25話 対決
ふと、その少女との出会いを思い出していた。
魔獣に追い立てられ、命の危機に瀕していた時に助けてくれた桃髪の少女。彼女の登場を祝福するかのように雲が晴れ、月の光が彼女を照らした。
王都での最初の事件。シュウと言う人間が、覚悟を決めた日。
だけど、ならば、今シュウの頭を占めている光景は、一体──。
◆◆◆◆◆
──そこは、華やかに彩られた建物だった。金色に塗られたその建物は四方に塔が立てられており、城塞と言う印象を受けざるを得ない。
シュウはこの世のものとは思えない建物に、一度だけ気圧されながらも、ここに呼ばれた少年は城塞と街を隔てている堀──そこに架けられている橋を渡る。
渡っている途中、騎士からは物凄く睨まれたが──気にするべきではないだろう。いちいち反応していては本題に入る前に疲れ切ってしまう。
何度も嫌悪の視線を向けられながらも、辿り着いたのはとある場所だった。まるで祭壇のような雰囲気を醸し出し、三段構造になっている──つまりは、謁見の間だ。
頂上に居るのは、ダリウス・イリアル。この国の王だ。
本来であれば凡人であるシュウ如きが会えるはずがないのだが、今回は特例だそうだ。
──騎士の称号すら持っていない一般人が、魔族を倒した。
あるはずのない番狂わせ。あってはならない出来事。この国最強である『英雄』──正しくは後継者なのだが──が間に合わず、血祭りに上げられていた村を救った。
これが、少年──この世界に転移し、大した能力を持ち合わせなかったササキシュウと言う人間が成した功績であった。
これを認められ、こうして王城にまで招待されたわけだ。
魔族を退け、人命を守った人間が無名でいいはずがない、と言った思惑合っての事だが、別にそんなことはどうだっていい。
そんな風に、部屋を見回して──目を奪われた。これはあまりにも一方的な出会い。実際に言葉を交わすのはもっと後。だから、フライングのようなものだ。
──まるで、天使のような少女だった。桜のような髪、サファイアに輝く瞳。腰に付けている剣が異物のようにすら感じられるほどの、武と言う言葉からは程遠い少女だった。
その瞳は、何かを憂えているようで──。
「が、っ……」
痛い。頭が、酷く痛い。頭を抱え、蹲ろうとも収まることのない痛み。針を突き刺されたかのような痛みが連続的に頭を襲い、それはとどまることを知らない。
「な、く、ぁ……っ」
しまいには頭だけでは飽き足らず、全身を痛みが襲って来る。視界は歪み、崩れ、まるで存在してはいけないように空間が解け始めて──。
「なに、が……」
『見ちゃ、ダメですよ。思い出してしまったら、貴方が貴方でなくなる……これは、誰も知らない物語で、終わってしまった物語なんですから』
懐かしい声──どこかで顔を合わせた事のある銀髪の少女の顔が思い浮かんで、そして消えて……。
「シルヴィア・ウォル・アレクシアよ。『英雄』としての責務を果たすのだ。そこの、逆賊を討ち果たせ」
「え……?」
ダリウス王の宣告に、シルヴィアは掠れた声で応じる。
未だ状況を掴み切れていないのだ、シルヴィアは。何か騒ぎが起こっているのを感じ取り、コロシアムまで来てみたはいいが、誰が敵で誰が味方なのかを知れていない。
ならば、どうするか。全てを打ち明け、シルヴィアにも協力してもらうか。
「いや……それは、ダメだ」
まさに最高の状況を、しかしそれだけはダメだと首を振る。
今、ここでシルヴィアがシュウに着くと言うことは、シュウと共に国に対して背を向けることになってしまう。その場合、被害を被るのはシルヴィア以外に居ないだろう。
「助けは呼べないって、言ったばっかりだろうが……!」
シルヴィアを前にして、覚悟が揺らいでしまう自分に喝を入れる。冷静に考えろ。どうすれば、状況を打破できるのか。
シルヴィアを味方にせず突破し、ダリウス王の下へと辿り着く。
──無理だ。不可能だ。出来るはずがない。
そもそも、シルヴィアがこの場に馳せ参じてしまった時点で、事態は詰んでいると言っても過言ではないのだ。
ならば、どうすればいい。状況は詰んでいて、どうすることも出来ない。アリスとの約束、シルヴィアとの誓い──。
それら全てを、考えて──。
「ちくしょう……ちくしょうが!」
シュウの奥で止まっている騎士から強引に剣を剥ぎ取り、シルヴィアの前に立つ。そんなシュウの行動に、シルヴィアは目を見開いて──。
「来い! シルヴィア!」
「──っ」
今の言葉に、どれだけシルヴィアの顔が歪んだのか、どれほど心が傷つけられたのか、そんなことは考えるな。
自分如きにシルヴィアが悲しむなどとは夢にも思うな。シルヴィアの中で自分が大きい存在などと思うな。そうでもしなければ、前に進むことすら叶わないのだから。
「っ、おおおおお!!」
地面に引きずるような形で剣を運びながら走り抜ける。シルヴィア目がけて進んでいく。どうせ当たるなど思わない。シュウは剣という技術に対してあまりにも無知なのだ。
だから、地面から這うような軌道を描いて剣を振るっても、当然避けられる。そのまま振り下ろしても、当然避けられる。
シュウなど、シルヴィアにとっては敵ですらない。ただの子供。扱い方も知らずに武器を振るっている馬鹿者に見えるはずだ。
シルヴィアならば、シュウなど一瞬で倒せる。ガイウスとは文字通り格が違う。ガイウスならば耐えきれた一撃でも、シルヴィアならば沈んでしまう可能性が高い。なにより、ガイウスの猛攻を受け今動けていること自体が奇跡に近いのだ。
なのに──、どうして──、なぜ──。
「なんで、やらないんだよ……」
「──」
「どうして、剣を抜かないんだ!? 今すぐに、俺を斬り捨てないんだ!?」
シルヴィアは、一度も攻撃しなかった。絶好の好機にも関わらず、剣を抜かないどころか反撃すらしなかった。出来たはずの事を、しなかった。
「俺の、仲間だって思われるぞ!? そうすりゃ、シルヴィアまで疑われんだろ!?」
「──出来るわけ、ない……」
「なんで……! 早く、やれよぉぉおおおおおお!!」
「出来るわけ、ないでしょ!?」
シルヴィアとシュウ。彼らにはあずかり知らぬことだが、城内の騎士にはまさに理想の主従だと思われていた。口論などせず、互いに思っている彼らこそが、理想に相応しいと。
そんな彼らが、激しく言いあっている。周りの目など気にせず、怒鳴り散らしている。普段絶対に感情を露にしないシルヴィアの大きな声に、アリスやガイウス、ダリウスまでもが驚きを隠さない。
「どうして、そんな道を選ぶの!? どうして、何も言ってくれないの!? どうして……!」
「──っ」
言いたかった。今置かれている状況を包み隠さず伝えたかった。こっちの味方になってほしい、と。
それは許されない。今回だけは、シルヴィアの力を借りるわけにはいかない。例え、今の関係にヒビが入ったとしても、頼るわけにはいかない。
「私の事、そんなに信用できないの!?」
「そんなの……!」
違う。違うに決まってる。そんなの、絶対にありえない。シュウが、彼女を信じないなど、世界が消えてもないことだ。
「くそ……くそ!」
時間をかけている暇はない。今は剣神を押しとどめているガイウスが、いつ決壊するか分からない。はっきり言って、剣神は強い。それこそ、ガイウス以上に。もしも、体力など損耗してなどいなかったら、結果は分からなかったかもしれない。
だが、今のガイウスでは及ばない。
「ちくしょう! なにもしないのなら、どけよ!!」
「言ってくれなきゃ、何も伝わらないよ……」
「──」
状況が最悪だった。彼女が乱入したタイミングが最悪だった。切羽詰まった状況でなければ、違った道があったかもしれないのに──。
「う、ぉおおおおお!!」
迷いを打ち消すように、何もかもを断ち切るように、吠える。剣を引きずりながら、必死に前へと進む。真横に一閃し、避けられないようにして──。
シルヴィアは、避けない。シルヴィアはただこちらだけを見つめて──。
一度だけ、見た。一度だけ、その姿を見た。
葛藤からか、その美しい顔を歪ませている彼女を見た。懸命に涙を堪えている姿を見た。
そして、思う。
──ああ、これが、選択の結果なのだと。
「ごめんね、シュウ」
それだけ呟いて、最早捕らえることが出来ない程の速度で抜き去った剣で、シュウの手に持っていた剣を弾き飛ばす。
正確に、剣だけを。だが、その勢いに押されシュウは吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
しかし、追い打ちは来ない。勝敗は決して、後はシュウを殺すだけなのに、しかし殺そうとはしない。
だから、この場に終止符をもたらすのは、恐らくは違う存在で──。
「さて、情勢は決した。勝敗はついた。ならば、相応しい終幕が必要だと、そうは思わないかい? ササキシュウ」
「『賢者』……メリル」
「ああ、そして、君に引導を渡す者だよ」
空中から舞い降りるのは、水色の髪の少女──メリル。人間より出でた、化け物。
彼女は虚空から剣を作り出し、シュウの喉元へと突きつける。
「これだけ騒がせたんだ。責任については言い逃れできないと思うけど。そこらへんはどう思ってるんだい?」
「まさか。生きて帰れるとは思ってない。……こうして、戦ったんだからな」
「覚悟は出来ていたと。なら、躊躇する理由はなくなったわけだ。ああ、それと、君の懸念であるガイウスについてだが、彼に関しては捕縛させてもらった。処分は後に下るだろうが、処刑にはならない。そこだけは、安心してほしい」
「……」
どうやら、唯一の懸念も見破られていたようだ。ガイウスを見れば、メリルが作ったであろう縄で縛られているのが見て取れる。そのまま殺されないようなら、安心だ。
あとは──アリスだ。彼女は泣きそうな顔でこちらを見ている。
助けたかった。でも、届かなかった。
本当に、申し訳ない。
「──メリル様、待って……」
「それじゃ、さようなら」
シルヴィアの制止がメリルに届く前に、剣は無慈悲に振り下ろされ、シュウの首を斬り捨てた。




