41話 決着の時は近く
「宣言しよう。──君では、ボクに及ばない」
時は、そこまで巻き戻る。メリルの杖が振るわれ、『色欲』の頭上に轟雷が降り注ぎ──。
「はは、マジか……」
だが、それを『色欲』の簒奪者は軽やかに避けた。
そのことに、メリルは内心舌打ちをかましつつ、しかし攻撃に移らせないように次々に雷を打っていく。
──翼だ。簒奪者に生えた翼。それこそが、メリルの魔法を躱せる秘訣。
メリルも一応は人間の構造だ。だからこそ、魔法なんかを使っても翼を生やすことは出来ないし、浮遊魔法はあっても、あのように飛ぶことは出来ない。
「ち──」
「行け、光線」
翼に対処しきれない内に──『色欲』の簒奪者はにやりと口角を曲げて、生じた隙に付け入るように、未だ避難しきれていない住民達を狙って、光線が放たれた。
メリルはそれを防ぐために、転移魔法を使って光線を防ぐように立ち回って──。
「当然、そう来るよなあ?」
「ち、これも予想通り、か……」
だが、それを見計らったように。いや、分かり切っていたかのように、『色欲』の簒奪者は突っ込んでくる。爪をチラつかせ、獰猛な笑みを浮かべて突進してきて──。
「ライトニング」
轟雷が、『色欲』の簒奪者を近づかせなかった。
メリルが編み出した、圧倒的威力にして、魔力を使わない魔法。彼女が何千年もの時を経て作り出した、ある意味で言えば彼女の努力のたまもの。
「ああ……くそ、鬱陶しい魔法じゃねえか」
「流石にこれ破られたら泣くよ? これ、何年も頑張って作ったんだから」
「何年……じゃ、済まされねえだろうが。永遠を生きるお前だからこそ、許される所業だろうよ」
永遠の生、即ちそれは永遠のトライ&エラーを繰り返せるということ。魔法式の解読、使い方から何から何まで。全てを繰り返し、最適を導き出した、彼女だけのオリジナルだ。
無論、無敵と言うわけではないが──それでも一応、彼女の切り札的存在ではある。ただし、何番目なのかは誰にも教えていないのだが。
「なあ、『賢者』。お前は、人間を殺したいと思ったことはねえのかよ」
「なんだい? 急に」
「急……ってわけでもねえ。俺は、ずっとお前に聞いてみたかったんだよ。……あるだろう? なにせ、人間はつまらねえ生き物なんだから」
「うん……そうだけど? 悪いけど、ボクという存在に、この世を生きるすべての良し悪しを解いたところで無駄だよ? 人間のような死生観なんて持ち合わせていないし、そもそも、ボクは人間と言う生き物には興味がないからね」
「なに……?」
「君が何を言いたいのかが、ボクには理解できないが……きっと、あれだろう? どうせ、人間達に失望でもしたんだろう? ──ああ、その気持ちはようく理解できる。だって、それはボクがいつだって感じていることなんだから」
顔をしかめる『色欲』の簒奪者に向かって、メリルはそう告げた。
──メリルはこの世界が大嫌いだ。何度同じ場面に遭遇しようと、彼らは同じ選択しかとらない。いや、選べない。自分の意志で選んだと思っていても、結局その選択は誰かの意志が介入している。
──自分の選択は、ない。故に、世界は必ずこうなる。いや、こうなることを決定づけられている。
──それが、メリルには許せない。
人の数だけ願いがあって、未来があっていいのに、だが、それすら許されない世界。誰もがそれに疑問を抱かずに、平然と暮らす世界。
──どうして、嫌悪感を抱かずにいられるだろうか。
腐っている。どこもかしこも、メリルには腐っているようにしか見えない。固定概念に縛られ、誰かが決めたシナリオでしか動けない。再度言おう、だからメリルはこの世界が嫌いだ。
「なら……!」
「結論を急ぐなよ。……だけどまあ、人間をどうこうしたい、なんて思ったことはないかな。だって、いつだって同じ失敗を繰り返す者達を、どうして気に掛ける必要があるのかな?」
「──」
無関心、無頓着。
それこそが、メリルが人間に対して抱いている感情だ。例えば、とある空間に二人の人間を置いて、もう片方を殺せ、と命じたとし、それを何回も何十回も何百回も繰り返してみよう。
──結果は、変わらない。百回なら百回、千回なら千回。全く、寸分狂わない結果が、そこには待っている。
ならば、期待を抱く価値もない。希望を見る価値もない。生きられる道を限定され、可能性を閉ざされた種族に、メリルは今更拘泥する必要もないのだ。
「──なあ、気付けよ。『色欲』の簒奪者」
「なにを……?」
「本当は、薄々気が付いているんだろう? 本当は、分かっていることなんだろう? 認めればいいじゃないか。──本当は、人間が嫌いではなく、好きなのだと」
「なん、だと……!?」
『色欲』の簒奪者の顔が怒りに染まった。それに呼応するかのように、背中に付いた翼は更に禍々しく変貌し、魔獣のそれに変わっていく。
だが、メリルはそれを一切気に留めないで。
「当然だ。もしも、君が本当に人間に絶望したというのなら……君は既に人と言う種族に拘泥しないはずだ。無関心になって、とっくに籠っている。人の世、人情ってやつをくだらないって思っているなら、とっくに感情を失くしている」
だが、『色欲』の簒奪者はそうではない。むしろ、感情がある。人間に対して、怒り、悲しみ、苦言を呈し、自ら裁こうとするほどに。
──普通、人間と言う種を見限ったならば、そんなことはしない。勝手に滅びろと、興味を失くすはずなのだから。
「ほうら、これで分かったはずだ。嫌いの反対は好き。……それってつまりさあ、君はまだ、本当の意味で見限っていないわけだ。だって、君はまだ拒絶を見せていない。まだ、もしかしたら。改善の余地があるかもしれない。……考えてみてほしいんだけど、人を裁くってさ、人類を、この世界が好きだったからできるんだよね」
「……いいや、詭弁だ」
「詭弁であろうとなかろうと、ボクはそれを真実だと言い続けるよ? 君は人が好きなんだ。どうしようもないくらいにね。……ああ、なるほど。君は認めたくないんだね。自分が大嫌いで、人と言う種族が、どうしようもなく、大嫌いだから」
「そうだ。だから、俺は全員殺す。残るのは、二人だけでいい。それ以外は、この世界に居らない」
メリルの言葉を振り切るように。『色欲』の簒奪者は猛る。
変貌した異形の姿をフル活用し、『賢者』を噛みちぎらんと牙を研ぎ、引き裂かんと爪を伸ばして。メリルが撃つ魔法、そのすべてを躱すために翼を広げて。
「人類を愛することの裏返しが、滅ぼす事……ああ、なんと滑稽か……」
だが、メリルはその姿を憐れんだ。
自らを偽り、自らの本意ではないことをしようとする『色欲』の簒奪者に、憐憫を持って対処する。
──偽ることでしか、前に進めない愚者に。本意で語れない化け物に、終止符を与えることこそが、きっと、人の輪廻から外れ、人間と言う枠組みから外れた『賢者』の役目だ。
「死ね、人間!!」
迷いを断ち切り、人を化け物へと変じさせる光線が街中に降り注ぎ──しかし、メリルはその全てを撃ち落とした。
──これもまた、出来ない話ではないのだ。
『色欲』の簒奪者が放つ光線は、この世のもの──とりわけ、自らに対する悪感情を欠片でも持っている人間が作り出したもの、もしくは魔法では対処できない。だから、逆に考えればいい。
そもそも、メリルの魔法であれば、防げない事もない。ただし、空中で無限に放出されるのならば、話は別だ。いくらメリルであろうと、街全体を覆う防護結界など張れないのだから。
「まだまだぁ!!」
「ち──」
『色欲』の簒奪者が何度も光線を放つたびに、メリルは杖を振るい魔法を使って、光線を片っ端から相殺させていく。
──流星、とでも呼べばいいだろうか。
打ち消すたびに発生する音が街中を覆い、また光線の光が街の空を埋め尽くす──。
──埒が明かない。終わらない。これでは、決着がつかない。メリルが光線を打ち消すのに対処している以上、決着はあり得ない。だから、きっと、メリルの他にも、彼の終わりを見届ける者がいるのだろう。
──そして、それはやってきた。
光線を処理しているうちに、メリルに生じてしまった隙──それを、『色欲』の簒奪者は見逃さず、爪で引き裂かんとし、真っ赤な血が辺りにばら撒かれて──。
「全く……ありがたい、とは思うんだけど……流石に、君は予想外だったかなあ……」
「大丈夫ですか、メリル様」
──しかし、そうはならなかった。正しくは、メリルの体が引き裂かれる寸前に、剣が割り込まされたからだ。それも、一級品の剣。海に沈んでいた壊れかけの剣を、有名な刀鍛冶が三日三晩掛けて作り出した、至高の剣。
──イリアル王国の砦にして、古代より続く『英雄』の系譜。アレクシアの正統な後継者にして、ダンテの娘。シルヴィア・ウォル・アレクシア。『英雄』を引き継いだ、全てを終わらせる英傑。
「倒しましょう、『色欲』を!」
そして、舞台は完全に整った。『英雄』と『賢者』。あるはずのなかった、共闘でもって。暴走を続ける『色欲』の簒奪者を倒す。




