちは大丈夫だよ。特に、大事はないし……ま、首を落とされるって聞いたときはマジでビビったけどね……」


「いえ、そういうのじゃなくて……」


「──?」


 銀髪の少女は、そうじゃないと首をぶんぶんと振る。彼女が聞いてきた傷……というのは、シュウの考えていたグリエル──彼女の父によって付けられた傷なのではないかと思っていたが、違うようだ。


(そう言えば……)


 前も、同じような事を言っていた気がする。傷は大丈夫ですかと。


 その時も、彼女はシュウの答えに違うと言って、その先を言おうとしていた。その際は、グリエルやシルヴィアの帰還により、うやむやになってしまった。


 だから、あの時聞けなかった言葉を今聞くべきだ。


「なあ、エリシャちゃん」


「なん、ですか……?」


 家事が終わり、ひと段落着いたところで──シュウは口を開く。そう、彼女の見ている何かを聞き出すために。


「……君は、何が見えてるんだ?」


「──、え?」


 核心をついた。空気が一変していく。シュウの質問に、エリシャの瞳に困惑が宿った。それを、肌で感じ取った。


 ──彼女はどこか違う風景を見ている。そんな根拠のない確信は、どうやらあながち間違いではなかったらしい。


「それは……その、言っても、信じてもらえない、かもしれない、ですけど……」


「いいよ、別に。俺も大概信じられないような事ばっか言ってるからさ」


 シュウの視線に耐え切れなくなったのか、静寂が包む台所で──ようやくエリシャが絞り出した答えは、それだった。俯き、顔を赤くして、今にも消え入りそうな声でそう言った。


 とはいえ、彼女がシュウとは違う風景を見ていること自体は今の問答で理解しているがゆえに、シュウとしてはどんな爆弾発言が放り込まれても今更驚くことはない。そんな風に腹を括って、彼女の次の言葉を待って──。


 

 ──次の瞬間、ドンッ!! という振動が、シュウ達を襲った。いや、地震とでも呼称すればいいか。ともかく、近くで巨大な像が足踏みでもしたかのような振動がシュウ達──否、密林都市ジュンゲルを襲ったのだ。


「何が──」


「わ、わわ……」


 一体何が起きているのか──それを確認するために、シュウは揺れが収まったころを見計らい、ドアを開けようとしたところ、再び地面が揺れる、いや、曲がる。何かに持ち上げられているかのように、地面が隆起し、家の形が変形。平らだった床はたちまち50度を超える坂へと成り果て、急激な変化に耐えることの出来なかったエリシャがバランスを崩し、壁に激突する。


「くそ……どうなって、るんだ!?」


 ドアノブに手をかけていたシュウは運よく壁に転げ落ちるのは防げたが、それで何かが変わるわけではない。むしろ、床と壁が逆転してしまったため、最早宙に浮いているような格好だ。


 眼下に腰を打ち付け、痛みに悶えているエリシャを捉えつつ──ひとまず、ドアノブから手を離し落下へ。壁に激突するのを避けるために、ベストタイミングで右手をかざし盾を生成。そのまま壁に叩きつけるようにしてなんとか着地する。


「ここにいたんじゃ、全貌が掴めない……こっちだ!」


「は、はい……!?」


 エリシャの手を左手で掴んで、右手で再び盾を作り上げ、ガラスでできている窓をぶち壊す。ドアが空中に浮かんでいる状況での、唯一の脱出経路だ。これがもしも、地面に接している方に窓があれば、エリシャ一人を逃がすのが精いっぱいだっただろうが……ここに関しては幸運とやらに感謝するしかない。


 角度を変え、曲がってしまった家を脱出し、すぐさま森を駆けて都市の方へ向かう。グリエルの家は都市から少し離れた箇所にあるが故、街で何が起こっているのかを把握しにくいのだ。


 本来ならば、家の近くでグリエルなどが来るのを待つのがベストだ──が、悠長にそんなことは言っていられない。


 もしも、これが『暴食』の仕業だったとしたら。


 ──事態は一気に最悪に転じる。世界樹の亡霊たちやアルベルト、シルヴィアがいるこの状態こそが、最も勝利に近いのだ。これを崩されれば、シュウは敗北の一途を辿るしかなくなり、奴を殺す機会は次に回さざるを得なくなり──。


「──っ」


 ふと、足を止めた。


 ──今、シュウは何を考えた? 何を、思った?


 次の機会? 回す? なぜ、なんで、どうして。俺は、もう一度がある事を前提で話をしているんだ!?


「くそ……とにかく、今は」


 エリシャの困惑が手を伝って感じられる中、シュウはその思考を中断して前へ進むことを決断する。今は、いい。次の機会に、ちゃんと吟味すべきだ。今は予断を許さない状況だ。都市がどうなっているか分からない以上、無駄な思考に時間を割り当てる暇はない。


 そうだ、今はこんなことを考えている暇じゃない──。


 そんな風に言い聞かせ、彼女の手を引きながら、シルヴィアやグリエル、アルベルトらが居るはずの密林都市ジュンゲルへと急ぐのであった。
















「……な、んだよ、これ……っ」


「あ、ああ……」


 ──そこは、火炎に呑まれた都市よりはマシだった。そこは、凍土へと化した都市よりはマシだった。そう、それよりは、全然マシだった。死が追い詰めてきていたそれよりも、遥かにマシだった。


 ──しかし、結末は同じだった。


 壊滅。都市の外観は完膚無きにまで崩され、廃墟へと移ろっていた。建物は先ほどの揺れで崩落し、大地はその爪痕を垣間見せている。大地を揺るがした大震動は、亀裂を生んでいたのだ。それに呑まれている家も、視界に映る。


 唯一無事なのは、周りを覆う木と、天井を作り出しているツタ類だけだ。それ以外は、全滅。生存者がいるかどうかは分からないものの、見るも無残な状態。


「エリシャちゃん! 避難できそうな場所は……!?」


「……た、しか……あっちの、方角で……」


「分かった。道すがら案内してくれ。今は、そこにいるのを願うしかない……っ」


「は、い……」


 だから、まず最初に取った行動は、この地で暮らしているエリシャに避難場所を聞いたことだった。基本中の基本だ。災害が起こった場合、酷い状況においては避難する。この世界でも恐らくそうだ。ならば、今都市の者達はそこにいると見て間違いない。いや、居てもらわなければ困る。


 そうじゃなければ、どうすればいい? どうやって、彼女を安心させればいい?


 今もなお涙を堪えている少女を、どんな方法で慰めればいい? 言葉が見つからない。頭の中で検索して、筋道を立てても、一向に見つからない。発見できない。


 エリシャと言う少女は──普通の少女なのだ。感性も、どこを取っても。確かに、彼女は違う光景が見せているかもしれない。だけど、根っこは変わらない。普通の少女。


(くそ……お願いだ、誰か生きててくれ……!)


 そんな風な願望を抱きつつ、エリシャが案内する方向に突き進んでいくと──ガサッ、と。近くの茂みから音が鳴った。


 当然、シュウは足を止め、いつでもエリシャを守れるように右手を近づけながら、発生源を睨んだ。経験上からして、ここから出てくるのは間違いなく災害を引き起こした張本人。だが、あれほどの攻撃を生み出せる相手に対し、シュウは対処できない。あくまで時間稼ぎだ。


 しかも、助っ人が来るかどうかも分からないハードな時間稼ぎ。だが、やらないわけにはいかない。これ以上、彼女に理不尽を与えてはならない。


「あー……なんかかっこよく決めてるときに悪いっスけど……敵じゃないっス。俺っスよ、俺」


「その間の抜けた下っ端口調は……アルベルトさん!?」


「なんか酷い言い様っスけど当たってるんで何も言わないでおくっスね」


 ──が、草むらから出てきたのは予想外の人物であるアルベルトだった。アルベルトは頭に葉っぱをのっけたまま、シュウ達に近づいてきて。


「さあ、こっちに。急いだほうがいいっス」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!? 一体なにがどうなって──みんな無事なんですか!?」


「その説明に関しては、俺が案内する場所を見れば解決するっス」


 不安を払しょくできていないシュウに、しかしアルベルトは大した説明もしないまま、足を速く回転させてまるで何かから身を隠すかのように歩いていく。


「さあて、面白い事になってきたっスねえ?」


「なにが……」


「化け物、再臨……って感じっスよ」


 ──そして、彼が辿り着いた先にあったのは……大きな一枚の羽根だった。金の潤沢が施されているかのように煌びやかで、この世の全ての財に匹敵するかのようなそれ。


 だが、シュウはその羽根に見覚えがあった。そう、王都で。いや、正確には王都決戦の時に。


「まさか……八咫烏……の、羽根……?」


 あるはずのない展開に、震えが止まらない口を必死に動かし、現実を受け止める。そう、絶望と言う名の、現実を。


 ありえないはずの事象は、容赦なくシュウを追い立ててくるのだった。


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