22話 真に仕えるべき人
一人の青年は、思い出していた。
自分が何のために生きてきたのか、剣を磨き、強くあろうとしたのか。
真に仕えるべき主君は誰だったのか。昔の、誓い。忘れてはならぬ想い。
きっと、それこそが今の彼に足りないもので──。
「しゅ、出現しました!」
ササキシュウの出現から約一分。ようやく事態に頭が追いついてきたのか、騎士たちが見るからに狼狽えながら控えている騎士たちを呼び寄せ──すぐさま包囲しようとする。
その策は決して間違っていない。
ササキシュウなど、彼らからすれば一般人と変わらない。武力では鍛え抜かれた騎士たちに及ぶべくもない。ゆえに圧倒的な彼我の差を理解し、さっさと倒してしまうのが得策だ。
だが、遅い。一分もあったのだ。次の行動に移れるには十分すぎる時間だ。
再確認するようだが、ササキシュウに戦闘能力はない。だが、それだけで油断するのはよくない。
シュウは魔法の才能に溢れているわけでも、剣の才能があるわけでもない。憧れ、羨み、ただ仰ぎ見るだけの凡人だ。だが、守ること一点においては彼らにも勝る、と思う。
あれから一度も合っていない銀髪の少女より譲渡された盾を生成する力。実際は魔力量によって強弱が決まるのだが、しかしシュウには絶望的に魔力量が少ない。
盾の強度は所詮中級魔法を一撃防げる程度。致命的なほどまでの平凡さだ。思わずため息を吐きたくなるくらいに。
だが、使い方によっては──。
「うそ……」
シュウが右手をかざすことによって、無色の盾が生成され──それを、アリスの周りに置く。
この盾は、意外と使い勝手がいいのだ。例えば足場にすることが可能だ。例えば離れた場所であろうと、右手の射線上であれば生成することが可能だ。例えばこのように地面へと置くことだって可能だ。
シュウの魔力が切れない限り、何枚でも生成できる。
強度に関しては不満しかないものの、文句を言ったところで仕方ない。だから、今あるもので何とかする。
一分かけ──騎士たちが周りを囲むのと同等の時間を要し、正に鉄壁の要塞が完成する。吹けば飛ぶような、最早壁としての役割も満足に果たせないようなものだが。
「あとは、予備も配置完了……どうだ! 敵の真ん中で籠城。まさに、無謀としか言えない作戦だろ!」
「誰に向かって叫んでるのよ……」
アリスの厳しいツッコミが入ったが、生憎反応する暇はない。じわりじわりと差を詰めてくる騎士たち。彼らがもしもこの盾を一瞬で破砕させたら全てが瓦解する。
だから、そうされないよう、限界を見極めなければならない。
「総員、突撃──」
「させるか!」
騎士たちを纏めている人間の掛け声が発せられ、一斉にシュウめがけて動き出す──前に、シュウが先に行動を起こす。
確かに、彼らが一斉に盾を突破しにかかればひとたまりもない。だから、一斉攻撃させず、混乱状態に貶めればいいだけだ。
指揮系統は潰され、引き際も見極められなくなる。それはある意味戦いにおいては致命傷になりかねない。
シュウが起こしたアクションはただ一つ。周りに置いた盾を、騎士に向けて思い切り押し倒す。それだけで、目の前にいた騎士が盾によって押しつぶされていく。いや、別に死ぬわけではないが。
勿論、壁を攻撃に利用することで壁に穴が開いてしまうが、そこは対策済みだ。予備で生成しまくった盾を後釜で投入すればいい。
こっちの残弾が尽きるか、それとも騎士たちが全員地面に突っ伏すか。
それだけのシンプルで分かりやすい決戦だ。
「どうしてこんな戦い方が思いつくのよ……」
「そりゃ、頭フル回転させてだよ。いや、まあ、人よりも意地が汚いってのは認めるけど」
あまりの戦闘方法に、絶句を禁じ得ないアリス。というか、そもそもシュウが仲間になっている時点で絶対的な魔法で切り抜けるだのなんだのがないのは分かり切っているし、こういう絡め手でしか勝利できないのは分かっていただろうに。
とはいえ、作戦は大成功だ。自分でも気持ち悪いほど、すんなりと嵌った。騎士たちはシュウには近づけず、視えない盾に翻弄される始末。
これを五人将の古株であるヴィルヘルムやマーリンが見たら、何と言うだろうか。もしかすればあまりのショックで寝込むかもしれない。
それぐらいのレベルだ。まさにジャイアントキリング……は言い過ぎか。
──だが、忘れてはならない。勝利の一歩手前には、必ず落とし穴が潜んでいることを。
「──! アリス、伏せろ……!」
「えっ、ちょ、何……」
いきなり叫んだシュウに、アリスは未だ思考が追いついていないのか、疑問を頭に浮かべているが、詳しく説明している暇はない。
飛びつくようにアリスを庇いながら、地面へと倒れ込み──遅れて、盾を強烈な一戦が襲い一瞬にして破裂を迫られる。
分かっている。分かっていた。彼女を助けると言うことは、全てを敵に回すと同義である。
だから、この場の全員が敵であり。当然、この男も出張ってくると。
「敢えて見逃したのが、まずかったのだろうか」
そいつは悠然と剣を振り、シュウが必死になって生成した盾を壊していく。──シュウが憧れた、まさに騎士の鏡とでも言うべき男。
「うるせえ……甘いんだよ、毎回毎回」
──ガイウス・ユーフォル。五人将に選ばれた若き精鋭。白服を着た青年は、ただ悲しそうにシュウを見つめている。
だが、例え敵がガイウスであろうと退くわけにはいかない。
「──こっちから提案がある。俺と、一騎打ちしてくれ、ガイウス」
「──どういう、了見だろうか」
シュウから聞かされた提案にガイウスは素直に頷ずかず、ただ眉を顰める。その反応は正しい。得体のしれない敵から提案されたものなど、撥ね退けてしまうのが手っ取り早い。
だが、ガイウスはそれをしない。提案を撥ね退け、今すぐにシュウを殺すことをしない。
このように打算合っての駆け引きならば──シュウにだって勝ち目はある。
「そりゃ、簡単だよ。俺とガイウスが戦うんだ。他の騎士を黙らせてほしい。そう、この場に居る騎士だけでいいんだ」
ガイウスを五人将──つまり、騎士の元締めとして認めての行動だ。総大将との戦闘。
こちらの優位性を捨て、勝ち目のない戦いへと身を投げ入れる。今のシュウの行動は、果たして騎士たちの目に、ガイウスの瞳にどんな風に映っているだろうか。
だが、受け入れざるを得ないはずだ。だって、これが最適なのだから。被害を少なく出来るという条件の下ならば、ガイウスなら引き受ける。
理不尽であろうと、不条理だろうと、どれだけ彼我の戦力が分かたれていようと、これを受けないのならば騎士などではないのだから。
「──戦闘を引き受けるメリットは……既に証明されている、か」
「ああ。そして俺がどれだけ御しやすいのかも、お前なら分かっているはずだ」
──これほど、ガイウスに勝利の芽が整っている勝負があるか、いやない。
──さあ、受け入れろ。条件を飲み込め。
衆目の視線に晒され、強烈な緊張が背中を襲う中、賽を投げた。
シュウが転がしたさいころは、ガイウスへと決断を迫る。
そして、ガイウスは──。
「では、受け入れよう。その提案に乗っ取り、私と、君の戦いを」
シュウが投じた賭けに、乗ったのだった。




