第一幕 二話 不穏を孕みながら
「盛り上がってるなあ……」
忙しなく動く人の波を部屋の中から眺めて──独り、シュウはそんな風に呟いた。
今現在、シュウは独りぼっちだった。と言うのにも、色々複雑な理由があって──。
──王都に着いたのが、約数時間前の事だ。
いつも通り東ブロックに宿を取り、荷物運びと言う雑事をこなし、それら諸々が終わったのはつい二時間前の事。
特にすることもないので、王都の街並みをぶらぶらとでもしようかと思ったのだが──。
「シュウ。私、王城に行かなきゃならないから、少し外すね。……どこにも行っちゃだめだよ? ほら、シュウは問題ばっかり運んでくるから……」
というありがたいアドバイスの下、シュウは宿で主が帰るのを待たなければならなくなったのだった。
先ほども言ったが、別にその言葉は決して間違っていない。というか、この上なく正解だ。
シュウなんぞをほっつき歩かせたら、間違いなく問題運んでくる。今までの経験則がそれを物語っている。
──過去、シュウが勝手に一人で歩いて、何も起こらなかったことがあろうか。いや、ない。
思い返すは王都の時や、村、果てにはサジタハでも。──一度でも、何もなかったことがあっただろうか。
というか、なんか呪われているのでは……という確率でなんかやらかす、または巻き込まれているのが現状だ。これでは安心して外も歩かせられない──と言うのが、シルヴィアの意見だろう。
「ま、その意見に反対……ってわけじゃねえんだけど……やっぱ、俺子供としてしか見られてねえのかねえ……?」
最近──というか、ここ半年ぐらいシュウの扱いがおかしくなっているのには気づいていた。
いや、正しい表現をしよう。恐らくは、シルヴィアが最適な扱い方を見つけたのだ。
「納得するけど……なーんか、男として見られてねえような気がするんだけど……」
──はっきり述べるのもあれだが、まあ、敢えて言おう。
ササキシュウはシルヴィアに惚れている。いわゆる、恋だ。とは言うものの、この一年間……全くと言っていいほど進展が何もなかった。
関係が深くなればなるほど、むしろ恋人とか、そういうのではなく、家族みたいな接し方が増えているような気がするのだ。
これはつまり、シルヴィアはシュウを異性として見ていない……という現実に繋がるわけで。
「ま、振られるの恐れて具体的な行動を取らない俺も悪いんだろうけどさ……」
とはいえ、その現実を知ったところで何も出来ないのがヘタレ代表ササキシュウだ。誰かに拒絶されるのが嫌だから、なあなあのまま生活する。
誰かに嫌われるのが嫌だから、取り繕って生きていく。好意を向けて、だけど見向きもされなかったら。そんな恐怖が、シュウに具体的な行動を取らせるのを躊躇わせているのだ。
「これじゃ、そっくりじゃないか……俺が、嫌いな人間に……」
表面上は仲良さそうに見えても、影では悪口を言いあったりして、心の中で思っていることと正反対の事を、上っ面だけの言葉を投げかける。
シュウの、大嫌いな性格。いや、人間の性質。
──何度、それに傷つけられたか。何度、それに裏切られただろうか。何度、心を穿たれただろうか。
抉られ、削られ、進むのが億劫になって。だから、引きこもった。全ての人間との接触を断ち、もう傷つけられないように、裏切られないように。
期待と、期待を裏切ることと、その先を知ってしまったから、もうシュウはあの世界では生きていけない。
「あー……ちくしょう、一人になると、嫌な事ばっかり考えちまう……!」
見たくもない過去、振り返りたくもない軌跡を思い出し、思わず頭を抱えて髪の毛をわしゃわしゃとかき回す。
「気分転換に、寝るか……」
そう言って、ベッドの上に転がる。手足を投げ出し、毛布を掛けることすらせず、目を瞑る。
襲い来る不安や、苦しみ──その全てから、逃げるかのように。シュウは眠りにつく──。
その頃、シルヴィアは王城の中庭に繋がっている──正確には謁見の間に繋がる通路を早足で進んでいた。
と言うのも、二つの理由があるからだ。
一つは、ダリウス王の通信で使われた緊急と言う言葉だ。実は、ダリウス王は『緊急』という言葉をあまり使わない。
全ての事柄は何らかの準備の上に成り立っている。つまり、悪だくみには準備という前段階がある。その前段階を見抜けないからこそ、事が成ってから、対処するしかない。イコール、緊急と言う焦りが生まれる。
しかし、その前段階に気づいてしまえば……緊急と言う単語は使われない。
というのが、ダリウスの持論だ。だが、これは実際にかなり難しい。全ての事件において、裏側に潜む者の真意など、得てして気づけないものだ。それは、殺害事件や魔族に関する事件までが証明している。
しかし、ダリウスはその聡明さから、まるでこれから起こることを予知するかのように、対処してきた。
言い換えれば、普段絶対に使わない緊急と言う単語が出たと言うことは……それはつまり、ダリウスの想像を超えた何かが、予想を超えた何かが起こったまたは起こる予兆であることを意味する。
そして、二つ目は──ただ単純に、自らの従者であるシュウが心配なのだ。
シルヴィアの記憶が正しければ、今回の王都訪問を楽しみにしていたのはシュウのはずなのだ。だから、引っかかる。
楽しみにしていたのにも関わらず、先ほどのシュウの反応はどこかおかしかった。まるで、前後の因果関係が取れていないかのように。
──いや、はっきり言おう。まるで、別人になったかのように。
(何か、嫌な予感がする……)
シュウの豹変に、ダリウス王の通信。二つは、まるで関係していないように見えるが……どうしても、シルヴィアにはこの二つが単独で起こっている事柄であるとは考えづらいのだ。
もし、シルヴィアの勘が当たっていて、シルヴィア達の身に何らかの不運が起ころうとしているのならば──。
と、そんな風に考えを張り巡らせていると。
「あら、シルヴィアじゃない? どうしたの、そんな張り詰めた顔して。可愛い顔が台無しよ?」
「ナルシアさん! お久し振りですけど……変わってないですね」
怪しげなローブに、手に持つのは水晶玉──王宮きっての変人、もとい天才占い師ナルシアだ。彼女は、シルヴィアに手を振って近づいてきて──。
「ええ……本当に。それで? さっきの質問の答えは?」
なんだか、若干ナルシアがシルヴィアの首の下──正確には胸の辺りを見たような気がしたが、気のせいだと思いたい。というか、気のせいでなければ困る。
ともかく、一度羞恥心を捨てて。
「実は……シュウの様子が、おかしくて」
「シルヴィアの所の、男の子? あの子がおかしい? そんなのいつもじゃない」
「いや、そうなんですけど……いきなり、別人みたいに振舞っていて……」
「なん、ですって……っ!?」
「な、なにか分かるんですか?」
シュウの容態を聞いたナルシアが、オーバーリアクションを繰り出し、それが冗談であることなど少しも思わないシルヴィアが食らいつく。
そして、ナルシアは真剣な顔して言った。
「もしかして……恋煩い?」
「……えー……っと?」
思わず、シルヴィアは何と言っていいのか分からずに口ごもってしまう。なんというか、ナルシアの言葉が想定外すぎて、身に入らないと言うか。
だが、事の重大さを理解していないシルヴィアを戒めるように、ナルシアはシルヴィアの肩を掴んで。
「何も分かっていないわね、シルヴィア。これは大変な事よ。──いい? もしも、もしもの話。そのササキシュウが、これから先、恋をしないとは限らないでしょう?」
「う、うん……それは、そうですけど」
「その場合、ササキシュウはそこからいなくなるかもしれないのよ? 例えば、恋をしている人が、とんでもない高貴な人で、認めてくれなくて……駆け落ちとかするかもしれない」
「あの……流石にそれは突飛すぎるかなって……」
でも、確かにそうだ。考えたことはなかったが、シュウだって普通の人間だ。シルヴィアみたいな、人生を送っていない、普通の男の子。
ならば、恋をして、いずれ結婚するのもおかしくはない。
そうなれば──今の生活は崩れるだろう。間違いなく、崩れてしまう。だけど、想像ができないのだ。シュウが、あの屋敷からいなくなるということが。シュウが、シルヴィアの近くからいなくなるということが。
あまりにも身近過ぎて、そういうのが考えづらいのだ。もうシュウと同じ屋敷で住んで一年……家族のような、そんな感じがしてやまないのだ。
「でも、いつかは……そうなるわよ? ──その時には、後悔しないようにね」
「こう、かい……ですか」
シルヴィアは──誰とも恋愛をしない。そう、決めていた。
シルヴィアは『英雄』だ。戦場を駆けまわり、戦い続ける運命が定められている。
いつ、どこで、どんなふうに死ぬかも分からない。今までだって、死線は何度も潜り抜けてきた。だけど、これからもそう上手くいくとは限らないのだ。
もしも、その時がきたら──悲しませてしまうのではないのか。一人置いて行かれる寂しさを味わせてしまうではないか。
──かつて、シルヴィアは母親を亡くした。そして、一年前、ダンテを亡くした。どちらも大切な人で、大好きで──だからこそ、悲しみがのしかかった。
一生だ。あんなものを、一生背負わせなければならないのだ。
──無理だ。自分が大切だと思った相手に、そんな苦しみを背負わせるような選択を、きっとシルヴィアは取れない。
だから、恋はしても──誰とも結ばれると言うことはない。
「ほら、貴女ってば顔は可愛くて、身長も理想的なくせに……魅力的な所が一つ欠けてるから……」
「う、うるさいです! というか、ナルシアさんがすごすぎるだけですっ!!」
──ちなみに、ナルシアと言う女性の魅力的な所はシルヴィアのよりも二回り大きいぐらい。シルヴィアも決して小さい方ではないのだが……どうも、彼女に比べたらどうしても下に見てしまう。
「まあまあ……冗談よ。気にしないで。別に、そう言う人が好きだっていう人もいるわけだし」
「ナルシアさん!!」
止まることを知らないナルシアの軽口に、顔を真っ赤にしたシルヴィアが抗議の意味で叫ぶ。さながら、昔に戻ったかのように。
「それじゃ、ナルシアさん。私、もう行きますね?」
「ええ……もしも、心配なら、私の所に来なさい。占い、してあげるから」
「……はい!」
ナルシアの言葉に、若干躊躇い──一瞬の空白の後に返事し、シルヴィアはその場を後にするのだった。
「全く……まだ、トラウマに囚われてるみたいね……」
遠ざかっていくシルヴィアの背中を見つめながら──ナルシアは悲し気に呟いた。
そう、ナルシアは知っているのだ。彼女が、抱えている闇を。知っていて、どうすることもできないままここまで来てしまった。
「大切な人がいなくなるのは悲しい事……でも、いずれ出会いはやってきて、必ず幸せを掴むことが出来る……そういう風に、人は出来ている」
だから、願っている。いずれ、彼女をトラウマから救い出してくれるであろう誰かが現れてくれることを。
そして──ナルシアは自らが持っている水晶玉を見つめて。
「勿論、占いはしてあるわよ……とっくの昔に」
結果は──凶。間違いなく、最悪の印。シュウとシルヴィア、どちらも最悪の結果を示してしまった。
「どうか、貴女たちに、幸があらんことを……」




