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3話 お仕事

 今は地球の時間に換算して6時頃だ。屋敷に着いたのが、およそ4時ごろ。ここに来てから二時間が経った計算になる。


 ミルの話によれば、いつもならとっくに準備を始めている頃合いなのだが、いろいろと事情があり、かなり遅れてしまっている。


 その事情というのが、


「じゃあ、貴方の料理能力を‥‥‥ちょ、ちょっと待って。思い出したら、笑いが止まんなくて‥‥‥」


 今朝の三人での話での最後、ミルの罠にはまり、見事思惑通りの動きをしてしまったのが事の顛末。しかし、その反応があまりにも面白かったらしく、この時間になるまで笑い転がっていたということだ。


 シュウの格好はいつも通りの死神スタイル──もとい、黒の服だが、ミルはさきほどの服の上にエプロンと思われるものを着ている。


「なあ、いつまでそのネタでいじられなきゃならないんだ!?」


 もしかして、70日前後だろうか。ちなみに70日、というのは人の噂も70日まで、というところから取ったものだ。ちゃんと覚えていないので、70日じゃないかもしれないが。


「ダンテさんには言わないでくれよ。それを聞いた時のあの人の顔が容易に想像つく」


「も、もちろん、言わない、から。そこは、信用して‥‥‥」


 だめだ。こいつは信用できない。目の前で思い出し笑いをするミルの姿を見てそう決断する。


 とりあえずミルの笑いが収まるのを待ち、それから料理のテストへと移る。


「で、何を作ればいいんすか? せんぱーい」


「そうね。まずはシュウ。あなたの得意料理から作って。それとその呼び方で呼ばないで。吐き気がする。もしも、それでも改善の兆しが見えないようなら‥‥‥先ほどの約束を破らせてもらうけど‥‥‥いいわよね?」


「すみませんでしたぁ! 本当にそれだけはやめて下さい、お願いします!!」


 日本に伝わる伝統。その名も土下座。それを繰り出し、ミルに謝る。ちなみに土下座の本当の姿は土に頭をこすりつけるとだが、現在地面がないのでそこは勘弁してほしい。


 ミルはシュウを警戒心Maxの目でシュウを見下す。日本のとある人たちからすればご褒美だが、シュウにその気はないのでご褒美ではない。


「で、包丁はこれだよな。それで食材は‥‥‥うわ、こんなにどっから持って来たんだよ」


 皿には大量の野菜や、お肉。果てには果物まで。おそらくはありとあらゆる食材がここにあるのかもしれない。


「いいから、気にしない」


 ミルに釘を刺され、致し方なく調理に移る。


「なあ、ミル。これってどうやって火をつけるんだ?」


 ガスコンロを使おうと思って、手を伸ばし調べてみたものの、まったく分からない。


「そんなのも分からないの?そこにある魔法道具に魔力を込めれば勝手につくわ」


 憎み口をたたきつつ、シュウに教えてくれる。なんだかんだ言って優しいのかもしれない。


「すごいな……いろいろと。この設備とか完全に高級レストランの厨房だよこれ。それに‥‥‥異世界って俺が知る限りこんなのなかったけど」


 そう言ってシュウが手に取ったのは、フードプロセッサーである。これは日本にいたころはよくお世話になったものだ。引きこもりになっていると昼が暇なのでよくお菓子や、ケーキを作っていた経歴があるので懐かしい品物だ。


「これがあればケーキをこの世界に広めることも可能ではないか‥‥‥?作りたいところだけど、今は朝食の準備だからやめておくか」


 さすがに朝食からケーキはやめてほしい。とはいえ、シュウの朝食はいつも手ごろなパンか、親が作ってくれたご飯だが。


「さて、じゃあ始めますか。で、ミル? あとどのくらいで完成させればいいわけ?」


「うん?ああ、そうね‥‥‥出来れば7時までには」


「りょーかい。何を作ろうか‥‥‥いや、あれでいいか」


 作る料理を決め、それに必要な食材を取っていく。


 ネギ、ひき肉、もやしのようなもの。それらを取り、ネギを切り刻んでいく。包丁さばきには一切の躊躇がなく、それが料理素人でないことを表している。


 待つこと数十分後、料理が出来上がり、ミルに見せる。


「へえ~。中々じゃない。これなら料理系は全てシュウに任せても大丈夫ね」


「なぜか恐ろしい言葉が聞こえたが‥‥‥べつに料理するの嫌いじゃないし、俺が出来る数少ないことの一つだからいいぜ」


 ミルから想定外の評価を貰い、あまつさえ料理担当というものまで決められたが、別に気にすることではない。何しろ、シュウはこれ以外ほとんどできないのだから、ここで点数を稼いでおかねば、怒髪天を衝く勢いになってしまう。


 完成したばかりの料理が冷めてしまわないようにさっさと食堂へと持っていく。


 食堂のドアを開け、けっこう長いテーブルの上に料理を置く。ちなみにミルは今シルヴィアを起こしに行っているところだ。ああ見えて、朝は弱いのかもしれない。


「いや、さすが屋敷だな。どこも豪勢すぎてなんか場違い感がやばい」


「そうね。ただの一般人に黄昏ているのは似合わないわ」


「おう、そんな憎まれ口をたたいてくる奴はこの屋敷には一人しかいない‥‥‥と。で、ミル。シルヴィアの方は?」


「もう少しで来るわ」


 シュウの問いに素っ気なく答える。そのまま事前に教えられたシルヴィアの席の真向いの席に座る。ミルも渋々ながらシュウの隣へと腰を下ろす。


「なあ。これ虚しくなってくるんだが、気のせいか?」


「気のせいよ」


 せっかくの豪勢な装飾や、テーブルもこの人数では泣いている気がする。これ、いろいろと鑑みて、もうちょっと小さくしたっていいのではないだろうか。


「シルヴィアの隣はダンテさんか?」


「そうね。いつもならそわそわしながら待っているのだけれど、今回は鬱陶しいの‥‥‥いえ、いないとうるさ‥‥‥にぎやかではないわね」


「おい。何か言いかけたよな。鬱陶しい、うるさい、って家の主に対してひどくないか!? なんかあの人いろいろと不憫すぎんだろ‥‥‥」


 あの自由奔放な顔が今にも泣きだしそうだ。雇っている使用人にボロクソ言われるなんて、どんな生活を過ごせばそうなるのだろうか。知れば知るほど、謎が多い人物だ。まあ、暴きたくはないが。


「うるさいわ。少しは静かにできないの? 喋りっぱなしで‥‥‥品が相当ないと見えるわ。一体何をやってたの?」


「品がなくて悪かったな! ああ、引きこもりやってましたよ!」


 ミルの毒舌にシュウは泣きながら答える。それを聞いてやっぱり、というような顔を浮かべて、


「ああ、社会のゴミだったのね。ごめんなさい、今すぐ箒持ってくるから料理には指一本も触れないで」


「おい! 本物のゴミと一緒にすんな! つーか、なんで引きこもりの意味わかんだよ!」


「あら、心外ね。そんな言葉も分からないようでは人間失格よ」


「なんでそこまで否定されなきゃならないんだよ!」


「なんだ。二人とも案外仲良くなったじゃない」


 ミルとシュウのけんか? はシルヴィアの一言が入ることで、ようやく止まった。








「へえ。今日の朝食はシュウが作ったんだ」


 二人の会話を収め、シルヴィアも席に着く。前にあるのはシュウの作った渾身の品。日本でよく作っていた料理の一つであるものだ。


「その名もあんかけチャーハン! チャーハンという食べ物だけでなくあんかけをかけることでさらにうまみがました俺のお気に入りの逸品だ」


 シルヴィアはシュウの説明を律儀に最後まで聞いてから、スプーンを手に取り、食べ始める。


「すごい‥‥‥! おいしい、これ!」


「ええ‥‥‥でも、こんな料理初めて見たけれど‥‥‥ねえ、シュウ。あなたどこでこの料理を知ったの?」


 と、各々には好評だったようだ。もしくは見たことのない料理というのがおいしさに拍車をかけているのかもしれない。


「そうだな。これは俺の故郷で教わったもんだ。ほかにもいろいろあるぜ?」


 まあ、シュウもインターネットで漁っていた時、偶然見つけたものでしかないが。


「シュウって、知らない事いっぱいあるのに、私たちが知らないことをいっぱい知ってる‥‥‥なんか別の世界から来た人みたいだね」


「お、おう! そ、そうだな。いや、だけどそんな方法あああるわけないじゃん!」


「まあ、そうだよね」


 シルヴィアの的を得ている発言にシュウの心臓が早鐘のように鳴り響く。異世界召喚なので、別の世界から来た、という表現は間違っていないが、さすがにそれを言って信じてもらえるとは思えないので、これからも言う気はないが。


「まあ、出来るだけ異世界召喚の事は俺だけで解決したほうがいいからな」


「うん? 何か言った? シュウ」


「いや、なんでもないよ。それよりもミル、次の仕事何?」


「そうね。庭の手入れ‥‥‥と言いたいところだけど、もう私がやっちゃったから、屋敷の掃除をやるわ」


「ちょっと待て。それって‥‥‥この屋敷全体か?」


 シュウの最悪な想像にミルは肯定も否定もせず、ただひたすらに邪悪な笑みをこちらに向けていた。


「わかりました。すぐ行きます」

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