1話 書斎にて
「いや‥‥‥何が、少しでかいぐらいだよ。くそでかいじゃねえか!」
屋敷の入り口に馬車が止まったとき、思わずシュウはそう叫んでしまった。
その叫びにシルヴィアも苦笑を隠せない。
いや、本当にシルヴィアの言葉を信用しなくてよかったかもしれない。あの言葉をそのまま信じていれば、喋ることなんて出来ず、呆けてしまっていただろう。
「あはは、そんなに驚くかな?王城に比べたらそこまでじゃないと思うんだけど」
「いやいや、これは驚くしかないでしょ‥‥‥これを少しと言えるシルヴィアの心が分からない。つーか、比較対象が王城かよ‥‥‥」
もう、いろいろと突っ込みどころしかない。そもそも王城と比べてどうするのだ。王城は王族がその権力をひけらかすために──少なくともシュウはそう思っている──作られたのだ。それと比較するとは、意外とシルヴィアも天然が入ってるのかもしれない。
ちなみに先ほどの少女は会話に混ざる様子はなく、シュウとシルヴィアの会話を静観している。
「それにしたって、凄過ぎだろ‥‥‥ここまで手入れされてる庭とか初めて見たわ」
シュウの家にも庭はあるにはあったのだが、誰も手入れをせず、ほったらかしにしていた結果、草が生えすぎて、もはや、花など植えてあるかもわからないことになっている。
「そ、そうなの?ごめんなさい。私、自分の家しか知らなかったから‥‥‥」
肩をすくめ、謝罪の言葉を口にするシルヴィア。だが、べつに謝る必要はないのだ。そう、ダンテがこんなところに作ったのが悪いのだから。
なぜか、頭の中で豪快に笑っているダンテにすべての責任を擦り付け、シルヴィアのせいではないとなだめる。
「それで、シルヴィア様。そちらの方は?」
会話が終わったころを見計らい、先ほどの使用人がシルヴィアに話しかけてくる。
「あ、えっと。王都で知り合ったの。一応、私の恩人」
シルヴィアの紹介の中にさらっと恩人なんていう単語が入っていてシュウは目を丸くするが、シルヴィアは訂正するつもりはない。
その説明を受け、先ほどの使用人は頭を下げる。
「ご無礼をお許しください。シルヴィア様の恩人となれば、感謝してもしたりません」
ひたすらに平伏してくる。というか、そんなにされる覚えはまったくない。シルヴィアを助けたと言っても、結局、シルヴィアには恩を返せていないのだから。
「名前はシュウ。成り行きから私の従者になったの」
そうシルヴィアから説明され、使用人は頭をあげ、
「そうですか。ありがとうございます、シルヴィア様。ちょうどほしかったんですよ。もう一人。──こき使える人が」
「おい。最後なんつった。お前、さっきまでのイメージ返しやがれ!」
使用人の最後の言葉にシュウは目を見張り、どなる。シュウが使用人に抱いていたイメージは清楚で裏表の少ない人だと思っていた。だが、最後でそれは覆された。
シルヴィアはその問題の言葉を聞いていなかったらしく、シュウの態度に疑問を持っている。そして、当の本人は。
「シルヴィア様の前で変な、何の根拠もない話をしないでください。首、へし折りますよ?」
さらっと危ないことを言ってくる。今確信した。こいつはシルヴィアの前では猫を被るのかもしれない。
「くそ‥‥‥物騒なこと言うんじゃねえよ!まじでそうなりそうで怖え!」
実際、ただものではないオーラが飛び出している。まあ、シュウとしても問題を起こす気はさらさらないが。
「待って。誤解を招くことは言わないで、ミル」
異常なほどの殺伐とした雰囲気にシルヴィアも察したのか、仲裁に入る。ミル、と言われた使用人は反省など微塵も籠っていない声で謝辞を口にする。シュウもシルヴィアに免じて、おじぎ。
とりあえずはけんか勃発の目は詰まれた、はずだ。
「じゃあ、中に入って話をしようか。ミルも仕事が終わったら来て」
使用人は頷き、庭のほうへと進んでいく。
「シルヴィア。もしかして、庭の手入れって‥‥‥」
「そうだよ。ミルが全部してるの。朝早くから大変そうだったから、一人ぐらい欲しいな、って」
なんてことだ。シルヴィアにはめられたらしい。それで起こる気はしないのだが。
シュウは一度、屋敷の前に広がる広大な庭を見回す。
この量を一人で手入れだ。大変、なんて言葉で片付けられるものではない。
「これ、俺が加わっても大した戦力アップにはならない気がするんだが」
事前にシルヴィアにはシュウの家事能力のなさを説明してある。それでなくともほかの仕事もあるのだろう。シュウという素人がいてはその仕事が倍になる可能性もなくはない。
「大丈夫だよ、たぶん」
そのまま、シルヴィアとシュウは屋敷の中へと入っていった。
屋敷に入ってみれば、そこは広間だった。天井にはかなりの大きさのシャンデリアがあり、壁際には暖炉や、ソファなども置かれている。床には絨毯が敷かれており、触ってみるに汚れの一つもない。
しかし、これだけの屋敷があるにもかかわらず多くの人が住んでいるようには感じない。
「なあ、シルヴィア。ここに住んでるのって、さっきの人と、シルヴィアだけか?」
「うん。ミルと私と、たまに師匠が来ることもある。なんか昔の知り合いを呼んで朝まで飲んでることもあるよ」
ダンテが呼んでくる知り合いは数に入れないとして、この豪勢な屋敷にたった二人、もしくは三人だ。無駄遣いなことこの上ない。
というか、ダンテ自体王都で会ってから一度も見ていない。シルヴィア曰く、放っておけば勝手に戻ってくるそうだ。どこの遊び人だろうか。
「こっちだよ」
シルヴィアに呼ばれ、後ろについていく。
長い廊下だ。そこもきっちりと掃除は行き届いており、ミルという人の能力の高さを思い知る。特に廊下については語ることはない。屋敷、というのだから、肖像画とか有名な絵とかがあってもよさそうなのだが、ここには一切なかった。
そこをシルヴィアに聞いてみたところ、絵は毎回ダンテがどこからか持ってきて、廊下などに飾るが、ミルが処分してしまうらしい。まあ、絵があったところでシュウにその価値など分からないので別にいいが。
結構な距離を歩き、ようやくシルヴィアは部屋の前で止まる。
「ここは‥‥‥?」
「書斎。毎回師匠が使ってるんだけど、いつもいないし大体話をするときにはここでしてる」
書斎と言えば、様々な本が置いてあり、仕事をするイメージである。だが、この部屋の主はダンテだ。本があるとも思えないが。
扉を開けた先にあったのは、大量の本棚だった。端から端まで本棚で埋め尽くされている。ただ、右端の本棚だけが完全に埋まってない。
「おいおい‥‥‥なんか、この屋敷に来てから、驚かされてばっかりな気がするぜ」
「確かにこの本の数は異常だもんね」
窓際に行けば、しっかりとカーテンで閉め切られており、明かりも先ほどの魔法道具の高級版だと見て取れる。確かに書斎っぽい雰囲気を醸し出すのには成功しているが、やりすぎも注意かもしれない。
「この本てどっからもってきたんだ?」
「確か、王様から一か月ごとに送られてくるんだ。師匠の事だからいつも読まずに本棚に片っ端からしまっちゃうけど」
どうやら、この本の元は王様かららしい。しかし、ダンテはそれを読まず本棚に直行とか、命が大切ではないのだろうか。そのうち、不敬罪だとか罰が下されないかを祈る。
ただ、シュウの世界でもこういう書斎での本はステータスに値するため読まないで、置いてあるだけというのも珍しくはなかったそうだが。
シルヴィアは無駄に多くおいてあるソファに腰かけ。
「じゃあ、ここでミルが来るのを待とうか」




