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44話 罪と罰

「……んで、てめえが、ここに……!?」


「どっかの馬鹿が死ぬとか言ってるから……ぶん殴っただけだよ」


「ササキ、シュウ……どうして、ここが……」


「そりゃ……適当?」


「な──」


 シュウの言い分に、思わずと言った調子でローズが驚愕する。


 一応言っておけば、別に適当などと言うわけではなかった。ローズに負けたあの後、シュウが目覚めたのはシュウが使った、王族の逃走経路だ。正直何が何だか分からなかったが……ともかく、取りあえず外に出ようとそこら辺を歩き回っていた所。


 運よく、血が続いているのを見たのだ。それを辿ってきてみれば、白い建物に着いたのだ。そして、直感で理解できた。


 ローズの想いの中に、あった白い建物……それが、ここなのではないのかと。


 シュウが、あの時受け取ったのは想い、願い──そして、記憶だ。正直、ご都合主義が過ぎるが……だが、予感があったのだ。きっと、ローズはここに居て、『色欲』がここに居ると。


 この世界で、今ローズを真の意味で理解できているのはシュウだけだ。それ以外に、彼女を理解している人間はいない。


 なぜなら、彼女は誰も頼らなかった。当然、今回も頼らずに何もかもを終わらせるのかもしれない。


 だけど──もしも、誰かを頼ったら。自分一人じゃあ、どうしようもない場面が来たら。


 なら、行かなければならない。扉を守護する老人と全力で戦い、勝利し、ギリギリで間に合った──ということだ。


「おい……てめえ、余計な、ことを……!?」


 ちなみに、先ほどの魔道具──メリルに託された治癒の魔道具によって、『色欲』の傷は完治していた。恐らくは、この展開を読んでいたのかもしれないが……今は考えるべきではない。今優先するのは、治った傷を忌々しそうに見る、『色欲』の方だ。


「何がだよ。愛した誰かに殺されるのが、お前の願いだって?」


「そう、だ……だから、邪魔をするな……!」


「ふざけんな! そんな救いなんぞあってたまるか! つか、死なせるかよ! お前は、生きるんだ、この世界で! じゃないと……この人たちが救われないじゃないか!」


「つ……」


「最後ぐらい、言えよ! 自分がどうしたかったのか、自分の願いぐらい! ──死んで、救われる奴なんているわけないだろう!? 生きたいんだろ!? みんなで、一緒に!」


「だま、れ……」


「俺に言えた義理じゃないけど……やっぱ、俺とお前そっくりだ。自分を騙して、最後の最後まで嘘を吐き続ける……俺が、大嫌いな俺そっくりだよ」


「──」


 ずっと、そうだ。幼少のころから、弱い自分が嫌いだ。幼い頃から、嘘を吐き続ける自分が嫌いだ。自分が嫌いだった。なにもできない、自分が。それはきっと、今もこれからも変わらない。もう、シュウは引き返せない程落ちぶれた。


「だから……先達者のアドバイスだ……言えよ。お前が思っていること、言わなきゃいけない事……そうじゃなきゃ、本当に大事なことが霞んでしまって、言えなくなっちまう」


 だから、シュウは誰にだって吠える。自分の願いを、言えと。そうでなければ、いつか後悔する。自分を押し込めて、くだらない日常を過ごして。挙句の果てに、何からも逃げて──。他の誰にも味わってほしくないから、言えるのだ。


「お前の罪、罰……生きろ。そんで、この国で見届けろ。それで、俺はチャラにする」


「……いいのか、俺は『大罪』だぞ……」


「は……そんなこと、どうでもいいよ」


「俺は……たくさんの人間を、殺した」


「謝れ。誠心誠意尽くして、謝り続けて……許してもらえなくても、謝り続けろ。そんな日が来るか分からないけど、謝れ。それでもなお、運命ってやつが許さないってんなら……」


 ──俺が必ず、ぶち壊す!


「『色欲』……来い!!」


 そして、『大罪』は、彼には相応しくない。相応しいのは、シュウだ。今なお後悔を続け、誰にも心の内を明かさないペテン師──それこそが、『大罪』を持つに相応しい。


『ああ……君か。一応、初めまして、と言った方がいいかな……?』


 意識が、途絶えた。
























「私の世界にようこそ。といっても、もてなすこともできないけどねー……」


 なんだか気だるそうにしている人がいた。


 黒髪で、瞳は黒と赤が混ざり合ったような感じで、年齢はシュウと同世代……いや、少し上ぐらいだろうか。服装は……どう、言えばいいだろうか。魔女みたいに黒ローブ着て──というか、なんか裸エプロンに通ずるものがあるのでノーコメント。あと目につくのは、頭に生えている? 耳ぐらいだろう。


 特徴あり過ぎてどこから突っ込めばいいか分からないが──なぜか地面に突っ伏しながらの登場であった。


「なんで、突っ伏してるの……?」


「ああ……気にしないで。どうせ、すぐ気にならなくなるだろうからねー。それよりもさ、いやー会えてよかったよ。もしかしたら、会えないかと思ってたからね」


「もはや『怠惰』に相応しいレベルですけど!? ほんとに『色欲』か、お前!」


「酷い言い様だね……あ、ごめん。私には反論の余地がないや」


「そこはさ、反論しようよ……」


 何が悲しくて、こんなやり取りをしなければいけないのか。そもそも、先ほどまで命のやり取りをしていたし、尚且つそれなりの覚悟を持ってやってきたのに、どうしてこうなった。


「さて、一応らしくしよう」


「お、おお……?」


 その少女は、いきなり姿を変化させて──幼女になっちゃっていた。


「私は初代『色欲』。この世界に悪魔を解き放った──『色欲』のアスモデウス。以後アスさんと呼んでくれ。よろしく」


「馴れ馴れしい!! つか、なんで幼女になったのかな!? そこらへん詳しく!」


「えー? 好きだと思ったんだけど、違うの? だって、幼女さんと街で追いかけっこしてたじゃん」


「おいてめえ、どっから見ていやがった。それに、俺の好みは幼女じゃないから! なぜか周りに群がられるだけだから!」


「つまり、幼女を引き寄せる体質と……」


「誤解を招く!」


 それはさておき。話に戻ろう。


「さて……何か、不満でも?」


「いや……前に似たような空間に来たときは、周りに色々見えた記憶があるから……」


 『憤怒』の時だ。怒り、という感情を持った者達の光景を見せられた。ある意味では、ここもそういうものだと思っていたのだが──。


「うーん……? おかしいなあ……最初は私のはずだったのに……あれ、てことは結構ルート変わってる? もしかして、可能性ある?」


「まず、説明が欲しいんだが……」


 よく分からない単語に、もしもの世界を語るアスモデウスに、さしものシュウもついていけない。だが、当人はシュウを気にすることもせずに──。


「ねえ、一つ質問いい?」


「え、あ、ああ……」


「君が最初に出会った人って、あの幼女さん? それとも、精霊の末裔さん? それとも──」


「シルヴィアだけど。そいつらと最初に会ったのは、王都の時だけだ」


「王都には、何で呼ばれた? 魔獣討伐の功績?」


「いや、違うし……そもそも俺、魔獣なんて倒したことないけど」


「ああ……そっか。今回は前提から違っていたと。だから、順番が違うのかー……ありがとう。なんとなーく、君の軌跡が分かってきたよ」


「一人で納得されてもな……」


「あとあと、ねえねえ、ラグナロクみたいなのって、どうなってるのかなあ」


「ラグナロクって……あれか? 終末戦争(ラグナロク)だったら、確か、3000年前よりも前だった気がするが……」


 一年前に文字の勉強だか何だかで呼んでもらった本だ。ラグナロク……響きはいいものの、いかんせん単語に関しては不穏な感じしかないので、あまり興味を持つことはなかった。


「あー……そういう。なんだ~今回の世界は色々条件が狂ってきてるねえ。面白い方向に進んでるなあ、これ」


「全く持って意味が分かりません」


「ふっふーん、そこらへんは時の精霊とかが教えてくれるだろうから、私は何も言わないのだー」


「ねえ、本当に君『色欲』なの?」


 ともかく。


「それじゃあ……頑張った君に褒美、というか授与式をしよう。褒美はそうだなあ……一つ、アドバイスを上げよう」


「ちょ、っと、待ってくれ! ストップ、ストップ! 色々情報あって受け止めきれないし、そもそも、疑問に答えてもらってないんだが!」


「うん? ──ああ、『憤怒』の子ね。彼女は……まあ、あの光景を二度と味わってほしくないからだろう……『嫉妬』は知らない。それで、私は、君にアドバイス。渡せるものがないからね……権能なんかも、結局ストッパーである君……『冥王の眷属』たる君には、使えないものだし」


「第一『冥王の眷属』ってなんなんだ!? お前は、何を知ってるんだ!?」


「では、まずそこから答えよう……まず一つ! 私達は世界に干渉できないし、何があったのか、そもそもの起源を話すことを一切禁止されている……ってところ」


「禁止……って、誰に」


「あちゃー……勇み足だったなあ……まさか、そこにすら辿り着いてない……と。でもまあ、覚えていて損はないよ。たぶん、皆君に隠し事してるのこれのせいだから。支配が崩れることを恐れた、器の小さい男の作り上げた世界なんだから、そうなるのも不思議じゃないよねー……」


「全く分からんのだけど……」


「契約として、『大罪』の始祖たちは世界に干渉しない。ま、これについては3000年前に色々やらかしちゃったからなんだけど……そこはおいおい。そんで、管理者に見つかったら記憶消されちゃうんで、あんま言えないかなー……ってこと。これらすべては、たった一人のやつが仕組んだこと……ってね」


「やつ……?」


「それは自分で知ってね。私が与えるアドバイスは一つだけだから。うん、特別だぞう? これ、本来なら消されかねないんだから」


「特別と言われても……」


 どれくらい希少なのかを理解出来ない以上、なんとも言えないのだが──ありがたく感謝の意を示し、彼女の言葉に耳を傾けて。


「──」


「──、え……?」


「ふふ、驚いたような顔してるー。それはそれで、新鮮かなあ。それを見れただけでも、今回はよしとしようかな……」


「ちょっと、待て! 今の、一体……!?」


「はっはー。質問に答える気はないので、あとは自分で何とかしてください。というわけで、ばいびー」


「な──おい、待て……」


 今の言葉の真意を確かめようと、彼女に近づこうとするが──それは叶わない。なぜなら、既に退去が始まっていた。この空間に存在できる、時間のタイムリミットが来たのだ。


 シュウはそのことに歯噛みしながら──再度、『色欲』を睨みつけた。


「いやだなあ……教えてあげたじゃん。あとは自分でなんとかするものだよ。ほら、あれ。運命は自分の手で掴みとるものだー的な」


「お前……!?」


「大丈夫大丈夫。君の目的は解消されているよ。君に、私は移った。先ほどの彼は……既に宿主ではない」


「くそ……まだ、聞きたいことが……!」


「それじゃ、さよーならー」


 気の抜けた声とともに、シュウはその世界から退去した。




 そして、静かになった世界で。一人、アスモデウスは呟いた。


「私もね、願っているんだよ。君が、解放されることを。苦しい苦しい運命から、逃れられることを。不可能であったとしても、運命を覆す事を」


 そうでなければ、あの少年は報われない。報われないまま、何度も同じ過ちを犯す。


「私だって、人並みには心配する心はあるんだ。ああ、まあ、人間じゃあないけど……一つだけ。言わせてもらおう」


 アスモデウスは、彼が居なくなった世界で。確かに、彼を案じて、そう言った。


「私は、君の味方だよ、ササキシュウ。君の、物語を終わらせてあげたいんだ」


 それこそが、彼女の願い。誰も報われない世界で、彼女が願った想い。


「楽しみにしているよ。君が、世界を変えることを……運命なんてものを、ぶち壊してくれることを。あの時と、同じように……何もかもくだらないと切り捨て、自らの力だけで前に進もうとして来たように……」


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