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幕間 ローズ・ウェルシア

 ローズと言う女性は、親の顔を知らない。なぜなら、捨てられたのだ。名前を付けられて、その後捨てられた。別に、そのことをとやかく言うことはしない。どこだって、苦しいのは変わらないのだから。


 そして、とある人物に拾われた。その結果。


 ローズは、暗殺者として育てられた。


 とある人間に拾われて、その先が暗殺者養成機関。つまりは、各国からの依頼を受理し、手を汚させるという機関だ。


 だが──ローズは、別にその空間が嫌いなわけではなかった。


 生まれてから愛情を向けられたことはないものの、それでも、訓練を欠かさずにやれば食べ物は食べられた。生きるために、汚い事をやらなくても済んだ。何より、生まれて捨てられて拾われたのが、その組織だったからこそ、故郷、のような感情も湧いた。


 とはいえ、幼い頃だ。あまり、覚えていないのもまた事実ではあった。


 組織では、一定の年齢──5歳以上になると、依頼に駆り出される。そこに、例外はない。まず最初に、強者と行動を共にし、その仕事姿から暗殺の仕方を学ぶ。


 二回目からは、一人。たった一人で見知らぬ土地に放されて、情報収集や何から何まで全部一人で行う。情報を収集するのを怠ったり、投げ出してしまえば、情報不足で死ぬ。組織は、基本的に自らの手を離れた子供たちに執着しない。あくまで、育てたけど、管理は自分でやれというのが組織だ。


 ローズもまた、慣習に習い、一度目は先輩と共に、二回目からは自分一人で。時には自分を騙り、身寄りのない子供を演じたり、持ちうる全てを使って、暗殺を行った。


 自分で言うのもなんだが、同期の中では最も優秀、だったと思う。


 同期の誰もが脱落するような訓練を涼しい顔でやってのけ、大人ですら音を上げるような訓練に交じり、血反吐を吐く人生。


 ──壊れている、と言っても過言ではなかっただろう。5歳にも満たない子供が、そんな風に達観しているのは、さぞかし気持ち悪かったに違いない。


 壊れているからこそ、自分は何も感じなかったのかもしれない。いや、感じたものはあったのかもしれないけど、とっくに消え失せてしまった。


 ──最初に、自分の手で人を殺した時。なんら苦しくもなかった。ただ、そこにあるのは、目の前の人物を殺したという事実だけ。罪悪感なんて湧かなかったし、そこに吐き気などもなかった。


 ──きっと、そうしなければ生きられない、というのはその頃ローズの心をよぎっていたのだろう。成功しているうちは、大人達に歓迎されているうちはいい。でも、いつそれが途切れるかは分からない。だから、義務しかなかった。義務で、ローズは人を殺していた。


 ──時代は、史上最大の戦争と謳われた魔族との抗争の数年後。当然、混乱は必須だ。世界情勢は狂いに狂い、暗殺を求める声も少なくはなかったのだ。


 だから、ローズは何度も殺した。義務と言う機械的感情だけで、人を殺していった。


 短刀を刺すたびに、流れ落ちる血がローズの頬を伝う。なのに、何も感じない。感じるのは、温かさだけ。それも、冷たさにある温かさ。殺人と言う先にある、温かさだ。


 ローズ・ウェルシアには、暗殺と言う仕事が一番向いているのかもしれなかった。なぜなら、機械的に人を殺せる人間など、そうはいない。彼女の同期の殆どは、最初は悩まされて、顔をぐちゃぐちゃにしていた。だけど、彼女はそうはならない。なぜなら、彼女には愛情がなかったから。愛情を向けられた事なんて一度もないから、死に行く人間の気持ちなんて何一つ分からなかった。


 ──その日も、いつものように、彼女は普段通りに潜入し、寝ている人間の首を掻っ切るだけだった。なのに、気付けば。


「……っ!?」


「おーおー。こんな小っちゃい嬢ちゃんが、最近世間を騒がせてる殺人鬼ってか。おっそろしいねえ、世の中ってもんは」


「わた、し…‥なんでっ」


 組み伏せられていた。為すすべなく、抵抗する間もなく、ただ圧倒的に。地面にうつ伏せにさせられ、その上に腕を掴んで組み伏せているのは、茶髪の人間──人間側の希望『大英雄』ダンテ・ウォル・アルタイテ。


 ──ようやく、頭に昇った血が下がり、現状を把握することが出来た。要するに、負けたのだ。それこそ、赤子のように捻り潰された。感慨はない。どうせ、いつかはこうなると思っていた。だから、自分が生きることも、死ぬことについても、執着を見せたことは一度もない。ただ、自分がいつも殺した存在になるのだと思った時、どことなく嫌な感じがあった。それだけだ。それ以外には、何も感じなかった。


「ダンテ……やりすぎだ。怯えているぞ」


「げっ……マジじゃん。もう泣きそうじゃん。あれ、これって、俺幼女泣かせたってことになるの? もしかして、俺死刑?」


「戯言はよせ……」


 目の前で何らかのやり取りを続ける中──ローズはただ疑問を頭の中で訴え続けていた。


 泣きそう、とはなんだろうか。どんな感情がトリガーになって、泣きそうになるのだろうか。思い返せば、彼女が殺した人物は一様に泣きながら懇願してきた。だけど、ローズはそれを理解することは出来なかった。だって、分からない。いつかは死ぬ命なのに、なぜ生き永らえようとするのか。多くの死に慣れ親しみ、見てきたからこその答えだ。


 なのに、泣く? 泣きそうに、なっている? それはつまり、ローズ自身が死を惜しんだことになる。それは、ない。絶対に、ありえない。あってはならない。


 それはだって、ローズはいつだって俯瞰してきたはずだ。主観になっていけない、俯瞰のままでいい。物語を紡ぐのではなく、傍観者のはずだ。だから、自分に執着していいはずがない。なのに、なんだこれは。なぜ、涙が頬を伝う。なぜ、喉が引きつる。なぜ、しゃくりあげそうになっている。


「さて、ダンテ。いい加減に起こしてやれ。私としても、これ以上幼子の泣き顔を見るのは、忍びない」


「わぁーったよ。ほれ、立てるか?」


「──んで」


「うん?」


 頭を掻いて、手を差し伸べてくるその人に向かって、ローズは無意識のうちに呟いていた。


「なんで、私は……泣きそうに、なっているの……?」


「そりゃ、お前……死にたくないからだろ?」


「死にたく、ない……? それ、なんなの……!?」


 分からない。理解できない。そんな感情は設定されていない。教わっていない。苦しみも、悲しみも何もかもないはずなのに。なのに、なぜ私は人間のように泣いている──!


「暗殺者……君は、本来であれば、死ななければならない存在だ。子供と言うことを差し引いても、君は人を殺し過ぎた」


「なら──」


 もう、殺してほしかった。心の苦しみも、悲しみも、理由が分からない感情も、何もかも要らない。悩む必要なんてない。だから、楽にしてほしかった。なのに、その金髪の男性は──。


「だが……君は、それでは罰にならないらしい。死ぬことではなく、生きることで、罰を感じろ。自らが犯した罪の重さを、噛み締めろ。君が存在できなかった世界で、君はこれから生きていく。眩しくて、輝かしくて、君の住んでいた世界とはおおよそ違うのかもしれない。だが……それが、私から君に送れる最大の罰だ。そして、大いに悩んでくれ。罪とは何なのか。それを理解することこそが、まず第一歩だ」


「──?」


「よーするに、死ぬことで楽になるんじゃなく、生きることで苦しみを味わって行けってことらしい。厳しいねえ、ダリウス?」


「全く……あまり、騒がしくしないでくれ。家臣が目覚めたら面倒だ」


 その日──ローズ・ウェルシアは罪を背負って生きていく事になる。とはいえ、その罪を理解するのは、まだ当分先になるのだが──。



 それからは、激動だったと言えるだろう。


 ダリウスによって、急遽ダリウス専属の近衛兵にさせられた挙句、ローズは生かされた。その理由も分からないまま、だ。正直に言えば、殺してほしかった。胸を刺す痛みから、逃れさせて欲しかった。結局、そうはならなかったが。


 一年、二年と過ぎても──ローズは何も理解できなかった。


 いや、確かに、ローズでも考え付くことはある。例えば、今まで人を多く殺してきたとか。情けなく、躊躇なく殺してきたとか。だけど、彼の言う罪はそのどれでもないと、その度に言われる。


 ──そして、ローズが15歳になる頃。ローズがイリアル王国に仕えてから、約7年後。人間が使っている暦では、2984年。


 時は動き出す。


 サジタハと王国間で行われている、少し前から始まった定例会議。そこに、ローズもダリウスの護衛として付いて行く事になったのだ。正直、ローズは外に出たくはなかった。なぜなら、いつ、裏切り者である自分に刃が剥くのか。いつ、自分が浸っている日常が壊されるのか。気が気でなかった。


 だけど、気が付いた。


 自分はこんなにも、日常を想っていただろうか、と。何も変わらない光景、いつまで経っても変わらない世界。眩しいとは思えど、そこに住みたいと、奪われたくはないと思ったことはなかった。


 もしかしたら、これこそが、罪なのではないか。ローズの、罰に繋がるのではないのか。そう、心が訴えてやまなかった。


 道中、一体の魔物と遭遇するが、ローズは難なくそれを撃退し──そして、サジタハの主要都市に入り、星が瞬いた夜に。


 ローズは、一人の男性と出会った。ローズを負かし、今の状態に持ってきたダンテと同じような、いやそれよる少しほど薄暗い茶髪の少年だった。


 どちらが先に気づいたと言われれば、彼の方だっただろう。ローズが気づいたのは、その後。少年の視線によって気づくことが出来た。


「初めまして……あなたは、どこから来たのかな?」


 それが──後に、彼女が好きになる男、アキレウス・ウォルターとの出会いだった。


 率直に言おう。アキレウスとローズは……すぐに仲良くなった。他愛もない話を繰り返し、星が瞬いている夜に何度も再開し、絆を深めていった。その際、彼の護衛とも呼べる男とも親しくなったのを覚えている。


 ある日、彼女は悩んでいた。いつものように、仕事が終わって、星を眺めながら心によぎる痛みの正体を知りたいと願っていた。


 それは、アキレウスと言葉を交わすたびに大きくなっていって──。いずれ、それは以前のような痛みではないと、理解できるようになった。では、なんだろうか。アキレウスと交わすたびに大きくなるこの鼓動は。想いは。


「今日は、遅かったのね……」


「ああ……すまない。最近体調が悪くてな。護衛も走り回っているようで、今日は来れない。だから、今日は俺と二人きりだな」


「そう……」


 言われてみれば、確かにそうだ。最初に会った時よりも、顔はやつれていて、腕はほっそりとしている。まるで、何か寿命を奪われているような、そんな感じ。


「なあ、知っているか、ローズ」


「──?」


「この世界の果てには、それはそれは素晴らしい世界が広がっているという噂だ。なんでもある。氷の大地に、神秘的な島……ああ、いつか行ってみたいな、二人で」


「……私は」


 二人で、というのが、なぜか心に刺さった。なぜかは分からない。でも、凄く、心にしみこんでいく。まるで、お前にそれは許されないと言うように。


 塞ぎこむ彼女に、彼はローズが気に召さなかったと感じたのか、大慌てで懐から本を取り出しページをめくって──ようやく見つけたそれを、ローズの視界に写してくる。


「これ、は……?」


「花の楽園だ。辺り一面に、花が咲き誇っていると言う。いや、お前にぴったりだと思ってな。お前の名前も、花から取られたものだろうしな」


「花……から?」


 初耳だった。自分の名前が、花から取られているだなんて、知らなかったからだ。驚きに包まれる中、アキレウスは再度笑って。


「ああ……きっと、この名前を付けてくれたローズの親は、さぞかし悩んだのだろうな……それで、必死に悩んで、この名前を付けた。……愛されている、とは思わないか?」


「愛、されている……?」


 ローズは生まれてこの方、親と言う存在を知らなかった。なにせ、自分は捨てられたのだ。親の愛情から炙れ、要らない子供として捨てられたとばかり。


 だけど、違うというのか。この名前は、親が頑張って付けてくれたというのか。愛情を持って、育てたいと思ってくれていたのか。


 再度、心が痛む。お前には、それは要らない、と。あってはならないと。だけど、体は、脳は、それと異なった動きをしてくる。なぜか、込み上げるものがあって。


「お、おい? ローズ? なぜ、泣いているのだ?」


「泣い、て……?」


 怪訝そうに、それでいて困惑した顔で尋ねてくるアキレウスに、ようやくローズは顔を覆う温かさに気づいた。涙が、伝っていたのだ。だけど、この涙は以前と違くて。どこか温かさを伴っていて──。


 愛情。ローズが、ずっとないと思っていた感情。与えられないと、思っていた感情。だけど、あったのだ。確かに会ったことはないけれど、それでも、思ってくれていたのだ。


「ねえ、アキレウス……」


「なんだ?」


「行きたいね、花の楽園」


「ああ……! 勿論だ」


 ──ようやく、分かった。


 この想いが何なのか。どうして、彼の笑顔が眩しく映るのか。どうして、彼を見るたびに心が疼くのか。


 ──恋。ローズは、アキレウスに恋をしているのだ。同時に、ようやく、分かった気がする。自分のしたことの、してきたことへの罪。その、重さ。


だから、きっと。それも、また、罰だったのだ。人が背負うにしてはあまりにも重すぎる非業が、ローズを襲った。


 ──サジタハ内での魔獣襲撃事件。実際は魔族と取引をしていた、100年前の王族の家臣、その跡取りが王を復権させるために起こした事件だ。だが、その実──白羽の矢は、別の人間に立てられた。


 そう、ローズが恋をした少年──アキレウス・ウォルターだった。今での情報を取り入れるならば、この事件で取り沙汰されたのは、アキレウス本人ではない。彼の護衛──ローズが道中で出会った魔物、否、魔族がアキレウスの名を擦り付けられ、事件が起こってしまったのだ。


 恐らくではあるが、魔物の取引を聞きつけたアキレウスの護衛が見つかって、罪を擦り付けられた挙句、アキレウス・ウォルターは魔族の手下である、などという汚名を着せられたのだ。


 つまり、事件は全て虚偽。アキレウスはただ巻き込まれただけであり、名前を騙られただけ。その魔族も、罪を擦り付けられただけ。しかし、現実は非情であった。


 ──この事件に対処できたのは、ローズただ一名。いや、その奥に隠された真実に気づけなかったと言うべきか。ローズが家臣を捕縛し、戻ってきたころには──もう遅かった。罪を擦り付けられた魔族が、逃げ場のない袋小路に追い詰められていたのだ。


 ──味方はできない。なぜなら、ローズもまた同じような罪になってしまうから。


 天秤にかけて──ローズは、彼を殺す道を選んだ。彼を殺し、アキレウスの名を復活させようと、した。


 だが、結果は──察しの通り。アキレウスもまた、魂の損傷によって、半永久的の眠りにつき、一生目覚めることはなくなってしまった。


 そう、他ならぬローズ・ウェルシアの手によって。


 その日ほど。ローズは自分の手を呪った日はない。愛情を思い出させてくれた人間を、恋を教えてくれた誰かを殺す事しか出来なかった。


 ──これが、ローズに返ってきた罰。彼女が犯した罪への、罰。


 その日から──ローズは、二度と笑わなくなった。だって、笑えば、誰かが傷つく。幸せを感じれば、奪われる。ならば、要らない。そんな感情は必要ない。


 そうして──ローズは完成した。











 分かってはいた。分かっていた。だからこそ、どうしても認められなかった。


 ──ローズ・ウェルシアはもう幸せになれない。それこそが、ローズ・ウェルシアに課せられた非業。


 何人もの人間を無感情に殺し、愛情という感情を踏み躙った代償。それを、ローズが味わうとは何たる宿命か。


 ──誓おう。もう、意味のない誓いだけど。効力なんてないけど。願いは、きっと彼女の中に残っているから。


 ──必ず、あの人の味方になる。誰から恨まれようと関係ない。誰に邪魔されようとも、関係ない。


 アキレウスが助け、ローズが殺した誰かへの、そして、アキレウス本人への、ローズが返せるたった一つのものだから。








「私は! 二度と、あんな思いをしたくない……! だから、私は彼に付いて行く。それこそが、私の償い」


 悔恨に塗れ、涙を流すのならば、もう二度と後悔しない選択を選ぶ。例え、その道が汚れていようと、関係ない。例え、それが自らの決断であってもそうでなくても関係ない。ローズは、彼らとともに歩む。


 それこそが、胸に刻んだ誓い。叶うはずのなかった願い。


 だから、ローズ・ウェルシアは退かないし、戻らない。この道こそが、彼女の選んだ結末。


「なっ……んだ!?」


 ──想いが、牙を剥いた。ローズ・ウェルシアという少女の、ちっぽけで、強烈な願いが。きっと、果てに願った想いが、シュウを殴ってくる。


 幸せになれない、罰、代償、償い、罪──。まるで繫がりのない単語だけど、でも、何を表すのかは分かった。


 ローズの想いに、願い。彼女が封じ込めていた、彼女の感情の奔流。それが、形となり、シュウに流れ込んでいるのだ。


 ──この世界は、そう言うことが起こりうる世界だ。意思が形となって、世界に影響を及ぼす。


 今この瞬間だけは、シュウはローズの全てを知った。簡易的ではあるが、彼女が何を思い、願ったのか。


 だけど……そんな選択を、シュウは許さない。


「ふざけるなよ……!」


 今日何度目かも知れない、歯を食いしばる音が鳴った。


 もう、間違えたくないから、これが私の罪だから。だから、だから、だから。


 ──違うだろう。そうじゃないだろう。でも、それでも、間違っている。シュウは何度でもそう叫ぶ。


「誰かに追従することが、償いだなんて、ふざけるな! それは、そんなものはっ、ただの思考停止だ! なんで、どうしてわかんないんだよ!? どうして、誰もが考えれば分かることから目を逸らすんだよ!?」


「──間違っている……!? それでもいい。私は、そうであっても!」


「間違えてるって分かるなら、止めてやれよ! 間違ってるよって、その道は間違ってるよって、なんで誰も言わねえんだよ!?」


 誰も言わずに、進めば──いずれ取り返しのつかない事態を招く。


 ──だから、止めろよ。シュウでは、止まらないのだ。あの男は、もう誰の声でも止まれない。止まるとすれば──あの男が唯一信じた、彼女を置いて他にいない。


「それを望んでるんだろうが! また、止めてほしいんだろうが! 間違ってるって、言ってほしいんだろうが! なのに、どうして、背を背ける!? 償い? 罪? 捨てちまえよ、そんなもの!」


「な──」


「笑えよ! 笑えばいいだろうが! 罪? 罰? 知った事かよ! 間違ってる、皆間違ってるよ!」


 気付けないのか。どうして、気付けないのだ。


「ローズ・ウェルシア! あんたの罪は、そうじゃないだろう!? 誰かのために準じるんじゃないだろう!? ──生きるんだ。あんたに殺された人間の分まで、きっと、それこそが! あんたに課せられた罰じゃないのか!?」


 ローズ・ウェルシアが殺した人間の感情を想い、彼らを忘れないようにして生きていく。彼女の罪は、きっと──。


「生きろよ! そんで、笑え! 幸福になれ! それが、輝かしい人生を奪ってきたあんたの、罰なんだ!」


「つ──」


「だから、一歩を踏み出せよ、歩めよ。誰かのために生きるんじゃなく、自分のために幸せになる一歩を」


「──」


 シュウの叫びに、一度、ローズは逡巡し──頭を振った。


 そして──一瞬だった。シュウの視界を、花々が覆う。


「さようなら、ササキシュウ。私は、私はそうであっても、私の道を曲げない」


「くそ……が……」


 そうして、シュウの意識は途絶えた。

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