14話 型にはまらぬ技量
(くそ……こいつ、命が惜しくないのか……!)
猛然と突っ込んでくるシモンに、カストルは若干の焦りを覚えていた。
剣技では間違いなくカストルが何枚も上手だ。カストルの中にある剣術の数は、今現存している剣術のほぼ全てだ。
正直、剣士と言う点からは邪道だろう。彼らはあくまで一つの流派に絞って剣を交わす。だが、カストルはその極致に居ると言っていい。
──だからこそ、カストルは今までほとんど負けたことがない。
なぜなら、剣士同士の戦いであれば剣術というものを多く見てきた方に軍配が上がる。即ち経験の差だ。
あの剣術であればこう対処し、この剣術であればこう対応すると言った風に。経験の差が物を言う世界だ。全てに近い剣術を知っているがゆえに、記憶を遡り全ての剣術を操ると同時に、全ての剣術において対策が立てられる。
圧倒的な優位性。誰にでも通用する初見殺し。
少なくとも、『英雄』のように天賦の才に恵まれていない剣士であれば、まず初見の剣術は見切れない。ゆえに、カストルとしては速攻でケリを付けたかったのだが──。
(押し切れない……か。不味いな。このままでは残弾が尽きる……いや、それはないか)
広く浅くを基本的な軸とし、世界中に無数に存在する剣術を見てきた。わずか一合合わせただけでその剣術を真似出来てしまった彼であるからこその弱点も、またしっかりと認識している。
色々なものに手を出してしまったがゆえに、一つの剣術を極められない。もしも同じ剣術で戦うことになれば、剣術を真に極めた者への勝率は五分と言ったところだ。
圧倒的な手札の多さ。それこそが、カストルの最大の強みだ。
(──嘘だろ……少しずつ、順応してきている……だと。いや、不可能なはずだ。打ち出す剣技が何の剣術かを一瞬で判断するなんて、化け物の領域……)
──それこそ、イリアル王国最大の戦力。『英雄』の領域だ。
いや、違う。そんな才能など、あるはずがない。あれは、正にチートと言っていい代物だ。
所有者の身体能力を限界──否、人間を超越した領域まで持っていく力だ。だからこそ、全てが化け物じみている。
ならば、なんだ。なぜ、目の前の少年はカストルの剣技に追いつける──?
「材料なら、そこにあんだろ……お前の、その、動きは……何度も見た」
カストルの抱く疑問を読んだかのように、シモンはカストルの攻撃を少しずつ回避しながら答えた。
(まさか、僕の動きを……? そうか、僕の癖を見切って……だから、対応できるのか……)
だとしても、そうそう頷ける話ではない。なにせ彼の言葉が本当ならば、この短時間だけでカストルの癖を見抜いたことになる。
なんという洞察力か。最早呆れすら通り越して、素直に褒めたいレベルだ。
「くそ、油断しすぎたか……」
徐々に当たらなくなっていくカストルの剣と、シモンの一撃が少しずつカストルを追い詰めていく。
(気を引き締めるべきか。これ以上の油断は、本当に命取りになる)
認めざるを得ないだろう。目の前の少年は、間違いなく強い。カストルは、見誤った。
だから、カストルも全力を出そう。目の前の少年に、敬意を払って。
「──」
「──が」
全力の一撃が、シモンに向かって振り出される。それはシモンの剣技を弾き飛ばし、後方に風を生み出す。
──曇りのない、紛れもない絶対なる一撃。純粋に剣を磨き続けてきた者だけが放てる一撃が、シモンの剣へと辿り着き、的確に弾く。
真の実力が、遂にシモンへと牙を剥き始めた。
先ほどまで喰らいつけていたシモンが、一気に離され始める。動きが違いすぎた。
──速過ぎる。ガイウスすら凌駕するほどの速度で、剣技を打ち出す。
「──手加減はなしだ」
ロスイ・アルナイルは傭兵ではあったが、剣士などでは決してなかった。彼が過ごした人生の中で、彼は一度たりとも剣術を極めると言うことはしなかった。
なぜなら、剣術と言うのはいずれ対策されてしまう運命にある。どれだけ秘密にしたところで、必ず割れる日が来る。その時、対策を立てられれば終わりだ。
傭兵のロスイ・アルナイルにとってそれは命に関わる事態である。
だからこそ、彼は──彼の剣を継いだカストル・アルナイルは特定の剣術に固執することはない。彼らは剣術を捨てた。対策されるなら、剣術など端から要らない。
頼れるのは己の感覚のみ。剣術に頼らず、ただ自らが築き上げてきた力によって剣術を否定する。
──つまり、彼らには型がない。
どんな剣術であろうと、最初に習う特定の型。それを、捨てた。
全てを組み合わせ、効率的な剣技をその場で作りだす。剣術などとは間違っても言えない。
剣術に似た何か。剣技を超えた異次元の攻撃。
──型にはまらぬ技量。それが、シモンを追い詰めていく。
「が──っ……」
ガイウスの本気の斬撃が、シュウに吸い込まれ──。
しかし、間一髪のところで盾を割り込ませることに成功──勢いだけは殺すことが出来ず、そのまま空中へと投げ出される。
息が出来ない。思い切り背中を叩きつけられたことで、肺を強打──一時的に酸素が入ってこない状況へと陥ってしまう。
──不味い。
頭ではそう分かっている。なのに、体が動けない。酸素が全身に送り込まれず、全身に気怠さが蔓延──どころか、指一本動かす事すら叶わない。
もしかすれば、背中を強く打ったために打撲の症状が出ているのかもしれない。
だが、今そんなことを気にする場合ではない。
今気にするべきは、アリスだ。シュウが行動不能に追いやられれば、ガイウスが狙うのは当然アリスで──。
「ガイウス……どうして、こんな……」
当人のアリスは、ただシュウとガイウスの二人の間に視線を彷徨わせ──うわ言の様に呟く。
しかし、ガイウスは瞑目したまま口を開こうとしない。彼はただ剣を鞘に戻し、今回の戦いの終わりを告げた。
「アリス様。こちらへ、ダリウス王がお待ちです」
「まず、私の疑問に答えて……どうして、こんなことを……」
「貴女様は、罪を犯した。私が仕えるべき主は、イリアル王国国王──ダリウス王をおいて他に居ないのです。ゆえに、かの王の命に従い、邪魔立てする者は排除させていただきました」
「もしも、シュウがもう一度立ち上がったら……どうするの」
「そうなった場合は……任務を遂行させるために、彼を殺すしかありません」
冷酷な一言が、アリスの耳に届き、彼女はどこか悲しそうな顔を見せる。その言葉だけは、聞きたくなかったろう。
信頼していた騎士から、改めてアリスを裏切った旨を伝えられたのだ。彼女の心中を察することは、シュウには出来ない。
暫く、アリスは肩を震わせていた。自らの無力に、不甲斐なさに、情けなさに、唇を噛みその金の瞳に若干の涙すら浮かべ──。
そして、何かを決断したかのように顔を上げて。
「ガイウス。私が連れていかれれば、少なくともシュウが斬られることはない。──違う?」
「貴女がそう願うのであれば、こちらとしても断る理由がありません。出来れば穏便に済ませたいのですから」
「──そう。なら、私を連れて行きなさい。その、処刑場とやらに」




