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23話 賭けるは己の信念、砕くのは敵の思想

 ガイウスの言葉に従い、周りに群がってきていた騎士たちや、ダリウス王が呼んだであろう傭兵たちもその動きを止める。


 中には冷酷や剣神などという傭兵などもいたが、逸話を知っていても本物を見た事のないシュウには気づけなかった。


 視線を上げれば、特等席でダリウス王はシュウの妄言の結末を見定めているのだろう。


 だが、そんな些細なことはどうだっていい。今視界に映るのはただ一人だ。


 膨張抜きに、誇張なしに、シュウを完膚無きにまで叩きのめした因縁とも呼べる相手。五人将の中で最も相手にしたくない男。


 騎士道をその瞳に掲げ、正義感をその立ち姿に現した正義の騎士。


 まるでお伽話にでも出てくるような白馬の王子様だ。──勝つしかない。


 正直、勝算など米粒程度だ。例えとしては地図も何もない砂漠でオアシスを見つけるぐらいの確率。天に餅でも描くようなものだ。


 しかし、ないわけではない。彼が感じている不満、最初に願った想い──それら全てがシュウの思い通りならば、まだ勝ち目は残されている。


 勿論、シュウの叫びを聞いて耳を傾けてくれる保障などない。


 だから、これも賭け。本当に、反吐が出る。賭けることでしか前に進めない自分が心底嫌になってくる。

 

「シュウ……」


 そんなシュウの姿を見かねたのか、それともシュウの心理でも見破ったのか、ただ単に心配なのかは知らないが、後ろからか細い声が聞こえる。アリスだ。


 守るべき存在であり、今シュウが命を懸けるべき人。


 シュウは一瞬アリスに視線を向け──心を決める。


 やる。例え、何度吹き飛ばされようと、何度叩き折られようと、何度でも立ち上がる。それしか、シュウにできることはない。


 最善を尽くす。かつて、黒髪の馬鹿者が自分に向けて言った言葉。つまり、自分が言った言葉。


 実際には最善を選んでいるつもりで、後手に回っていたけれど。最善を選んでいるつもりで、最悪の結果を招いていたけれど。


 だけど、絶対に退くわけにはいかない。


「し──」


 あくまでガイウスからは責め立ててこない。一応はシュウの面目を気にしているのだろうか。自分から提案しておいて、一撃も入れられなかったら恥ずかしいどころでは済まない。


 だから、あの時とは違って思い切り体を動かす。一日中動かしまくって、今まで散々こき使ってきた疲労が襲ってくるが、気にするものか。


 目指す。目指す。紫髪の青年を、自分が憧れた騎士を。目指し、一撃を加えてやるために。


「──手加減はしない。その目をしている限りは」


「が……っ?」


 一瞬だった。思考している暇なんか与えられなかった。ガイウスの声が届き、その意味を咀嚼する前に、まず自分の体が空中に浮かんでいる。


 思考が追いつかない。目の前で起きていることと、今理解できていることに差異が生じている。


(くそ……ふっ飛ばされた後か、ちくしょう!)


 迷っている暇はない。今優先するべきは自分がどんな攻撃をされたかではない。空中から落下する際、どうやって身を守るかで──。


「た、てぇぇぇええええええ!!」


 地面に撃墜する数瞬前、どうにか右手をかざすことに成功──いついかなる時もシュウを守ってくれた盾が顕現する。


 そのまま躊躇することなく盾を地面に押し付け、落下の衝撃を和らがせるために転がり──回転を利用し立ち上がって──。


「最早常人の理解速度を逸している。やはり、手加減は出来なさそうだ」


 またもや、シュウの行動を嘲笑うかのように耳元でガイウスの声が聞こえ──と同時に、ガイウスの拳がシュウの腹にのめり込む。時間を忘れたかのようにゆっくりと拳が捻られ──そのまま吹き飛ばされる。


 今度こそ、どうしようもない。これだけの速さで打ち出されれば、シュウに対処などできない。右手をかざす時間も、盾を生成する暇もない。


 受け身も満足に取ることも出来ずにコロシアムの壁へ激突──轟音をまき散らし、背中を強打する。余りの痛みに、意識を手放しそうになるが──。


(ばっかやろう! こんなとこで意識を失うな……まだ、終わってねえ……!)


 無理やりに意識を引っ張り出すために自ら拳を何度も叩きつけ、どうにか意識を保つ。まだ、終わってない。そう自分に発破をかけるが──結果は好ましくない。


 やはり、と言うべきか。


 ガイウスには実力では遠く及ばない、どころか遊ばれるほどの差がある。間には対岸の見えない崖が存在していて、きっと埋めることは出来ない。


「諦めることはしない。それは今までの経験則で学んでいることだ。だから速やかに意識を刈り取る」


 ガイウスを捉えきることに全力を注ぐ。意味のない行動だが、そうでもしなければやっていられない。


 だが──遅い。シュウの行動すべてが、一歩遅れている。シュウが向いた瞬間には、既にガイウスが懐に潜り込み、回し蹴りを放っていた。


 最早声を出す事すら叶わない。鳩尾にめり込む一撃に、今度こそ意識が朦朧としかけるがふっ飛ばされる感覚がどうにか意識をこっち側へと戻させてくれた。


 再度、打ち付けられ──為すすべなく、無様にしりもちをつく。


(予想していたけど……やばいな、これ)


 届かない。振り上げた拳も、放とうとしていた言葉も、何もかもが遠く及ばない。


「まだ、だっ……!?」


「知っていたよ。だから、次の手を打たせてもらった」


 鞘が、迫っていた。視界全体を埋め尽くすほどに、剣の鞘が近くに来ていて──。


「く、っそがあああああああ!!」


 どこにも逃げられない。例え横に逃げようとも間に合わない。ならば、取るべき選択肢は一つ。


 鞘に向かって、頭突きを展開。鞘に打ち付けられ、軽い脳震盪が起こるが──それでも、為すすべもないまま壁に頭をぶつけるよりはマシだ。


「こんの、いけすかねえクソ野郎があああああ!!」


 ここぞとばかりに叫ぶ。再度迫る鞘を避け、地面に倒れ込む勢いで回転──側転をし、立ち上がった。


「はあ……はあ……」


 時間にしてどれくらいか。永遠に感じられる攻防だが、まさに一瞬の出来事だっただろう。たったそれだけで既に息が上がっている。


 額を伝う汗を袖で乱暴に拭い、再度見据える。優雅に立つその騎士を。


(ちくしょう……手加減なしだとか言っておいて、まだ上があるだろ……剣だって、ろくに使ってねえくせに……)


 今の攻防で剣は抜いていない。単なる体術だけで死に損なった。


 今のやり取りだって、どこか対応を間違えていれば敗退していた。紙一重だ。何分、考える力だけは、頭の回転の速さだけならばガイウスにも負ける気はない。


 正直そこで勝ってどうするんだと言いたいところではあるが、言っても仕方ない。


(震えんな……! よく見ろ、絶対に目を離すな……勝てない事ぐらいは分かってるんだ。だから、ほんの少ししかないチャンスを生かすしか道はない……!)


 彼我の能力の差を知って、どこかで挫けそうになってしまう心を再起させ動く。足を前へとだし、走り出す。


 ガイウスから見れば、それは余りにも緩慢で遅い動きに見えた事だろう。シュウとガイウスの間の基礎能力にどれだけの開きがあるかは知らないが、それでも絶対的な開きはある。


 どれだけ策を弄しようとも及ばない程の差が。だから、とにかく揺さぶる。


 ガイウスに隙が生まれるまで、何度でも何度でも突貫するだけだ。


「──」


 対して、ガイウスは動く素振りすら見せず──。


(舐めてんのか、くそ……俺の攻撃なんざ、見てからでも間に合うってか……!)


 正当な評価だが、改めて突きつけられると沸き起こる憤怒がある。ゆえに、ガイウスの策に乗っかるようにシュウは全力で拳を振り上げて──。


「──はあっ!!」


 裂帛の気合と共に打ち出された鞘が、シュウの右手を弾き飛ばすと同時にガイウスの左手が顔面に迫り、頬へと吸い込まれていく。


 ガイウスからの与えられた殴打──それはシュウを吹き飛ばすに十分なものではあったが、なんとか耐えきり、再度ガイウスを睨みつけて。


「ご、がぁ……っ……」


 今度は鞘が左目辺りを打ち据える。膨張抜きに視界が明滅し、星が見え──。


「が、ぁあああああ!!」


 休まることのない打撃が、容赦なくシュウを打ち付ける。惚れ惚れするほど冴えわたる剣技、シュウでは一生かけても辿りえない領域で体へ重い一撃を与えていく。


 叫ぶ。とにかく叫ぶ。黙っていれば、そのうち意識を手放してしまう。


 正直あまり期待などはしていないが、それでも大声を出すことによって幾らか痛みは抑えられるはずだ。


(ダメ、か……? 糸口が視えねえ……これじゃ、ただのサンドバックじゃねえか……)


 いや、まだだ。終わるわけにはいかない。ここで勝手に諦めて、それで苦しむのは誰だ。


 ここでシュウが下されて、死の運命を受け入れられなくてはならないのは誰だ。


 耐えた。耐えた。気が遠くなるぐらいに、耐えた。いつしか痛い、という感覚すら消え去って。いつしか時間の流れすら感じ取れなくなって。


 それでも耐えた。いつか来るであろう終わりまで、耐えた。


 手の感覚が失われて、立っていると言う感覚もなくなって、まるで空中に浮いているような感覚に陥って。


 その先に──。


「……」


「なぜ、そこまでするのだろうか」


 猛打の雨はやみ、ガイウスは問うていた。全身を打ち付けられ、骨折にまで達しているかもしれない少年に、その心を問うた。


 それこそを、待っていた。


 左の視界はぼやけていて、顔が真っ青になって、腕や足の指が変な方向に曲がっていて、だけど、ゆっくりと立ち上がる。


「お前こそ、なんであいつを殺そうとするんだ……」


 息も絶え絶えに、しかしこれ以上にないほどの核心を突く。だって、当然だ。彼はアリスの騎士だろう。なのに、なぜ守るべき主君に剣を向ける!?


「それが、王の命だからだ」


「……あほかよ、お前」


 ガイウスから絞り出された答えはそれだった。だから、シュウは笑ってやった。笑えたかどうかは定かではないものの。


 だって、そんなのは──。


「王の、命令だからって、仕方ないって、無理やりに納得させてんのかよ」


「──」


「絶対の主君だから、とかなんとかで、諦めてんのかよ。……おめでたい、奴だ」


「──」


「ふざけんな……そんなのは、別に信念でも、悩みに悩んで出した答えでもねえよ。……お前は、諦めただけだ。考えることを、放棄しただけだ」


「──」


「そうじゃないって、言いたいのか? 悩みに悩んで出した答えだって言いたいのか? 笑わせんな、この馬鹿野郎が!!」


 吠える。力強く、吠える。


「お前は強いよ。どうしようもなく強いよ。俺には及ばないぐらい強いよ! だけど、それは誰のためだ!? 誰のために、強くなろうと決めた!?」


 そして、少年は走り出す。

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