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21話 極大のイレギュラー出現

 さて、ここでサジタハの歴史について述べよう。


 サジタハは3000年前の戦争において、瓦解したエルピス王国の一都市──サジタハと呼ばれた都市を国として作り上げたところから始まる。


 ただ、最初は商人国と言うわけではなかった。


 むしろ、エルピス王国の瓦解により乱立する世界を生き抜こうと必死に武力を強化していく国家だったのだ。


 初代王──今では王族自体が廃止され、王の血族は細々と生きている──の政策は、あくまで間違っていなかった。魔法を必死に研究し、隣に有る王国──イリアル王国や、教国に負けぬように軍事力を上げてきたのだ。


 だが、その支配が崩れたのは今から百年ほど前。イリアル王国で王が殺され、混乱状態にあった最中。王政に不満があった商人たちが一斉蜂起。


 交易を続け、武器を輸入し続けた商人グループに、弱体化を迫られていた王家はあえなく敗退。世界で初の、商人国が誕生した。


 その際、サジタハにあった王城は解体され、これまで以上に目を引く建物──3000年前の文献に見られたドーム状の建物、つまり今現在のコロシアムへと立て直しされた。


 ──だが、王城から逃げられるように地下に配置された秘密の通路は今まで誰の目にも触れられずに残ってきていた。


 だから、この状況を覆すのは過去の妄執だ。長年続いて来た王家が準備し、しかしついぞ使うことのなかった迷路。


 世界中に広まる巨大迷路とは一線を画すその通路。例えボロ臭くても、今ここにおいては切り札となりうる。


 ──明かりも用意されず、水が一定的に滴っている通路を、ササキシュウは歩いていた。


 気が滅入るほど長く続く通路。どこまで歩けばそこに辿り着くかは分からないが、暫く歩いていた気がする。


 ここにスマートフォンがあれば、懐中電灯のモードを躊躇わずに使っていただろう。そもそも電源が未だ残っているのかは果たして疑問な所ではあるが、それほどまでに明かりをつけたいと思ってくれればいい。


 こう、何というか、前に進んでいると言う確証が欲しい。そうでなければ、不安で心が押しつぶされてしまいそうになるのだ。


 だが、折れてしまいそうになる心を無理やりに奮い立たせ、前へと進んでいく。


 そう、アリスを助けるためにこんなところでくたばってなどやれない。決めたのだ。何をしてでも、救い出すと。


「あとは……どこで出ればいいのかって、ことだな」


 決意はした。救い出すと。ならば、あとは──どこで出ればコロシアムの頭上に出れるのか、という面だけであった。


 前途は多難そうだ。



























 そして、コロシアムで順調にアリスを処刑する準備が整えられていた。


「いや、しかしよお。まだ始めないのかね、これ。さっさとやんないと、いつイレギュラーが発生するか分かんねえじゃん」


「黙りなさい。恐らく、これを放送するために準備をしているのよ。イリアル王国でも、これを伝えるためにね」


 彼らの眼の前では、『賢者』製の魔法道具がアリスの目の前に配置され、子機である魔法道具の電源を入れていく紫髪の青年──ガイウスが写っていた。


 ガイウスは何の感情も示さず、ただ淡々と王の命通りに魔法道具を付けていく。


 ──正直、なぜ、という気持ちは拭えない。


 なぜ、アリス王女が裁かれなければいけないのかと。まだ若く、殺さなければならないという罪でもなかったはずなのに。


 だが、逆らうことはしない。なぜなら、ガイウスが最初に仕えると決めたのはダリウス王なのだから。


 魔法道具の電源入れも終わり、きちんと放映できることを確認できたガイウスは、上に居るダリウスへ合図を送る。


 そして、ガイウスの視線が向く先に。いつの間にかダリウス王の隣に居座っていたアキレウスは静かに嗤っていた。


 勿論、誰にもバレない範囲で笑いを押し殺している。彼の笑いが見えたのは、彼の隣に控えているローズだけだろう。とはいえ、目の輝きを失ったローズには彼の不利益になるようなことは出来ないが。


 ──予想外の結果だった。五人将最強であるローズを手中に収め、特等席でショーが見られるのだから。


 ただ、色々と想定した結果とは異なっているが──まあ、いいだろう。ダリウス王の助力がなければここまで事を運ぶことは出来なかった。素直に感謝すべきだ。


(ま、何にも起きねえとは限らねえがな……)


 今この場に姿を現わさない『英雄』と『賢者』に最大級の警戒を傾けつつ、アキレウスはその時を待つ。


 そしてダリウスは。


 ガイウス以上の冷酷な視線で、アリスを見つめていた。


 それは罪人すら裸足で逃げ出すほどの凍てつく視線。民のため、目的のためならば何をも捨てると言う王の目つき。


 感情を予測させない顔で、溜息だけをつき──宣言する。


 アリスにとっての、死の宣告。これ以上の先延ばしはない。


「さて、準備は出来たようだ。ならば、早く始めよう」


 重苦しい声が、場に響く。ダリウスの前に置かれたマイクと同等の働きを持つ魔法道具を介して、この放送を見ている者たちに話しかける。


「今回の下手人は、今断頭台に立たされている少女となる。国家転覆を画策し、あまつさえ第一王女を殺害しようとした」


 奥では、イリアル王国第一王女が、涙を堪えていた。


「許されるべき罪を重ね、あろうことかそれを受け入れようとせずに逃げの選択をした」


 ガイウスはただ瞑目した。まるで、これ以上先の光景は見る覚悟がないと言わんばかりに。


「──ゆえに、私から送るのは、ただ一つだ」


 剣神シェダルはもう飽きたのか欠伸をかき、冷酷ミアプラはそんな態度を取るシェダルの脇を本気でぶん殴る。


 太陽が地平線に吸い込まれ、反対側からは遂に月が仰々しく登場し、長い、長い夜の幕開けを示唆する。


「アリス・イリアル。この少女を、死刑とする」


 アキレウスはただその宣告に、嗤って。ローズは輝きを失った目をしながらも、どこか警戒を怠らない。


 そして、最後のキャストは──。


「悪いが、それ、なしだ」


 場違いな声が割り込む。それはダリウスへと向けられたものであり、この場に居る全員に投げかけた声だ。


 観客席から姿を現わした影は、全員の注目を浴びながら臆することなくコロシアムの中心へと向かっていく。


 ガイウスはその登場に、目を丸くし。剣神はその登場に、不敵に笑って。冷酷はその登場を予測していたように、溜息をつき。アキレウスはその登場に、一瞬だけ思考が止まり。


 アリスはその登場に、思わず掠れた声で応じる。


「どう……し、て……」


「約束しただろ。それに決意した。お前を必ず救い出してやるってな。覚悟も何もかも無駄にしてやるよ」


「そんなの……」


「頼んでなんかいねえとか言うなよ。基本的に優しさとか救いなんてのは、押し付けでしかないんだ。だから、大人しく救われろ、馬鹿」


 アリスの言葉を完全に予測し、先に封じておく。こうでもなければ後でうるさくなる。


「そんじゃ、クソども。歯を食いしばれ。全員、ぶん殴ってやる。誰も、何もかも」


 思い通りにならない運命──神の定めとやらに向けて、盛大に宣言したのだった。

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