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42話 大悪魔

「おおおおおおおおおおおおお──!!!」


 負けない。負けてはいけない。負けるなど、あってはならない。


 『賢者』メリルと、『英雄』シルヴィアの共闘。それは、最凶のタッグ、だった。シルヴィアの剣閃が光り、防御面をカバーするように立ち回っていく。


 ──徐々に、追い詰められていく。そもそも、メリルだけでもギリギリであるのには変わらなかったのに、ここにシルヴィアなどと言う最強が加われば、勝ち目など、あるはずがない。


 だが──諦めない。最後の、その一時まで。終われない。


 ──それはつまり、メリルの言い分を認めるということであり、自分の考えが間違っているということに繋がる。


 ──違う。違うのだ。間違っていない。この想いが、間違っているわけがないのだ。


 ──その想いに応えるかのように。更に、翼が変じる。爪が伸び、牙が尖れ、異形へと。


「おいおい……その姿、3000年前に蔓延っていたガーゴイルと同じじゃあないか……全く、どんどん面倒になっていくなあ、もう!」


「メリル様……どうするんですか?」


「どうしようも、ないかなあ……ガーゴイルに関して、対処の方法なんてあんまりないし……それに、そもそもあそこまで禍々しくない」


 声が聞こえる。聞こえる。聞こえる。聞こえる。


 うるさい、うるさい、うるさい、うるさい。俺は、認めない。認めるわけにはいかない。


「が、あああああああああ!!」


 もっと、もっとだ。よこせ、よこせ、よこせ。全て、よこせ。『色欲』よ、もっとその力をよこせ。


 異形から更なる異形へ、怪物からもはや見ることすらおぞましい怪物へ変化していく。ガーゴイル、などという怪物で済まず、もっと上位の化け物に。


 否──翼の禍々しさは、次第に神々しさに変わっていき、まるで天使の如き相貌にへと変化していく。


 そして、異形は──産声を上げた。




















「いやいや……もっと、か!?」


「メリル様!」


 もう、余裕なんてなかった。合流し、共闘して、戦況を有利に持っていくことは出来たが──もう、それはできない。


 こんなものを前にして、いくらシルヴィアとメリルであろうと──厳しいものがある。


「いや……恐ろしい執念だ。まさか、ボクが生まれる前……それ以前の多くの種族が蔓延っていた時代にいたとされる……悪魔にして、精霊。ベリアル……まさに、それだよ」


 一応ではあるが、シルヴィアもその名前ぐらいは聞いたことがあった。というか、ダンテに強制的に読まされたのだが。


 魔族と人間の、最初の戦争が始まる以前──世界が神に対して歯向かった最大にして最悪の戦争。終末戦争(ラグナロク)において、悪魔達を率いて戦った悪魔の一柱であり、世界の全てのものを司る精霊であり、上位精霊の一柱。


 天使のような姿をしていながら、その腹の内は悪魔ですら恐れるような悪魔。神々しさすら伴うその翼を広げ、あっという間に上空へと上り詰め──そこから、まるで粒を眺めるかのような顔つきで眺め。


「吹き飛べ」


 短く、一言。


 ──その直後、流れ星、などという単語では済まされない程の光線が街に降り注ぐ。ここまで来てもまだ、『色欲』の簒奪者は人間を醜いものに変えることを企んでいるらしい。


「シルヴィア……やめておいた方がいい。君が触れれば、君は醜いものに変わるだろう。そうなれば、ボクはササキシュウから殺されかねないし、ダンテやアリサから顰蹙を買う……そういうわけだ、防御面はボクに任せておくといい。君は思う存分、彼を倒すために剣を振るうんだ」


「は、はい……」


 降り注ぐ光線をどうにかしようと、シルヴィアが腰を沈め跳躍態勢に入り──だが、メリルがそれを阻止した。シルヴィアにとって、断りづらい三人を会話に入れられた事によって、これ以上強く言えなくなってしまう。


 ──そして、流れ来る全ては、街に降り立つ前に、その全てが消え失せた。まるで、どこかに消えてしまったかのように。


 だが、結局はそっちの方がいいのかもしれない。


 シルヴィアが来るまで、メリルは一人で『色欲』の簒奪者を押しとどめていた。それはつまり、シルヴィアが知らない『色欲』の権能の必勝方法を知っている可能性も否定できない。


「ああ、ところで」


「──?」


 どうやって、あそこまで剣を届かせようか、などと考えている最中──ふと、思いついたようにメリルが口を開いて。


「シルヴィア。君はどれくらい上に跳べる?」


「たぶん、あの人に届くぐらいまでは」


「そうか……なら、少し小細工を弄そう。もしも、彼が本当にベリアルの能力をコピーできているのなら、正攻法では絶対に勝てないからね」


「分かり、ました……!」


 剣を握る手に力を込めて、メリルの提案に頷き──覚悟を決める。人類の強敵になるであろう、あの敵を倒すための一撃。それを、振り切ることを。





「──っ!!」


 足に力を込め──地面にひびが入るぐらいの力で、思い切り跳躍した。


 真上に進む速度でもって、風を避け、大気を裂いていく。音が置き去りにされて、上に進んでいくにつれ肌を撫でる空気が冷たくなっていく。


 上空500メートル。サジタハの街が小さく見えるほどの標高で、しかし近づかせまいとその怪物は光線をシルヴィアに向けて放ち──。


「決して、その選択は間違っていないよ。いくら『英雄』であろうと、その光線だけは防げない。喰らえば終わり。そして、跳んでいる以上避けようがない。──が、忘れたか? 君が戦っているのは、『英雄』だけではないだろう?」


「──ッ!?」


 ──しかし、光線はシルヴィアに当たる前に、その姿を消した。


 相殺、などではない。完全なる消失、と見えたかもしれない。だが、種明かしされているシルヴィアにとって、特段驚く事象でもなかった。


 ──『賢者』メリルが長年かけて編み出した究極の魔法。空間転移魔法。それの応用だ。


 ある座標に光線を集めたところで、メリルがそれを相殺させる。これで、防御面は完璧。だから、あとはシルヴィアが決着を付けるだけである。


「──ッ!!」


 音にならない咆哮がシルヴィアの喉から迸り──遂に、『色欲』の簒奪者の場所まで到達し。裂帛の気合と共に、剣が弾かれるように振り下ろされた。

 

 ──奥義、残花絶刀。


 ダンテがシルヴィアに教えた剣技の一つであり、彼曰く──兜割りの用法だと言う。上段から振り下ろすことで、相手の防御をねじ伏せる剣技だ。とはいえ、これには正確性と同じく技量、また力が求められるものだ。


 ダンテはこれを、力と技の両方でやってのけた。ずば抜けた力でもって、強引に成功させたと言っても過言ではない。


 ──だが、シルヴィアでは不可能だ。ダンテと違い、素の力がない以上ダンテと同じでは永遠にこの建議を使えない。だから、ダンテとは異なる観点からシルヴィアは残花絶刀を完成させた。


 ──技量。ダンテすら上回るほどの正確さで、それを完成させた。


 上段からの一撃。地面すら容易く抉るほどの一撃が、『色欲』の簒奪者に迫り──。


「無駄だ。『英雄』」


 しかし、シルヴィアが繰り出した技は当たることはなかった。そう、消えたのだ。シルヴィアが攻撃しようとしていた相手が掻き消えた。


「違う……これは、私が移動してる……ッ!?」


 周りを見て、気付いた。先ほどよりも標高が下がっている。


 つまり、相手が消えたのではなく。シルヴィアが移動させられたのだ。何らかの方法によって、シルヴィアの必殺が回避されてしまったのだ。しかも、シルヴィアは翼が生えているわけではない。ここから落下するだけ。


 ──つまり、またここに来るしかないが、それでも再び同じような何かをされれば、シルヴィアの攻撃は当たらない。


 ここに来て、最悪の展開だ。だって、当てられる攻撃が存在しない以上、どうやって倒すと言うのだ。


 そんな絶望に塗れながら──落下していった。





















「もっと、だ。もっと、もっと、もっと──!」


 自らの中で湧き出る感情を、痛みを抑えながら、『色欲』の簒奪者は叫ぶ。


 この世の理不尽を恨むかのように。摂理を許さないかのように。それに抗ったとされる悪魔の姿に成り果てて、それでもなお復讐を望む。


「まだ、もっと、力がいる。よこせ、『色欲』!! それでもって、俺の復讐を完遂するのだ!!」


 もう、止める者はいない。存在しない。最後の切り札であったシルヴィアも、攻撃方法がなければ意味がない。つまり、封じたと言っても過言ではない。


 唯一、止められる術を持っているとすれば、それは今なお地上で佇んでいる『賢者』だけだ。『賢者』に対してだけは油断するなと、勘が告げているのだ。


 光線を防いだり、消したりだったりと、まるで手品のような感じだが──それでも、人の身では防げない光線を防いでいる時点で、危険なのには変わりない。


 だから、警戒に値するのは『賢者』だけ。地上に鎮座するかのように待つ、『賢者』にさえ気を配っていればいい。それだけで、彼の復讐は完遂される。


 ──それに、恐らく気づいていまい。


 彼が無策で光線を放ち続けていると思っているならば、もう彼の勝ちは揺るがない。なぜなら──。


「『賢者』が一つ一つを防いでしまうのなら、防げない光線を放てばいい。それこそ……この街を覆うほどのな」


 それで、残るのはササキシュウだけだ。彼に関してだけは、『冥王の眷属』という役割が当てられているため、変化しない。が、ササキシュウ一人で何ができると言うのだ。自らを卑下し、何の力もない少年に、一体何が。


「そうだ……あの男には何もない。あるのは、仲間を頼ることだけだ。それ以外に、やつに勝ち目などない」


 ──本当に?


 ──本当に、大丈夫なのか?


 そんな予感が、よぎる。そう、そうなのだ。何もないくせに、何も出来ない癖に、それでもあの男は立ち上がろうとする。力があるとかないとか、そういう次元ではない。しつこいのだ。勝つことを諦めず、戦うことを選ぶ。


「いや……こいつに関して考えるのは不毛だ。考えるのは、あとでいい」


 そう言って、再びさっきと同じ作業を行うために下を見て──。


「まだ、来るのか? 無駄だと、味わったばかりではないか」


 ──再び、同じように『英雄』が跳躍してくるのが見えた。計算するに、『色欲』の簒奪者に届きうるほどの跳躍だ。さしもの彼も、人体を超越したその跳躍に思わず舌を巻かずにはいられない。


 だが──これでは先ほどと同じだ。同じように、幻覚を見せられて、途中で落ちていくだけ。


 そして、先ほどと同じようになって──。


「さて、ここで一つ種明かしをするとすれば」


「──?」


 シルヴィアが下に落ちていく中──聞こえるはずのない声が、まるで耳元で囁くかのように聞こえて。


「ベリアル……まあ、終末戦争(ラグナロク)において、文献が残っている数少ない悪魔の一柱だが……その能力は、派手でなくむしろ地味だったらしいね。例えば、人に幻覚を見せたり、嘘をついて敵の軍勢を疑心暗鬼にさせて、壊滅させたり……そう言うことに関しては、一級品だった」


 だが、あくまで、彼はベリアルではない。『色欲』の権能を使って、ガワを被せてコピーしただけ。


「そして、かの悪魔には……権能、というか、持って生まれた加護があるんだ。それは、魔法を全て弾く加護……かの大悪魔には幻覚は効かないし、嘘も通用しない。……だけど、君はそれがない。つまり、君には効くと言うことだよ、幻覚魔法が」


「──な、に……!?」


 それを聞いて、再度落ちていく『英雄』を見た。


 髪が揺れて、表情が見えないものの──完全に『英雄』のそれだ。騙されているといった感じはないし、幻覚魔法をかけられているという感覚はない。


 だから、それらを嘘だと割り切って──。


「奥義──桜舞」


 ──恐るべき魔力を孕んだ何かが、彼の後ろを取っていた。


 紛れもない、『英雄』。桃色の髪に、マフラーに、白の服。どこからどう見ても、シルヴィア・ウォル・アレクシアだ。だが、だとすれば、現在進行形で落ちていっている『英雄』は、一体──。


「言ったじゃあないか」


 口を開く。落ちていく、『賢者』の口から、憎たらしい声が聞こえた。


「君では、及ばないと」


「『賢者』ぁぁぁぁあああああああああああああ!!!」


 最初から、仕組まれていた。何もないと思わせて、策を講じていた。最初から、これだけを狙っていたのだ。最初の無謀も、この時の布石。途中で感覚が少しおかしくなったのも、布石。


 だが、考えている暇などない。


 『英雄』の──最大にして最強の攻撃が、『色欲』の簒奪者に迫り──。


「お、ぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおッッッ!?」


 そして、防御に回した翼すら破壊し──絶大な一撃が、彼に叩き込まれたのだった。

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