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第一幕 一話 建国祭に向けて

 ──深い、深い闇の中を漂っている感覚があった。


 正しく表現するのならば、水の中を沈んでいっている……という感じだろうか。


 ともかく、光も何もないそこに、シュウは落ちていた。


(ここは……どこなんだ……?)


 どこか他人事のように、真剣みに欠けながら、ぽつりと呟いて──心の中でだが──ふと、辺りを見渡す。


(なにが、あったんだ……?)


 何と言えばいいか。実は、シュウはついさっきまで何をしていたのかを覚えていないのだ。


 どこにいたのか、そもそもなんでここにいるのか、とか。色々巡る考えはあるが……答えは出てこない。


 欠落しているのかもしれない。なんらかの衝撃が脳に至り、記憶が欠如する──一種の記憶障害が今まさに起こっている状態なのだろうか。


 とすれば、何か非常事態が起こったのだろうか。だが、それならば、なぜ一人でいるのか。


 全てに、説明がつかない。


(ひ、かり……?)


 ふと、首を動かして──それが、目に入った。


 暗闇の中にほんのわずかに輝く、光。頼りなく、それを道しるべにするには小さい光に……しかし、シュウは目を奪われ続けていた。


 手を、伸ばす。手があるのかどうかすら分からないけれど、それでも、手を伸ばさずにはいられない。


 そうして、それに触れて──。
















「──ウ? シュウ? ねえ、シュウってば!」


「……あ、?」


 ──気づけば、視界は開けていた。暗闇なんかなかったように、太陽の日差しが入り込み。水に沈んでいるような感覚は消え失せて、ほのかな温かさに包まれている。


 ゆっくりと、目を動かせば──音の聞こえた方に意識を集中すれば、そこには少女が居た。


 桃色の髪に、真っ白な服。膝に届かないぐらいのスカートに、首にはマフラー。紛れもなく、シュウが世話になっている少女──シルヴィア・アレクシアだ。


 シルヴィアは、どこかむくれたような顔を向けて。


「もう、もうすぐで王都に着くよって言っても、まったく起きないから……」


「王都……? おう、と?」


「? シュウ、もしかして、王都に来た理由忘れちゃった?」


「え、あ……あ、ああ……悪い、ちょっと寝ぼけてて頭が働かなくて……説明してくれると、ありがたいんだけど……」


 バツの悪そうな顔でシルヴィアにそう頼み込む。


 ──というか、王都に向かう理由を忘れた? いや、そもそも放されてすらいないような気がするのだが……きっと、シュウが勝手に寝ていて、覚えていないのだろう。


「えっとね、シュウ。建国祭……って分かるよね?」


「ああ……イリアル王国の建国を祝う日だろ? 去年はやってないから、どんな感じなのかは分からないけど……」


 そう、去年は王都復興のせいで建国祭をやる暇がなかったのだ。ゆえに、シュウは今回の建国祭が初めての体験だし、なんでも今年は去年の分も合わせて豪華になるらしい。


(──? あれ、俺こんなこと聞いてたっけ……?)


 自分でもおかしいぐらいにすらすらと出てくる情報に、思わず顔をしかめてしまう。先ほど、シュウは知らないと言ったばかりなのに、それでも今この瞬間は、情報を知っていた。


 この矛盾に、どうしようもない違和感を覚えるが──。


「その建国祭なんだけど、私も参加しなくちゃいけないから……」


 そうだ。確か、シルヴィアは『英雄』とか言う面倒な称号を賜っていたため、建国祭に来賓として、王城に向かわねばならないのだ。


「ああ……そう、だったな。シルヴィアは、建国祭に際して、王城に向かわなきゃいけなかったんだよな……」


「うん。だから、その、シュウには私のが終わるまで街で待っていてもらいたいんだけど……大丈夫? 迷子にならない? 面倒ごとに巻き込まれない?」


「俺はどこの子供ですかね……」


 最早シルヴィアから向けられる言葉の数々が、母親のそれに近い。とはいえ、彼女の予感は恐らく的中するだろう。


 なにせ、このトラブルメイカー(シュウ)だ。どうせ、目を離した隙に一つや二つの面倒ごとを持ってくるに違いない。というか、持ってくる。


 もう、それが本人ですら理解できているので、結局何も言い返せないのがあれだが……。


「でも、それだけなら、別にこんなに早く行く必要はない……んじゃないかな?」


 建国祭は後一週間後。それならば、わざわざ早く行く必要もないとは思うのだが──。


「それと、極秘裏に……っていうか、そもそもそっちが本命っていうか」


「──?」


「ダリウス王から、極秘の手紙……というか、通信が来て、至急王都に来るようにって」


「……確か、不穏な影があるから、王都にいてくれ……って話だったか?」


「そう、それで合ってるよ」


「……なんで」


「シュウ?」


「……あ、いや、なんでもないよ。気にしないでくれ」


「もし、酔ったのなら、少し休むけど大丈夫?」


 どうやら、未だしっくりこない感じのシュウに、シルヴィアは違和感を覚えたのか、今までの経験則を生かし、シュウが陥っている状況を推測するが、別に酔っているわけでもないので、断っていく。


 ──そこではない。そもそも、シュウはなぜ手紙の内容を知っていた?


 聞いていないはずじゃないのか? なのに、なぜ知っている──?


 だって、シュウは聞き覚えがない。手紙も、王都に向かっている内容も。聞いた覚えもないし、叩き込まれた覚えもない。というか、そもそもなぜミルが来ないのかも分からないし、分からないことだらけだ。


「いつもと、わけわからないのは変わらないけど……」


 だけど、今回ばかりは今まで以上に意味が分からない。理解出来ない事柄が、多すぎる。


「いずれ、分かる……か?」


 王都に辿り着けば、この違和感はなくなるだろうか。この不安は、消え失せるだろうか。


 一抹の不安が、拭いきれない焦燥感が、徐々にシュウを蝕んで──そして、そこへと辿り着くのをひたすらに待つ。


 ──そう、イリアル王国の中心部の、王都に。


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