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2話 紅茶を交えて

 待って数十分だっただろうか。


 庭の手入れを終えたミルが書斎に入ってくる。その手にはまだ淹れて数分しかたっていないことが予測できる茶をもって。


「シルヴィア様。紅茶です」


 そう言って、シルヴィアに紅茶の入ったカップを渡す。シルヴィアは、ありがとう、と微笑んでカップに口をつける。


「俺にもですか‥‥‥ありがとうございます」


 ミルは次にシュウに差し出してきた。シュウには持ってきていないだろうと思っていたのだが、シルヴィアの手前、あえてそうしなかったのだろう。それか使用人としての意地か、矜持だろう。


 シュウはミルに手渡されたカップに口をつける。まだ、カップからは湯気が出ており、猫舌であるシュウには毒であるが、渡された手前飲まないわけにはいかないだろう。


「これ、紅茶か?すごいな、こんなのまであるのか」


 てっきり普通の茶だと思ったのだが紅茶すら再現されているとは、恐るべし異世界。


 若干喜ぶシュウにミルはさも当然といったように言う。


「当たり前でしょう。むしろこの味以外にあるのですか?」


「あれ。もしかして、これも何年か前からあったパターンかな?」


「シュウ。この味はずっと前からあったよ?本当にシュウって何もしらないんだね」


 そういうことらしい。異世界の茶なんて葉の味しかないだろうなと身構えていた数分前の気分を返してほしい。


 しかし、こうなってくると不思議だ。目玉焼きに紅茶、ここまで地球のものが関わってくれば嫌でも分かる。きっと誰かがここに召喚され、作ったのだろう。だが、その誰かは伝わってはおらず、手がかりは何もないのだが。


「まあ、目玉焼きつっても、ぶっちゃけ、卵を食う習慣さえあれば見つかるんだけどな」


 そして、落ち着いた雰囲気を見計らってかミルはシルヴィアに質問を投げかける。


「説明してください、シルヴィア様。なぜ、この方を従者に加えたのか」


 ミルの真剣な眼差しにややため息をつき、持ってきた荷物の中から、一通の手紙を取り出す。


『シルヴィア・ウォル・アレクシア様、並びに英雄様へ。あなたの従者としてササキシュウを認める旨をお伝えします。二か月後、従者とともに王城へと赴き、王の間に来てください』


 そこに書かれていたのは、シュウをシルヴィアの従者として認める、ということと二か月後、王城へ来るようにとのことだった。もちろん、シュウには読めないのでシルヴィアに訳してもらった。その際、ミルから白い目で見られたが、気にしないでおこう。


「なあ、シルヴィア。こういうのって、えーと、ミルさんの時でもあったの?」


 シュウの言葉にミルはわずかに眉が動くが、すぐさま先ほどの無表情に戻り、シュウに向けて言う。


「いいえ。私の時はあまりにも例外というか‥‥‥とにかく、王にはそのことは報告していませんゆえ、こんなことは初めてです」


 そのミルの意見にシルヴィアが頷く。


「だけど、逆らうわけにもいかないし、こうして君を連れて来たってこと」


 つまりは王の命令に従い、シュウを連れてきたということだ。いや、まあ、そのおかげでこうしてシルヴィアとの縁が切れていないからいいが。


 それにしたって、この手紙はいろいろおかしい。そもそも、一人の従者の有無に王が口を出すことがおかしい。


 まあ、今のところ王の考えていることなど分からないので、何もできないが。


 ミルは先ほどの手紙を受け取り、ずっと文字をみている。どこか引っかかるところがあるのかもしれない。


「この英雄、というのは、ダンテ様のことでしょうか?」


「たぶんそうだと思うよ。私を指名するときは英雄なんてつけないもん」


「ん?シルヴィアって英雄じゃ‥‥‥ああ、そうか。シルヴィアも言ってたっけ。確か、まだ英雄にはなってないって」


「そうだね。今、英雄を指すのは師匠だけだから」


 シュウの言葉をシルヴィアは肯定する。


「だけど、今ダンテさんは消息不明か」


 シルヴィアの話では、もしかしたら屋敷に戻っているかも、と言っていたが、ダンテはいなかった。これで本当にダンテの場所が分からなくなった。


 だが、シルヴィアとミルの二人はさして心配している様子は見られない。それが信頼から来るものなのか、それとも呆れられているのかはシュウには判断できない。


「それで仕方なく、王都で役立たずを──もとい、命の恩人様を連れてきたのですか」


「そうか。納得したよ。だから、俺のような役立たずを──っておい!言い方ひどくないか!?」


 ミルに賛同しようとして、しかし、さりげなくディスられていることに気づき、ツッコミを入れる。その仕草にミルはあからさまにため息をつき、


「申し訳ございません。ですが、恩人様はもうすぐで私の下になるのでしょう?ならば、先輩が後輩に何のあだ名をつけようと勝手なはずです」


「確かに‥‥‥確かに、そうだけどな。言い方ってもんがあるだろ!まじで心抉られるよ!」


 ミルの正論にシュウは若干涙目になりつつ、反論ともとれない反論を返す。シュウは仙人級の心の強さを持っているわけではないので、悪口に傷つく心は持っているはずだ。たぶん。


 今にも爆発しそうな二人をシルヴィアが止めに入る。


「ミル!そんな風に言わないの!」


 シルヴィアの擁護にミルは機嫌を悪そうにしておじぎ。しかし、その顔は納得していないように見える。そんなミルの態度に反射的に悪態をつこうとして、口をつぐむ。


「シルヴィア。で、俺の処遇についてはどうすんの?自慢じゃないけど俺何も出来ないよ?文字とか詳しい歴史についても知らないし」


 そのシュウの言葉にシルヴィアは何度目かもわからないため息をつく。そして、シュウに向き直り、


「その点については私が教えるよ。だから、家事とか掃除についてはミル、お願いね」


 シルヴィアの頼みをミルは承諾。首を回し、シュウを見つめると、


「じゃあ、ついてきて。何が出来るか確かめるから」


「えっ、ちょ、は?待っ、待ってくれ。さっきといろいろ違う気がするが!?」


 シュウは絶句する。先ほどまで敬語、性格や言動に難があり、メイド服なんて着ていないものの、まさに使用人の鏡であるとシュウは思っていた。


 しかし、今の彼女の言葉はどうだっただろうか。敬語ではなかった気がする。そして何より、さっきまで出ていたオーラは跡形もなく消えている。


 ミルはいつまでたっても付いてこようとしないシュウに不満の顔だちを見せて、


「ちょっと!いつまで突っ立ってるの!早く来て!」


「いや、待ってくれ。今、情報のすり合わせをしているところだから‥‥‥」


 そんなシュウの態度にミルは見るからに機嫌を悪くしていく。だが、それに気づけないほど今の状況に混乱していた。


 シュウの悩みの種に気づいたのか、シルヴィアはミルに口を開く。


「もしかしてさ。さっきまでミルが敬語で、それがミルの通常時だと思ったんじゃないかな」


 完全にその通りだ。シュウはさっきまでの態度が素であると思い込んでいたので、ミルの豹変ぶりにシュウの脳は完全にショートしたのだ。


 シュウの顔を伺い、先ほどのシルヴィアの推論が正しいことを悟ったミルはこれも先のキャラをぶち壊すように腹を抱えて笑い始める。


「なんだよ。そんなに笑うことねえだろ!」


「ご、ごめん。シュウ。ちょっと我慢できないかも‥‥‥」


 気づけば、シルヴィアも笑いを噛み殺している。完全にシュウだけ置いてけぼりだ。


「おいおい‥‥‥頼むから笑ってないで、どういうことか説明してくれよ」


 しかし、ミルはシュウに取り合うつもりはないと言わんばかりに、ごろごろと床を転げながら、笑っている。その眼には涙が溜まっているのが見える。


「ごめんね?騙してて。でも、ミルがやりたいって言うから‥‥‥」


 シルヴィアが目に涙を浮かべながら、シュウに説明してくる。


 なんでも、屋敷を初めて訪れる人には毎回あの反応をしているらしい。そして、後でネタバレをして、その反応を見て、笑うとのことだ。


 シルヴィアは説明を終えると、またあの表情を思い出したのか、すぐに俯く。


 ミルも笑いが収まることがないどころか、むしろひどくなっている気がする。


 いや、考えようによっては美少女二人の笑うところを見れたので、シュウ的にも、絵柄的にもオーケーなのだが、何だろう。釈然としない。


 シュウはいつの間にか拳を握りしめ、叫ぶ。


「いい加減笑うのやめろよ!こっちが恥ずかしくなんだろうが!!」


 しかし、それは終わることなく。早朝のシルヴィア邸には笑い声がこだましていた。

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