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13話 前哨戦

「──」


「──」


 互いに剣を構え、不動の構えで相手が動き出すのを待っていた。シモンは二刀を下に下げ、カストルは突きの構えを取っている。


 この世界の剣術には様々な形がある。例えば技量で受け流し、敵の隙をひたすらに伺う剣術。例えば、例えば、例えば。


 幾つもに派生し、原型が分からなくなるほど、剣術と言うのは変化してきた。自分に合わなければ、現存している剣術を少しだけ改変し、自らの剣術──剣技とする。


 それが何千年にも蓄積し、今の剣術が形成された。


 ──ゆえに、無限に等しい数にまで膨らみつつある剣術の全てを対応するのは不可能とされている。


 それもその通りだろう。剣技に対応するには、あらゆる流派を知る必要があるのだから。


 今現在、全ての剣術に対応できるのは間違いなく『英雄』だけだ。


 ──『英雄』に及ぶべくもない人間は、まず先手を譲って相手の操る剣技──剣術というものを見極めなければならない。


 だからこそ、彼らは動かない。相手が使う剣術がなんであるか分からない以上、無闇に突っ込めば死を招くだけだ。


 それが、剣術を修めた者同士の戦いだ。


 ──静寂が流れる。互いに動かず、見つめ合っているだけの時間。長い、長い一秒。普段ならすぐにでも訪れるそれが、今だけは果てしなく長い時間となる。


 そんな中──ただ、シモンは。背中を焦がすような熱に身を委ねながら、ただその時を待っていた。


 カストル・アルナイル。──16年前の戦争において、名を馳せた『憤激』、ロスイ・アルナイルの息子。歴史に名を刻んだ英雄の息子と戦えるなど。これ以上の高ぶりはない。


 彼には強くならねばならない事情がある。だが、彼もまた子供の時──今のような複雑な感情に囚われていなかった頃、『英雄』に憧れたことがある。


 絵本の中でこそ輝く主人公たち。目を輝かせ、本がしわくちゃになるまで読み漁った本。


 その血を受け継ぐ子供との戦い。それに、胸の高ぶりを抑えられるわけがない。


 ──勝つ。勝って、もっと俺は上へと行く。


「らあああああ!!」


「──ま、剣筋は悪くはない、か」


 もはや待っている時間すら惜しいと、雄たけびを上げシモンが踏み込む。二刀を地面すれすれに這わせ、高低差の攻撃を仕掛け──。


 だが、それはいとも簡単に防がれる。カストルは、シモンの狙いをあっさりと読み切り、受けるのではなくただ後ろへと下がる。


 一手目は不発。しかし、その程度で退くような男ではない。


(躱されたのなら、何度でも打ち込めばいい……!)


「間違ってはいない、か……相手の剣術が分からないのなら、攻撃する暇すら与えさせない、か」


 何度も踏み込み、攻撃を繰り出すシモンだが、カストルはその全てを剣を受け止めることすらせずに、ただ回避に専念する。


 驚くべきはカストルの視線だ。彼が見ているのはシモンの顔でも、剣の動きでもない。──シモンの足さばきだ。


 それだけで、シモンの次の行動を読み切り、剣が当たることはない。


「そうだな。君のは、あれか。イリアル王国の騎士たちが揃って習う剣術……少し、改変がなされているが、誤差の範囲、だろう」


「ち──」


 確かに、カストルの言は正しい。シモンは数年前からガイウスに剣術を指南してもらっていた。彼が教える剣技、その全てにシモンは改変を加えている。


 と言うのも、シモンが扱う剣は一刀ではなく二刀だ。基本、彼が教える剣術は一刀のみの剣技だけ。ゆえに否が応でも二刀で扱えるように改変を施すしかなかった。


「さて、君が扱う剣技も見た事だ……なら、次は、僕の番だ」


「──な」


 まるで飽きたと言わんばかりの視線でシモンを睨みつけ──瞬間、シモンにすら近く出来ない程の速度で、懐に潜り込まれる。


 驚く暇もない。全身全霊を傾けて防がなければ、死ぬ。


 しかし、忘れてはならない。まだ、カストルは──剣技を一つも見せていない。即ち、シモンに対して未だ全力を出し切っていない。


「まずは小手調べと行こう」


 軽い一言がシモンの耳元で聞こえ、振り向く──余裕などない。向いたときにはもう、そこにはいないのだから。


 この戦い、間違いなくシモンが不利だ。速度では完全に上を行かれ、剣術では相手にならぬどころか赤子同然の扱いを受ける始末。


 とはいえ、諦める選択肢など毛頭ない。


(考えるな……! 相手の剣技見てから剣術導き出したんじゃ、間に合わない。感じろ……! 雰囲気で、カストルの速度で)


 シモンとて全ての剣術を根本から覚えているわけではない。むしろ、彼が知るのはイリアル王国直伝の剣術だけだ。他は全く知らない。


 だが、喰らいつく。何があっても、どうあっても。喰らいついて喉を噛みちぎる。


(予想だ……あいつの動きから、感覚で察しろ……! 名前なんぞいらねえ、ただ既視感だけあればいい。それだけあれば……体が勝手に動く)


 シモンですら追いつけない速度で自由に動き回るカストル。だが、徐々に──。


「ほう……中々だな。なら、これは……?」


「くそ、が……」


 また、変わった。何となく、気付いていた。何となく、そういう節はあった。


 なぜなら、シモンに浴びせる攻撃のうち──一つたりとも同じ剣技はなかった。つまり、やつは現存する剣技を全て、とまではいかないもののほぼ全てを扱える可能性が高い。


 最悪の予想が、シモンの脳裏を駆け巡る。


 ──カストルは、無限に等しく派生した剣術、つまり現存するほぼ全ての剣術を使えると言う最悪の予測。だが、それはもはや真実と言えるだろう。


 実際、カストルの一手一手はシモンが見た事のない剣技だ。流石は『英雄』と称された男の息子という所だろう。


 だが、その程度で負けを認めるわけがない。


 むしろ、逆に燃えてきているほどだ。


「──っ、ああああ!!」


「な──めんど、くさいな……お前!」


 知らない剣技、見覚えのない剣術。シモンには対応できない技が、彼を殺すために迫る。


 正確な剣捌きがシモンの皮膚を削り、服が破れ、血が弾け飛ぶ。だが、そんなものに気は取られない。


 ──カストルが繰り出す剣技を、シモンは防ぐことは出来ない。ならば、防御など捨ててしまえばいい。最初から、防御に気を取られるくらいなら、いらない。


 防御を捨て、最低限の回避と攻撃を繰り出すことにのみ全力を注ぐ。


 何もかもを捨てて、ようやく追いつけるレベルだ。何という差だろうか。どれだけ高みに居るのだろうか、カストルと言う青年は。


 シモンがここまでしなければ届かない、真の『英雄』の資格を持った者。


 だが、これさえ乗り越えられれば──。


 これさえ、乗り越えることが出来れば、自らの悲願を達成できるはず──。


 自らの意識をただ剣にだけ傾けながら、シモンは切にそう願うのだった。



























「くそ……」


 そして、ガイウスと対峙したシュウたちは。


 目の前に立つ最悪の仇敵を見据えながら、どうにか逃げられないか周りに目を光らせる。ガイウスを出し抜くのは骨が折れる、どころか可能性がほぼない。


 それほどまでにガイウスは完成されていると言っても過言ではないのだ。特に、シュウに対しては最高の抑止力として働く。無論、シルヴィアを除いてだが。


「気を付けて……あの、ガイウスはもう……」


「分かってる。油断なんて出来ない。全身全霊で向かわなきゃ、勝てない相手だ……」


 震える声で注意を促すアリスに、シュウは冷や汗を流しながら答える。とはいえ、全力を傾けても勝てるイメージは何一つ見いだせない。


 それに、体は覚えている。脳裏にチラつく一年前の攻防──などと呼ぶのすらおこがましい一方的な戦闘。あの時、怪我を負った箇所があの時を忌避しているかのように痙攣する。


「俺の勝利条件を思い出せ……くそ、思い出せば思い返すほどに無理難題じゃねえか……!」


 シュウの勝利条件は、この都市にダリウス王が居る間に接触し、アリスの罪をなくすよう訴えること。敗北条件はアリスを捕縛され、処刑場へと連れて行かれる。また、シュウがいなくなっても同じだ。


 ──今の精神状態を鑑みて、シュウがいなくなればそのまま瓦解する可能性はそう低くない。むしろ、高い確率で崩壊は発生する。


 今のアリスは、なんとかシュウ──同じ仲間がいるから、なんとか保っていられるような状態だ。今この状況で、シュウが犠牲になってアリスを逃がしたとしても近く捕まるのは避けられない。


 だから、勝利に持っていくにはアリスを接触させることだけでなく、必然的にシュウの生存も条件に関わってくる。


 当然、シュウの勝手な考えではあるがゆえに、期待を裏切る可能性はあるかもしれないが──。


「では、行かせてもらう」


 短く一言。だが、シュウの心を大いに揺さぶる一言が発せられ──。


 次の瞬間、ガイウスがぶれた。


 ──分かっちゃいたが、速い! 


 王城での絶望感が、シュウの背中を焦がす。シュウは全てにおいて平凡の評価を下しているが、ただ一点だけ優れているもの──動体視力だけは、常人のそれを遥かに上回る。


 だから、捉えきるのはそうそう難しい事ではない。むしろ、関門なのは速度に付いて行けないシュウの体で。


 死が近づいてくるのは理解できるが、しかし如何せん体が追いつかない。脳が指令を出し、筋肉に命令が辿り着くまで──ガイウスがこちらに一撃を叩き込む時間と同じ。


「風よ──!」


 だが、ガイウスは忘れている。今のシュウは、王城で戦った時は異なっていることを。


 今は一人などではない。後ろには、ガイウスの真剣度を見て若干ながらに震える少女──アリスがいる。


 彼女の手から射出される風が、僅かながらにガイウスの速度を緩め──。


「あっぶねえ──!」


 そのわずかな空白が、シュウに盾を作らせる一瞬を与えた。なんとか盾を生成し、右より迫る剣の軌道に盾を割り込ませる。


 相手が剣士であれば、この戦術は基本だ。もしもシュウにこの力がなかったら──など考えたくもないものだ。


 だが、一度だけの攻勢で終わるわけではない。


 ガイウスは止められた剣を引き戻し、もう一撃を加えようと動き始め──。


 シュウを両断する勢いで迫る二撃目。盾を動かす暇もない。これでは、本当にシュウは両断されて──。


「ちゃんと、もう一手ぐらい準備しておきなさいよ……!」


「おわっ!?」


 シュウの背後に立っていたアリスが機転を利かせ、シュウの足を無理やり崩す。そうすることで、迫る二撃目を地面に倒れる形で避けることに成功。


 出たとこ勝負感が否めないが──取りあえず、二撃目も躱せた。しかも、地面に倒れたとなれば逆に好都合。


 シュウの盾なら、シュウとアリスの前面を守ることぐらいは出来る。差し当たっての問題だったのは、シュウに後ろをカバーできるほどの盾を生成できない事だ。


 だが、地面に背が付いている状態だったのなら、問題はない。


 ガイウスの剣は、地面を斬ることはしない。鉄壁の陣で──。


「残念だが──君の盾は、力技でこじ開けさせてもらう」


 しかし、シュウの甘い考えを切り捨てるかのように怒涛のラッシュがシュウの盾を襲う。


 間違ってない。これ以上にないほどの回答だ。


 シュウの盾は基本的にシュウの魔力に依存する。シュウが魔力を籠めれば籠めるほど、盾はその強さを増していく。


 だが、懸念があった。ここで魔力を使い果たしてしまえば、まずいことになってしまうのではないのかと言う、懸念が。


 僅かな逡巡。されど、ガイウスからすればあまりにも無防備な一瞬。その隙が、決定的な亀裂となり──。


「しまっ……」


 もう、遅い。ガイウスの剣が叩き込まれ、シュウの盾が歪み──亀裂が走り、遂に重責に耐えられなくなったように、破片へと変化する。


 そして、ガイウスの斬撃が──シュウに届く。

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