20話 集まりつつある役者
「さてはて、色々集まって来たみたいだね」
サジタハの主要都市上空を仰いでいるメリルは、今この都市全体を見渡している。ゆえに、この都市で起こっている出来事は全てお見通しだ。ただ、地下の事は分からないが。
「コロシアムとか人多いなー。行きたくないな、特に冷酷とかと会いたくないし……よし、このまま飛んでいようか。うん、それがいい」
ちなみにメリルは勝手に冷酷を嫌っている。なんというか、メリルを見るその目があまりにも厳しすぎるからだ。別に気にすることでもないのだが、どうにも視線が突き刺さる。
そういうわけで、ここで事の顛末を眺めていたかったのだが──。
「いや、流石にそれは無理かな。冷酷とかは抜きにして……面倒な輩も集まってきている。それこそ、歓迎したくない奴らまで」
コロシアムへと出入りする人々の中に紛れ込む者。ダリウスやメリルにとって敵である彼ら。
会いたくもない敵が懐に入りつつあることに、最早嫌悪すら覚える。ゆえに、メリルはダリウス──否、イリアル王家と契約を結んでいる身として、そこに立ち会わなくてはならないのが現状だ。
「最近は嫌な事ばかりだ。魔力は減らされるし、魔族なんかと関わらせられるし……ああ、シュウ。君は本当に疫病神か、何かか? どうしてこうも不幸ばかりを運んでくるんだ……」
今この場に居ない、事件の核に当てはめられる少年にげんなりしつつ、しかし監視は続ける。これ以上のイレギュラーは計画が破綻してしまいかねない。
「ま、アドリブについてはダリウスに期待しようかな。こっちも面倒で仕方ないからね」
「くそ、酒が飲みてえ……」
そして、コロシアム内で。剣神とさえ恐れられた男が隅っこで蹲っていた。
シェダル。16年前の戦争で異名を付けられるほどの働きをし、ダンテの友だった男。だが、ダンテと同じく基本的ダメ人間なのは変わらなかった。
「類は友を呼ぶ。そう言うらしいわよ。貴方と、ダンテは」
「そりゃ、まあ……どっちも基本的にはクズ人間ですし? 酒がないとやってらんないこととかありますし? てなわけで酒を……」
「やめなさい、この愚図」
勝手に納得し、コロシアムから飛び出て酒を漁りに行こうとするシェダルだが、彼の隣に居た女性──冷酷と言う異名を授かっているミアプラが彼の首根っこを掴み、元の位置へと戻す。
先ほどまでは昔のことを思い出し、盛り上がっていた? のだが、逆効果だったのかもしれない。特に、シェダルに関しては。
「ぶー、いいじゃんかよ。どうせ何も起こんねえっての! 王国ご自慢の五人将とか、ダンテの娘までいるんだぜ? ほら見ろ、俺らの出番なんざ一生回ってこねえよ。むしろこれで戦いでも許容されたらマジでセキュリティ疑いたくなるね!」
「長々とうるさい。それに、油断は禁物。ダリウス王でも見通せないイレギュラーが、さっきまであったみたいだから」
「あー、あれか? ロスイの関係者が出たっつう……」
彼らも少し前まで都市を騒がせていた元凶の事を断片的にだが知ってはいた。ただ、確信がない。何より、ロスイ本人と事件を起こした張本人の人物像が余りにも合わなすぎるのだ。
「あいつはああ見えて、一般人に手を出したことはねえ。だったら、別もんだろ。ロスイ・アルナイルの名を騙った、偽物風情さ」
「ロスイの件だけじゃない。ええと、ササキシュウ、だったかしら。あれについても、所在がつかめていないみたいだしね」
「次から次へと問題が浮き彫りになりやがるなあ……全く、神ってのは本当に、波乱に満ちた人生を用意してくれるらしい。こりゃ、飽きないね」
懸念はある。例えば主賓が揃っていない。例えば未だ五人将たるローズが戻ってきていない。
だが、それら全ては──今、気にするべきことではないのだ。今本当に気にするべきは、この中核は誰が握っているかという点に他ならない。
目を逸らすな。事件の本質を見極めろ。本当の戦いは、すぐにでも訪れる。
「さて、アリス様。こちらへ」
「──」
そして、今や罪人でありいずれ罪を受けなければならない存在である少女──アリスは、迎えに来た騎士に従い、今までいた部屋から出て行く。
アリスが歩くのは無機質な石で出来た通路。配慮など何一つされておらず、本来であれば王族出身であるアリスが歩くはずのない道。
かつてこの場所で戦ったのは剣闘奴隷。彼らの怨讐が重なり、彼らの怨念が積もってできた道を歩く。
一歩、一歩と足を進めていく。
この先に待つのは、死のみ。まるで、剣闘奴隷と同じような心持に苛まれながら。
暫く、歩いた後──何の変化もない通路が、唐突に開ける。暗闇から一転、光が視界全体に溢れ、暗闇に慣れてしまったアリスの目に強い刺激を与えてくる。
ほんの一瞬だけ目を細め、見上げるのはダリウスが鎮座する王座。隣にサジタハの全権委任者もいるが、小さく縮こまってしまっていてアリスの眼には入らない。
──知っている。あの目を、アリスは何度も見ている。
高い場所から睥睨するダリウスの視線──それは、王としての目つき。民を生かすためならば、例え自らが愛する子供ですら処刑台に立たせるほどの冷酷さ。ともかく、それだけでアリスを絶望させるに足るものだ。
──まだ、どこかで期待していたのかもしれない。
どこか自嘲気味に、そう思う。もしかすれば、これは全部悪い夢で。目を覚ませば、また普通通りの未来が待っているのではないかと。
全く、どれほど愚かだったのだろうか。この期に及んで勝手に渇望して、他の者を巻き込んで、シュウを危険に晒して。否、それ以前からアリスは迷惑をかけてきた。
それに気づけなかった。気づいていて、目を逸らしていた。
救いがない。愚かしくて、馬鹿馬鹿しくて、死ぬのも仕方ないと思えるほどに。
──納得しているわけではない。でも、もう全部が決まってしまっている。ここから覆す方法はないのだ。
だから、後は流れに身を任せるだけでいい。それだけで全部、終わる。終わってくれる。
「さて、そろそろ始めようか」
そして、アリスがコロシアムの中央へと移動させられ──それを見届けて、ダリウスが重苦しい雰囲気の中で、告げた。
王の風格を持って、そう宣言する。
観客はいない。居るのは、ダリウス王が招待した者たちだけ。剣神、冷酷などの英雄や、五人将などの重鎮。サジタハにおける兵士たちも参列しているが、彼ら自体は今回の趣旨を理解できていない。
だが、雰囲気に流され、異様と思えるこの光景に誰も何も申さず事が進んでいく。
太陽が傾き、少しずつ夜の涼しい風が吹き始める中──それはさしたる問題もなく、順調に進んでいくのだった。




