番外編 サンタよ永遠なれ1
これは魔族との戦争が激化する少し前の話──。
ダンテ・アルタイテがその身を削り、人間を守って死した年のとある日の出来事──。
「こっちにも雪なんて降るんだな……」
「まさか、そんなことも分からないの? 子供なら誰だって分かる事よ」
一面を覆う雪化粧に、思わず魅入って感嘆の声を出すシュウだったが、同じく隣で書類仕事をしていたミルに突っ込まれるところから話は始まる。
「いやね……? 異世界って言ったら、常識はずれが一番だろ? しかも、あっちと同じってわけでもないだろうな……って思ってたら、こんなことになっててさ……」
だって、考えてみてほしい。異世界にきたら、まさかの雪が降るだなんて一ミリも思っていなかったのだ。とすれば、魅入るのも仕方のない事ではないか……という、言い訳がましい言葉を発し──。
「ぶつくさとわけわかんないこと言ってる暇あるなら、さっさと仕事しなさい。じゃないと、凍え死ぬわよ」
「は!? 待って、ちょっと待って! なに、そんなに温度下がるの!?」
──見事、ぶった切られ、尚且つコンボまでもらってしまった!
「そうね……本格的になれば、軽く皮膚が凍り付くぐらいは行くと思うけど」
「ここ大陸の真ん中だよね!?」
ちなみにではあるが、シュウが住んでいるシルヴィア邸──並びに、イリアル王国は基本的に大陸の真ん中に位置し、地球であれば赤道辺りに位置するかもしれない所だ。
それなのに冬場はシベリア並みに……否、夜の砂漠並みに寒いとなると、異常気象もいいところだ。
「毎年、そういう季節が来るのよ。ダンテ様曰く、雲が南下してくるから……って言っていらっしゃたような気もするけどね」
「異世界凄いな……そんなところまで分かってるのか……」
なんだか勝手に神様がやってると思い込んでいると思っていたが、どうやら風評被害も甚だらしかったらしい。
「そういや、こっちって新年っていう概念あんのかなあ……いや、それだとクリスマスも危うい……?」
「地獄のコースに行きたい?」
「申し訳ございませんでしたあああああああああ!!?」
「なあ、シルヴィア。こっちって、クリスマス……とか、新年を祝うとか……そういう概念てあるのか?」
「うーんと、くりすます……とか、新年って言われてもあんまりピンと来ないんだけど、いきなりどうしたの、シュウ」
「あると思ったんだけどなあ……暦とか見てると、こっちと酷似してる感じだったし……」
この世界の時間は地球と同じ24時間で、一週間は七日。一年は365日で、一か月は30日。何もかもが同じだから、あると思ったのだが……期待外れだったらしい。
「いや、俺がいた日──場所ではさ、クリスマスっていう日があって、そこではパーティーやったりするんだけど……やっぱ聞いたことない?」
「うん……聞いたことないかな。そういうのは、基本的に北の国のノールランドぐらいじゃないかな……あそこは民族が集まってできた連邦国家だし、どこかの民族を尋ねればそういう習わしもあるとおもうけど……」
実際、クリスマスと言うのは、キリスト教のお偉い人の誕生を祝う日であり、どんちゃん騒ぎをする日ではないのだが……別にここでそれにこだわる必要もあるまい。なぜなら、異世界だから。
「そういや、今の日付とかって、誰が決めたんだっけ? 確かこれ、イリアル王国が作ったやつじゃないような……?」
「300年ごろのローム帝国……宰相リカード、って人だよ。その人が作ったものが今でも正式採用されてるの」
「ああ……リカードね、あの、敏腕宰相……」
ローム帝国とは、この世界の100~500年まで存在していた大国だ。なぜかシュウの世界の昔のローマ帝国と色々似通っているが、きっと気のせいだ。
そして、リカードという人物はローム帝国中期……かの国最大の領地を持っていた頃の宰相だ。なんでも、出自は一切不明で、どこで生まれたのか、そもそも何年に生まれたのかすら分かっておらず、まるで彗星のごとく現れた希望みたいな存在だ。
この世界では考えられないような政策や戦術などを打ち出し、瞬く間に宰相へと上り詰めた男。なんでも、ローム帝国があった場所では神聖化されているらしく、彼を題材にした本などもあるらしい。
シュウも、一度リカードの本を読んだことがあるのだが……。
(なんか……戦術がこっちの世界に似てるんだよなあ……孫文が書いたやつとか、戦国時代に使われた政策だったり……まさか、転生、もしくは転移した人間だったりするんだろうか……?)
ちなみに、シュウはそこら辺の本は網羅済みである。なんか覚えたらかっこよさそうじゃない? などという馬鹿げた思想の下、ほぼ全てを暗記した記憶がある。
しかし、クリスマスや新年の概念を広めなかった、ということは案外違うのかもしれない。まあ、結局は大昔に生きた人なので検証のしようがないので、これについて語るのは止めにして。
「でも、毎年季節になったらプレゼントを玄関前、というか、ベッドに置いていく人もいるよ? 確か、さんたくろーす……だったかな。師匠が言っていたのは」
「ええ……毎年毎年、勝手に不法侵入をしては、欲しいものを勝手に置いていく無礼極まりない存在ですね……私は、去年も、一昨年も惨敗しているので……今年こそは、罪を清算させようかと。大丈夫です、そのための罠は既に準備済みですので」
「怖えよ!? 確かに、文面だけ見るとサンタクロース不法侵入者で怪しい人物だけど、根はやさしい人だから! つか、サンタクロースにむけてそういうことするの止めろよ!?」
「シュウ……ぬるいわ。これは、戦争なのよ」
「なにマジの顔で言ってんの!?」
椅子に腰かけ、様々な撃退用トラップを見せつけるミルに、サンタクロースの苦労を慮っていると──不意に、シルヴィアが。
「大丈夫だよ、シュウ。ただミルはサンタクロースの正体を暴きたいだけだから。ほら、ミルってそういうのあまり好きじゃないでしょ?」
「シルヴィア様……!」
「ああ……そういう、ね」
そう、そうなのだ。神をも恐れないような彼女は、しかしこういう怪談話──というか、お化けや正体不明なものが嫌いなのだ。理由は知らされていないため、詳しい理由は語れないが……ともかく、幼少期に何かがあったのだろう。
「シルヴィア様、イリアル王国七不思議の話は……」
「あ、ごめんね? ミル。そういうのに、気付けなくて……」
「七不思議って学校かよ……」
ともあれ。七不思議と言う単語には個人的に物凄く惹かれると言うことで──。
(あの……シルヴィアさん? あとでその話聞かせてもらえないでしょうか……個人的にすごく気になります……)
(別にいいけど……なんで小声なの?)
そりゃ、談笑なんてしてたらミルに怒られるから──と言う言葉を紡ぐことは出来なかった。
「シュウ。さっさと食べなさい。まだ仕事が残ってるんだから急いでもらわないと。……それとも、極寒の中で庭の掃除をしたいというのなら、止めはしないけど」
「分かってるよ! ちくしょう、話す時間もねえなあ!?」
とはいえ、食事中に喋るのはあまりよろしくない。そんなわけで、自らが作った料理を速攻で平らげ、台所に持って行こうとして──。
「ん? なあ、ミル。これ──」
なんか手紙みたいなのがあった。先ほどまでなかったはずの長方形のテーブルの上に、まるで存在を誇張するかのようにそれが置かれていた。
だが、誰もそれに触れようとしない。まるで、見えていないかのように。
なので、シュウが手に持って開けようとして──。
「え──」
「しゅ、シュウ!?」
「何をやって……!!」
なんか、ぱっくり開いた。ハエトリグサの獲物を取る寸前に大口を開ける瞬間に似ていると言えばいいのか。ともかく、手紙の両端がシュウの身長ぐらいにまで広がって──。
同時に、事態を察知したシルヴィアとミルの声が届くが──あまりに一瞬の出来事だったため、判別する時間すらなく、ただただ食われて──。
「う、おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ──!!?」
──否、空間に引きずり込まれていった。
「さて、ようこそ、魔女の館へ……」
「……」
なんか、季節外れのハロウィンの魔女のコスプレをしたかのような誰かが居た。いや、もう、誰か、などという言葉でぼやかす必要性はないのだが、それでも一応つけておく。
「なんだい、その、まるで嫌な奴に会ったと言わんばかりの顔は。流石のボクでも傷つくよ」
「ならまずは悲しむ素振りを見せてもらおうか……の前に! いきなりなんなんだ!? なんか手紙がぱっくり開いて、なんか食われて、気が付いたらここに居たんだが!?」
「いや、なに、一種の空間魔法だよ。とはいっても、まだ未完成でね……海に放り込まれなかっただけマシと言うか」
「なんてもん使ってんだよ!? 下手したら死ぬぞおい!」
召喚者から予想外……というか、危険性を改めて聞き、素直に何してくれてんだこの野郎と言う感情しかないのだが、果たしてシュウは間違っているだろうか。
ともかく、ここで暴れたところで返してくれるわけでもなさそうなので、とりあえず話を合わせることにする。
「それで? 今回は一体何の用なんだ? いつもの乱痴気騒ぎか?」
「なんだ、分かっているじゃあないか。そうとも、大正解だよ。いやあ、ここまで大正解してくれると、君を『賢者』のパートナーに……」
「あ、結構です」
「そう……」
商品買う際に、ボーナスがついてくるみたいな感覚で誘ってきたので丁重にお断りした。なんだか目に見えてテンションが下がったような気がするが……気のせいだ。
「さて、本題なんだが……シュウ。君を、サンタクロースに任命したい。一夜限りの、夢を届ける役だ」
「えーっと……うん? サンタクロース?」
「ああ。サンタクロース。確か、聖なる夜に、正しき想いを持ちし者にだけプレゼントをくれるという謎の存在だよ」
「いや、そりゃ知ってるけども」
「今まではダンテがやっていたんだけれどね、今年はもういないから。代役を頼もうと思ったわけで。それで、ちょうどいいカモ……げふん、ちょうどいい適役が居てだね……」
「おいてめえ、今なんつった?」
カモとかなんとか聞こえたが、あくまでメリルはそれを無視して──。
「さてさて、受けてくれるかな? ああ、ああ。分かってる。勿論、報酬は出すよ。流石にくそ寒い中、ただ働きってのもあれだからね」
「それさ、断ったらどうなるんですかね……」
「勿論、大海原にぽいっ……だね」
「くそ、半分……いや、大分脅しじゃねえか!!!」
とはいえ、こちらにしても暇なので別に問題はないのだが。
「いや、やるのはいいんだが……正直、俺じゃあ失敗する確率が高すぎないか? いや、ほら、あれじゃない? 俺がヘマして子供の夢をぶち壊すと言うのも忍びないというか……」
「そこに関しては大丈夫。この日のために、この一年で大量の魔法道具を作ってあるから……これでなんとかなる……よね?」
「疑問形で言われても……」
そんなこんなで。
クリスマスの聖なる夜に、黒色のサンタが舞い降りる──!!




