番外編 サンタよ永遠なれ2
「んで、結局駆り出されると……」
『ははは、いやなに、大丈夫だよ。そこまで多いわけじゃない。そう、君にはただ王都中を巡ってほしいだけで……』
「何気にブラックだなあおい!!」
手に持った通信機から聞こえてくる何気ない声の調子に、思わず叫び返してしまう──が、今は夜だと言う事に気づいて、口を噤む。
ちなみに、今シュウの格好は間違いなくサンタだ。メリルがまず恰好から、とか言いやがるので、仕方なく黒服を脱いで、赤一色の服を着て、髭を付けて、肩に白い袋──中身はメリルからもらった道具が山積している──を持っていた。
「これさ、本当に一日で終わるのか? なあ、俺の計算じゃあもう終わらないことが目に見えているんだが……」
『気にしないでくれよ。大丈夫、ボクの魔法道具を幾らでも使ってくれていい。なんたって、今の君はサンタだ。子供たちに夢を与える側なんだ。そこらへん分かってくれるとありがたいんだが』
「へいへい……っと。そんじゃあ、行きますか……」
なんだかうまく乗せられたような気がするが……まあいいだろう。どうせメリルに呼ばれなかったら、一人寂しくベッドの中で寝る予定だったのだ。有意義な時間を過ごせると思えばそれでいい。
そんなこんなで。メリルからもたされた魔力を燃料として動くトナカイとソリに搭乗し、王都の夜──月を背景に駆け巡るのであった。
「すっげえ順調に行ったけど……なにこれ? フラグ? フラグなの? 唐突な死亡フラグなの?」
『別に何もなかったでいいんじゃないのかい? それとも、ただ君はスリルを求めているだけかい?』
「うるせ……そもそも、お前には分からんだろうが……悉く不運と言う壁が、俺に立ちはだかるんだよ……こんなに順調に行くのはおかしいんだよ。ありえねえんだよ。あっちゃならねえんだよ」
『ボクが言うのもなんだけど、君めんどくさい男だね』
懐にしまった通信機から、シュウの頭を心配する声──もとい、呆れる声が漏れるが、そこらへんは強メンタルなので受け流すとして。
──状況を説明するとしよう。
シュウが強制的に働かされて、僅か2時間──王都中を駆け巡って、片っ端から子供の部屋に忍び込んで、プレゼントを渡すまでの時間だ──まさかの、すごく順調に行ってしまったのだ。それが、どうしようもなくシュウの心に訴えかけてくるのだ。
──何かあると。避けようのない、運命の波が差し迫っていると。
『ともかく……あと一つで最後だ。気を引き締めてくれ。……その、言いにくいが……』
「分かってる。何となく察しはついてる。つか、もう見えてるし」
『まあ……その、なんだ、ご察しの通り……シルヴィア邸だ。ああ……だけど、勿論の事……』
「分かってるよ! 知ってるよ! だって見たもん!? ミルの奴、意気揚々として罠仕掛けてるの見たもん! ねえ、これほんとにやるの? やんなきゃダメ? 俺これどうしても死ぬ未来しか見えないんですけども!?」
『言いたいことは分かる……でもね、ササキシュウ。サンタクロースは……例えそこに死が差し迫っていようとも、前に進まねばならないんだ。分かるね? それこそが、かの存在の存在意義なのだから……』
「サンタクロースはそんなに重くねえ!!」
空中をソリで移動しながらの談笑の後──遂に、そこに到着する。最後の障壁にして、最大の敵。難攻不落のシルヴィア邸──否、魔改造が施された、サンタ絶対許さない城──。
「名付けて、サンタ殺しの館……ってか」
『感心してる暇じゃないと思うよ? ほら、だって、もう動いてるけど』
「ちょ、待っ……!?」
メリルの忠告の──約一秒後。シュウはようやく、メリルの言葉の意味が理解できた──と同時に、ソリがぶっ壊れた。
というか、空中に放り出された。
「──ううううぅぅぅぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!!?」
──死ぬ。直感が、経験が、シュウの頭が、全てが最早生きることを放棄した。上空300メートル。ここから落ちたら、きっと真っ赤な花を咲かせることになる。
──それだけは、絶対に避けなければならない!!
「メリルから渡された袋の中に──!!」
ほぼ条件反射で、メリルの袋に手を突っ込んで──魔法道具を引っ張り出す。勿論、今この場面で使えるような、そんな魔法道具を。
「風を送り──着地の速度を殺せば……!!」
つまり、作戦としてはこうだ。風を作り出す魔法道具を使って、強烈な風を生み出す。そんで、その風を利用して落下速度を殺して、着地する……というパーフェクトな作戦であった。即席にしては、素晴らしいとすら思えた。
だが──物事がそんな簡単に運んだら、誰だって苦労しない。
「ちょ、待って!? この魔法道具反応しやがらねえ……!?」
まさかの緊急事態発生。不良品だった。いくら魔力送り込んでも風が出ないどころか、凄く魔力を持っていかれて一気に魔力不足に陥って──。
「冗談じゃねえ……ッ」
不良品を空中で投げ捨て、新たな魔法道具を取り出す。──いわゆる、クッションだ。落下地点を見定め、地面に付着固定させ……その上に見事落下。何とか事なきを得たものの。
「やべえな……まじで殺す気じゃねえか……」
シルヴィア邸の庭に設置されている連弩──矢を何本も発射できる装置──や、そこかしこに敷かれているトラップの類。間違いなく、死ねる。軽く六回は死ねるレベルだ。
ともかく、慎重にトラップを掻い潜り──なんとか玄関まで辿り着いて、いつものように合い鍵を使って中に入ると──。
「中で待機してると思ったら……意外と何にもなかったな。外にだけ張り巡らせても意味はないだろうに……」
などと、調子乗っていたら。
──突如、ヒュッと。何か、と表現するのもめんどうな鋭利な何かがシュウの鼻を掠めていき──廊下の壁に突き刺さった。
──矢。しかも、人の頭らへんに突き刺さるようにセットされていた。
「……殺す気満々でいらっしゃる……!?」
もはや余裕など何一つなかった。だって、流石にシュウだって理解できたのだ。──そう、生きて帰す気がない事を。
そして──。
ユラァっと。何かがエントランスホールの上に立った。まるで、悪魔のように。まるで、処刑人のように。シュウを殺すためだけに、それはやってきた。
それは金髪だった。それは冬に相応しくないスカートの服だった。それは……両手十本の指にナイフを挟んでいた。
身の毛がよだつような感覚を味わいながら──どうにか、ひっくり返りそうになる声を抑えつつ、その悪魔のような何者かの名前を呟いた。
「ミル……!?」
「今年ものこのことやって来たわね……サンタクロース。今年こそ、決着を付けましょう。そして……必ずや、土の中に埋めてやるわ」
「死んでる……それ死んでるよ……!?」
ちなみにメリルからは正体バレないように、というありがたい注意書きを貰っちゃっていた。そして、無様にもシュウはそれを受け入れてしまっていた。
──まさか、あんな軽い口約束を後悔するようになるとは思わなかった。
そんな風な想いが頭の中を巡り──恐怖と後悔がとめどなくシュウの背中を焦がし、留まることのない冷や汗が正常な思考を奪った。
そう、さっさとどこかに隠れるべきだったのだ。さっさと隠れ、メリルの魔法道具を使って一発逆転を狙うべきだった。だが──ミルの殺気に当てられ、その場から動くことが出来なくなってしまったのだ。
──そして。
「あの世で三千回懺悔しなさい!!」
「なんで三千回!?」
決め台詞なのかは知らないが……ともかく。ミルが動いた。というか、ほぼ知覚すら出来なかった。
シュウが気づけたのは、本当に偶然。何かが飛んでくる音を聞いて、ようやく何かが投げられていると言うことに気が付いて──。
「──待って。嘘だろ、十本のナイフ全部投げやがった……!?」
両手に持っていたナイフが──虚空を舞っていた。暗闇を切り裂き、音を置いていき、ただ一つの目標──そう、シュウめがけて飛んできていた。勿論、死角など作らせない……とでもいうレベルで。
「いやいやいやいや……!! 死ぬけど!? 死にますけど!?」
もはや魔法道具を取り出す暇すらない。とにかく、足を動かして、どこかに身を隠そうとして──。
「かかったわね!」
「はい……!?」
だが、そんなシュウの動きを読んだかのように──。
シュウの進む先に、岩が。人を潰せるぐらいの大岩が転がり落ちてきた。それだけではない。横からは壁にセットされた矢が発射されようとしているし、なんだか上からはシャンデリアが落っこちそうになっているのか、少し傾きつつあった。
──詰んだ。
まさか思わなかった。たかだかクリスマス程度で、サンタクロース程度で。などと思ってしまったのがもう間違いだった。
──甘く見ていたのだ。執念を、妄念を。この時のために、全てを捧げたミルの想いを。
「さあ、くたばりなさいッッ!!」
「~~~~~~~~~っ!!」
──もう、なりふり構っている暇などなかった。
メリルから渡された四次元なんとかから魔法道具を取り出して──それを、転がる大岩に向けた。
「魔法道具……雷槍!」
シュウの手を伝い……魔法道具に自らの魔力が注がれ──突き出した槍型の魔法道具の先から、雷を伴った波動砲みたいなのが出て、大岩を粉々に砕き──。
──更に、上から降ってこようとするシャンデリアに向けて、雷の槍を発射しぶち壊す。
「ちっ……中々やるわね……ッ!」
「なんでライバルみたいなのになってんだ……ッ!?」
「なら、これはどうかしら!」
「今度は何やるんだよ、つか雇い主の家魔改造すんなよ……!?」
もはや恐ろしきミルの執念に舌を巻き、呆れつつ──そして、次に来るであろう手に目を凝らし。
──同時に、ミルの拳がエントランスの壁を打ち付けられ……ガコンッと。何かが動いた音がした。
──いや、何か、と呼ぶのではなかった。ちゃんと何が迫ってきているのかに対して、危機感を持つべきだった。
「は……!?」
思わず、声を上げてしまった。なぜなら、そこにあったのは──。
「ふふふ……久しぶりね、連弩砲MARKⅡ……さあ、あそこにいる不届き者を殲滅しなさい!」
「いや、それマジでシャレにならない奴……ッ!?」
悲鳴なんて届かなかった。懇願を上書きするかのように、連弩が回り始めて──。
(死ぬ……やばいっ……マジで、死ぬッ……)
よって、手に持っていた雷の魔法道具を捨てて──。
「消えた……?」
ミルのそんな呟きが、連弩の砲撃の音とともにその場に落ちた。
──不可視状態。メリルの魔法道具を使い、透明状態へとなったのだ。とはいえ勿論、体が消えたわけではない。あくまで光の屈折とか諸々を使って、姿を隠しているのであってなくなるわけではないのだ。
つまり……この状態であっても、砲撃を喰らえば当たる。
だから、命がけだ。足音も出さず、移動している音を出さずに、ミルの横を通り過ぎなければならず──。
(気づくなよ……お願いだから、気付くなよ……ッ!?)
心の中で誠心誠意お願いするが──そんな願い虚しく。
「……いるわね。近くに」
(なんで分かるのかな……ッ!? サンタに関しての第六感働き過ぎだろ……!)
思わぬ第六感のお仕事に、シュウが毒づくが──今更拘泥している暇はない。そんなわけで、新たな魔法道具を取り出す。──俊足の魔法道具。一定期間の間、魔法道具を使用した人間の敏捷をあげるものだ。
もう見つかっても構わない。それよりも早く翔け抜けてしまえばいいのだ。ならば、もはやなんら問題はない。それに加え、インビジブルだ。そうそう見つかるはずは──。
「死になさい!!」
(ひぃぃぃ……ッ!?)
──ダメだった。適当にだか、それとも確信があったのかどうかは知らないが、ミルの投げたナイフが、シュウの鼻先を掠めて、壁に激突すると言う大惨事一歩手前が起こった。
(もう……っ、もうッ……ダメだ、これ死ぬ……ッ!?)
そんなわけで脱兎のごとく、エントランスから逃げ出し──命からがらで、シルヴィアの部屋に辿り着き、プレゼントを置いてさっさと飛び出したのだった。
「お疲れ様。いや~いい働きっぷりだったよ」
「お前のその得意げな笑みにパンチを入れてやりたいよ、こっちは」
なんだか満面の笑みを浮かべて近づいてくるメリルに、しかし今回だけは素直に殺意しか湧いてこなかった。
ちなみに、今は賢者の塔の麓に居た。全ての仕事が終わったから、魔法道具を返しに来たのだが──ともかく。
つーか、何度死ぬかと思ったと思っていやがるんだ、という愚痴を胸の中にしまい込み──。
「今日付が変わる一時間前か……意外と順調に終わったな。結局、次の日までかかると思ったが……」
「そうかい? いや、そうなるとボクの予定も崩れると言うかだね……うん? ちょっと待って、日付変更まであと一時間……、か」
「どうした? 何かあるのか?」
「いいや……うんまあ、あるって言えば、あるかな……」
「煮え切らない返事だな……ま、ともかく、俺は帰るぜ」
「えー? どうせ帰ってもやることないのにー?」
「うるせえよ!!!」
どこか小ばかにするような感じで言って来るメリルに、殺意が再び湧き上がるが──ここは抑えることに成功した。というか、折角のクリスマス──まあ、こちらの世界ではその概念すらないのだが気にする必要はないだろう。結局、その後はベッドで寝るだけだ。
「さてさて、そろそろいい塩梅かなあ……?」
「うん……? 何がいい塩梅だって……っておい、ちょっと待て。おい、何を……?」
「いや? 勿論……君へのクリスマスプレゼントだよ?」
「……………………あの、メリルさん? どうして、僕の体を触っているんでしょうか……? ねえ、もうなんか結末が見えているですけど? ねえ、ねえ、ねえってばっ!!?」
お願い虚しく──メリルはいっそ清々しいほどの笑顔を浮かべ、指を立てて。
「それじゃあ……いいクリスマスを!!」
「いやああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
もはや手加減なしだった。手心すらなかった。そんで、空の旅に行くのだった。
「くそ……もはや手加減もなにもねえなあ……」
がさがさと、草を掻き分けながら、自らが住み込みしている屋敷への道を歩いていた。
「つか、いつの間にか服が変わってるのはなぜなんだ……?」
というか、先ほどまでサンタの格好をしてたはずなのに、浮遊魔法でひとっとびしたら服変わってるのはなぜだろうか。
まあ、どうせ、その問題に首を突っ込んだところで答えてくれる誰かもいないので、気にせず歩いて行って──。
歩くこと数分。遂にシルヴィア邸に辿り着いた。勿論、もうあと数時間で日が変わってしまう時間帯なので、明かりはついていないが。
「なんで、土が……? 珍しいな、ミルなら絶対に残さないはずなのに……」
なぜか残っている土に、疑問を抱きつつ──。そのままエントランスを通過し、自分の部屋に入ろうとして──。
「ん……? なんで、明かりついてんだ……?」
そして、気付いた。三人だけのこの屋敷に、ついでに言えば、全員がこの時間には寝ているはずなのに、なぜ明かりが点いているのか。
もしかして、シルヴィアが料理の練習でもしているのかと思って、食堂のドアを開ければ──。
「な──」
「あ、シュウ! 遅かったから心配したよ?」
「シル、ヴィア……? これ、どういう……」
食堂の先に広がっていたのは──まるでパーティーのような光景だった。普段は三人しかいないはずの屋敷には、しかし今だけは賑わいを見せていた。
──レイやシモン、ガイウスを含めた五人将(ローズ・ウェルシアを除く)や、王都で会った人たちが一堂に会し、食事をとっていた。
勿論、信じがたいことだ。いきなりのことに、開いた口が塞がらないでいると──。
『さてさて、そろそろ主役が到着したころかな?』
「賢者……?」
なんかポケットが振動し──シュウの知っている声が耳に届いた。
『いや、実はね……シルヴィアに頼まれたんだよ。もう会って数か月も経つのに、お祝いなんかをしたことがない……ってね。どうやら、シュウ。君は彼女に誕生日すら教えていないようじゃないか。折角だから、誕生日のパーティーも兼ねて……ってことで、サプライズが決まったんだよ』
「まさか……急な、サンタ役は……」
『まあ、恒例行事で、君が適任と言うのもあったんだけども……それ以上に、君を一度屋敷から離さなければならなかったんだ。だって、君が居ると、サプライズが台無しだからね』
確かに、シュウはシルヴィアに──というか、誰にも誕生日の事を話していなかった。
だって、いつもの事だと思ったから。誰とも会わず、誰とも喋らず、お祝いの言葉なんてなく、寂しく過ごす──。それが、シュウがここ数年送って来た誕生日と言う日だった。別に、いつも通り。特別でなんて一つもなくて、特殊なんかでもなかった。だから、今年もそのつもりだったのに──。
『大方、怖かったんだろう? 誰も、自分の事を気にしていないんじゃないか……って。でも、ササキシュウ……これを見て、これでも君はまだ一人だなんて思うのかい?』
ポケットから聞こえてくる声に……思わず、シュウは息を呑んだ。
メリルがシュウの意図に気づいているのも含めて……思わなかったのだ。まさか、自分の事を祝ってくれる人間がいるだなんて。
「俺は……」
『確かに……君の心の傷は、これでは癒せないかもね。だけど……それでも、今この時だけは、甘えてもいいんじゃないかい?』
「……ああ、お前の、言う通りだな……」
受け取る資格なんてない……とは思っている。だって、シュウはこの世界で一人だからだ。どれだけ、表面上で仲良く思っていても、シュウは本質的に一人なのだ。
でも、それでも──今は、今だけは、ありがたく受け取ろう。この、至福の空間を。時間を。
「シュウ、行こう? みんな待ってるから」
「ああ」
──俺はこの日を、きっと忘れない。
例え、この世界がなくなっても。例え、全てを忘れるような事態に陥っても。
そして──。一夜限りの、クリスマスパーティーが始まるのだった。




