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第一幕 五話 密林都市ジュンゲル

 ダークエルフ、という種族について、今更ではあるが説明しておこう。


 ダークエルフとは、エルフ族とは非なる種族だ。曰く、エルフ族の突然変異種らしい。嫌悪される黒に近い色の肌を持って生まれたせいか、邪神の加護を得たエルフだの、堕ちたエルフだのと呼ばれていたらしい。


 また、彼らは魔族領に下り、魔族を構成する8族の内の一つになったとされている。


 しかし、元を辿れば。3000年前まではエルフ族と共にエルピス王国の東端──イリアル王国から見て反対側の場所に住んでいた。


 が、戦争が激しくなると二つの派に分かたれたのだ。


 一つは人間領を出て、魔族領へと住処を求めたダークエルフ。もう片方は人間領に留まり、戦争の終結を待ったダークエルフ。


 現在のダークエルフの情報と言うのは、全て魔族領に下ったダークエルフを指すらしい。だが、一般の民衆はダークエルフが二派にわかれているだなんて知らない。


 ゆえに、ダークエルフを見かけたら、魔族だと勘違いして、あらぬ疑いをかけ、迫害をしてきたそうなのだ。住む場所を追われ、種族自体も全盛期から10分の一以下──いや、人口は残りわずかとなるにまで貶められた。


 そして──イリアル国内での目撃情報を最後に、人間領内にいるダークエルフは滅亡した。との報告がなされ、種族滅亡となっていたのだが──なぜか、居なくなったはずの彼らはシュウ達の目の前に現れたのだ。

















「なんで、俺こんな扱いなんだよ……」


 世界樹の亡霊との激闘を経て──なぜか、シュウは体に縄を縛り付けられていた。正しく表現するならば、腹辺りに縄を縛り付けて、動けないようにする──まるで、捕縛された捕虜のような扱いだった。


 腕ごと縛り付けられているので、解くことも出来ない。というか、こいつら相手にそれは無理ではあるが。


 ──世界樹の亡霊。その噂に違わぬ者たちだった。自らの影を悟らせずに、気付いたときには既に首は地面に転げ落ちている──暗殺者顔負けのスキルを持つ彼らを出し抜こうなど、絶対にできない。


「悪いが……私達は、お前を信用してはいない。黒……とりわけ、黒を体現したかのような奴に向ける信頼など、ないがな」


「ここでも差別ですかい……」


 リードを引っ張って、シュウを歩かせる世界樹の亡霊──その一人が、シュウの呟きに反応し律儀に答えた。


 ──予想通りと言うべきか。彼らもまた、黒への嫌悪を露にしていた。


「ごめんね、シュウ……私も、もうちょっとやり方があるって言ったんだけど……」


「いや……しょうがないよ。彼らにも、彼らの事情があるんだし……」


 隣を歩いていたシルヴィアも、シュウの待遇については物申したようだが──そこは断固として譲らなかったらしい。エルフと言う種族はどこかお堅いイメージがシュウの中にはあったのだが……どうやら、間違っていなかったようだ。


 自ら忠誠を誓う相手──この場ではアレクシア家の血を引くシルヴィアに対して──の言葉にも意見を曲げず、自分達のやり方を貫き通す。まさに、エルフ、と言ったところだろう。


 ──そして、シュウ達の会話を聞いていたのか。彼らのリーダー格である男性が見かねたように口を開き──。


「シルヴィア様。あまり下賤の者と口を聞かぬように。そこなる者と話をすれば、貴女様の品格に関わりますれば」


「……シュウは、ササキシュウは、そのような人ではありません」


「いいえ、同じです。変わりません。彼らは……黒は、我らの信仰を汚した。ゆえに、我らは黒を許さない」


 男性の言い分に、シルヴィアは珍しくほんの少し目つきを鋭くして反論するが──彼は、それすら無視して黒への不信感への理由を語る。


「太古の戦争において……そこなる者と同じ髪を持つ人間がいた……と語り継がれています。そしてそれは、我らエルフ族の信仰を奪い、堕落せしめた」


 彼の口から語られるのは──3000年前の戦争の事。ダークエルフにのみ語り継がれてきた、隠されたあるいは喪失した歴史の真実だ。


 だが──。


「ですが……シュウとその人間に関しては……繫がりがないはず。恨まれる筋合いも、何もないはずです」


「確かに。ですが、だからと言って、黒を蔑視しない理由にはなりませぬ。揺るぎない真実に対し、それを見逃すのは愚か者の所業でございましょう」


 ──シュウは関係はない、ゆえに恨まれることはない……とシルヴィアは反論するも、聞く耳を持たない。


(こういう手合いは、絶対に自分の意見を曲げないんだよなあ……)


 正直、彼らの意見も、またシルヴィアの意見も理屈が通っているように聞こえる。それでも……彼らはそんなことで納得できるほどやさしくはない。


 要は、その人間が信頼に値するかどうか示せ、と言うことだろう。恐らく、ダークエルフの男性もシルヴィアの言い分は理解しているだろう。


 だが、それがどうした。差別は……人の心に住み着く恐怖は折り合いを付けられるものではない。


 一朝一夕では解決できない問題だ。だから……ここでは、彼らの対立は平行線にしかならない。


 彼らをどう宥めようか思考を巡らせていると──不意に、森が開けた。


 ──そこは、森だった。しかし、同時に街でもあった。


 木製の建物に、樹を利用したツリーハウス。天井を仰げば、ツタの屋根が張り巡らされ、足場には整備された雑草が生えており、横には敵を阻むように存在する樹の枝が自由自在に伸びきっている。また、ツタから漏れ出す木漏れ日がシュウ達の来訪を歓迎するかのように森を照らし、鳥たちがそれを助長させるかのようにさえずり、川のせせらぎが安寧をもたらす──。

 ──まるで、樹によって作られた天然のドーム。──何十メートルにも及ぶ樹と共に、暮らす街がそこにあった。


 そして、恐らくはその街の町長である男性は──深々とお辞儀をして。


「な──」


「──」


「さて──お待ちしておりました。アレクシア家当主──シルヴィア・ウォル・アレクシア様。我々は──貴女を歓迎いたします」


 ──彼らを歓迎するのだった。






















「ジュンゲル……密林都市!?」


「知らなかった……世界樹の近くに、こんなところがあるなんて」


 目の前に広がる埒外の光景に──思わず二人は息を呑んだ。


 世界樹の麓……とは言えないが、それでもその近くにこんな街があるなどとは思いもしなかったのだ。


 だが、男性は何を驚いているのだと言った顔で。


「何をおっしゃいますか、シルヴィア様。ここを作ったのは、アレクシア家三代目当主セラ様でございます」


「三代目当主が……?」


「そうか、アレクシア家はここに住んでたのか……」


 古い文献によれば、2000年以上前三代目当主となったセラ・ウォル・アレクシアは王の命により世界樹の麓に領地を移した──と書かれていた。


 つまり、ここが、その領地だと言うことだ。三代目当主が、世界樹の付近に作った都市──密林都市ジュンゲル。


「ですが、17年前の襲撃により……アレクシア家は二人を残し全滅。無論、この都市も壊滅的な被害を受けておりました」


「そこから、こんなに……」


 襲撃──恐らくは、シュウが以前垣間見たものだろう。アリサ・ウォル・アレクシア──シュウの見立てでは転生者──の視点での惨劇。三大魔獣が一角八岐大蛇と戦っているさまだ。


 正直、あの魔獣に『英雄』擁するアレクシア家が敗北したことに納得は行かないが──ともかく。あの惨劇の跡だ。森は燃え、建物は壊れ、見るも無残な姿だった事は想像に難くない。


 それをここまで戻したのだ。恐らくは、襲撃以前にまで。焼野原を、都市にまで。


 ──どれほど苦労したのだろうか。世界樹の森の植物を詳しくは分からないが、大変、などという言葉では片付けられまい。


「ここは、我らの恩人──アレクシア家の都市でございます。であれば、義理を果たしたまで」


「その、どうして、貴方達はアレクシア家をそこまで……」


「今ここで語るべきことではありますまい。──時の精霊に、会いにいらっしゃったのでしょう?」


「──っ」


 ここに来た理由を見抜かれ──シルヴィアの頬が引きつった。が、悟られないように平静を装い、頷いて──。


「とはいえ、すぐにお会いできるわけではありません。一度、休まれるのが賢明かと。──準備ができ次第、呼ばせていただきますゆえ」


 ──そんな風に押し切られてしまった。





「あの……これお食事です。よければ、どうぞ……」


「え、ああ……ありがとう」


 銀髪で薄い褐色肌に尖った耳、片目を髪で隠し、フリルのついたスカートに白のノースリーブ的な服を着ている15歳前後の少女──エリシャはおずおずとシュウの目の前に食事を置いた。少女の怯えたような様子に、シュウは苦笑しながら感謝を述べる。


 ──ここは世界樹の亡霊、即ちダークエルフたちの住処密林都市ジュンゲルで、シュウ達は彼らの村長である男性の家に泊まっていた。いや、正しくは泊めさせられたのだが。


 なんでも──、


『アレクシア家当主である貴女様をそこらの場所で寝泊まりさせるわけにはいきません』


 とのことだった。正直、シュウとしては宿など拘る必要もなかったので快諾。居心地の悪さはあるだろうが、そこはスルースキルでなんとかする……という感じでここに泊まることが決定した。


「あの……その、大、丈夫ですか……?」


「ん? 何が?」


 実は彼女が出してくれた食事が本日初の食べ物だったため、一心不乱にかぶりついていたところ──不意に、エリシャがそう切り出した。


「傷とか……色々……」


「傷……は特にないよ? 君のお父さんは何もしなかったし」


 確かに殺されかけたけれども、死んではいない以上なんともない。まあ、そんな風に割り切れるのもおかしな話だが……気にしてはいない。


 しかし、エリシャは違うというように首をぶんぶんと振って──。


「その、世界樹でや──」


「帰ったぞ、エリシャ」


 ──意を決し、何かを言おうとした直後。タイミングよく家の扉が開かれ、彼女の父親──グリエルと彼と話し込んでいたシルヴィアが同時に帰ってくる。

 

 どちらもどことなく焦っており、グリエルはエリシャの下へ。シルヴィアはシュウの近くに来て──。


「シュウ、世界樹の事なんだけど……今からでいい?」


「今から……? でも、もう時間が」


 現時点での時間は既にシュウが居た世界での夜7時を過ぎている。太陽は沈み、月の明かりが街を照らしている状況だ。夜になれば獣も活発化すると言うのに、なぜ今行くのか。


「世界樹が夜にしか開かないらしいの」


「開く……って、どういうことだ」


「そのままの意味ですよ。時の精霊は、世界樹の中に住んでいるのです」


 世界樹に対して使われた『開く』という表現にシュウは首を傾げるが──そこで、グリエルが補足を加えた。


「……俺と、喋るんですか?」


「別に、私自体はそこまで黒への差別意識が強い……と言うわけではありませんので。勿論、中には敵対の意志を明確にしている者もいますので、どうか勘違いなさらぬよう」


「そりゃ……どうも」


 勘違い、と言うのはシルヴィアの従者として認められたと勘違いするな、というものだろう。彼なりの忠告らしい。黒を嫌う彼らは自らが忠誠を誓うアレクシア家に黒が近づいているのが許せないようだ。


 とはいえ、ひとまず牢獄に放り込まれる心配はなくなったとみて間違いないだろう。


 だが、エリシャは納得いかなそうに──。


「お父様……あの人を、悪く言わないであげて……」


「エリシャ……」


 自らの父親に対し、そんな風に口を挟んだ。彼女の瞳に宿るのは、可哀そうだと言う純粋なまでの気持ちだ。そこに、同情なんてない。


 しかし、グリエルは彼女の頭を撫でて──。


「お前は優しい子だ。……だが、彼に対して、同情を向ける必要はない」


「それを本人の前で言うかよ……」


 エリシャを諫めるグリエルの言うことは最もだ。情けをかける必要はない。なにせ、彼らは未だシュウを信用していない。信用しない相手に向ける感情は優しさではない。ゆえに、優しさは要らない……とそう言っているのだろう。


 決して、間違っていることじゃない。彼らからすれば積年の敵だ。それに、シュウもいい加減その視線には慣れてきたところだ。今更どうということじゃない。


 だけど、エリシャはそれでもなお食い下がって──。


「違う……! 違うの……シュウさんは──」


「エリシャ……先ほど説明した通り、私達は世界樹に行って来る。──どうか、大人しくしていなさい」


「──っ」


 何かを伝えようと必死に言葉を絞り出すエリシャに、しかしグリエルは非情にそう告げた。エリシャも何も言えないのか、それとも気迫に押されたのか──すごすごと引き下がって、階段を上がっていった。


(なんかやばい雰囲気だけど、これ大丈夫かな……?)


(大丈夫……だとは思うけど、なんとも言えないかな……シュウ。あとで、エリシャちゃんにはフォロー入れといてね)


(勿論だけどさ……)


 目の前で行われる親子喧嘩の場面に、思わず場の雰囲気をかぎ取った二人は困惑を露にして喋り出す。とはいえ、そんなことをしたところでどうにもならないし、そもそも彼ら親子の問題なので口を挟むべきではない。


 ──ただ、シュウの事について何か言おうとしていたので、一因はシュウにもある。そんなわけで、帰ってたらちゃんとフォローを入れるとして。


「話の腰を折ってしまい、申し訳ございません」


「い、いえ……その、差し出がましいかもしれませんけど、ちゃんと仲直りはしてくださいね?」


「ええ……勿論です。世界樹から帰ったときには謝るつもりです」


 シルヴィアの指摘に、グリエルはどこか悔恨に似た感情を滲ませながら、深く頷いた。そして、グリエルはシュウとシルヴィアを連れて、世界樹へ繋がる道へと足を運んで──。


「さて、参りましょうか。時の精霊が住む、世界樹の下へ──」


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