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第一幕 六話 世界樹へ

「世界樹は、そもそも普通の樹ではありません」

 

 世界樹へとつながる道を三人で歩きながら──唯一の光源を持ったダークエルフの村長であるグリエルはぽつりとそう言った。


 世界樹までの道のりは、全くと言っていいほど整備されていなかった。雑草は好き勝手伸び放題、枝は留まることを知らず空中を支配、明かりなんてものはなく自らの直感を頼りに歩くしかない。──獣道よりも酷い状態だ。


 だが、グリエルはなんてことのないように、むしろ長年歩いて来た散歩のコースのように、一欠けらの迷いもなくずんずん突き進んでいく。


「シルヴィア様は世界樹がいつからあるか、ご存知でしょうか」


「軽く、3000年は経っている……と聞いています」


 魔族と人間族が戦争状態に入る前から、これは象徴のようにそびえ立っていた……という記録が残っている。それを、シルヴィアはグリエルに向けて告げた。


 だが、それは違うとでも言うように首を振って。


「正確には……世界の構図が出来上がったころ……概念が付与されたころです」


「概念……?」


「ええ。私もよく分からないのですが……ダークエルフの伝承では、魔族と人間族が生み出される前に、この樹が生えてきたとされています。つまり、魔族と人……その概念が出来上がったころに、生えたと我々は解釈しています」


 シュウには、壮大過ぎて想像の追いつかない話だった。


 そもそも、魔族と人が生み出される前──そんな歴史があったのだろうか。少なくとも、その関連の歴史は失われ、かつてがどうだったかを推し量ることは出来ないはずなのに。


 ──なぜ、彼らはそれを知っているのか。また、どうしてそれがダークエルフにだけ伝わっているのか。


 謎は尽きないものの……それを解明するのは、シュウの仕事ではない。ので、あくまで彼らの会話には加わらない。


「世界樹は、樹と称されていながら……樹の構造を取っていません」


「……?」


 グリエルの尽きない話に、シルヴィアは興味を示しながら耳を澄ませていく。


「中は空洞なのです。少なくとも、下50メートルほどは」


「空洞……!?」


「どうやって立ってるんだよ、あれ……」


 彼の口から語られた真実に、シルヴィアは驚嘆を示し、シュウは無関心を決め込んでいたにもかかわらずその事実に舌を巻く。


「その中でも特徴的なのが……世界樹には扉があることです」


「扉……」


「ええ。その中に、私では入ることは叶わないのですが……しかし、入った者は数人おります」


「誰なんだ、それは?」


「イリアル王国先代国王ディリウス・イリアルに、先代『英雄』ダンテ・アルタイテ。残りは……まあ、この場で語る必要はないでしょう」


「先代国王……に、ダンテさん……か」


 その二名は──恐らく、契約の事だろう。先代国王が結んだ不可侵の誓約。今もなお継続されているはずの結界の様子を見に来ることが、シュウ達の目的でもあった。というか、図らずとも世界樹の亡霊と呼ばれる者達と接触し、もう一つの目標も達成しようとしている──。


「あれ……意外と上手く事が運んでる……? おかしい、絶対におかしいぞ。俺がいながら、こんなことが……」


「シュウ。警戒するのはいい事だけど……自己否定みたいになってるから、やめた方がいいと思うよ?」


「いいんだよ、自傷なら大丈夫だから……」


 シュウの軽口に、意外なほどに心配の色を見せるシルヴィア。とはいえ、今までシュウのせいで飛び火したことが何度もあった以上、慰めは要らない。


「さて……到着いたしました」


 そんなことを想いながら──遂に、そこに辿り着く。世界の中心であり、世界の始点であり、終わりを告げる場所──巫女の亡骸によって、発芽した樹。世界樹へと。


 ──それは、あまりにも現実離れした光景だった。天井が見えず、空を穿つ樹──世界樹。枝は幾重にも分かれ、葉は何重にも重なり、まるで世界の象徴とすら思えるそれ。月の明かりは遮られ、完全なる暗闇だけが世界樹の空間を支配していた。


 そんな光景に呆然とする中──唯一、驚嘆に心を奪われなかったグリエルはシルヴィアへと視線を向けて口を開く。


「シルヴィア様。少しばかり、お待ちください。扉を開けてまいりますので」


「──分かりました」


 あまりの光景に、愕然としていたシルヴィアはグリエルの言葉で我に返ったようで、微笑みを返す。それを受け取り──グリエルは世界樹の方へと足を向けた。


 明かりと共に去っていくグリエルの後ろ姿を視界の端に捉えながら──シュウは未だ現実感のない光景に魅入られていた。


 ──感慨が、胸を打つ。いつか来たいと思っていた光景を目にし、胸が躍り、高鳴る。目を輝かせ、まるで子供のようにいつまでも見続けていた。


 ──シュウが異世界に来て、遠目から見た世界樹を忘れることは一度たりともなかった。そんな場所に足を踏み入れ、あまつさえ麓から眺めているなど──なんと、素晴らしい事か。


 ──こんな感動を覚えたのはいつぶりだろうか。シュウの覚えている限りでは、西宮桜の兄と共に七夕の夜、天の川を見た時以来──だった気がする。あの時もまた、シュウは驚いたものだ。そういうものがあると分かっていながら、しかし無縁の生活を送っていた彼の価値観を変えるほどには、驚愕した。


 星空を分かつように浮かぶ星屑の数々。川のような形を取っていながら、輝き、見る者全ての心を奪う──それに、匹敵する。


「──シュウ。魅入るのはいいけど。周りは危険がいっぱいってと忘れないでね」


「──あ、ああ……そうだな。確かに、そうだった。ちょっと迂闊だったな……」


 ──ふと、シルヴィアから投げかけられた言葉で、我に返る。確かに、不用意だった。こんな場所で見惚れるなど──警戒を怠るなど、言語道断だ。


 だけど、シルヴィアは可笑しそうに微笑んで。


「随分熱心に見てたけど……何かあるの? 特別な、思い入れでも」


「いや、そういうわけじゃないんだけど……ちょっと前に見た、空に浮かぶ星の川を思い出してさ」


 ──シュウが閉じこもっていた頃。生きる意味を見いだせなかった頃。それを見させられた。望遠鏡まで持ち出して、鑑賞にふけった。


 その時、思ったのだ。塞がってちゃ、何も面白くない。この世には、もっと面白い物がある。つまらないだらけの人生に、華を添えようと。


 何の意味もないと思っていた、人生を変えてくれたその日を、シュウは決して忘れない。


「星の川……って、凄いね。シュウの故郷には、そんなものがあるんだ」


「ああ……夜空に浮かぶ、川があるんだ。一年の中で、たった一日にだけ見られる、超レアなやつ」


「ちょっと想像できないけど……そっか。そんな幻想的な光景があるんだ」


「俺らからすれば、当たり前すぎて気づかない……って感じだったけどね。あんま、見ようとしない人もいるし」


 身近にあるものの価値にはなかなか気づかないものだ。盲点、もしくは灯台下暗し……とでも言うべきか。かくいうシュウも、そんなことにすら気づけなかった。擦り切れて、すり減って、生きる意味をなくして、目標を失って、信じてくれる人もいなくなって、地獄のような日々を生きて。


 セピア色に霞む現実の中で、だけどシュウは少しだけ大切なものに気づけた……ような気がする。逃げ、かもしれないが。それに、大事なことに決着はつけられてはいないけれど。


「他にも色々あるんだ。例えば、太陽が黒くなったり……太陽が沈まなかったり、ほんとに、色々」


「すごいね……シュウの、故郷。どれも聞いたことないや。知らないことばっかり。……いつか、見てみたいな。そういうの」


「ああ……俺も、見せたいよ」


 いつみられるかは分からない。第一、未だ異世界召喚の手がかりすら掴めていない。どこの誰が召喚して、どうやって戻るのか。そもそも、魔法なのか、もしくは『オラリオン』か。


 だけど、シルヴィアと一緒に見たい。分不相応な願いかもしれないけど、それでも、叶えたい願いだ。


 ──と、そこで。


「──そう言えば、グリエルさん来ないね」


「確かに……もう十分ぐらいは立つけど」


 会話に花を咲かせること十分。未だ戻ってこないグリエルに、シルヴィアが不安を露にし、シュウもまたシルヴィアの言っていることに賛同する。


 何かあったのではないか──そんな不安が、シュウとシルヴィアの心を蝕み、侵食していって──そして。


「あ……グリエルさん! 遅かったですけど──?」


 心配の感情が心を埋め尽くす前に──変化が訪れた。足音が、近づいてきたのだ。草を掻き分け、炎が燃え盛る音──これはランプだ──に、シュウはグリエルだと確信して。


「え……?」


 どちらとも知れない声が、静寂の場にぽつんと落ちた。


 ──最初、シュウはそれが信じられなかった。だって、さっきまで、彼は──。


「ぐ、グリエルさん!?」


 事態を把握しきれていないシュウが、目の前の現実を受け入れられないのか、大声を出してその影に近づこうとして──。


「シュウ! ダメ!」


「でも……!」


「もう……もう、グリエルさんは、亡くなってる!」


「──っ」


 ──それが、光を浴びて実態を表した。血まみれで、首がなくなった、胴体。ランプの光は消え、靴はなく、体は刻まれたような跡があって。


「──う、おえぇ……!」


 吐き気が、まず脳を揺さぶり、次いで胃が悲鳴を上げた。──次の瞬間には、喉を通り胃液がぶちまけられていた。


 ──死。あまりにも、唐突過ぎた死。今までと違って、脳がそれを受け入れられていない。困惑し、脳が理解することを拒否する。


 だが、シルヴィアはその時間すら惜しいと言うように。


「急いで! 風が……このままだと、街が危ない!」


「な、ぁ──」


 なぜ、彼は死ななければならなかったのか。なぜ、彼は死してなお動いたのか。そもそも、ここで何が起こっているのか──。様々な疑問が頭の中を駆け巡り──やがて、霞みのように消えていく。


 そして、何らかの予兆を感じ取ったのか。シルヴィアは項垂れるシュウの腕を掴んで、強引にこの場から離脱させた。


「街も……なん、でっ──」


「分からないけど……何か、嫌な予感がする……!」


 シルヴィアの懸念通り──熱が風と共に森を切り裂いて、シュウ達の下へ届く。煙がツタに絡まり、雑草を枯らせる。視界を地獄へと変える。


 焦燥感を胸に宿しながら──シュウはシルヴィアに抱えられたまま街へ向かうのだった。



 ──その背後から迫る、世界を白の空間へと変える絶対零度の冷気に気づかずに。


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